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写し身は集い
37 たぶらかし
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朝になっても、昨夜のもやもやした不満が燻っていた。なんだか寝た気がしない。癒々から色々聞き出せたら良いのに。儘ならない。
朝稽古は他の人達に交じり、白磁の棟の外周で済ませた。でも玖玲の姿は見当たらないな。
「まだ霊力戻り切らないのかな」
結局朝食を食べ終わる寸前で、玖玲は食堂に来た。漬物と米を黙々と詰め込んでる。白い食べ物が好きな奴だから、うどんとか餅とか。
「調子はどう?」
「……悪くない。もう半日もあれば万全だ」
「通達もあったよ」
配膳ついでに配布された紙を泳がせると、玖玲が手に取った。僕ら配置バラバラなんだよね。
「ちびすけは鬼面の方に向かうのか。妥当ではある、浄化要員だな」
「そう別働隊。玖玲は百鬼夜行を直接祓う方か、後方寄りだけど」
「御弥真は偵察や戦況把握に向くし。当然そうなる」
「分身の術欲しいなー、降臨で出来るようにならないかな」
「さあ。精霊の特性や能力次第だろ。精霊としちゃ弱い猿に何が出来るやら」
「大成は器用だし覚えが良いから、御弥真の真似も出来るかもよ!」
「だと良いな。精々祈るんだね」
まだ食べてる玖玲を食堂に残し、僕は癒々の所へ。癒々は何してるんだろう。
「癒々ー」
訪ねると、少し髪が湿った癒々と五十鈴ちゃんがいた。部屋の中はお香が焚かれて、甘いにおいがする。
「沐浴してた?」
「ええ」
「精進潔斎を続けていますよ」
「寒くない? 行火とかある?」
「さっきまで使わせて貰ってたわ。部屋の中は温かいでしょう? 圜、こっちへ来て」
手招かれるまま椅子に座ると、逆に癒々が立って背後に回った。何かと思えば、癒々は僕の髪を梳る。
「圜ったら、また髪を梳かさないでいるんだもの。お城ではきちんとした方が良いわ」
「梳かすと痛いから好きじゃない……」
「あら、髪を梳く時は毛先。下の方から済ませて徐々に上へ進めれば、痛くならないものよ」
「本当?」
「今してるけど、痛むかしら?」
「ううん」
癒々はうなじから少しずつ櫛を動かして、こんがらがった部分も解いて行く。手櫛で引っかかる所も、いつの間にか櫛の歯が通るようになった。
「……それ癒々が器用だからじゃなくて?」
「いいえ、道具の使い方次第。でも圜は歯が細く詰まった櫛を使わない方が良いと思うわ」
癒々は楽しそうに言って、放ったらかしの髪の毛を攻略して行った。癒々の手は優しい、全然嫌にならない。遂に頭頂部から真っ直ぐ櫛が通る。
……これなら嫌いじゃないかも。癒々がしてくれるんなら、毎日髪を梳かすのも平気。
「はい綺麗になった。ふふ、これからは自分でしなくちゃ駄目よ」
「えー、癒々がやって! 癒々がしてくれたら毎日でも良いよ!」
椅子をガタガタさせて訴えると、流石に五十鈴ちゃんに叱られた。ごめんね、お行儀悪かったね。
「圜くんもそんな風に駄々を捏ねたりするんですね」
「え?」
「昔から聞き分けの良い子でしたから。甘えたり我儘を言えるようで、正直安心しました」
「そうなんですね……圜は賢い子だもの」
「そ、そこまででもないよ」
勉強は嫌いじゃないけども、身近に見習っちゃいけない反面教師がいたからさぁ。僕以外全員成人とか、階級や役職が上って環境なのもある。
「なら私が少しくらい圜を甘やかしたって問題なさそう。丁度良いくらいじゃないかしら」
玖玲さんは怒りそうだけど、と癒々は笑ってる。五十鈴ちゃんもだ。
