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季節は巡る
最終話 君に似た花
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大勢の箚士が精霊の歌を聞いたらしい。そして怪我が癒えたとも。勿論犠牲者はいる、助からなかった命はもう戻らない。それは悲しい。
都は陛下のご意向で、まず犠牲者を悼む為に三日間喪に服し、その間は炊き出しと救出作業だけに注力した。後は復興一色。冬の前に住居を確保出来ないと、死者が増えてしまう。
癒々は城で丁重に扱われている。何せ女神の写し身で、竜神様の人柱だ。誰も粗末に出来ない。
悪鬼に憑かれた事実は不問に処された。箚士ですらない一般人の癒々、当然ただの被害者だよ。
傷は治っても女神と離れた反動や、悪鬼に取り込まれた影響もある。随分な生気を失い、当初は寝たきりの日も長かった。
旭は絶えず癒々の傍にいて、眠りを妨げる者に容赦しない。一人ピンピンしてる霊薬の女神の写し身には、特に厳しめ。大正解だよ。
「癒々、起きてる?」
「ええ……大丈夫よ。皆が心配性なだけだと思うの」
「ふらふらしてる人は寝てなきゃ駄目だよ」
「少しだけ歩きたいの……少しよ」
「……」
「ねえ圜、お願い」
僕は癒々のお願いに滅法弱いと、癒々にもばれてしまった。最近お願いされることが増えた気がする。
話したいとか、散歩したいとか、髪を梳かせて欲しいとか。どれも些細な要望だけど。喜んでくれるし、可愛いからつい叶えてあげたくなる。
「どうしても駄目? 雪を見たいだけよ」
「……風の当たらない所までなら」
「勿論、圜の言う通りにするわ」
ならちゃんと休んで欲しかった……確かに寝てばかりも悪いらしいけどね。ちょっと疲れてぐっすり眠れる方が良いか。
癒々の手を取り、寝台から連れ出す。やけにまじまじと僕を見ているような。
「圜、背が伸びたかしら」
「そんなに変わらないと思うよ?」
「じゃあまだ私しか気付いてないのかも。ふふふ、私が初めての人ね」
癒々が言うとドキッとするな。顔に出さないよう頑張らないと──いや無理だよ出るよニヤニヤしちゃうよこれは。
そんな風に療養を続けて半年くらい。春の手前の、日差し穏やかな昼日中。癒々一人で外を歩いていた。いや小魚姿の旭がいるにしても、危なっかしくて驚く。
「癒々! 誰かといてよ!」
「もう大丈夫よ圜、旭がいるわ。それに体力を戻さないと、治りも遅くなるの」
「じゃあほら、手を繋いで。転んだら嫌だ」
「そうする」
見るからに覚束無い足取りで歩く癒々、僕も合わせてのんびり歩く。肩に乗った大成が、癒々に手を上げ挨拶した。
「圜も玖玲さんも、陛下に頂戴した休暇が終わったら、また仕事で遠出するのよね」
「魍魎はいなくならないし、気がかりなこともあるから。まずは、だらだら寝て過ごしてる玖玲を真人間に戻さないと……」
癒々が足を止め、僕も立ち止まる。繋いだ手に少し力を入れて、癒々は空を仰いだ。
「私は光斗玽さんにお願いして、弟子入りさせて貰おうと思ってるの」
「え!? 命知らずだよ癒々!」
何故よりによってそこ行った!? 五十鈴ちゃんは!?
