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魍魎の影に潜む
43 導きの鳥
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「こっわ、何あいつこっわ!」
黒い大熊の首が宙を飛ぶ。バッサリと一刀で刎ねられた魍魎。もう何体目かも分からん。黙々と切り捨て続ける班員に、正直ドン引きしている。
箚士玖玲──やたら美人だの色男だの言われてるから、顔と名前は知ってたぜ。こういう奴とは思わなかったが。
いや、思考を捨てた動きの方が強い奴もいる、とは言ったけどよ。実際やり始めると思わないだろ……
ここ百鬼夜行の本隊最前線だぜ? 考えなしになれる人間なんているのかよいたわ死にたいの?
対人戦じゃねーぞ相手化物だぞ。特性も体積も関節の可動域も、個々にてんで違うっつーの。無駄に綺麗な顔して立派な脳筋かよ。
同調に思考割いたまま、完全に最適化した動きで延々魍魎を切りまくってんの。感情ある生き物の動きじゃないんだよ怖いわ。こけしの方がまだ人間味あるわ。
でも戦果としちゃ頭抜けてる。今声をかけたって届かないのも分かるぜ。だからこっちはこっちで励んでる、けどよ……!
「折角複数で当たってんのに、援護もなしで完全に無意味なんだよなー! 互助って知ってるか!? 人間の基本的な生存戦略だ馬鹿野郎ーッ!」
怒りと八つ当たりを込めて叩き付けた拳は、短角牛を仰け反らせ横転させた。どうせ聞いちゃいないから好き放題言うぜ!
「俺もうむっちゃお前嫌いだわ! 顔が特にムカつくからもげろ! ついでに種も才能も枯れ果てろやー!」
頭から振り下ろす蹴りが牛の腹をへこませた。別に仲間割れじゃないぜ。窮地を脱する為に仕方なく、心を燃やして奮起するんだ。でも良い子は真似するなよ言葉遣い大事。
俺達は祓っても祓ってもまるで減った気のしない魍魎の数っていう、現実の無情さと戦ってるから。折れそうな心を鼓舞する為に、ちょっと特殊な掛け声が必要なんだ。いや本当本当。
「くたばれ色男ぉ!」
食らえ必殺の私怨九割九分九厘拳! 俺より顔の良い奴は皆傷物になれゴルァ!
「うおっ!?」
突風が突き抜け、辺りを圧倒した。風に拐われた砂礫が箚士玖玲を取り巻く。
見れば分かる。臨界、今あいつの精霊が箚士の魂を飲んだ。次に顕現したらもう人間じゃない、精霊と化す──降臨だ。
「は……やったのかよ、この場でやり遂せやがった!」
本当に降臨まで至ったのか! 何あいつ、戦ってる状態じゃないと心鎮められない狂人か何か? 引くわー、ただのやばい奴確定でドン引きだぜ!
「あれは……」
「あ?」
視線を追って咒禁城を見れば、真っ直ぐに射す光の柱から竜が現れた。神々しい鱗は全体的に白い。被毛は薄い金色を帯び、鮮やかな青と赤の鱗が少し。絵巻物で見る竜神みたいな……
──いやあれ竜神様じゃね?
