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魍魎の影に潜む
40 鬼やらい
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「いたわ!」
「囲みましょうか」
敵はヒタヒタと裸足で屋根を歩く。赤い鬼面に迫り、六人が散開。上空には真っ白な鳥が飛んでいる。見通す鷹の眼は、夜闇を物ともしない。
五十鈴ちゃんの精霊だ。もし鬼面が分身しても、本体まで箚士達を案内してくれるだろう。
「……」
佇む鬼面。相変わらず情動らしいものは感じられない。もっと邪悪な気配でも醸せば分かり易いのに、神話に伝え聞く鬼とは程遠く感じる。
「さて」
班長が弓矢を構え、キリリと弦を引き絞る。女性箚士あやめは錫杖を突き立て、浄化の発動に入った。眼光鋭く班長が告げる、冷徹な声で。
「城内への侵入は厳罰ですので……お覚悟を」
「霊化顕現!」
弦音が弾けた、同時に光が迸る。皆一斉に精霊の霊力を解放した。
手に現れた緋色の棍を回す。風切り音、染み付いた動きが僅かな齟齬を正して行く。背が大きくなった分、視野も高い。
「かかれ!」
まず四人で切り結ぶ。その間に班長と箚士あやめが浄化を発動させ、三人が追って浄化に移る。
一人は警戒に残るが、五人共発動させたら浄化に加わる。最後の一人を担うのは箚士伊織だ。
鬼面は四方から襲い来る攻撃を躱し、時に敢えて食らい、パッと消える。振り切られた刃や棍が虚しく屋根を叩いた。
「……南西!」
班長の声にすぐさま追撃へ移る。鬼面は色濃い影の中に立ち、踵を返した。弦音が弾け矢が突き抜けて行く。班長の一矢は、過たず鬼面を縫い止める。浄化の乗った矢だ。
「波状攻撃! 続け!」
一度に同じ的を叩くと、鬼面が消えた時の得物で同士討ちになりかねない。連続攻撃の指示に従い、それぞれ飛びかかる。
棍が鬼面の額を強かに打ち据えた。仰け反る身体は、淡々と声を発するのみ。
「変幻自在」
「圜! 避けろ!」
ばらりと鬼面の数が増えた。捕まりたくはない、咄嗟に棍を突き立て足場に。そのまま垂直に跳んだ。宙で再び棍を顕現させる。
恐らく二十体程、同じ姿が四方八方に逃げ出した。しかし上空から白い翼が舞い降り、一体だけを迷いなく追尾する。
「あれが本体だね!」
「追い込め!」
「……」
鬼面も大鷹が本体を見抜けると気付いた。その腕が俄に巨大化する。
──ズドン!
振るわれた拳が大鷹ごと屋根を打ち抜いた。羽が舞い、砕けた建材が飛び散る。大鷹は光になって形を失くした。
「!」
その光景に息を飲んだのは僕だけじゃない。だが、鬼面が一つの動作を完遂した瞬間は、決定的な隙とも言えた。
「破魔矢!」
「祓い給え浄め給え!」
二人の浄化が発動し、白光が目映く夜闇を切り裂いた。破魔矢は鬼面の胴を射抜く。
「浄化に移れ」
「後は任せろ」
騎乗した精霊と共に駆ける伊織。槍を手にした姿は武人のようだけど軽装だ。霊化顕現して更に恐ろしく動きが良い。
多分、放たれた矢にも難なく並走出来る。その速度で視界が利き、武器を取り回せるものなのか。見た目以上に能力が向上してる。
「鬼面嚇人」
「はっ!」
伊織が手綱を操り、精霊馬は鬼面の視線など障害にならないとばかりに跳ねる。軽やかな着地、からの急旋回。一拍の間すらない、どれだけ極まった機動性だ。
「っ……!」
伊織の槍が鬼面の喉を貫いた。流石に身悶え、鬼面も抵抗する。僕らも浄化に加わった。未練も何も置き去りにする、救いの光が黒を刺す。
「魍魎転じて精霊となれ」
「万物流転」
「大祓い!」
鬼ってなんだろうか──
僕はそんなことを考える。鬼と魍魎の違いはどこにあるのか。思考を読み取り、大成が答えを返す。言葉ではなく、考えをそのままに。
「鬼は神が生み出したもの……?」
穢に染まり精霊が魍魎と化すように。古き神が自らを呪い、鬼と化したのだと。
「祓い給え浄め給え!」