「い、命懸けなのは皆も同じだから……それで霊薬の女神様の話や、調合を学ばせて貰って……」
流石に危険性は感じているのか、癒々の声色は虚勢が混じってる。それでも言葉を翻さない。
「たくさん勉強して、書物を読んで。人も精霊も治してあげたいの。私そういうお医者様になりたい」
「それは……」
素晴らしい仕事だけど、死に立ち会う責任もある。癒々なら分かって言ってるにしても。
けど、そうしたいと願い自ら行動するのなら、きっとより良い未来が拓けると思う。
「理想通りにはならないかもしれないけど……自分で選んだこと、真剣に挑みたいの」
「うん、頑張れ癒々!」
「やってみる。私やりたいことをやりたいと言うわ。自分を幸せにする努力を蔑ろにしないって、決めたの」
癒々は満面の笑顔。黒い目が煌々して見える。輝かしい、初めて見る笑い方。それ凄く好きだな。僕も嬉しくなる。
「圜がね、私を尊重してくれるから。価値あるものとして扱ってくれるから。それに相応しくいようって……私が私を粗末にしちゃいけないって、やっと思えたの」
僕のして来たことが癒々に何かを伝えて、どこかに影響して、気持ちを前向きに変えられたのなら光栄だ。
癒々は前に進んでる。良かった。やっぱり意味はあったんだ。癒々に届いてた──
「うん……癒々は僕の一番。一番大事な女の子だよ」
頬が赤い癒々は可愛いな。顔が近くなったから見易い。本当に背が伸びてるのか、実感した。
「……狡いわ、圜。私もう女の子なんて歳じゃないのに……ちょっと嬉しい」
「癒々可愛いなぁ。僕が大人になるまで待っててくれないかなー」
「圜ったら、まだそんなこと言ってる」
癒々のお願いが増えたみたいに、僕も最近大きな一人言が増えたよ。癒々の傍でだけね。これからも言うよ、聞かせたくて言うからね!
「そうだ癒々、雪解けになったら二人で春の花を見に行こう」
「ええ行きたいわ」
「菫が綺麗に咲くよ、楽しみにしてて」
癒々が笑ってる。これからはきっと嬉しいこともたくさん起きるよ。癒々の人生は始まったばかりだって、五十鈴ちゃんも言ってた。
「早く春にならないかしら」
「もうすぐだよ、多分そこまで来てるかも」
僕ら箚士は精霊と共に戦う者。この世界で生きる限り、悲しいだけの話にはさせない。廻り巡っていつの日か、誰もが幸せに辿り着けるように。
それが箚士の仕事だよ、誇りとも言えるかな。僕らの話はこれでおしまい。次は君の話を聞かせてよ!
【完】
都は陛下のご意向で、まず犠牲者を悼む為に三日間喪に服し、その間は炊き出しと救出作業だけに注力した。後は復興一色。冬の前に住居を確保出来ないと、死者が増えてしまう。
癒々は城で丁重に扱われている。何せ女神の写し身で、竜神様の人柱だ。誰も粗末に出来ない。
悪鬼に憑かれた事実は不問に処された。箚士ですらない一般人の癒々、当然ただの被害者だよ。
傷は治っても女神と離れた反動や、悪鬼に取り込まれた影響もある。随分な生気を失い、当初は寝たきりの日も長かった。
旭は絶えず癒々の傍にいて、眠りを妨げる者に容赦しない。一人ピンピンしてる霊薬の女神の写し身には、特に厳しめ。大正解だよ。
「癒々、起きてる?」
「ええ……大丈夫よ。皆が心配性なだけだと思うの」
「ふらふらしてる人は寝てなきゃ駄目だよ」
「少しだけ歩きたいの……少しよ」
「……」
「ねえ圜、お願い」
僕は癒々のお願いに滅法弱いと、癒々にもばれてしまった。最近お願いされることが増えた気がする。
話したいとか、散歩したいとか、髪を梳かせて欲しいとか。どれも些細な要望だけど。喜んでくれるし、可愛いからつい叶えてあげたくなる。
「どうしても駄目? 雪を見たいだけよ」
「……風の当たらない所までなら」
「勿論、圜の言う通りにするわ」
ならちゃんと休んで欲しかった……確かに寝てばかりも悪いらしいけどね。ちょっと疲れてぐっすり眠れる方が良いか。
