写し身乙女は春を待つ ~幻想東邦霊異聞~

波津井

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写し身は集い

38 自覚と発覚

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 夕方まで襲撃に備えた班分けや確認、説明会なんかで時間が潰えた。今は各班で顔合わせ中。

「我々は五十鈴殿の指示に従い出動するので、事態が起きたら集合を何より優先して下さい」

 僕の入る別働隊は特に、鬼面の本体を浄化出来得る者が選抜されている。老若男女総勢六名。
 ここが機能しなければ、戦況が好転しない。作戦の要とも言えるだろう。

「はい班長」

「どうぞ、箚士圜」

「鬼面本体を祓った後は、個別に行動して良いですか」

「さて。そんな余力があるのか謎ですが……恐らく現場での行動は、各自の裁量に委ねざるを得ないかと」

「了解でーす」

 まあ混戦するだろうしね。霊力の量は個々人で違う。一応確認も取ったし、自己責任自由行動ってことで。
 すると、赤茶けた髪の無表情な青年も、続けて手を挙げた。

「はい」

「どうぞ箚士伊織いおり

「鬼面を打倒したら、写し身様方の警護に向かいたいのですが。魍魎がお三方を狙うのは目に見えています」

「恐らく難しいでしょう。写し身様方のお務めは特殊なようで。邪魔になってはいけないと特別措置、我々の管轄外なので」

 初老男性の班長がどこかのんびり、心配無用の旨を伝える。箚士伊織は盛大に舌打ちした。

「あのおっぱい大きい可愛い子ちゃんと、お近付きになりたかった……!」

 終始真顔だし、真面目そうな人かと思ったらこれだよ。女性の箚士がごみ屑を見る目を向けた。
 でも当人はどこ吹く風って感じ。図太いんだなと察して余りある。駄目人間の逸材かよ。

 こいつが癒々にちょっかい出したら、断固阻止ろう。箚士伊織な、その面覚えたからな。


***

 夜になって最上階を訪ねた。お香は高級品なのに、ずっと焚かれてるみたいだ。癒々は女神様然とした装いのまま。祈年祭は急遽中止だけど。

 仕方ない話だが、市民の間には不満が噴出した。でも連日箚士や武官が都の内外を警戒していれば、不安が上回るもので。

 遂には神託の内容が告知され、一部地域の避難や夜間外出禁止令で雰囲気は一転。夜も明るく賑やかしい都は今、しんと静まり返る。

 窓からその景色を二人で眺め、僕は肩に乗る大成を撫でていた。秋口の夜風は冷たい。

「大成がずっと毛を逆立ててさ。魍魎が近付きつつあるのは確かなんだ」

「精霊達なら分かるのね、百鬼夜行が迫っているのも」

 目撃情報は増加の一途。撃破した行軍もある。けど陽動なのはもう分かってるんだ。肝心の本隊、そして鬼面の本体が見付からない。五十鈴ちゃんでも。それが怖いんだよな。

「精進潔斎に努めて、五十鈴様の天通眼は向上しているそうなの。もしかしたらもうすぐ、相手を捕捉出来るかもしれないわ」

「五十鈴ちゃんに無理なら、誰だろうと無理だしね。そこは信じるしかないや」

「そうね」

「癒々、写し身が何するか、僕にだけこっそり教えてくれない?」

「ふふふ、それは駄目よ」

「ちぇっ」

 癒々は本当にこれっぽっちも教えてくれないみたいだ。大成と顔を見合わせ、同時に溜息。

「ねえ圜……私とても感謝してるの」

「!」

 癒々の声が近い。抱き締められたからだと理解するのに間が空いた。背中がほんのり温かい、それと凄く柔らかい。

 ……なんか動悸がする、顔が火を噴きそう。

「どう、か、した? 癒々」

「私にはもう何も残ってないけど……友達が出来て、圜に会えて、私はちゃんと幸せだわ……」

 物悲しく聞こえる囁き。癒々の顔が見えない。今どんな気持ちで話してるの? どうしてそんな話するの?

 なんとか目を向けた時にはもう、穏やかに微笑を浮かべる癒々で。何をどうとも訊ね辛かった。

「圜にお願いがあるの」

「良いよ。癒々の頼みなら」

「これをね、玖玲さんに渡してくれる?」

 なんで玖玲? 僕にじゃなくてあいつになの?
 胸に込み上げたのは不満だった。癒々が僕に預けたのは手紙。しっかり宛名が書かれている。

「……癒々、玖玲が好きなの?」

 思った以上に暗い声が出た。なんだか物凄くがっかりしてる。玖玲がもてるのは今更なのに。

「ううん、そういう手紙じゃないわ。預かって欲しい物があるの」

「なんだ、なら良いや」

 癒々がなんてことない風にそう言うから、ちょっと元気が出た。変なの。

「圜は箚士として、この先も多くの人を助けて行くのね。大人になっても、誰かと家庭を持っても、きっと変わらずに」

「うーん、多分そうだよ」

「私も負けないように頑張らなくちゃ」

「癒々もこれまでに薬を作って人を助けて来たんだから、僕らと何も変わらないよ」

「ありがとう」

 抱き寄せる手に力が増した。癒々怖いのかな。
 癒々は箚士じゃない。精霊も抗う術もない癒々は、僕よりもっと百鬼夜行を脅威に感じてる筈。魍魎に襲われた経験だってあるし。

「平気だよ癒々。いつ魍魎が来ても、癒々は僕が守ってあげる」

「ふふ、心強いわ」

「人間にも変な奴はいるからね。癒々、おっぱいばかり見るような男がいたら、すぐ逃げて来ること」

「それだと都にいられないわ。村にいた頃は不気味がられてて、そういう人は少なかったけど」

「これだから男って奴は……!」

「圜も男の子でしょう」

 頬をつつかれる。まあその通りなんだけどね。
 僕は癒々をやらしい目で見たりは……してないと思う、多分。どうだろう、今ちょっと自信ない。だってくっついてたら意識しちゃうもん。

 癒々は全然意識しないのかな……と過り、じわじわ何かが認識に這い上って来る。これはもしやあれでは。僕はひょっとしたらそうなんじゃ。

 ……いやいやいや? 結論には早い、癒々とはまだ会ったばかりだし。でもな、じゃあ他に何? って考えると……

 ──やっぱそうだと思う!

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