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魍魎の影に潜む
44 竜の息吹
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僕らは今、混迷を極める城内を駆けていた。虎の魍魎率いる本隊は城門を打ち破り、堂々と侵入を果たしている。
偉い人は避難したけど、城を陥落させる訳には。城の箚士と合流し本隊討伐を果たすべく、僕らの班は強行軍。その最中のこと──
「……ああもう! 結局こうなっちゃうのか!」
箚士が押し返す間もなく、竜神が出現してしまった。てっきり三女神が顕現するのかと思ってたのに、よもや竜神様御自らとは。
でも三女神は直接戦闘に向く権能じゃない。太古に軍勢を退けた主神を頼る方が自然なのかも。
じゃあ写し身はどうなってる? 竜神を呼ぶ為に三人が必要だったってこと? もし百鬼夜行を殲滅出来たとして、竜神は後腐れなく去ってくれるんだろうか。
「癒々……」
癒々は箚士じゃない、精霊もいない、加護もない。癒々だけが一人きり、命綱もなしに渦中にいる。どうして。
──嫌な予感はあるんだ。
これまでの少しずつが重なり合って、朧気に全容を示唆してる。癒々は……
「箚士圜、ここからが正念場ですよ」
「っ……はい、行けます」
班長の指示に従い、全員で浄化を発動、維持する。半壊した扉、壁一枚向こうで誰かが降臨させた精霊と魍魎が戦ってる。加勢しないと。
「生きていたらまた会いましょう。では」
六人全員で突入し、即座に浄化を食らわせた。丁度虎が視線を外していて、完全に後背を取った形だ。白光が蔓延る闇を照らし出す。
不意打ちに毛を逆立てて虎が吠えた。列を成す魍魎が散開し、一斉に広がって攻め寄せて来る。
的を絞らせないつもりだ。地味に一番効く対応して来るな。箚士との戦い方なんてとうに学んでるのか。
「竜神は……!」
まだ動かない。ただ宙に佇んでいて、何かを待っているようでもあり、力を蓄えているようでもある。その力の出所を考えたくない、いっそ何もしないで欲しい。
「ああっ!?」
箚士あやめの声に目をやれば、虎が鳳の精霊に食らい付いていた。喉笛を噛み千切り黒煙が内部にじわりと侵食する。鳳が悲鳴を上げた。
共に戦っていた大亀の精霊が蛇頭を差し向けると、虎はふわっと掻き消える。
「どこへ?」
班長が見渡すも、逸早く察したらしい大鴉が飛翔して、柱の影に嘴を突き刺した。途端に虎が飛び出して来る。あいつさては影を渡るのか。
「もしや玖玲の奴、御弥真を降臨させた?」
肯定するように大鴉が鳴いた。のんびり話す暇はない、けしかけられた魍魎が波のように押し寄せて来てる。
棍で蹴散らしつつ、味方が浄化でとどめを刺す。あの虎も流石に降臨した精霊には手を焼いているようだし、僕と大成も加わるべきだろう。
「おーい!」
「待ってくれ、虎を今ここで討つと不味いんだ!」
「何よ、どういうことよ!」
若い男が二人駆けて来て、虎は魍魎の複合体だと言う。玖玲は一度に全滅させるべきだと考え、竜神を待っていると。
「真偽は分からないけど、なんか納得。あの虎の不気味さって、見える部分と見えない部分のちぐはぐさによるって感じ」
「認識を狂わせることに長けた特性も、そこを隠すのではなく、強みにした結果ですかね」
「重ね重ね小賢しい。とにかくクソ厄介だぜ。鳴き声の方は大鴉がどうにかする。今はまだばらけさせないよう、生かさず殺さずで」
「……ちょっと待って。その話が本当なら、僕らが鬼面本体を討った時点でもう、ばらけてなきゃおかしいよ」
「つまり仮説は外れた訳か?」