最後に伊織も浄化に加わり、鬼面の姿は塵と消し飛ぶ。やがて姿形の全てが消え失せた。
「……よし!」
「やったわね」
肉体という輪郭は最早ない──それは事実。
「五十鈴殿に報告し、鬼面が逃げ延びていないか確認して貰います。白磁の棟へ戻りましょう」
「写し身の皆様も、さぞ気がかりでしょうしね。早く助太刀に参りましょう班長、是非!」
「癒々に近付かないでくれる? へし折るよ?」
「鼻の下伸びてるわよカス」
「言いがかりはよしてくれ、箚士あやめ。俺の面の皮に、伸びる程の自由度はない」
同じ目線の高さで伊織に半眼を向けつつ、僕らは五十鈴ちゃんの元へと。しかし既に五十鈴ちゃんは留守だった。
「写し身の皆様はお役目を果たされる為、城内を移動されています」
「そうでしたか。では我々は百鬼夜行の対処へ向かいましょう」
「お願いします」
「えっ!? おっぱ……写し身様の警護の方が重要では!?」
「班長、こいつ激戦区に放り込んだらどうかしら。元気あり余ってるみたいだし」
「そうですね」
「無理です今にも死にそうです。見て下さい。望みを絶たれ、精根尽き果てたこの顔を」
「いつも通りの表情ですね」
「クソッ! この鉄面皮仕事しねえ!」
端から見てる分には愉快な人だな、箚士伊織。
***
──欠片を……運ぶのだ……
面はおろか、顔も形もない鬼がどろりと城内を移り渡っていた。墨のような黒い液体が壁や床を伝い、どこまでも滴り落ちる。
その姿こそ鬼面の本質。黒い呪怨の念は標的を目指す。既に思考は希薄で、先に立てた道筋に従っているだけ。
肉を斬らせて骨を断つとでも言うべきか。箚士が自分を浄滅すべく必死なら、いっそ形を壊させてやれば油断するだろうと。
どうせ箚士達には分からない。強い光で照らした分だけ、暗がりは濃く、黒くなるのに。
ここだ、この向こうに玉がある──
音もなく黒が染みて行った。
「囲みましょうか」
敵はヒタヒタと裸足で屋根を歩く。赤い鬼面に迫り、六人が散開。上空には真っ白な鳥が飛んでいる。見通す鷹の眼は、夜闇を物ともしない。
五十鈴ちゃんの精霊だ。もし鬼面が分身しても、本体まで箚士達を案内してくれるだろう。
「……」
佇む鬼面。相変わらず情動らしいものは感じられない。もっと邪悪な気配でも醸せば分かり易いのに、神話に伝え聞く鬼とは程遠く感じる。
「さて」
班長が弓矢を構え、キリリと弦を引き絞る。女性箚士あやめは錫杖を突き立て、浄化の発動に入った。眼光鋭く班長が告げる、冷徹な声で。
「城内への侵入は厳罰ですので……お覚悟を」
「霊化顕現!」
弦音が弾けた、同時に光が迸る。皆一斉に精霊の霊力を解放した。
手に現れた緋色の棍を回す。風切り音、染み付いた動きが僅かな齟齬を正して行く。背が大きくなった分、視野も高い。
「かかれ!」
まず四人で切り結ぶ。その間に班長と箚士あやめが浄化を発動させ、三人が追って浄化に移る。
一人は警戒に残るが、五人共発動させたら浄化に加わる。最後の一人を担うのは箚士伊織だ。
鬼面は四方から襲い来る攻撃を躱し、時に敢えて食らい、パッと消える。振り切られた刃や棍が虚しく屋根を叩いた。
「……南西!」
班長の声にすぐさま追撃へ移る。鬼面は色濃い影の中に立ち、踵を返した。弦音が弾け矢が突き抜けて行く。班長の一矢は、過たず鬼面を縫い止める。浄化の乗った矢だ。
「波状攻撃! 続け!」
一度に同じ的を叩くと、鬼面が消えた時の得物で同士討ちになりかねない。連続攻撃の指示に従い、それぞれ飛びかかる。
棍が鬼面の額を強かに打ち据えた。仰け反る身体は、淡々と声を発するのみ。
「変幻自在」
「圜! 避けろ!」
ばらりと鬼面の数が増えた。捕まりたくはない、咄嗟に棍を突き立て足場に。そのまま垂直に跳んだ。宙で再び棍を顕現させる。
恐らく二十体程、同じ姿が四方八方に逃げ出した。しかし上空から白い翼が舞い降り、一体だけを迷いなく追尾する。
「あれが本体だね!」
「追い込め!」
「……」
鬼面も大鷹が本体を見抜けると気付いた。その腕が俄に巨大化する。
──ズドン!
