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魍魎の影に潜む
41 降臨
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嬉しいな、誰かに好きと思って貰える。友達と呼んで貰える。こんなに贅沢なことが人生にあるかしら。
叶うならこれからも……とは思わない。欲を出せばきりがないもの。欲に負けて相手を傷付けた過去、忘れたりしない。私は、足ることを知るべきよ。
駆けて行く圜の背中を見送って、握り締めた掌に爪を立てる。自分の意思の弱さ、浅はかさにうんざりするから。
「……」
私きっと圜が大人になるまで生きていられないの──
そう白状してしまう所だった。襲撃は恐ろしいけど、あの時あの瞬間で良かったかもしれない。
「とうとう始まってしまったか! やはり神託は外れんのだな!」
案内された先では、腕組みした光斗玽さんが待っていた。私が知る中で一番大柄な男性なのに、何故かこの人あんまり怖くない。無邪気な人。
「お嬢ちゃんよ、やっぱり気持ちは変わらないのかい」
「はい、精霊との約束です」
「だがなぁ。お嬢ちゃんはこれまでずっと、彼らの恩恵の外に放り出されていた子だ。命を懸けるまで、せんで良いと思うがね」
「いいえ……きっと私達を育む世界や環境は、精霊の恩恵の賜物だと思います」
「俺は嫌だなぁ。あんたみたいな心根の優しい、まだ若い娘さんが死にに行くのは」
拗ねた口調が子供みたいで、思わず笑ってしまう。二人の先生だった人、納得するし安心する。箚士としての誇りも、真っ直ぐな性根も、間違いなくこの人が育て上げたんだわ。
「なら、こう捉えて下さい。私は自分一人よりも大勢の、たくさんの子供達を守りに行くんです」
生まれたばかりの子、まだお腹の中にいる子。罪も責もない無垢な命を守る為に行くの。いつか生命の女神様が、私にそうしてくれたように。
「むう……駄目だ駄目だ、そんな格好良い台詞でも納得しないぞ! お嬢ちゃんも長生きしなきゃあならん。俺はあんたを死なせんと決めたぞ!」
ずんずんと外へ出ようとする光斗玽さんは、丁度鼻先で開いた扉に足を止める。
「五十鈴ちゃん!」
「どこへ行こうと言うんです、光斗玽」
「箚士の本分を果たそうかなって。パパーッと百鬼夜行を片付けちまおうぜ!」
「あなた一人で済む話なら神託など下りません、戻りなさい。私達がこの場を放棄すれば、癒々さんが一人で全てを担う羽目になるでしょう!」
「ぐぬぬ」
「竜神様の御霊を降臨させるなど、到底一人で出来ることではありませんよ」
私達が三人の女神様に申し渡された役目。玉に宿る竜神様の御霊を、一時的にこの世に励起すること。
敵を映す眼と思考する脳、薬となる肝と血肉……つまり竜としての身体、そして全てを機能させる為の動力源たる心臓。それが写し身の担う役割なのだと。
動力源の心臓は消耗が激しいそう。私と生命の女神様が力尽きたらおしまい。助からないんだろうな、と察しは付いている。
だからよね。間違いなく死ぬであろう私を、お城の人はそれはもう丁重に扱ってくれた。護国の礎になる方だから、誰よりも大切に接しなさいと陛下は仰ったのですって。本当に驚いたわ。
でも二人にだって危険性はあるもの。五十鈴様は歳だから構わないと思っていて、光斗玽さんは助かると信じるのだと言っていた。
それだけ器を磨いて来た人だものね、当然の自信だと思う。私だけ酷く場違いで、それが少し申し訳ない。
「百鬼夜行の脅威は、犠牲者の魂を引き連れて勢力を増し続けて行くことです。戦えば戦う程、生ける者が不利になる……」
犠牲を出す前に叩く、もしくは犠牲者諸共に始末する。竜神様を降臨させる以上、後者でしか解決出来ないのだわ。
人口密集地の都で、鬼面が手引きした複数の行軍がどれ程の被害を生むか。私には想像も付かない。
「出来れば一度で、一瞬で終わらせる。それが癒々さんも助かる、最も可能性の高い条件でしょう」
「ああ、俺は一切出し惜しまないぞ」
「──っ!?」
急に五十鈴様がこめかみを押さえた。歯を噛み締めている。向こうで何かが起きたのね。
「どうした五十鈴ちゃん」
「私の精霊が……っ」
「そうか、視覚を共有したままでいたのか。向こうもきっと大変なんだろう」
光斗玽さんも険呑な表情で天井を睨んだ。
「女神よ、玉はどこにあると言うのか。我らの役割を果たす時が来た筈だ」
不意に光が照り渡る。それは私達自身から発せられ、神妙な音が空間に響く。女神様が応えてくれているのかしら。
──癒々……
「生命の女神様?」
──手を開いて。
「は、はい」
言われるがまま両の掌を差し出した私の前に、大きな宝石が現れた。白く輝いている、けれど七色が移ろう不思議な宝石。これが竜神様の玉。
「降りましませ」
私の唇が知らない文言を紡ぐ。生命の女神様ね。ああ、これでもうやるしかない。怖いけど、どうしたら良いかも分からないけど。私も圜みたいに、ううん圜の役に立たなくちゃ──……
「眠れる太古の息吹、我らの祖。今一度この地に神威を示し、我らを守り給え」
女神様の力を感じる。結髪がほどけて風もないのに靡いた。稲穂のような金色が波打つ。城の中だと忘れるくらい全てが眩しい。
「天と地と海にあまねく光、その大いなる慈愛と慈悲で、我らを救い給え」