「まさか本物?」
「本物だろ」
「だよな!? ……なら驚けよ馬鹿野郎! 無反応極め過ぎかよ、神経死んでんのか!?」
「時間の無駄、俺は行く」
竜神様が顕現したのにガン無視すんの? 我先にと突撃出来るもんなの? 人間としてはどうかしてるが、箚士としては天晴れな奴かもしれん。
「…………」
いや俺は持ち場を離れないぜ。箚士適性以上にまともな人間性の方を高く評価するし。やばい奴には付き合いきれ、ねー……ぜ……
「…………」
「遅くなりました! あれ……箚士玖玲は?」
「ッあーもう分かったようるっせーなー! 俺はまともな人間なので! 互助の精神くらい持ち合わせてるぜ畜生め!」
「え? どこ行くんですか、持ち場を離れる時はー!」
「お前も付いて来い手伝え! 魍魎全部祓うまで帰れると思うな! 俺はもう帰りたいぜクソが!」
人としての尊厳が懸かってるから、仕方なく奴の後を追った。片付いたら死ぬ程奢らせようと思う。
「うわっ!? あれ竜神様では!? 世界滅びる前触れ!?」
「あ、俺お前となら友達になれるわ。宜しくな」
後を追いかけた先で、箚士玖玲が構えているのを見た。虎の後ろ姿が視認出来る。蛇の尾に睨まれたし、気付かれてるなこれ。
「あれをやりゃあ良いんだよな!」
「良くない。あれは魍魎を繋いで、無理矢理一体に収めたようなもの。ばらければ百鬼夜行が増える」
「げっ……ならどうすんだよ、とても手が足りないぜ」
「一度で全滅させる威力叩き込むよ?」
「ええ……正気ですか箚士玖玲……」
「あの竜が何かする、それに合わせれば良い」
事も無げにそう言って、青い光を宿す刃に霊力を注ぐ。いや武器だけじゃない。当人にも、それは及んでいる──
「降臨、八尋黒慈鳥」
大気が波打つ。神霊が降り立ち、黒々とした長大な翼が影を落とした。新月の闇にありながら、緑と紫の輝きが浮かぶ羽。その大鴉自体が光を宿す神妙な存在だからか。
頭上に浮かぶ、日輪か焔に似た光輪。最早無視出来ない大鴉の存在感に虎が天を向き、金属音に似た鳴き声を発する。
「ヒーィィィ……ウ!」
途端にぞわりと肌が粟立つ。耳を塞ぎたいが、拳を握り締めて耐える。ここで倒れちゃ意味がねえ。
だが喉を膨らませた大鴉の鳴き声が、全ての音を打ち消した。確かに漏れ出た自分の声も、すぐ向こうの打ち合いさえも、一切の音が絶える。
強制された静寂に、虎頭もこちらを正視した。
「……完全に相殺したってのか、あらゆる音を」
「確か御弥真の特性は群体……それが力の同時発動や情報処理に発揮されたら……百人力?」
「もうあいつ一人でやれるな百鬼夜行。俺ら完全にいらない子だわ」
黒い大熊の首が宙を飛ぶ。バッサリと一刀で刎ねられた魍魎。もう何体目かも分からん。黙々と切り捨て続ける班員に、正直ドン引きしている。
箚士玖玲──やたら美人だの色男だの言われてるから、顔と名前は知ってたぜ。こういう奴とは思わなかったが。
いや、思考を捨てた動きの方が強い奴もいる、とは言ったけどよ。実際やり始めると思わないだろ……
ここ百鬼夜行の本隊最前線だぜ? 考えなしになれる人間なんているのかよいたわ死にたいの?
対人戦じゃねーぞ相手化物だぞ。特性も体積も関節の可動域も、個々にてんで違うっつーの。無駄に綺麗な顔して立派な脳筋かよ。
同調に思考割いたまま、完全に最適化した動きで延々魍魎を切りまくってんの。感情ある生き物の動きじゃないんだよ怖いわ。こけしの方がまだ人間味あるわ。
でも戦果としちゃ頭抜けてる。今声をかけたって届かないのも分かるぜ。だからこっちはこっちで励んでる、けどよ……!
「折角複数で当たってんのに、援護もなしで完全に無意味なんだよなー! 互助って知ってるか!? 人間の基本的な生存戦略だ馬鹿野郎ーッ!」
怒りと八つ当たりを込めて叩き付けた拳は、短角牛を仰け反らせ横転させた。どうせ聞いちゃいないから好き放題言うぜ!
「俺もうむっちゃお前嫌いだわ! 顔が特にムカつくからもげろ! ついでに種も才能も枯れ果てろやー!」
頭から振り下ろす蹴りが牛の腹をへこませた。別に仲間割れじゃないぜ。窮地を脱する為に仕方なく、心を燃やして奮起するんだ。でも良い子は真似するなよ言葉遣い大事。
俺達は祓っても祓ってもまるで減った気のしない魍魎の数っていう、現実の無情さと戦ってるから。折れそうな心を鼓舞する為に、ちょっと特殊な掛け声が必要なんだ。いや本当本当。
「くたばれ色男ぉ!」
食らえ必殺の私怨九割九分九厘拳! 俺より顔の良い奴は皆傷物になれゴルァ!
