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写し身は集い
34 三女神の写し身
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「そこに直れ」
「死になよ」
二人がかりで圧をかけ、先生を床に正座させている。
世の中にはやって良いことと悪いことがあり、して良い相手としちゃ駄目な相手がいる。そう、罪もなき一般市民とか。
「ねえ自分の何が悪いか分かる? 僕もう情けはかけないからな、先生とは二度と呼ばない。とりあえず脳天カチ割るから覚悟だけしろ」
「いつかやらかすと思ってた。一族の恥晒しめ。速やかに存在を抹消してやるから首を差し出せ」
「大丈夫だぁ! きっとお嬢ちゃんは健康体になって帰って来る! 元気に目を覚ますさ!」
猛烈にイラッとしたんだろう、玖玲は犯人の口にクソ不味茶をぶちまけた。途端に、いい歳した大の男がゴロゴロのた打つ。
「まっっっず!!! お前正気か何してくれるんだクッソ不味いわ! 飲んじゃっ……ゲッホゲッホ、気管支ぃ!」
──あぁん? お前今なんつったこら。
その時三人の気持ちが一つになったと思う。よりによって、一番言っちゃならん奴がそれを言ったからね。許すまじきだよ。
玖玲がごみ屑を踏み付けて固定、五十鈴ちゃんが鼻を摘まみ口呼吸させ、僕がお茶を流し込む。
ギャッと不快な声がするね。即座に追加でもう一杯。はいイッキ、イッキ。
完璧な連係、最早言葉はいらない。ただこの屑に鉄槌を下さねばならない一念によって、奇跡的な効率化が起きたんだね。
あ、動かなくなった。
「ごぼっ……」
「悪は滅びた」
仇は取ったよ癒々! やり遂げた感に溢れ額を拭うと、小さく呻いた癒々が目を覚ます。
「こ、ここは……えっと……」
「癒々ー!」
無事に生還した癒々に抱き付き、僕と五十鈴ちゃんはそっと目元を拭う。生きててくれて良かった、本当に良かった。
「口直ししましょう、皆さんに林檎をお出しして」
五十鈴ちゃんが小姓に言う。半死半生のごみ屑が余計なことをしないよう、玖玲がふん縛って転がしてからもう一度卓を囲んだ。林檎美味い。
「災難でしたね癒々さん。もう安心して」
「案外根性がある」
玖玲に見直されるくらいの災難を乗り越え、癒々は大丈夫ですと控えめに自己主張した。そして、転がされたごみ屑に困り顔を向ける。
「あの、光斗玽さん」
「しっ。目を合わせちゃ駄目だ癒々」
「でもね、女神様が伝えてくれてるのかも。ピンと来たの……光斗玽さん、霊薬の女神の写し身じゃないかしら」
は? そんなことある?
あんまりにも受け入れ難くて絶句する。転がる姿をじっと見詰めた後……五十鈴ちゃんは、ただ天を仰いだ。嘘だと言って欲しかった。
「すみません。全員女性かと思ってましたし……進んで視界に入れたくなくて、普通に気付きませんでした」
「それは仕方ない」
「五十鈴ちゃんのせいじゃないよ」
誰が聞いてもそう言うよ、気にしないで。
そんな空気を物ともせず、ごみ屑がなんか声を発した。
「ああ、吃驚なことに実はそうらしい! 俺はどこでもよく眠れるし夢も見ないからな。つい先日まで神託にも気付かなかった、はははは!」
それを知らせに来たんだった、と笑って言ってるけど、女神に謝った方が良いと思う。
いやこんな人選んだ時点で女神の自業自得とも……がっかり属性なのかな、霊薬の女神って。
「つまり三人の写し身が揃ったのか。何か起きるのか?」
「さあ? そんな気配は──」
……あれ? 一瞬変な感じがした。
少し気味が悪いな、この感覚。腕をさすって見渡しても特に何もない。いや、三人の様子がおかしい。
「……成程、これが神々の御力ということか!」
「もしかしてこっちは時間が流れてないのかしら?」
「そのようですね」
どういうこと? と首を傾げれば、たった今三人は女神に呼ばれ、違う空間にいたと言う。そこで写し身だけで話を聞かされたらしい。
「僕らは聞いちゃいけないの?」
「女神様が仰るには、可能性を確定させない方が望ましいそうです。ごめんなさいね、私達の一存では話せません」
「五十鈴ちゃんが言うなら……」
「俺は今一つ納得しかねる! 圜、玖玲、稽古を付けてやる! 襲撃までに己を磨け!」
「えっ」
急に首根っこを掴まれ、僕らは引き摺られた。
「今から稽古? 玖玲はまだ霊力も回復してないよ」
「昔教えた精霊との同調訓練、瞑想だ! 箚士として現場で働き、お前達も多少成長したろう! 事は急を要する。より深く霊力を取り込めれば、今なら降臨が出来るようになる可能性もある!」
「ならやる」
「降臨を? じゃあする!」
「宜しい、詰め込めるだけ詰め込むぞ! はーっはっはっは!」
室内に残る癒々と五十鈴ちゃんが、二人で何を話していたのか。僕らは知らない。
***
「若者にさせるべきことではありませんよ。女神様も酷なことを仰る……この老骨が変われるものなら、喜んで変わりますのに」
「いけません五十鈴様、どうぞその目で人々をお導き下さい」
「ですが口惜しくてなりません。どうしてよりによって、一番未来ある若者が命を捧げなければならないのでしょう」
「……大丈夫です。生命の女神様は、私が助かる可能性もあると仰ってました」
「ならば必ず手繰り寄せましょう。どんな小さな光だって見落とすものですか。理想を目指さずして、何が天通眼でしょう」
