写し身乙女は春を待つ ~幻想東邦霊異聞~

波津井

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写し身は集い

33 ○薬は口に苦し

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「やあやあ五十鈴ちゃん、元気かーい!」

 のしのし訪ねて来たのは腐れ縁の箚士。筋肉質で上背のある体躯は、初老に至って貫禄もある。口さえ開かなければね。

光斗玽こうとく、あなた今までどこをほっつき歩いていたんです?」

「遊んでた訳じゃないって、いや本当に本当! どこぞからわらわら湧いて出る魍魎をね、こうバチバチやってたんだよ! 蝿叩きみたいに!」

 やたら擬音と身振りを交えて話すこの男。かつては都で一番腕の立つ箚士であったと、誰が信じられよう。

 最盛期を過ぎたから後進の育成に励むと、ようやく取った弟子は二人。共に優秀で、若くして箚士になったけれど。

 間違いなく二人はこの男を反面教師に、自力で育ったのだと思うわ。少なくとも二人の良い所は生来の持ち合わせだし、悪い影響は師であるこの男にもたらされているとしか。

 幼い圜くんはしっかりやっているのに。この男一体いつ成長するのでしょうね。いえ、とうに手遅れなのは重々承知だけれど。

「……では、しばらく白磁の棟に控えていて下さいな」

「五十鈴ちゃんに言われちゃあ仕方ない。あ、お茶淹れてあげようか? とっておきの奴」

「絶対にいりませんよ」

 あのとんでもない味のお茶を飲むなんてお断りですからね。倒れている暇なんてないの、今は国家の一大事なのよ。

「ご歓談中失礼します五十鈴様。箚士玖玲、圜の連名にて会談の申し込みが……」

「柳様から伺っています。すぐ通してあげて」

「畏まりました」

 程なくして光斗玽の弟子が揃って現れた。間にいるのが件のお嬢さんね、とてもすがしい気配がするわ。

「よう息災かぁ我が教え子達よ! 相変わらず機嫌の悪そうな顔だな玖玲は! もっと情緒豊かになれ!」

「あんたのつらを見るまでは悪くなかった。死になよ」

「全く生意気さが変わらん奴め。なあ圜、頼むからお前だけは素直で聞き分けの良い子のままであってくれ!」

「先生邪魔だからあっち行って。五十鈴ちゃんと話せない」

「我が教え子達が薄情!」

「圜くんがまだ先生と呼んでくれるのを、ありがたく思えば良いかと。そこを退いて下さる?」

「しゅーん……」

 すごすご引き下がった情けない大人を綺麗に意識の外へ捨て、最近顔を合わせていなかった二人に笑みを浮かべる。
 とても親戚とは思えないくらい玖玲は落ち着いた子ね。必要なら礼儀正しくも出来るし。

「……久方振りです」

「五十鈴ちゃん久し振り」

「ええ、二人共無事で何より。そちらのお嬢さんが癒々さんね。私は箚士、五十鈴と申します」

「初めまして五十鈴様、癒々です」

「さ、どうぞおかけ下さい。長い話になるでしょうから」

 円卓を囲い互いに顔を合わせる。まず癒々さんを保護した経緯を、そして百鬼夜行とそれを率いる鬼面の男についてを聞き取る。概ね報告通りだけれど……

「鬼面の目撃者は、同時多発的に複数名います。恐らく分身か、幻のようなものかもしれません」

「歯応えのない奴だとは思った。神話に聞く鬼とは、まるで似つかわしくない」

「けど魍魎を使役し、姿を消し、時に変わり、心を操り、身代わりを作り出せるとなると……相当厄介ですね」

「少なくとも弱くはないね。本当に、厄介って言葉がぴったり」

 もし鬼として不完全なら、力が万全になった暁にはとても人の手に負えないわ。竜神様と相討ちになっただけの猛威を揮うのでしょうね。

「鬼面を祓える腕の箚士が、本体を一斉に叩けば……或いは」

「精鋭は分散せず別働隊で待機、連絡が来たら即行動って形が良いかなぁ」

「そうでしょうね」

「五十鈴ちゃんなら、本体見分けられるよね?」

「恐らくは。女神様もきっと力をお貸し下さるでしょう」

「お茶をお持ちしました」

 一息ついた折に丁度湯飲みが置かれた。話の腰を折らぬよう、気を遣ってくれたのね。

「って今の声……あなた何を余計なことしてるんです! 光斗玽こうとく!」

「渾身の一杯ですぅ!」

「あっっっぶね! うっかり飲む所だったぁ!」

 寸前で湯飲みを卓上に叩き付けた圜くんと玖玲。流石に反射神経が良いわね。

 さも配膳係です、みたいな調子でお茶を用意したのは光斗玽。過去幾人もが、この男特製のお茶の不味さに沈められて来たものよ。

 なまじ身体に良いから輪をかけてたちが悪い。いっそ取り締まれたら良いのに、非合法の素材は一切使われていない。ただ果てしなく不味いだけ。

「っ……」

「ゆ、癒々ー! 遅かったか!」

 一人だけ湯飲みに口を付けてしまい、ぷるぷるしている癒々さん。ああ可哀想に……!

「耐えても仕方ない、吐け」

「無理しないで癒々! そんなの出す奴がおかしい!」

 掌で口元を押さえ、必死に耐える癒々さん。二人が声をかけるけれど、年頃の娘さんが男の子の前で吐き戻すのも、それはそれで辛いと思うわ。

 けれど私の前で、細い喉がこくりと嚥下した。
 ……えっ? 飲み込めたの?

「っ……これはセンブリ、ドクダミ、ゴーヤ、乾燥させた蜜柑の皮に、多分椎茸……!」

「おっ、さてはいける口だなお嬢ちゃん」

「他にもある筈、だけど……っ」

 嘘でしょう。薬師だから? 薬師ならばあの味に耐えられると言うの……!?

「くっ……私が未熟なせいで、とても全容を把握出来ないわ……!」

「素材の味なんて一つたりとも分からないけど!? 癒々すっげー!」

「あれに耐えられる奴がこの世にいたのか……」

「血圧下降の効能が重複してるから、飲み過ぎは駄目、で……」

 崩れ落ちるようにガコッと卓上に額をぶつけ、癒々さんはぴくりとも動かなくなった。

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