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魍魎の影に潜む
45 あなたに綴る
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「やったんだな……あれだけの百鬼夜行を……」
「度肝を抜かれるとは、まさに」
虎は完全に消滅し、百鬼夜行と戦う物音もしない。竜神の胴体は少しずつばらけて行く。夜空に煌々と鱗が散り、もう幾分と保たず崩壊するだろう。癒々と五十鈴ちゃんは無事なのか──
「はあ、羽虫より煩わしい奴だった」
悪態と共に切っ先を地に突き、玖玲がよろめきを堪えた。流石に降臨は消耗が激しいな。短時間でも霊力は空になる、覚悟しないと。
総量が増える前だったら、発動だけで倒れてた可能性も……なくはないかも?
「あ、そうだ玖玲」
「何」
肩で息をする玖玲に、嫌々ながら預かった手紙を渡す。
「これ。癒々から手紙……」
「は?」
「変な勘違いするなよ! 玖玲に何か預かって欲しいだけだってさ!」
「……」
一拍黙り込んだ玖玲が、俄然ぐっと眉間に皺を寄せた。え? むしろ怒るの? と驚いてしまう。
「ちびすけ、確か癒々は都へ来る前に家が全焼したよな」
「そうだよ、着の身着のまま苦労したんだ」
「全財産灰になって無一文の癒々に、預けられる物があるとでも? どう考えても、俺にはそいつが遺書に思える」
──遺書。
「え……いや、けど」
頭が全く追い付かなくて、もたもたしてる内に玖玲が手紙を読み始めた。眉間の皺は消えない、それが答えに思えてしまう。
「……俺にお前への手紙を預けるってさ、同封されてた。ちびすけに渡すのは問題が片付いてからが良いと……まるっきり自分は助からない前提でいるよ」
引ったくるように玖玲から手紙を奪う。白磁の棟の部屋で焚かれるお香と墨のにおいが、紙に染み付いていた。
──圜へ。
あなたが読んでいるのなら、私は写し身の役割を果たし終えたのね。竜神様の心臓なんて大役を担うのは、正直荷が重いわ。
けど私が逃げずに務めを果たせたなら、それは圜が箚士として励む姿を見て来たおかげよ。圜も頑張ってると思えば、きっと勇気を出せる。
あなたには言い尽くせない程感謝してるの。ありがとう圜、友達になってくれて。私を助けてくれて。
あなたと出会って、私は自分の人生を呪うだけの生涯にならずに済んだわ。私の心はあなたに救われたの。どうかお元気で。
最後に一つだけお願いしたいの。もし兎の精霊さんが生まれ変わって、まだ私を探していたら伝えてあげて。
私はもうこの世にいないけど、名前を考えておいたからって。あなたの名前は──……
「こんなに腹立たしい手紙は、生まれて初めてだ」
胸の奥がくしゃくしゃして、本当にどうしようもない。悲しいのに苛々が勝る。泣きたいのに涙より先に拳が出そう。
癒々は何も望んでない。助けてとも、どうしようとも残さず、粛々と受け入れようとしてる。
「僕のして来たこと、意味がないのかな……」
「意味?」
一緒にご飯食べて、話して、旅をして……隣で過ごした時間が。全然たいしたことじゃなくっても……でも、僕にとっては……
「そりゃあちっぽけだろうけどさ。思い出とか、先の約束とか。ほんの少しでも、明日は何しようって、思い描く力にはなれなかったの?」
ぐずぐずと声が揺れる。手が震える。思わず手紙を握り締めてしまった。
「生きていたい理由がないんだ、癒々の中に」
「そうでもないと思う」
玖玲は妙にきっぱりした物言いで否定する。
「理由だけあってもどうにもならないんだろう。あったとしても踏みにじられて来た。だからこんな内容になる」
「そうかも……」
「癒々は自分の選択で死にに行く。ならちびすけが自分の選択で助けたら良い」
「どうやって?」
「生命の女神を殴るか、竜神を殴って血肉を無理矢理食べさせるとか?」
「えっ」
「不老不死になれるだの、霊薬の材料になるだの、昔から言われてるだろ」
「事も無げにそんな……」
もう狂気の沙汰だよ。物騒が服着て歩いてんのかなこいつ。玖玲はそういう奴だけどさ。面倒臭がる割に恐れを知らない。
「女神殴ったら罰当たりそう」
「罰が怖くて竜神に喧嘩なんか売れるか。嫌ならしなくて良いぞ、別に」
「全然嫌じゃない。むしろ走って殴りに行こうかと思う」
「乗った」
膝を曲げてー、伸ばしてー、の屈伸運動。
「蛇の肉は鶏のささみに似てるらしいから、竜はそれより美味しいかもしれないね」
「味噌漬けにして焼けば、大体なんでも美味い」
「米食いたいだけだよね、それ」
はい肩を回してー、足首も回してー、準備運動かーらーのー、全力疾走!
「あら? 箚士玖玲と圜は?」
「今そこで話して……ないですね」
「あっ!? 勝手に持ち場離れてるあいつらー!」
「自由人だなぁ!?」
「何かありそう。私も行こ、手伝いに」
「なら俺も行くぜ、一応班員だしな!」
「では皆さんご一緒に」
***
竜神が消える前に肉を一狩りしたいよね!
──ってことで僕らは結構な速度で駈けている。その真正面から白い鳥が飛んで来た。五十鈴ちゃんの精霊だ!