「五十鈴様……」
「私は決して諦めませんからね」
「死になよ」
二人がかりで圧をかけ、先生を床に正座させている。
世の中にはやって良いことと悪いことがあり、して良い相手としちゃ駄目な相手がいる。そう、罪もなき一般市民とか。
「ねえ自分の何が悪いか分かる? 僕もう情けはかけないからな、先生とは二度と呼ばない。とりあえず脳天カチ割るから覚悟だけしろ」
「いつかやらかすと思ってた。一族の恥晒しめ。速やかに存在を抹消してやるから首を差し出せ」
「大丈夫だぁ! きっとお嬢ちゃんは健康体になって帰って来る! 元気に目を覚ますさ!」
猛烈にイラッとしたんだろう、玖玲は犯人の口にクソ不味茶をぶちまけた。途端に、いい歳した大の男がゴロゴロのた打つ。
「まっっっず!!! お前正気か何してくれるんだクッソ不味いわ! 飲んじゃっ……ゲッホゲッホ、気管支ぃ!」
──あぁん? お前今なんつったこら。
その時三人の気持ちが一つになったと思う。よりによって、一番言っちゃならん奴がそれを言ったからね。許すまじきだよ。
玖玲がごみ屑を踏み付けて固定、五十鈴ちゃんが鼻を摘まみ口呼吸させ、僕がお茶を流し込む。
ギャッと不快な声がするね。即座に追加でもう一杯。はいイッキ、イッキ。
完璧な連係、最早言葉はいらない。ただこの屑に鉄槌を下さねばならない一念によって、奇跡的な効率化が起きたんだね。
あ、動かなくなった。
「ごぼっ……」
「悪は滅びた」
仇は取ったよ癒々! やり遂げた感に溢れ額を拭うと、小さく呻いた癒々が目を覚ます。
「こ、ここは……えっと……」
「癒々ー!」
無事に生還した癒々に抱き付き、僕と五十鈴ちゃんはそっと目元を拭う。生きててくれて良かった、本当に良かった。
「口直ししましょう、皆さんに林檎をお出しして」
五十鈴ちゃんが小姓に言う。半死半生のごみ屑が余計なことをしないよう、玖玲がふん縛って転がしてからもう一度卓を囲んだ。林檎美味い。
「災難でしたね癒々さん。もう安心して」
「案外根性がある」
玖玲に見直されるくらいの災難を乗り越え、癒々は大丈夫ですと控えめに自己主張した。そして、転がされたごみ屑に困り顔を向ける。
「あの、光斗玽さん」
「しっ。目を合わせちゃ駄目だ癒々」
「でもね、女神様が伝えてくれてるのかも。ピンと来たの……光斗玽さん、霊薬の女神の写し身じゃないかしら」
は? そんなことある?
あんまりにも受け入れ難くて絶句する。転がる姿をじっと見詰めた後……五十鈴ちゃんは、ただ天を仰いだ。嘘だと言って欲しかった。
「すみません。全員女性かと思ってましたし……進んで視界に入れたくなくて、普通に気付きませんでした」
「それは仕方ない」
「五十鈴ちゃんのせいじゃないよ」
誰が聞いてもそう言うよ、気にしないで。
そんな空気を物ともせず、ごみ屑がなんか声を発した。
「ああ、吃驚なことに実はそうらしい! 俺はどこでもよく眠れるし夢も見ないからな。つい先日まで神託にも気付かなかった、はははは!」
それを知らせに来たんだった、と笑って言ってるけど、女神に謝った方が良いと思う。
いやこんな人選んだ時点で女神の自業自得とも……がっかり属性なのかな、霊薬の女神って。
「つまり三人の写し身が揃ったのか。何か起きるのか?」
「さあ? そんな気配は──」
……あれ? 一瞬変な感じがした。
少し気味が悪いな、この感覚。腕をさすって見渡しても特に何もない。いや、三人の様子がおかしい。
「……成程、これが神々の御力ということか!」
「もしかしてこっちは時間が流れてないのかしら?」
「そのようですね」
どういうこと? と首を傾げれば、たった今三人は女神に呼ばれ、違う空間にいたと言う。そこで写し身だけで話を聞かされたらしい。
「僕らは聞いちゃいけないの?」
「女神様が仰るには、可能性を確定させない方が望ましいそうです。ごめんなさいね、私達の一存では話せません」
「五十鈴ちゃんが言うなら……」
「俺は今一つ納得しかねる! 圜、玖玲、稽古を付けてやる! 襲撃までに己を磨け!」
「えっ」
急に首根っこを掴まれ、僕らは引き摺られた。
「今から稽古? 玖玲はまだ霊力も回復してないよ」
「昔教えた精霊との同調訓練、瞑想だ! 箚士として現場で働き、お前達も多少成長したろう! 事は急を要する。より深く霊力を取り込めれば、今なら降臨が出来るようになる可能性もある!」
「ならやる」
「降臨を? じゃあする!」
「宜しい、詰め込めるだけ詰め込むぞ! はーっはっはっは!」
室内に残る癒々と五十鈴ちゃんが、二人で何を話していたのか。僕らは知らない。
***
「若者にさせるべきことではありませんよ。女神様も酷なことを仰る……この老骨が変われるものなら、喜んで変わりますのに」
「いけません五十鈴様、どうぞその目で人々をお導き下さい」
「ですが口惜しくてなりません。どうしてよりによって、一番未来ある若者が命を捧げなければならないのでしょう」
「……大丈夫です。生命の女神様は、私が助かる可能性もあると仰ってました」
「ならば必ず手繰り寄せましょう。どんな小さな光だって見落とすものですか。理想を目指さずして、何が天通眼でしょう」
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