写し身乙女は春を待つ ~幻想東邦霊異聞~

波津井

文字の大きさ
上 下
37 / 51
写し身は集い

37 たぶらかし

しおりを挟む
 朝になっても、昨夜のもやもやした不満が燻っていた。なんだか寝た気がしない。癒々から色々聞き出せたら良いのに。儘ならない。

 朝稽古は他の人達に交じり、白磁の棟の外周で済ませた。でも玖玲の姿は見当たらないな。

「まだ霊力戻り切らないのかな」

 結局朝食を食べ終わる寸前で、玖玲は食堂に来た。漬物と米を黙々と詰め込んでる。白い食べ物が好きな奴だから、うどんとか餅とか。

「調子はどう?」

「……悪くない。もう半日もあれば万全だ」

「通達もあったよ」

 配膳ついでに配布された紙を泳がせると、玖玲が手に取った。僕ら配置バラバラなんだよね。

「ちびすけは鬼面の方に向かうのか。妥当ではある、浄化要員だな」

「そう別働隊。玖玲は百鬼夜行を直接祓う方か、後方寄りだけど」

「御弥真は偵察や戦況把握に向くし。当然そうなる」

「分身の術欲しいなー、降臨で出来るようにならないかな」

「さあ。精霊の特性や能力次第だろ。精霊としちゃ弱い猿に何が出来るやら」

「大成は器用だし覚えが良いから、御弥真の真似も出来るかもよ!」

「だと良いな。精々祈るんだね」

 まだ食べてる玖玲を食堂に残し、僕は癒々の所へ。癒々は何してるんだろう。

「癒々ー」

 訪ねると、少し髪が湿った癒々と五十鈴ちゃんがいた。部屋の中はお香が焚かれて、甘いにおいがする。

「沐浴してた?」

「ええ」

「精進潔斎を続けていますよ」

「寒くない? 行火あんかとかある?」

「さっきまで使わせて貰ってたわ。部屋の中は温かいでしょう? 圜、こっちへ来て」

 手招かれるまま椅子に座ると、逆に癒々が立って背後に回った。何かと思えば、癒々は僕の髪をくしけずる。

「圜ったら、また髪を梳かさないでいるんだもの。お城ではきちんとした方が良いわ」

「梳かすと痛いから好きじゃない……」

「あら、髪を梳く時は毛先。下の方から済ませて徐々に上へ進めれば、痛くならないものよ」

「本当?」

「今してるけど、痛むかしら?」

「ううん」

 癒々はうなじから少しずつ櫛を動かして、こんがらがった部分も解いて行く。手櫛で引っかかる所も、いつの間にか櫛の歯が通るようになった。

「……それ癒々が器用だからじゃなくて?」

「いいえ、道具の使い方次第。でも圜は歯が細く詰まった櫛を使わない方が良いと思うわ」

 癒々は楽しそうに言って、放ったらかしの髪の毛を攻略して行った。癒々の手は優しい、全然嫌にならない。遂に頭頂部から真っ直ぐ櫛が通る。

 ……これなら嫌いじゃないかも。癒々がしてくれるんなら、毎日髪を梳かすのも平気。

「はい綺麗になった。ふふ、これからは自分でしなくちゃ駄目よ」

「えー、癒々がやって! 癒々がしてくれたら毎日でも良いよ!」

 椅子をガタガタさせて訴えると、流石に五十鈴ちゃんに叱られた。ごめんね、お行儀悪かったね。

「圜くんもそんな風に駄々を捏ねたりするんですね」

「え?」

「昔から聞き分けの良い子でしたから。甘えたり我儘を言えるようで、正直安心しました」

「そうなんですね……圜は賢い子だもの」

「そ、そこまででもないよ」

 勉強は嫌いじゃないけども、身近に見習っちゃいけない反面教師がいたからさぁ。僕以外全員成人とか、階級や役職が上って環境なのもある。

「なら私が少しくらい圜を甘やかしたって問題なさそう。丁度良いくらいじゃないかしら」

 玖玲さんは怒りそうだけど、と癒々は笑ってる。五十鈴ちゃんもだ。

「普段は大人みたいにしっかりしていますが、ちゃんと子供らしい所があって良かった」

「うーん……」

 五十鈴ちゃんは本当にそう思うのか。確かにね、癒々には年相応に接してるつもりだよ。

「だって、癒々は子供の方が怖くないだろうから」

 目を丸くする二人に肩を竦めて返す。子供なのは認めるけど、幼稚と評価されるのは癪だから言うよ。

「子供は大人を観察してるもんだよ」

 申し訳なさそうに、いや恥ずかしいのかな。癒々が目を逸らした。

「世間体でどうあれ、癒々を保護した立場だし。なるべくは気を遣う。僕は箚士だから」

 社会的責任と道義的責任、両方を果たしたつもりだよ。専門家として働いてるからね、僕ら。

「……ごめんなさい、私が……」

「癒々のせいじゃない、僕もしくじってる。けどさ」

 都にはもう着いたんだし、良い機会だ──

 濡れた髪をついと引く。癒々が反射的にこっちを向いたから、逃がさないように両手で頬を包む。目が合った。その色好きだよ。

「僕はそんなに幼くはない。癒々が慣れたなら、元に戻してくからね」

「え……えっと、圜……?」

 玖玲も言ってたし。騙されてるのは癒々あんたの方だって。僕は嘘なんて言わないけど、言動を選びはするから。

「特別癒々仕様の僕は店じまいだけど、これからも宜しくね」

 にんまり。

 理解が追い付いたのか、癒々の眉が情けなくへにゃっとして、なんだか頼りない表情。歳下に甘やかされていた自覚かな、頬が赤い。

「可愛いね、癒々」

「やだ、圜じゃないみたい。私どうしたら良いか分からない……」

「仲良くする。癒々の人間の友達一号が僕なのは変わらないよ」

 なんだか泣き出しちゃいそうな癒々。首に手を回し頭を抱き寄せる。困らせたみたいだから慰めるよ。癒々は頑張ってる、良い子良い子。

 癒々といると胸が弾むんだ。だから嫌われたくないな。僕は癒々が好きだし、楽しいから。

「あ……あの子、こんなたちの悪い男に育ってたんですか? なんてこと。反面教師が仕事し過ぎじゃないですか……!」

 五十鈴ちゃんがワッと嘆いてる。なんでだろ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...