写し身乙女は春を待つ ~幻想東邦霊異聞~

波津井

文字の大きさ
上 下
35 / 51
写し身は集い

35 精霊の囁き

しおりを挟む
 箚士は己の精霊と同化し、その力を操る。正確には精霊が力を揮う際、補助と弁の役割を担う。
 安全弁たる箚士の強度が上がり、精霊との相互理解が深まれば、自ずと引き出せる力の上限も高まるのだ。

 箚士が到達する技量の最高峰は、降臨。精霊がその力を遺憾なく発揮し、更に向上させこの世に顕現する方法。その為に箚士が精霊の依り代として、最適化された状態になることを指す。

「……ここまでは分かるな?」

「うん」

 白磁の棟の一室で僕らは床に座している。一人立つ光斗玽の講義はかつての復習から始まり、本題に入った所。

「では人間が精霊を理解するとは、どういうことか? 彼らの理を知り、添うことだと言えよう」

「具体的には?」

「これまでは箚士として、人間の言葉や考えを精霊に届けることをして来たな。彼らは優しい、届いた言葉をどうあれ無視しない。ならばこちらも耳を傾けねばな」

 受け入れろ、精霊の価値観を。死生観を。愛憎を。何に根差し、基き、線引きするのかを。

「言い負かすでも正そうとするのでもない、ただ耳を澄ませ。心を傾けろ。彼らは何者であろうとしているかを学べ。それを己が一部とせよ」

「教本にはそんな風に書いていなかった。大いなる力に飲み込まれぬよう、己を強く持て。流されては自我を失う恐れがある、とあった筈だ」

「見習いの安全を第一にすれば、そう書くのが正しいさ。精霊は精霊として存在する時点で、人間より遥かに強大だ」

 魂を重ねれば、人間が己を保つのが困難なのは仕方ない。だが、と掌を叩き光斗玽は言う。

「精霊は人間の勝てる相手ではない。しかし勝ち負けを競ってもいない。命を預けて共に行く相棒に寄り添う。それだけの話だ!」

「……あんたはそうやって降臨を習得したと?」

「出来るくらい絆が深ければ、降臨も難しくない。だが言う程容易くもないぞ。家族とですら、理解や信頼を築けぬ者もいるように」

「うーん、つまり精霊と話してくれば良いんでしょ? 早くやろうよ」

「その通りだ。そして知るが良い。これまで自分達がどれだけ精霊に許され、尊重され、愛されていたかを!」

 励ましなのか肩を叩かれるけど、普通に痛いから後でやり返そうと思う。力加減おかしいよこいつ。

「さあ、呼びかけてみろ」

 にんまりと子供みたいな笑みを横目に、僕らはかつての先生の言葉に従った。

「……」

 大成、いるよね?

 問えばキィと高い声がした。大成は傍にいる。そのまま同化に至るも、霊符なしに明瞭な言葉を伝えるのは困難。ぼんやりと心象を伝え合う。

 僕は大成を知りたい。どうしたら良い?

「キキッ」

 耳元で笑う鳴き声がして、意識が変わる。

 水の中に潜ったみたいな感覚だ。大成が主導していると分かる。精霊から箚士に干渉するって、実は凄く簡単なんだよな。

 関節の可動域を無視して強制することすら、精霊達には造作もない。でも決して人間を支配しようとはしない。出来るけどやらないんだ、傷付ける意思がないから。

 精霊の第一義は──……人間と共にあること。人間の都合だけを、世界に反映させない為に。

 これ大成の記憶? 気持ち? 伝わってるよ。

「キッキ!」

 大自然の顕現たる精霊達は、人間が無力だと知っている。同時に、自然を壊して精霊達を死に至らしめ得る、厄介な生き物であることも。

 だから精霊は人間を加護で紐付けするし、一人にしないんだ。自然が自己主張せず放置すれば、魍魎より質の悪い害悪になると理解しているから。

 精霊が与える加護とは、人間の内に精霊が宿る為の器。そして首縄だ。もしいつかの時代に人間が精霊をおびやかせば、戒めに用いる為の──

 ねえ大成、ここまで教えちゃって大丈夫? これ精霊側の切り札として、人間に伏せとく方が良いと思う。

「カッ!」

 僕だから教えるの? じゃあ覚えとくね。

 ぼんやりした何かを鮮明に汲み取ろうとする。これが理解ならば、精霊は人間を警戒してる。けど愛してもいると分かる。

 弱さや無理解から生まれる害悪を確信すると共に、強く在ろうと自らを正す良心も絶えないと信頼してる。矛盾を内包し、共に暮らす隣人。

 成程ね。人間にとっても精霊は脅威と恩恵の顕現だよ。じゃあ大成は強くなって何がしたい? 人間が悪さしないよう取り締まるとか? 多分違うだろうけど。

「ウキキッ」

 ああそっか。人間がこんな風になりたいって憧れるような、格好良い存在になるんだね。そうだね、こうなりたいって目標に出来る存在があれば、余所見も悪さもしてる暇はないね。頭良い。

「キィ」

 俺の背中に付いて来いと。僕は好きだよそういうの!


***

 大成の話は言語化し辛い部分も多くて、僕も全部は分からないや。でも伝わるものの方が多かった。なんとなくこうかなって。

 僕と大成は別々だから、完全に同じ考え方になることはほぼない。でも、そうだねって同調出来る価値観もあって。

 互いのそれに反する事態を前にした時、力になりたいと思うのは、僕らきっと同じだよ。

「あ……」

 精霊本来の、見上げるくらい大きな姿。大成の掌が突き出され、何かを預かった気がする。

 名前……僕が人間の言葉で付けたのとは別、精霊として持つ大成を冠する理。存在の定義を預けられた。

 この世に示すべき神威の片鱗。今なら届くかもしれない……僕が宿す精霊の本質は──

「お、首尾良く戻って来たか! 圜!」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...