「普段は大人みたいにしっかりしていますが、ちゃんと子供らしい所があって良かった」
「うーん……」
五十鈴ちゃんは本当にそう思うのか。確かにね、癒々には年相応に接してるつもりだよ。
「だって、癒々は子供の方が怖くないだろうから」
目を丸くする二人に肩を竦めて返す。子供なのは認めるけど、幼稚と評価されるのは癪だから言うよ。
「子供は大人を観察してるもんだよ」
申し訳なさそうに、いや恥ずかしいのかな。癒々が目を逸らした。
「世間体でどうあれ、癒々を保護した立場だし。なるべくは気を遣う。僕は箚士だから」
社会的責任と道義的責任、両方を果たしたつもりだよ。専門家として働いてるからね、僕ら。
「……ごめんなさい、私が……」
「癒々のせいじゃない、僕もしくじってる。けどさ」
都にはもう着いたんだし、良い機会だ──
濡れた髪をついと引く。癒々が反射的にこっちを向いたから、逃がさないように両手で頬を包む。目が合った。その色好きだよ。
「僕はそんなに幼くはない。癒々が慣れたなら、元に戻してくからね」
「え……えっと、圜……?」
玖玲も言ってたし。騙されてるのは癒々の方だって。僕は嘘なんて言わないけど、言動を選びはするから。
「特別癒々仕様の僕は店じまいだけど、これからも宜しくね」
にんまり。
理解が追い付いたのか、癒々の眉が情けなくへにゃっとして、なんだか頼りない表情。歳下に甘やかされていた自覚かな、頬が赤い。
「可愛いね、癒々」
「やだ、圜じゃないみたい。私どうしたら良いか分からない……」
「仲良くする。癒々の人間の友達一号が僕なのは変わらないよ」
なんだか泣き出しちゃいそうな癒々。首に手を回し頭を抱き寄せる。困らせたみたいだから慰めるよ。癒々は頑張ってる、良い子良い子。
癒々といると胸が弾むんだ。だから嫌われたくないな。僕は癒々が好きだし、楽しいから。
「あ……あの子、こんな質の悪い男に育ってたんですか? なんてこと。反面教師が仕事し過ぎじゃないですか……!」
五十鈴ちゃんがワッと嘆いてる。なんでだろ。
朝稽古は他の人達に交じり、白磁の棟の外周で済ませた。でも玖玲の姿は見当たらないな。
「まだ霊力戻り切らないのかな」
結局朝食を食べ終わる寸前で、玖玲は食堂に来た。漬物と米を黙々と詰め込んでる。白い食べ物が好きな奴だから、うどんとか餅とか。
「調子はどう?」
「……悪くない。もう半日もあれば万全だ」
「通達もあったよ」
配膳ついでに配布された紙を泳がせると、玖玲が手に取った。僕ら配置バラバラなんだよね。
「ちびすけは鬼面の方に向かうのか。妥当ではある、浄化要員だな」
「そう別働隊。玖玲は百鬼夜行を直接祓う方か、後方寄りだけど」
「御弥真は偵察や戦況把握に向くし。当然そうなる」
「分身の術欲しいなー、降臨で出来るようにならないかな」
「さあ。精霊の特性や能力次第だろ。精霊としちゃ弱い猿に何が出来るやら」
「大成は器用だし覚えが良いから、御弥真の真似も出来るかもよ!」
「だと良いな。精々祈るんだね」
まだ食べてる玖玲を食堂に残し、僕は癒々の所へ。癒々は何してるんだろう。
「癒々ー」
訪ねると、少し髪が湿った癒々と五十鈴ちゃんがいた。部屋の中はお香が焚かれて、甘いにおいがする。
「沐浴してた?」
「ええ」
「精進潔斎を続けていますよ」
「寒くない? 行火とかある?」
「さっきまで使わせて貰ってたわ。部屋の中は温かいでしょう? 圜、こっちへ来て」
手招かれるまま椅子に座ると、逆に癒々が立って背後に回った。何かと思えば、癒々は僕の髪を梳る。
「圜ったら、また髪を梳かさないでいるんだもの。お城ではきちんとした方が良いわ」
「梳かすと痛いから好きじゃない……」