「うおっ!?」
突風が突き抜け、辺りを圧倒した。風に拐われた砂礫が箚士玖玲を取り巻く。
見れば分かる。臨界、今あいつの精霊が箚士の魂を飲んだ。次に顕現したらもう人間じゃない、精霊と化す──降臨だ。
「は……やったのかよ、この場でやり遂せやがった!」
本当に降臨まで至ったのか! 何あいつ、戦ってる状態じゃないと心鎮められない狂人か何か? 引くわー、ただのやばい奴確定でドン引きだぜ!
「あれは……」
「あ?」
視線を追って咒禁城を見れば、真っ直ぐに射す光の柱から竜が現れた。神々しい鱗は全体的に白い。被毛は薄い金色を帯び、鮮やかな青と赤の鱗が少し。絵巻物で見る竜神みたいな……
──いやあれ竜神様じゃね?
「まさか本物?」
「本物だろ」
「だよな!? ……なら驚けよ馬鹿野郎! 無反応極め過ぎかよ、神経死んでんのか!?」
「時間の無駄、俺は行く」
竜神様が顕現したのにガン無視すんの? 我先にと突撃出来るもんなの? 人間としてはどうかしてるが、箚士としては天晴れな奴かもしれん。
「…………」
いや俺は持ち場を離れないぜ。箚士適性以上にまともな人間性の方を高く評価するし。やばい奴には付き合いきれ、ねー……ぜ……
「…………」
「遅くなりました! あれ……箚士玖玲は?」
「ッあーもう分かったようるっせーなー! 俺はまともな人間なので! 互助の精神くらい持ち合わせてるぜ畜生め!」
「え? どこ行くんですか、持ち場を離れる時はー!」
「お前も付いて来い手伝え! 魍魎全部祓うまで帰れると思うな! 俺はもう帰りたいぜクソが!」
人としての尊厳が懸かってるから、仕方なく奴の後を追った。片付いたら死ぬ程奢らせようと思う。
「うわっ!? あれ竜神様では!? 世界滅びる前触れ!?」
「あ、俺お前となら友達になれるわ。宜しくな」
後を追いかけた先で、箚士玖玲が構えているのを見た。虎の後ろ姿が視認出来る。蛇の尾に睨まれたし、気付かれてるなこれ。
「あれをやりゃあ良いんだよな!」
「良くない。あれは魍魎を繋いで、無理矢理一体に収めたようなもの。ばらければ百鬼夜行が増える」
「げっ……ならどうすんだよ、とても手が足りないぜ」
「一度で全滅させる威力叩き込むよ?」
「ええ……正気ですか箚士玖玲……」
「あの竜が何かする、それに合わせれば良い」
事も無げにそう言って、青い光を宿す刃に霊力を注ぐ。いや武器だけじゃない。当人にも、それは及んでいる──
「降臨、八尋黒慈鳥」
大気が波打つ。神霊が降り立ち、黒々とした長大な翼が影を落とした。新月の闇にありながら、緑と紫の輝きが浮かぶ羽。その大鴉自体が光を宿す神妙な存在だからか。
頭上に浮かぶ、日輪か焔に似た光輪。最早無視出来ない大鴉の存在感に虎が天を向き、金属音に似た鳴き声を発する。
「ヒーィィィ……ウ!」
途端にぞわりと肌が粟立つ。耳を塞ぎたいが、拳を握り締めて耐える。ここで倒れちゃ意味がねえ。
だが喉を膨らませた大鴉の鳴き声が、全ての音を打ち消した。確かに漏れ出た自分の声も、すぐ向こうの打ち合いさえも、一切の音が絶える。
強制された静寂に、虎頭もこちらを正視した。
「……完全に相殺したってのか、あらゆる音を」
「確か御弥真の特性は群体……それが力の同時発動や情報処理に発揮されたら……百人力?」
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