癒々の手を取り、寝台から連れ出す。やけにまじまじと僕を見ているような。
「圜、背が伸びたかしら」
「そんなに変わらないと思うよ?」
「じゃあまだ私しか気付いてないのかも。ふふふ、私が初めての人ね」
癒々が言うとドキッとするな。顔に出さないよう頑張らないと──いや無理だよ出るよニヤニヤしちゃうよこれは。
そんな風に療養を続けて半年くらい。春の手前の、日差し穏やかな昼日中。癒々一人で外を歩いていた。いや小魚姿の旭がいるにしても、危なっかしくて驚く。
「癒々! 誰かといてよ!」
「もう大丈夫よ圜、旭がいるわ。それに体力を戻さないと、治りも遅くなるの」
「じゃあほら、手を繋いで。転んだら嫌だ」
「そうする」
見るからに覚束無い足取りで歩く癒々、僕も合わせてのんびり歩く。肩に乗った大成が、癒々に手を上げ挨拶した。
「圜も玖玲さんも、陛下に頂戴した休暇が終わったら、また仕事で遠出するのよね」
「魍魎はいなくならないし、気がかりなこともあるから。まずは、だらだら寝て過ごしてる玖玲を真人間に戻さないと……」
癒々が足を止め、僕も立ち止まる。繋いだ手に少し力を入れて、癒々は空を仰いだ。
「私は光斗玽さんにお願いして、弟子入りさせて貰おうと思ってるの」
「え!? 命知らずだよ癒々!」
何故よりによってそこ行った!? 五十鈴ちゃんは!?
「い、命懸けなのは皆も同じだから……それで霊薬の女神様の話や、調合を学ばせて貰って……」
流石に危険性は感じているのか、癒々の声色は虚勢が混じってる。それでも言葉を翻さない。
「たくさん勉強して、書物を読んで。人も精霊も治してあげたいの。私そういうお医者様になりたい」
「それは……」
素晴らしい仕事だけど、死に立ち会う責任もある。癒々なら分かって言ってるにしても。
けど、そうしたいと願い自ら行動するのなら、きっとより良い未来が拓けると思う。
「理想通りにはならないかもしれないけど……自分で選んだこと、真剣に挑みたいの」
「うん、頑張れ癒々!」
「やってみる。私やりたいことをやりたいと言うわ。自分を幸せにする努力を蔑ろにしないって、決めたの」
癒々は満面の笑顔。黒い目が煌々して見える。輝かしい、初めて見る笑い方。それ凄く好きだな。僕も嬉しくなる。
「圜がね、私を尊重してくれるから。価値あるものとして扱ってくれるから。それに相応しくいようって……私が私を粗末にしちゃいけないって、やっと思えたの」
僕のして来たことが癒々に何かを伝えて、どこかに影響して、気持ちを前向きに変えられたのなら光栄だ。
癒々は前に進んでる。良かった。やっぱり意味はあったんだ。癒々に届いてた──
「うん……癒々は僕の一番。一番大事な女の子だよ」
頬が赤い癒々は可愛いな。顔が近くなったから見易い。本当に背が伸びてるのか、実感した。
「……狡いわ、圜。私もう女の子なんて歳じゃないのに……ちょっと嬉しい」
「癒々可愛いなぁ。僕が大人になるまで待っててくれないかなー」
「圜ったら、まだそんなこと言ってる」
癒々のお願いが増えたみたいに、僕も最近大きな一人言が増えたよ。癒々の傍でだけね。これからも言うよ、聞かせたくて言うからね!
「そうだ癒々、雪解けになったら二人で春の花を見に行こう」
「ええ行きたいわ」
「菫が綺麗に咲くよ、楽しみにしてて」
癒々が笑ってる。これからはきっと嬉しいこともたくさん起きるよ。癒々の人生は始まったばかりだって、五十鈴ちゃんも言ってた。
「早く春にならないかしら」
「もうすぐだよ、多分そこまで来てるかも」
僕ら箚士は精霊と共に戦う者。この世界で生きる限り、悲しいだけの話にはさせない。廻り巡っていつの日か、誰もが幸せに辿り着けるように。
それが箚士の仕事だよ、誇りとも言えるかな。僕らの話はこれでおしまい。次は君の話を聞かせてよ!
【完】
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