槍で狐を貫いた箚士伊織に首を振り、僕も鳥の魍魎を叩き落とす。僕はもう一つの……最悪の可能性を挙げた。
「鬼面本体を祓えてない。取り逃がしたのかも」
「それはっ……でも確かに、消えたり煙になる逃げ方は、然程なかったのよね……」
「必死には見えませんでしたね」
「てっきり俺達が圧倒したのかと。最初から本体狙い撃ちでしたし」
「屋根……」
ハッとした。
「大鷹が消えた時、屋根に穴が開いた。そこで本体かその一部が穴から城内に侵入してたら、今頃……!」
雷鳴のような咆哮が轟いた。遂に竜神が能動的に動き出す。長大な身をうねらせ、周囲に光が走った。火花の如く弾ける光、白い鱗が輝く。
竜神の眼光は遠くを見据えている。大きく開いた顎、喉の奥から光線が迸った。夜闇を白く塗り変える程に。
「──ッ!」
町並みも百鬼夜行も、視界全てが白む。陰影が戻る頃には、既に魍魎の影も形もなく──
竜の息吹は都に攻め込む軍勢を薙ぎ払い、抵抗を許さず消し飛ばしていた。
「す、すげえ……」
しかしどれだけの反動があるのか。その一撃で竜体がボロボロと崩れ出す。剥がれた鱗が雪のように降り注ぐ……幻想的でもあり、空恐ろしくもある光景だ。
もしあのまま竜神が崩壊したら、写し身達は道連れにされてしまわないか。そこが不安で堪らない。
「グルオオオォォォ……!」
嘆きか、訴えか、勝鬨か。判断付かない咆哮が耳朶を打つ。しかし竜の眼はすぐ足元の城、つまりこの場所を見下ろした。
虎の魍魎も負けじと声を発し、竜体が仰け反る。しかし大鴉がそれを黙らせた。竜神は一息、喉を膨らませ再度口を開く。
好機だと大鴉が青い光を放ち、颯となって虎へ突撃する。鳳と大亀も残された霊力を振り絞り、浄化を発動した。白い炎、白波に似た奔流が地を舐める。上空から放たれし竜の息吹──
四方向からの攻撃に飲まれ、虎の四肢が吹き飛ばされて行く。竜神は崩壊しながらも白光を吐き尽くした。
千切れた猿顔が宙を舞い、黒い血を吐く。しかし絶命の間際、複数の声色でこう言った。
「我らの勝ちだ」
偉い人は避難したけど、城を陥落させる訳には。城の箚士と合流し本隊討伐を果たすべく、僕らの班は強行軍。その最中のこと──
「……ああもう! 結局こうなっちゃうのか!」
箚士が押し返す間もなく、竜神が出現してしまった。てっきり三女神が顕現するのかと思ってたのに、よもや竜神様御自らとは。
でも三女神は直接戦闘に向く権能じゃない。太古に軍勢を退けた主神を頼る方が自然なのかも。
じゃあ写し身はどうなってる? 竜神を呼ぶ為に三人が必要だったってこと? もし百鬼夜行を殲滅出来たとして、竜神は後腐れなく去ってくれるんだろうか。
「癒々……」
癒々は箚士じゃない、精霊もいない、加護もない。癒々だけが一人きり、命綱もなしに渦中にいる。どうして。
──嫌な予感はあるんだ。
これまでの少しずつが重なり合って、朧気に全容を示唆してる。癒々は……
「箚士圜、ここからが正念場ですよ」
「っ……はい、行けます」
班長の指示に従い、全員で浄化を発動、維持する。半壊した扉、壁一枚向こうで誰かが降臨させた精霊と魍魎が戦ってる。加勢しないと。
「生きていたらまた会いましょう。では」
六人全員で突入し、即座に浄化を食らわせた。丁度虎が視線を外していて、完全に後背を取った形だ。白光が蔓延る闇を照らし出す。
不意打ちに毛を逆立てて虎が吠えた。列を成す魍魎が散開し、一斉に広がって攻め寄せて来る。
的を絞らせないつもりだ。地味に一番効く対応して来るな。箚士との戦い方なんてとうに学んでるのか。
「竜神は……!」
まだ動かない。ただ宙に佇んでいて、何かを待っているようでもあり、力を蓄えているようでもある。その力の出所を考えたくない、いっそ何もしないで欲しい。
