51 / 51
季節は巡る
最終話 君に似た花
しおりを挟む
大勢の箚士が精霊の歌を聞いたらしい。そして怪我が癒えたとも。勿論犠牲者はいる、助からなかった命はもう戻らない。それは悲しい。
都は陛下のご意向で、まず犠牲者を悼む為に三日間喪に服し、その間は炊き出しと救出作業だけに注力した。後は復興一色。冬の前に住居を確保出来ないと、死者が増えてしまう。
癒々は城で丁重に扱われている。何せ女神の写し身で、竜神様の人柱だ。誰も粗末に出来ない。
悪鬼に憑かれた事実は不問に処された。箚士ですらない一般人の癒々、当然ただの被害者だよ。
傷は治っても女神と離れた反動や、悪鬼に取り込まれた影響もある。随分な生気を失い、当初は寝たきりの日も長かった。
旭は絶えず癒々の傍にいて、眠りを妨げる者に容赦しない。一人ピンピンしてる霊薬の女神の写し身には、特に厳しめ。大正解だよ。
「癒々、起きてる?」
「ええ……大丈夫よ。皆が心配性なだけだと思うの」
「ふらふらしてる人は寝てなきゃ駄目だよ」
「少しだけ歩きたいの……少しよ」
「……」
「ねえ圜、お願い」
僕は癒々のお願いに滅法弱いと、癒々にもばれてしまった。最近お願いされることが増えた気がする。
話したいとか、散歩したいとか、髪を梳かせて欲しいとか。どれも些細な要望だけど。喜んでくれるし、可愛いからつい叶えてあげたくなる。
「どうしても駄目? 雪を見たいだけよ」
「……風の当たらない所までなら」
「勿論、圜の言う通りにするわ」
ならちゃんと休んで欲しかった……確かに寝てばかりも悪いらしいけどね。ちょっと疲れてぐっすり眠れる方が良いか。
癒々の手を取り、寝台から連れ出す。やけにまじまじと僕を見ているような。
「圜、背が伸びたかしら」
「そんなに変わらないと思うよ?」
「じゃあまだ私しか気付いてないのかも。ふふふ、私が初めての人ね」
癒々が言うとドキッとするな。顔に出さないよう頑張らないと──いや無理だよ出るよニヤニヤしちゃうよこれは。
そんな風に療養を続けて半年くらい。春の手前の、日差し穏やかな昼日中。癒々一人で外を歩いていた。いや小魚姿の旭がいるにしても、危なっかしくて驚く。
「癒々! 誰かといてよ!」
「もう大丈夫よ圜、旭がいるわ。それに体力を戻さないと、治りも遅くなるの」
「じゃあほら、手を繋いで。転んだら嫌だ」
「そうする」
見るからに覚束無い足取りで歩く癒々、僕も合わせてのんびり歩く。肩に乗った大成が、癒々に手を上げ挨拶した。
「圜も玖玲さんも、陛下に頂戴した休暇が終わったら、また仕事で遠出するのよね」
「魍魎はいなくならないし、気がかりなこともあるから。まずは、だらだら寝て過ごしてる玖玲を真人間に戻さないと……」
癒々が足を止め、僕も立ち止まる。繋いだ手に少し力を入れて、癒々は空を仰いだ。
「私は光斗玽さんにお願いして、弟子入りさせて貰おうと思ってるの」
「え!? 命知らずだよ癒々!」
何故よりによってそこ行った!? 五十鈴ちゃんは!?
