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魍魎の影に潜む
42 一陣の風を呼ぶ
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「きりがないな」
そうぼやく班員を横目に刃を振るう。配置の意味はとうにない。都の外から侵入して来る数頼みの行軍と、城を直撃した本隊とで圧殺されかけ。俺達は後方なのに、ある意味で最前線。
あの猿顔の虎がまた厄介に過ぎる。鬼面と同じ能力持ってるとか、どこで安売りしてんの?
「ヒョーウ」
図体と一致しない鳴き声、気味の悪いその声を聞くと怖気が走る。正しくは恐怖を無理矢理喚起され、精神状態を強制されるのか。可聴範囲内にいる限り。
耳を塞げば良いだろうと試した者は、逆に高い威力で効果が及び昏倒した。人の心理を徹底的に攻めて来る、腹立たしさが凄いよ。
「精霊は比較的ましだけど、混乱するみたいだしな」
「個体差もまあまあ。多分岩や地を元にする精霊は、比較的動揺してない」
「そうですか? 班長に伝えます」
一人が伝達に離れた。逆に声の影響を受け易いのが風や水派生。おかげで御弥真を群体として活用出来ない。今は俺と同化して長期戦の構えだ。
「ちびすけが鬼面にやられた時も、大成が代わって戦ったし。同系統の精霊なら虎を討てるかもしれない」
篝火を焚いて新月の闇を見通す。倒れた人間は少なくない、だからって諦める訳ないけど。
俺達の班は後背を突き、本隊をじわじわ削り取っている内の一つ。城に食らい付く行軍を止めようと、誰もが死力を尽くしていた。
「城が先に落ちるのは目に見えてるけど」
浄化を宿した破魔の刃で、大蛇の魍魎を両断する。頭だけになっても噛み付こうとするのは見上げた根性だね。近くの箚士が蛇頭を殴り飛ばし、霊符を投げた。
「浄化、誓願!」
ざらりと黒い塵になり、大蛇が崩れ去った。
でもどこかで犠牲者や精霊が取り込まれたら、永遠に減らせないな。
城の方は流石に手厚い。降臨を使える箚士が、複数名で迎え討ってるな。巨鳥と、蛇頭を備えた大亀が見える。押し返せるかはこっち次第か。
「俺も降臨が出来れば……」
結局間に合わなかったのが不服なんだけど。
御弥真は元々うちで祀る神霊の、大鴉から与えられた分霊。それぞれ同根だけど別個体。理解しようにも理解すべき範囲が膨大、本質まで遠過ぎる。
千人に一斉に話しかけられたら、誰だって戸惑うだろ。それも個々に楽天的だったり無関心だったり、てんで異なる情報を寄越して来るんだから冗談じゃないよ。
「降臨? 高望みはよせやい。土壇場で覚醒とか都合良く起きたりしないぜ」
「煩い、訓練の最中だったってだけ」
「っとと、死ね猪豚が!」
大きな猪を殴り飛ばし、護拳を兼ねた金具を手に装備した班員が跳びすさる。
「じゃあもう戦いながら続きしろよ。今すぐ極めて修了してくれや。思考を捨てた動きの方が強い奴もいるだろ」
「まあね」
どうせ俺の浄化は刃に頼る、案外向いてそうだ。余計に外へ割くことなく同化してるんだし。機を活かそうか、死地にも活路はある。
──御弥真、お前は?
精神の深い場所、魂は共にある。その場所を視るべく意識を移す。喧騒と現実が遠退き……
肩に留まる気配、白い嘴が視界に映り込む。どこか悄気た鳴き声だ。いつもけたたましいお前がそんな調子だと奇妙だな。
どうした、あの虎が怖いの? 俺もあれは不気味に思うよ。ああ、もしかしたら初めてじゃないか? お前達の心情と見解が、完全に一致してる状態って。
「カアッ」
あの虎がただの魍魎じゃないのは、俺にも分かる。どうおかしいか御弥真なら……神霊はもっと把握してるよな?