「ああっ!?」
箚士あやめの声に目をやれば、虎が鳳の精霊に食らい付いていた。喉笛を噛み千切り黒煙が内部にじわりと侵食する。鳳が悲鳴を上げた。
共に戦っていた大亀の精霊が蛇頭を差し向けると、虎はふわっと掻き消える。
「どこへ?」
班長が見渡すも、逸早く察したらしい大鴉が飛翔して、柱の影に嘴を突き刺した。途端に虎が飛び出して来る。あいつさては影を渡るのか。
「もしや玖玲の奴、御弥真を降臨させた?」
肯定するように大鴉が鳴いた。のんびり話す暇はない、けしかけられた魍魎が波のように押し寄せて来てる。
棍で蹴散らしつつ、味方が浄化でとどめを刺す。あの虎も流石に降臨した精霊には手を焼いているようだし、僕と大成も加わるべきだろう。
「おーい!」
「待ってくれ、虎を今ここで討つと不味いんだ!」
「何よ、どういうことよ!」
若い男が二人駆けて来て、虎は魍魎の複合体だと言う。玖玲は一度に全滅させるべきだと考え、竜神を待っていると。
「真偽は分からないけど、なんか納得。あの虎の不気味さって、見える部分と見えない部分のちぐはぐさによるって感じ」
「認識を狂わせることに長けた特性も、そこを隠すのではなく、強みにした結果ですかね」
「重ね重ね小賢しい。とにかくクソ厄介だぜ。鳴き声の方は大鴉がどうにかする。今はまだばらけさせないよう、生かさず殺さずで」
「……ちょっと待って。その話が本当なら、僕らが鬼面本体を討った時点でもう、ばらけてなきゃおかしいよ」
「つまり仮説は外れた訳か?」
槍で狐を貫いた箚士伊織に首を振り、僕も鳥の魍魎を叩き落とす。僕はもう一つの……最悪の可能性を挙げた。
「鬼面本体を祓えてない。取り逃がしたのかも」
「それはっ……でも確かに、消えたり煙になる逃げ方は、然程なかったのよね……」
「必死には見えませんでしたね」
「てっきり俺達が圧倒したのかと。最初から本体狙い撃ちでしたし」
「屋根……」
ハッとした。
「大鷹が消えた時、屋根に穴が開いた。そこで本体かその一部が穴から城内に侵入してたら、今頃……!」
雷鳴のような咆哮が轟いた。遂に竜神が能動的に動き出す。長大な身をうねらせ、周囲に光が走った。火花の如く弾ける光、白い鱗が輝く。
竜神の眼光は遠くを見据えている。大きく開いた顎、喉の奥から光線が迸った。夜闇を白く塗り変える程に。
「──ッ!」
町並みも百鬼夜行も、視界全てが白む。陰影が戻る頃には、既に魍魎の影も形もなく──
竜の息吹は都に攻め込む軍勢を薙ぎ払い、抵抗を許さず消し飛ばしていた。
「す、すげえ……」
しかしどれだけの反動があるのか。その一撃で竜体がボロボロと崩れ出す。剥がれた鱗が雪のように降り注ぐ……幻想的でもあり、空恐ろしくもある光景だ。
もしあのまま竜神が崩壊したら、写し身達は道連れにされてしまわないか。そこが不安で堪らない。
「グルオオオォォォ……!」
嘆きか、訴えか、勝鬨か。判断付かない咆哮が耳朶を打つ。しかし竜の眼はすぐ足元の城、つまりこの場所を見下ろした。
虎の魍魎も負けじと声を発し、竜体が仰け反る。しかし大鴉がそれを黙らせた。竜神は一息、喉を膨らませ再度口を開く。
好機だと大鴉が青い光を放ち、颯となって虎へ突撃する。鳳と大亀も残された霊力を振り絞り、浄化を発動した。白い炎、白波に似た奔流が地を舐める。上空から放たれし竜の息吹──
四方向からの攻撃に飲まれ、虎の四肢が吹き飛ばされて行く。竜神は崩壊しながらも白光を吐き尽くした。
千切れた猿顔が宙を舞い、黒い血を吐く。しかし絶命の間際、複数の声色でこう言った。
「我らの勝ちだ」
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