「い、命懸けなのは皆も同じだから……それで霊薬の女神様の話や、調合を学ばせて貰って……」
流石に危険性は感じているのか、癒々の声色は虚勢が混じってる。それでも言葉を翻さない。
「たくさん勉強して、書物を読んで。人も精霊も治してあげたいの。私そういうお医者様になりたい」
「それは……」
素晴らしい仕事だけど、死に立ち会う責任もある。癒々なら分かって言ってるにしても。
けど、そうしたいと願い自ら行動するのなら、きっとより良い未来が拓けると思う。
「理想通りにはならないかもしれないけど……自分で選んだこと、真剣に挑みたいの」
「うん、頑張れ癒々!」
「やってみる。私やりたいことをやりたいと言うわ。自分を幸せにする努力を蔑ろにしないって、決めたの」
癒々は満面の笑顔。黒い目が煌々して見える。輝かしい、初めて見る笑い方。それ凄く好きだな。僕も嬉しくなる。
「圜がね、私を尊重してくれるから。価値あるものとして扱ってくれるから。それに相応しくいようって……私が私を粗末にしちゃいけないって、やっと思えたの」
僕のして来たことが癒々に何かを伝えて、どこかに影響して、気持ちを前向きに変えられたのなら光栄だ。
癒々は前に進んでる。良かった。やっぱり意味はあったんだ。癒々に届いてた──
「うん……癒々は僕の一番。一番大事な女の子だよ」
頬が赤い癒々は可愛いな。顔が近くなったから見易い。本当に背が伸びてるのか、実感した。
「……狡いわ、圜。私もう女の子なんて歳じゃないのに……ちょっと嬉しい」
「癒々可愛いなぁ。僕が大人になるまで待っててくれないかなー」
「圜ったら、まだそんなこと言ってる」
癒々のお願いが増えたみたいに、僕も最近大きな一人言が増えたよ。癒々の傍でだけね。これからも言うよ、聞かせたくて言うからね!
「そうだ癒々、雪解けになったら二人で春の花を見に行こう」
「ええ行きたいわ」
「菫が綺麗に咲くよ、楽しみにしてて」
癒々が笑ってる。これからはきっと嬉しいこともたくさん起きるよ。癒々の人生は始まったばかりだって、五十鈴ちゃんも言ってた。
「早く春にならないかしら」
「もうすぐだよ、多分そこまで来てるかも」
僕ら箚士は精霊と共に戦う者。この世界で生きる限り、悲しいだけの話にはさせない。廻り巡っていつの日か、誰もが幸せに辿り着けるように。
それが箚士の仕事だよ、誇りとも言えるかな。僕らの話はこれでおしまい。次は君の話を聞かせてよ!
【完】
都は陛下のご意向で、まず犠牲者を悼む為に三日間喪に服し、その間は炊き出しと救出作業だけに注力した。後は復興一色。冬の前に住居を確保出来ないと、死者が増えてしまう。
癒々は城で丁重に扱われている。何せ女神の写し身で、竜神様の人柱だ。誰も粗末に出来ない。
悪鬼に憑かれた事実は不問に処された。箚士ですらない一般人の癒々、当然ただの被害者だよ。
傷は治っても女神と離れた反動や、悪鬼に取り込まれた影響もある。随分な生気を失い、当初は寝たきりの日も長かった。
旭は絶えず癒々の傍にいて、眠りを妨げる者に容赦しない。一人ピンピンしてる霊薬の女神の写し身には、特に厳しめ。大正解だよ。
「癒々、起きてる?」
「ええ……大丈夫よ。皆が心配性なだけだと思うの」
「ふらふらしてる人は寝てなきゃ駄目だよ」
「少しだけ歩きたいの……少しよ」
「……」
「ねえ圜、お願い」
僕は癒々のお願いに滅法弱いと、癒々にもばれてしまった。最近お願いされることが増えた気がする。
話したいとか、散歩したいとか、髪を梳かせて欲しいとか。どれも些細な要望だけど。喜んでくれるし、可愛いからつい叶えてあげたくなる。
「どうしても駄目? 雪を見たいだけよ」
「……風の当たらない所までなら」
「勿論、圜の言う通りにするわ」
ならちゃんと休んで欲しかった……確かに寝てばかりも悪いらしいけどね。ちょっと疲れてぐっすり眠れる方が良いか。
癒々の手を取り、寝台から連れ出す。やけにまじまじと僕を見ているような。
「圜、背が伸びたかしら」
「そんなに変わらないと思うよ?」
「じゃあまだ私しか気付いてないのかも。ふふふ、私が初めての人ね」
癒々が言うとドキッとするな。顔に出さないよう頑張らないと──いや無理だよ出るよニヤニヤしちゃうよこれは。
そんな風に療養を続けて半年くらい。春の手前の、日差し穏やかな昼日中。癒々一人で外を歩いていた。いや小魚姿の旭がいるにしても、危なっかしくて驚く。
「癒々! 誰かといてよ!」
「もう大丈夫よ圜、旭がいるわ。それに体力を戻さないと、治りも遅くなるの」
「じゃあほら、手を繋いで。転んだら嫌だ」
「そうする」
見るからに覚束無い足取りで歩く癒々、僕も合わせてのんびり歩く。肩に乗った大成が、癒々に手を上げ挨拶した。
「圜も玖玲さんも、陛下に頂戴した休暇が終わったら、また仕事で遠出するのよね」
「魍魎はいなくならないし、気がかりなこともあるから。まずは、だらだら寝て過ごしてる玖玲を真人間に戻さないと……」
癒々が足を止め、僕も立ち止まる。繋いだ手に少し力を入れて、癒々は空を仰いだ。
「私は光斗玽さんにお願いして、弟子入りさせて貰おうと思ってるの」
「え!? 命知らずだよ癒々!」
何故よりによってそこ行った!? 五十鈴ちゃんは!?