「クアァ」
これお前達の認識? 見解かな。そう、魍魎同士で共食いさせて、鬼面が取り込んだ形か。互いに呪い合って厄介さが増してると。
そもそもあの鬼面自体、その為だけに特化した存在だと思える。鬼と言うより、あの虎を生み出す機能。奴を含めて虎の設計図みたいな。
あの虎が厄介なのは仕方ないにしろ、率いる本隊はただの魍魎の群れ。やることはいつもと変わらないだろ。
「カアカア」
──逆? あの虎だけが本隊の可能性……か。奴を倒した瞬間ばらけて、再度百鬼夜行が展開するとでも……
鬼面の小賢しさならあり得る、胸糞悪い。成程それが狙いなのか、だから先頭にいる。削られる後方や行列は蜥蜴の尻尾。あいつらは本当に徹底的に、人間の心をへし折りに来てる。
「カアッ!」
そうか、鬼面の本体が倒されても同じ。繋ぎを失えば、どの道あの虎は百鬼夜行と化す。写し身と玉のすぐ傍で。
「カア」
なあ御弥真、俺は今相当腹立たしく思うけど、お前は? まさか立ち向かう勇気がないなんて言わないよな? 真正面から食らったちびすけは、自分で戻って見せたのに。
「──ッ!」
舐められっぱなしは俺達の流儀じゃない。恐怖はあって良い、それも糧になる。飲み干してやれよ。
なあ聞こえてるんだろ大鴉、あんたの矜持の程を見せなよ。俺達箚士の背中を、これまでずっと見て来た筈だ。
なんで俺達の血族を選んだ?
どうして共にあることを決めた?
俺達の背中はなんの為にある?
「お前と一緒に飛ぶ為だろ」
千羽が飛び立つ。一つ一つが羽になり、形になり、巨大な神霊の姿を見せた。突き抜ける風は、全ての雑念を吹き祓う。ただ厳かに。
──どれだけ精霊に愛されているか、ね。
ああそうだろうさ、我が一族は愛されてるよ。魍魎に似るからと人々に忌み嫌われた、この黒翼を携えて行くと誓ったんだから。
俺はその名を知ってるよ、代々伝わる大切な名だから。お前が許すまでは呼ばない、幼い頃に誓いを立てた。家族も皆守って来た、そうだろ。
「ならば今こそ呼ぶが良い」
無数の声がそう言った。俺も応えよう、お前になら。命はとうに預けてる。
そうぼやく班員を横目に刃を振るう。配置の意味はとうにない。都の外から侵入して来る数頼みの行軍と、城を直撃した本隊とで圧殺されかけ。俺達は後方なのに、ある意味で最前線。
あの猿顔の虎がまた厄介に過ぎる。鬼面と同じ能力持ってるとか、どこで安売りしてんの?
「ヒョーウ」
図体と一致しない鳴き声、気味の悪いその声を聞くと怖気が走る。正しくは恐怖を無理矢理喚起され、精神状態を強制されるのか。可聴範囲内にいる限り。
耳を塞げば良いだろうと試した者は、逆に高い威力で効果が及び昏倒した。人の心理を徹底的に攻めて来る、腹立たしさが凄いよ。
「精霊は比較的ましだけど、混乱するみたいだしな」
「個体差もまあまあ。多分岩や地を元にする精霊は、比較的動揺してない」
「そうですか? 班長に伝えます」
一人が伝達に離れた。逆に声の影響を受け易いのが風や水派生。おかげで御弥真を群体として活用出来ない。今は俺と同化して長期戦の構えだ。
「ちびすけが鬼面にやられた時も、大成が代わって戦ったし。同系統の精霊なら虎を討てるかもしれない」
篝火を焚いて新月の闇を見通す。倒れた人間は少なくない、だからって諦める訳ないけど。
俺達の班は後背を突き、本隊をじわじわ削り取っている内の一つ。城に食らい付く行軍を止めようと、誰もが死力を尽くしていた。
「城が先に落ちるのは目に見えてるけど」
浄化を宿した破魔の刃で、大蛇の魍魎を両断する。頭だけになっても噛み付こうとするのは見上げた根性だね。近くの箚士が蛇頭を殴り飛ばし、霊符を投げた。
「浄化、誓願!」
ざらりと黒い塵になり、大蛇が崩れ去った。
でもどこかで犠牲者や精霊が取り込まれたら、永遠に減らせないな。
城の方は流石に手厚い。降臨を使える箚士が、複数名で迎え討ってるな。巨鳥と、蛇頭を備えた大亀が見える。押し返せるかはこっち次第か。
「俺も降臨が出来れば……」
結局間に合わなかったのが不服なんだけど。
御弥真は元々うちで祀る神霊の、大鴉から与えられた分霊。それぞれ同根だけど別個体。理解しようにも理解すべき範囲が膨大、本質まで遠過ぎる。
千人に一斉に話しかけられたら、誰だって戸惑うだろ。それも個々に楽天的だったり無関心だったり、てんで異なる情報を寄越して来るんだから冗談じゃないよ。
「降臨? 高望みはよせやい。土壇場で覚醒とか都合良く起きたりしないぜ」
「煩い、訓練の最中だったってだけ」
「っとと、死ね猪豚が!」
大きな猪を殴り飛ばし、護拳を兼ねた金具を手に装備した班員が跳びすさる。
「じゃあもう戦いながら続きしろよ。今すぐ極めて修了してくれや。思考を捨てた動きの方が強い奴もいるだろ」
「まあね」
どうせ俺の浄化は刃に頼る、案外向いてそうだ。余計に外へ割くことなく同化してるんだし。機を活かそうか、死地にも活路はある。
──御弥真、お前は?
精神の深い場所、魂は共にある。その場所を視るべく意識を移す。喧騒と現実が遠退き……
肩に留まる気配、白い嘴が視界に映り込む。どこか悄気た鳴き声だ。いつもけたたましいお前がそんな調子だと奇妙だな。
どうした、あの虎が怖いの? 俺もあれは不気味に思うよ。ああ、もしかしたら初めてじゃないか? お前達の心情と見解が、完全に一致してる状態って。
「カアッ」
あの虎がただの魍魎じゃないのは、俺にも分かる。どうおかしいか御弥真なら……神霊はもっと把握してるよな?
「クアァ」
これお前達の認識? 見解かな。そう、魍魎同士で共食いさせて、鬼面が取り込んだ形か。互いに呪い合って厄介さが増してると。
そもそもあの鬼面自体、その為だけに特化した存在だと思える。鬼と言うより、あの虎を生み出す機能。奴を含めて虎の設計図みたいな。
あの虎が厄介なのは仕方ないにしろ、率いる本隊はただの魍魎の群れ。やることはいつもと変わらないだろ。
「カアカア」
──逆? あの虎だけが本隊の可能性……か。奴を倒した瞬間ばらけて、再度百鬼夜行が展開するとでも……
鬼面の小賢しさならあり得る、胸糞悪い。成程それが狙いなのか、だから先頭にいる。削られる後方や行列は蜥蜴の尻尾。あいつらは本当に徹底的に、人間の心をへし折りに来てる。
「カアッ!」
そうか、鬼面の本体が倒されても同じ。繋ぎを失えば、どの道あの虎は百鬼夜行と化す。写し身と玉のすぐ傍で。
「カア」
なあ御弥真、俺は今相当腹立たしく思うけど、お前は? まさか立ち向かう勇気がないなんて言わないよな? 真正面から食らったちびすけは、自分で戻って見せたのに。
「──ッ!」
舐められっぱなしは俺達の流儀じゃない。恐怖はあって良い、それも糧になる。飲み干してやれよ。
なあ聞こえてるんだろ大鴉、あんたの矜持の程を見せなよ。俺達箚士の背中を、これまでずっと見て来た筈だ。
なんで俺達の血族を選んだ?
どうして共にあることを決めた?
俺達の背中はなんの為にある?
「お前と一緒に飛ぶ為だろ」
千羽が飛び立つ。一つ一つが羽になり、形になり、巨大な神霊の姿を見せた。突き抜ける風は、全ての雑念を吹き祓う。ただ厳かに。
──どれだけ精霊に愛されているか、ね。
ああそうだろうさ、我が一族は愛されてるよ。魍魎に似るからと人々に忌み嫌われた、この黒翼を携えて行くと誓ったんだから。
俺はその名を知ってるよ、代々伝わる大切な名だから。お前が許すまでは呼ばない、幼い頃に誓いを立てた。家族も皆守って来た、そうだろ。
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