振るわれた拳が大鷹ごと屋根を打ち抜いた。羽が舞い、砕けた建材が飛び散る。大鷹は光になって形を失くした。
「!」
その光景に息を飲んだのは僕だけじゃない。だが、鬼面が一つの動作を完遂した瞬間は、決定的な隙とも言えた。
「破魔矢!」
「祓い給え浄め給え!」
二人の浄化が発動し、白光が目映く夜闇を切り裂いた。破魔矢は鬼面の胴を射抜く。
「浄化に移れ」
「後は任せろ」
騎乗した精霊と共に駆ける伊織。槍を手にした姿は武人のようだけど軽装だ。霊化顕現して更に恐ろしく動きが良い。
多分、放たれた矢にも難なく並走出来る。その速度で視界が利き、武器を取り回せるものなのか。見た目以上に能力が向上してる。
「鬼面嚇人」
「はっ!」
伊織が手綱を操り、精霊馬は鬼面の視線など障害にならないとばかりに跳ねる。軽やかな着地、からの急旋回。一拍の間すらない、どれだけ極まった機動性だ。
「っ……!」
伊織の槍が鬼面の喉を貫いた。流石に身悶え、鬼面も抵抗する。僕らも浄化に加わった。未練も何も置き去りにする、救いの光が黒を刺す。
「魍魎転じて精霊となれ」
「万物流転」
「大祓い!」
鬼ってなんだろうか──
僕はそんなことを考える。鬼と魍魎の違いはどこにあるのか。思考を読み取り、大成が答えを返す。言葉ではなく、考えをそのままに。
「鬼は神が生み出したもの……?」
穢に染まり精霊が魍魎と化すように。古き神が自らを呪い、鬼と化したのだと。
「祓い給え浄め給え!」
最後に伊織も浄化に加わり、鬼面の姿は塵と消し飛ぶ。やがて姿形の全てが消え失せた。
「……よし!」
「やったわね」
肉体という輪郭は最早ない──それは事実。
「五十鈴殿に報告し、鬼面が逃げ延びていないか確認して貰います。白磁の棟へ戻りましょう」
「写し身の皆様も、さぞ気がかりでしょうしね。早く助太刀に参りましょう班長、是非!」
「癒々に近付かないでくれる? へし折るよ?」
「鼻の下伸びてるわよカス」
「言いがかりはよしてくれ、箚士あやめ。俺の面の皮に、伸びる程の自由度はない」
同じ目線の高さで伊織に半眼を向けつつ、僕らは五十鈴ちゃんの元へと。しかし既に五十鈴ちゃんは留守だった。
「写し身の皆様はお役目を果たされる為、城内を移動されています」
「そうでしたか。では我々は百鬼夜行の対処へ向かいましょう」
「お願いします」
「えっ!? おっぱ……写し身様の警護の方が重要では!?」
「班長、こいつ激戦区に放り込んだらどうかしら。元気あり余ってるみたいだし」
「そうですね」
「無理です今にも死にそうです。見て下さい。望みを絶たれ、精根尽き果てたこの顔を」
「いつも通りの表情ですね」
「クソッ! この鉄面皮仕事しねえ!」
端から見てる分には愉快な人だな、箚士伊織。
***
──欠片を……運ぶのだ……
面はおろか、顔も形もない鬼がどろりと城内を移り渡っていた。墨のような黒い液体が壁や床を伝い、どこまでも滴り落ちる。
その姿こそ鬼面の本質。黒い呪怨の念は標的を目指す。既に思考は希薄で、先に立てた道筋に従っているだけ。
肉を斬らせて骨を断つとでも言うべきか。箚士が自分を浄滅すべく必死なら、いっそ形を壊させてやれば油断するだろうと。
どうせ箚士達には分からない。強い光で照らした分だけ、暗がりは濃く、黒くなるのに。
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