「い、命懸けなのは皆も同じだから……それで霊薬の女神様の話や、調合を学ばせて貰って……」
流石に危険性は感じているのか、癒々の声色は虚勢が混じってる。それでも言葉を翻さない。
「たくさん勉強して、書物を読んで。人も精霊も治してあげたいの。私そういうお医者様になりたい」
「それは……」
素晴らしい仕事だけど、死に立ち会う責任もある。癒々なら分かって言ってるにしても。
けど、そうしたいと願い自ら行動するのなら、きっとより良い未来が拓けると思う。
「理想通りにはならないかもしれないけど……自分で選んだこと、真剣に挑みたいの」
「うん、頑張れ癒々!」
「やってみる。私やりたいことをやりたいと言うわ。自分を幸せにする努力を蔑ろにしないって、決めたの」
癒々は満面の笑顔。黒い目が煌々して見える。輝かしい、初めて見る笑い方。それ凄く好きだな。僕も嬉しくなる。
「圜がね、私を尊重してくれるから。価値あるものとして扱ってくれるから。それに相応しくいようって……私が私を粗末にしちゃいけないって、やっと思えたの」
僕のして来たことが癒々に何かを伝えて、どこかに影響して、気持ちを前向きに変えられたのなら光栄だ。
癒々は前に進んでる。良かった。やっぱり意味はあったんだ。癒々に届いてた──
「うん……癒々は僕の一番。一番大事な女の子だよ」
頬が赤い癒々は可愛いな。顔が近くなったから見易い。本当に背が伸びてるのか、実感した。
「……狡いわ、圜。私もう女の子なんて歳じゃないのに……ちょっと嬉しい」
「癒々可愛いなぁ。僕が大人になるまで待っててくれないかなー」
「圜ったら、まだそんなこと言ってる」
癒々のお願いが増えたみたいに、僕も最近大きな一人言が増えたよ。癒々の傍でだけね。これからも言うよ、聞かせたくて言うからね!
「そうだ癒々、雪解けになったら二人で春の花を見に行こう」
「ええ行きたいわ」
「菫が綺麗に咲くよ、楽しみにしてて」
癒々が笑ってる。これからはきっと嬉しいこともたくさん起きるよ。癒々の人生は始まったばかりだって、五十鈴ちゃんも言ってた。
「早く春にならないかしら」
「もうすぐだよ、多分そこまで来てるかも」
僕ら箚士は精霊と共に戦う者。この世界で生きる限り、悲しいだけの話にはさせない。廻り巡っていつの日か、誰もが幸せに辿り着けるように。
それが箚士の仕事だよ、誇りとも言えるかな。僕らの話はこれでおしまい。次は君の話を聞かせてよ!
【完】
0
お気に入りに追加
5
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

奪われ続けた少年が助けたおばあちゃんは呪いをかけられたお姫様だった~少年と呪いが解けたお姫様は家族のぬくもりを知る~
ぐうのすけ
ファンタジー
冒険者ギルドが衰退し会社が力を持つ時代。
12才の『カモン』はポーション王子と讃えられる経営者、クラッシュに憧れ会社に入るが、会社では奪われ続けリストラ同然で追い出された。
更に家に戻ると、カモンのお金を盗まれた事で家を逃げ出す。
会社から奪われ、父から奪われ続け人を信じる心を失うカモンだったが、おばあちゃんの姿になる呪いをかけられたティアにパンを恵まれ人のぬくもりを思い出し決意する。
「今度は僕がティアおばあちゃんを助ける!」
その後覚醒し困ったティアを助けた事で運命は動き出す。
一方カモンのノルマを奪い、会社を追い出した男とお金を盗んだカモンの父は報いを受ける事になる
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる