写し身乙女は春を待つ ~幻想東邦霊異聞~

波津井

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魍魎の影に潜む

47 その背中を追っていた

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 白い大鷹に案内され、城の一角へ駆け付ける。五十鈴ちゃん達は地上に降り立ち……逃げ惑ってる、ような?

「もしかして、癒々?」

 顔を上げた長い黒髪の女性は、確かに癒々だ。でも別人みたいに見える。表情が全然違うんだ、癒々はそんな風に嘲りはしない。もっと、蕾が綻ぶように笑う。

「圜くん、癒々さんが……!」

 光斗玽に抱えられ、五十鈴ちゃんが叫ぶ。

「鬼に取り憑かれています! 玉は壊され、取り込まれてしまった……!」

 都中から黒い塵のような物が渦巻いて、癒々に……癒々の身体を奪った悪鬼に、吸収されて行った。

「ようやっとまともに動けそうだ……ははは!」

 百鬼夜行を糧に、神話に記された悪鬼がここに再臨してしまった。立ち向かえる箚士が今、都に何人いるだろう。既に誰もが消耗してる。

「すまん、竜神様に霊力を空にされてな! 役に立てそうもない!」

「ごめんなさい、私の足では……!」

「ううん、二人は避難して。癒々も助ける」

 傍らで刃が正眼に構えられた。微かに青い光を灯して。まだやれるんだね、玖玲。そう見上げれば、正面を見据えて玖玲は顎を引く。

 僕もやれる、いや僕にやらせろ。あいつを今すぐ癒々から引き剥がす。一秒でも早く追い出さないと気が済まない。

「まだ抗おうとは驚きだ。人間は気概を折る方が効くと、それなりに趣向を凝らしたんだがな」

 芝居がかった調子で、悪鬼は顎に手をやり嘯いた。

「折れる奴も立ち上がる奴もいるさ。人間は十人十色だ、覚えとけば」

「何を飾り立てているやら。どれだけいようと、精々二色で済む話だろうに。赤と黒、人間なんぞそれで事足りよう」

 身の内と心の内だ、十分だろう──

 悪鬼はケタケタ笑ってる。個々の違いなんてない、こいつにとっては誰も彼も同じなんだな。

「癒々を返せ……!」

「この娘はとうに死んだも同然。女神が無理矢理生かしたに過ぎん。最初から我々の側、こちらにあるのが自然だ」

「仮に命が尽きてても、お前が癒々を好きに出来る道理はない! 癒々は癒々のものだ、癒々の人生で意思だ。他の誰も侵害するな!」

「よく吠えるわっぱだ」

「あの虎には負けるね、気持ち悪さでもな!」

 苛々するんだよ、神様も鬼も何も変わらない。身勝手で理不尽だ。癒々を大切にしようとしなかったくせに、幸せにしなかったくせに、どうして押し付けたりする。何をしたり顔で利用してる。

「人の上にいるつもりなら、人間を頼るな!」

 腰から霊符を抜き取り、投じた。悪鬼はすいと躱して、涼しい顔で澄ますのみ。

「人間が我らと肩を並べた気でいるとは、不遜。しかし悪くない、その意気や良し。腕によりをかけ──叩き折ってくれる!」

 集約した塵が悪鬼の頭部を取り巻いた。それは角となり、大きな籠手が爪の先まで細腕を覆う。
 手元に形成された二振りの黒い剣、悪鬼は両手に構えた。更に光輪の如く、背後で黒刃が円を作る。空気が肌を刺して止まない。

「ッ……やれるもんなら!」

 僕も大成も同じ気持ちだ、魂は深い場所で重なってる。一緒なら立ち向かえる──

「降臨! 大聖翁たいせいおう!」

 放たれる光、大猿の精霊が神威を発現した。

 八尺はありそうな背丈から、金色の眼が鋭く敵影を捉える。その手で操る緋色の棍が空を裂き、赤い毛並みは焔の如く揺らめく。いいや事実灼熱に燃え上がっている。

 岩……熔岩から生まれた大成は、その身に二つの性質を最初から持っていた。地にまつわる精霊に多い、不動心の特性。そして火にまつわる精霊に多い、強い浄化の特性。

 加えて己の箚士に応え、新たな能力の獲得に至った。赤毛を抜いて吹き散らせば、同じ姿形の大猿が次々と現れる。

「ガルルル……」

 分身の大猿も悪鬼に対し得物を構え、燃え盛るままに霊力が迸る。分身であれほぼ遜色はない。
 最も弱いとされる猿の形態。その強みは精霊が成長して初めて発揮されると、今なら分かった。

 より強きに挑み、より難関を越える程高みへ。学習し模倣した能力を獲得する、拡張性こそ猿の形態の最大の強みなんだ。

 大聖翁が得た力は、僕と大成が積み重ねた経験と、憧れへの足跡──

 腹は立つけど、普通に嫌いだけど……やっぱりちょっとだけ頼りにしてしまう背中を追いかけた証なんだ。絶対言わないとしても。

「これだけ余力を残す者が……詰めが甘かった」

「キッ!」

 悪鬼を囲み分身と棍を叩き込む。直撃はない。棍同士が組み合い、即席の檻を築いた。そこに浄化を発動、棍をなぞるように炎が走る。

 大聖翁の浄化の炎は悪鬼や魍魎を焼く、それ以外を対象にしない。癒々に怪我なんかさせるか、燃えろ!

「くっ……!」

 悪鬼が顔をしかめたのは寸の間。夜空より黒い一閃が棍を切り飛ばした。振り切った刃を手放し、悪鬼は即座に分身二体を鷲掴む。

 癒々の身体とは思えない膂力。二体は後背から急襲した黒剣をまともに食らい、消失した。
 全ての黒剣を自由に操れるのか、厄介な。その間、悪鬼は大きく息を吸う──……まさか!

「跪け!」

 大音声で喝破され、凄まじい力を叩き付けられた。大気が波打つ感覚、思わず足が止まる。これは虎の、そして鬼面嚇人……本家本元の威力か!

 ビリビリと脳天から突き抜ける威圧感。膝を屈してしまいそうになる。それだけは断固拒否だ、怒りを燃やし動揺を抑え込む。

 ──お前を、絶対に仕留める!

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