「無事で良かった! 五十鈴ちゃんは?」
大鷹は勇ましく鳴き、ぐるりと頭上を旋回した。僕らを案内してくれるみたい。
「ちびすけ、向こう見なよ。上」
「え……何あれ?」
砂粒か灰塵か。黒い粒子が空で渦を巻き、一点に向かい集まり出していた。それは丁度、大鷹が目指す先で──
「度肝を抜かれるとは、まさに」
虎は完全に消滅し、百鬼夜行と戦う物音もしない。竜神の胴体は少しずつばらけて行く。夜空に煌々と鱗が散り、もう幾分と保たず崩壊するだろう。癒々と五十鈴ちゃんは無事なのか──
「はあ、羽虫より煩わしい奴だった」
悪態と共に切っ先を地に突き、玖玲がよろめきを堪えた。流石に降臨は消耗が激しいな。短時間でも霊力は空になる、覚悟しないと。
総量が増える前だったら、発動だけで倒れてた可能性も……なくはないかも?
「あ、そうだ玖玲」
「何」
肩で息をする玖玲に、嫌々ながら預かった手紙を渡す。
「これ。癒々から手紙……」
「は?」
「変な勘違いするなよ! 玖玲に何か預かって欲しいだけだってさ!」
「……」
一拍黙り込んだ玖玲が、俄然ぐっと眉間に皺を寄せた。え? むしろ怒るの? と驚いてしまう。
「ちびすけ、確か癒々は都へ来る前に家が全焼したよな」
「そうだよ、着の身着のまま苦労したんだ」
「全財産灰になって無一文の癒々に、預けられる物があるとでも? どう考えても、俺にはそいつが遺書に思える」
──遺書。
「え……いや、けど」
頭が全く追い付かなくて、もたもたしてる内に玖玲が手紙を読み始めた。眉間の皺は消えない、それが答えに思えてしまう。
「……俺にお前への手紙を預けるってさ、同封されてた。ちびすけに渡すのは問題が片付いてからが良いと……まるっきり自分は助からない前提でいるよ」
引ったくるように玖玲から手紙を奪う。白磁の棟の部屋で焚かれるお香と墨のにおいが、紙に染み付いていた。
──圜へ。
あなたが読んでいるのなら、私は写し身の役割を果たし終えたのね。竜神様の心臓なんて大役を担うのは、正直荷が重いわ。
けど私が逃げずに務めを果たせたなら、それは圜が箚士として励む姿を見て来たおかげよ。圜も頑張ってると思えば、きっと勇気を出せる。
あなたには言い尽くせない程感謝してるの。ありがとう圜、友達になってくれて。私を助けてくれて。
あなたと出会って、私は自分の人生を呪うだけの生涯にならずに済んだわ。私の心はあなたに救われたの。どうかお元気で。
最後に一つだけお願いしたいの。もし兎の精霊さんが生まれ変わって、まだ私を探していたら伝えてあげて。
私はもうこの世にいないけど、名前を考えておいたからって。あなたの名前は──……
「こんなに腹立たしい手紙は、生まれて初めてだ」
胸の奥がくしゃくしゃして、本当にどうしようもない。悲しいのに苛々が勝る。泣きたいのに涙より先に拳が出そう。
癒々は何も望んでない。助けてとも、どうしようとも残さず、粛々と受け入れようとしてる。
「僕のして来たこと、意味がないのかな……」
「意味?」
一緒にご飯食べて、話して、旅をして……隣で過ごした時間が。全然たいしたことじゃなくっても……でも、僕にとっては……
「そりゃあちっぽけだろうけどさ。思い出とか、先の約束とか。ほんの少しでも、明日は何しようって、思い描く力にはなれなかったの?」
ぐずぐずと声が揺れる。手が震える。思わず手紙を握り締めてしまった。
「生きていたい理由がないんだ、癒々の中に」
「そうでもないと思う」
玖玲は妙にきっぱりした物言いで否定する。
「理由だけあってもどうにもならないんだろう。あったとしても踏みにじられて来た。だからこんな内容になる」
「そうかも……」
「癒々は自分の選択で死にに行く。ならちびすけが自分の選択で助けたら良い」
「どうやって?」
「生命の女神を殴るか、竜神を殴って血肉を無理矢理食べさせるとか?」
「えっ」
「不老不死になれるだの、霊薬の材料になるだの、昔から言われてるだろ」
「事も無げにそんな……」
もう狂気の沙汰だよ。物騒が服着て歩いてんのかなこいつ。玖玲はそういう奴だけどさ。面倒臭がる割に恐れを知らない。
「女神殴ったら罰当たりそう」
「罰が怖くて竜神に喧嘩なんか売れるか。嫌ならしなくて良いぞ、別に」
「全然嫌じゃない。むしろ走って殴りに行こうかと思う」
「乗った」
膝を曲げてー、伸ばしてー、の屈伸運動。
「蛇の肉は鶏のささみに似てるらしいから、竜はそれより美味しいかもしれないね」
「味噌漬けにして焼けば、大体なんでも美味い」
「米食いたいだけだよね、それ」
はい肩を回してー、足首も回してー、準備運動かーらーのー、全力疾走!
「あら? 箚士玖玲と圜は?」
「今そこで話して……ないですね」
「あっ!? 勝手に持ち場離れてるあいつらー!」
「自由人だなぁ!?」
「何かありそう。私も行こ、手伝いに」
「なら俺も行くぜ、一応班員だしな!」
「では皆さんご一緒に」
***
竜神が消える前に肉を一狩りしたいよね!
──ってことで僕らは結構な速度で駈けている。その真正面から白い鳥が飛んで来た。五十鈴ちゃんの精霊だ!
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大鷹は勇ましく鳴き、ぐるりと頭上を旋回した。僕らを案内してくれるみたい。
「ちびすけ、向こう見なよ。上」
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