玉が鳴動した。私達は膨れ上がる光の中へと。卵の殻が割れるように爆ぜた輝き、そして──
人柱を代償に竜神の御霊は降臨した。
叶うならこれからも……とは思わない。欲を出せばきりがないもの。欲に負けて相手を傷付けた過去、忘れたりしない。私は、足ることを知るべきよ。
駆けて行く圜の背中を見送って、握り締めた掌に爪を立てる。自分の意思の弱さ、浅はかさにうんざりするから。
「……」
私きっと圜が大人になるまで生きていられないの──
そう白状してしまう所だった。襲撃は恐ろしいけど、あの時あの瞬間で良かったかもしれない。
「とうとう始まってしまったか! やはり神託は外れんのだな!」
案内された先では、腕組みした光斗玽さんが待っていた。私が知る中で一番大柄な男性なのに、何故かこの人あんまり怖くない。無邪気な人。
「お嬢ちゃんよ、やっぱり気持ちは変わらないのかい」
「はい、精霊との約束です」
「だがなぁ。お嬢ちゃんはこれまでずっと、彼らの恩恵の外に放り出されていた子だ。命を懸けるまで、せんで良いと思うがね」
「いいえ……きっと私達を育む世界や環境は、精霊の恩恵の賜物だと思います」
「俺は嫌だなぁ。あんたみたいな心根の優しい、まだ若い娘さんが死にに行くのは」
拗ねた口調が子供みたいで、思わず笑ってしまう。二人の先生だった人、納得するし安心する。箚士としての誇りも、真っ直ぐな性根も、間違いなくこの人が育て上げたんだわ。
「なら、こう捉えて下さい。私は自分一人よりも大勢の、たくさんの子供達を守りに行くんです」
生まれたばかりの子、まだお腹の中にいる子。罪も責もない無垢な命を守る為に行くの。いつか生命の女神様が、私にそうしてくれたように。
「むう……駄目だ駄目だ、そんな格好良い台詞でも納得しないぞ! お嬢ちゃんも長生きしなきゃあならん。俺はあんたを死なせんと決めたぞ!」
ずんずんと外へ出ようとする光斗玽さんは、丁度鼻先で開いた扉に足を止める。
「五十鈴ちゃん!」
「どこへ行こうと言うんです、光斗玽」
「箚士の本分を果たそうかなって。パパーッと百鬼夜行を片付けちまおうぜ!」
「あなた一人で済む話なら神託など下りません、戻りなさい。私達がこの場を放棄すれば、癒々さんが一人で全てを担う羽目になるでしょう!」
「ぐぬぬ」
「竜神様の御霊を降臨させるなど、到底一人で出来ることではありませんよ」
私達が三人の女神様に申し渡された役目。玉に宿る竜神様の御霊を、一時的にこの世に励起すること。
敵を映す眼と思考する脳、薬となる肝と血肉……つまり竜としての身体、そして全てを機能させる為の動力源たる心臓。それが写し身の担う役割なのだと。
動力源の心臓は消耗が激しいそう。私と生命の女神様が力尽きたらおしまい。助からないんだろうな、と察しは付いている。
だからよね。間違いなく死ぬであろう私を、お城の人はそれはもう丁重に扱ってくれた。護国の礎になる方だから、誰よりも大切に接しなさいと陛下は仰ったのですって。本当に驚いたわ。
でも二人にだって危険性はあるもの。五十鈴様は歳だから構わないと思っていて、光斗玽さんは助かると信じるのだと言っていた。
それだけ器を磨いて来た人だものね、当然の自信だと思う。私だけ酷く場違いで、それが少し申し訳ない。
「百鬼夜行の脅威は、犠牲者の魂を引き連れて勢力を増し続けて行くことです。戦えば戦う程、生ける者が不利になる……」
犠牲を出す前に叩く、もしくは犠牲者諸共に始末する。竜神様を降臨させる以上、後者でしか解決出来ないのだわ。
人口密集地の都で、鬼面が手引きした複数の行軍がどれ程の被害を生むか。私には想像も付かない。
「出来れば一度で、一瞬で終わらせる。それが癒々さんも助かる、最も可能性の高い条件でしょう」
「ああ、俺は一切出し惜しまないぞ」
「──っ!?」
急に五十鈴様がこめかみを押さえた。歯を噛み締めている。向こうで何かが起きたのね。
「どうした五十鈴ちゃん」
「私の精霊が……っ」
「そうか、視覚を共有したままでいたのか。向こうもきっと大変なんだろう」
光斗玽さんも険呑な表情で天井を睨んだ。
「女神よ、玉はどこにあると言うのか。我らの役割を果たす時が来た筈だ」
不意に光が照り渡る。それは私達自身から発せられ、神妙な音が空間に響く。女神様が応えてくれているのかしら。
──癒々……
「生命の女神様?」
──手を開いて。
「は、はい」
言われるがまま両の掌を差し出した私の前に、大きな宝石が現れた。白く輝いている、けれど七色が移ろう不思議な宝石。これが竜神様の玉。
「降りましませ」
私の唇が知らない文言を紡ぐ。生命の女神様ね。ああ、これでもうやるしかない。怖いけど、どうしたら良いかも分からないけど。私も圜みたいに、ううん圜の役に立たなくちゃ──……
「眠れる太古の息吹、我らの祖。今一度この地に神威を示し、我らを守り給え」
女神様の力を感じる。結髪がほどけて風もないのに靡いた。稲穂のような金色が波打つ。城の中だと忘れるくらい全てが眩しい。
「天と地と海にあまねく光、その大いなる慈愛と慈悲で、我らを救い給え」
玉が鳴動した。私達は膨れ上がる光の中へと。卵の殻が割れるように爆ぜた輝き、そして──
人柱を代償に竜神の御霊は降臨した。
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