「あら、髪を梳く時は毛先。下の方から済ませて徐々に上へ進めれば、痛くならないものよ」
「本当?」
「今してるけど、痛むかしら?」
「ううん」
癒々はうなじから少しずつ櫛を動かして、こんがらがった部分も解いて行く。手櫛で引っかかる所も、いつの間にか櫛の歯が通るようになった。
「……それ癒々が器用だからじゃなくて?」
「いいえ、道具の使い方次第。でも圜は歯が細く詰まった櫛を使わない方が良いと思うわ」
癒々は楽しそうに言って、放ったらかしの髪の毛を攻略して行った。癒々の手は優しい、全然嫌にならない。遂に頭頂部から真っ直ぐ櫛が通る。
……これなら嫌いじゃないかも。癒々がしてくれるんなら、毎日髪を梳かすのも平気。
「はい綺麗になった。ふふ、これからは自分でしなくちゃ駄目よ」
「えー、癒々がやって! 癒々がしてくれたら毎日でも良いよ!」
椅子をガタガタさせて訴えると、流石に五十鈴ちゃんに叱られた。ごめんね、お行儀悪かったね。
「圜くんもそんな風に駄々を捏ねたりするんですね」
「え?」
「昔から聞き分けの良い子でしたから。甘えたり我儘を言えるようで、正直安心しました」
「そうなんですね……圜は賢い子だもの」
「そ、そこまででもないよ」
勉強は嫌いじゃないけども、身近に見習っちゃいけない反面教師がいたからさぁ。僕以外全員成人とか、階級や役職が上って環境なのもある。
「なら私が少しくらい圜を甘やかしたって問題なさそう。丁度良いくらいじゃないかしら」
玖玲さんは怒りそうだけど、と癒々は笑ってる。五十鈴ちゃんもだ。
「普段は大人みたいにしっかりしていますが、ちゃんと子供らしい所があって良かった」
「うーん……」
五十鈴ちゃんは本当にそう思うのか。確かにね、癒々には年相応に接してるつもりだよ。
「だって、癒々は子供の方が怖くないだろうから」
目を丸くする二人に肩を竦めて返す。子供なのは認めるけど、幼稚と評価されるのは癪だから言うよ。
「子供は大人を観察してるもんだよ」
申し訳なさそうに、いや恥ずかしいのかな。癒々が目を逸らした。
「世間体でどうあれ、癒々を保護した立場だし。なるべくは気を遣う。僕は箚士だから」
社会的責任と道義的責任、両方を果たしたつもりだよ。専門家として働いてるからね、僕ら。
「……ごめんなさい、私が……」
「癒々のせいじゃない、僕もしくじってる。けどさ」
都にはもう着いたんだし、良い機会だ──
濡れた髪をついと引く。癒々が反射的にこっちを向いたから、逃がさないように両手で頬を包む。目が合った。その色好きだよ。
「僕はそんなに幼くはない。癒々が慣れたなら、元に戻してくからね」
「え……えっと、圜……?」
玖玲も言ってたし。騙されてるのは癒々の方だって。僕は嘘なんて言わないけど、言動を選びはするから。
「特別癒々仕様の僕は店じまいだけど、これからも宜しくね」
にんまり。
理解が追い付いたのか、癒々の眉が情けなくへにゃっとして、なんだか頼りない表情。歳下に甘やかされていた自覚かな、頬が赤い。
「可愛いね、癒々」
「やだ、圜じゃないみたい。私どうしたら良いか分からない……」
「仲良くする。癒々の人間の友達一号が僕なのは変わらないよ」
なんだか泣き出しちゃいそうな癒々。首に手を回し頭を抱き寄せる。困らせたみたいだから慰めるよ。癒々は頑張ってる、良い子良い子。
癒々といると胸が弾むんだ。だから嫌われたくないな。僕は癒々が好きだし、楽しいから。
「あ……あの子、こんな質の悪い男に育ってたんですか? なんてこと。反面教師が仕事し過ぎじゃないですか……!」
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