33 / 51
写し身は集い
33 ○薬は口に苦し
しおりを挟む
「やあやあ五十鈴ちゃん、元気かーい!」
のしのし訪ねて来たのは腐れ縁の箚士。筋肉質で上背のある体躯は、初老に至って貫禄もある。口さえ開かなければね。
「光斗玽、あなた今までどこをほっつき歩いていたんです?」
「遊んでた訳じゃないって、いや本当に本当! どこぞからわらわら湧いて出る魍魎をね、こうバチバチやってたんだよ! 蝿叩きみたいに!」
やたら擬音と身振りを交えて話すこの男。かつては都で一番腕の立つ箚士であったと、誰が信じられよう。
最盛期を過ぎたから後進の育成に励むと、ようやく取った弟子は二人。共に優秀で、若くして箚士になったけれど。
間違いなく二人はこの男を反面教師に、自力で育ったのだと思うわ。少なくとも二人の良い所は生来の持ち合わせだし、悪い影響は師であるこの男にもたらされているとしか。
幼い圜くんはしっかりやっているのに。この男一体いつ成長するのでしょうね。いえ、とうに手遅れなのは重々承知だけれど。
「……では、しばらく白磁の棟に控えていて下さいな」
「五十鈴ちゃんに言われちゃあ仕方ない。あ、お茶淹れてあげようか? とっておきの奴」
「絶対にいりませんよ」
あのとんでもない味のお茶を飲むなんてお断りですからね。倒れている暇なんてないの、今は国家の一大事なのよ。
「ご歓談中失礼します五十鈴様。箚士玖玲、圜の連名にて会談の申し込みが……」
「柳様から伺っています。すぐ通してあげて」
「畏まりました」
程なくして光斗玽の弟子が揃って現れた。間にいるのが件のお嬢さんね、とても清しい気配がするわ。
「よう息災かぁ我が教え子達よ! 相変わらず機嫌の悪そうな顔だな玖玲は! もっと情緒豊かになれ!」
「あんたの面を見るまでは悪くなかった。死になよ」
「全く生意気さが変わらん奴め。なあ圜、頼むからお前だけは素直で聞き分けの良い子のままであってくれ!」
「先生邪魔だからあっち行って。五十鈴ちゃんと話せない」
「我が教え子達が薄情!」
「圜くんがまだ先生と呼んでくれるのを、ありがたく思えば良いかと。そこを退いて下さる?」
「しゅーん……」
すごすご引き下がった情けない大人を綺麗に意識の外へ捨て、最近顔を合わせていなかった二人に笑みを浮かべる。
とても親戚とは思えないくらい玖玲は落ち着いた子ね。必要なら礼儀正しくも出来るし。
「……久方振りです」
「五十鈴ちゃん久し振り」
「ええ、二人共無事で何より。そちらのお嬢さんが癒々さんね。私は箚士、五十鈴と申します」
「初めまして五十鈴様、癒々です」
「さ、どうぞおかけ下さい。長い話になるでしょうから」
円卓を囲い互いに顔を合わせる。まず癒々さんを保護した経緯を、そして百鬼夜行とそれを率いる鬼面の男についてを聞き取る。概ね報告通りだけれど……
「鬼面の目撃者は、同時多発的に複数名います。恐らく分身か、幻のようなものかもしれません」
「歯応えのない奴だとは思った。神話に聞く鬼とは、まるで似つかわしくない」
「けど魍魎を使役し、姿を消し、時に変わり、心を操り、身代わりを作り出せるとなると……相当厄介ですね」
「少なくとも弱くはないね。本当に、厄介って言葉がぴったり」
もし鬼として不完全なら、力が万全になった暁にはとても人の手に負えないわ。竜神様と相討ちになっただけの猛威を揮うのでしょうね。
「鬼面を祓える腕の箚士が、本体を一斉に叩けば……或いは」
「精鋭は分散せず別働隊で待機、連絡が来たら即行動って形が良いかなぁ」
「そうでしょうね」
「五十鈴ちゃんなら、本体見分けられるよね?」
「恐らくは。女神様もきっと力をお貸し下さるでしょう」
「お茶をお持ちしました」
一息ついた折に丁度湯飲みが置かれた。話の腰を折らぬよう、気を遣ってくれたのね。
「って今の声……あなた何を余計なことしてるんです! 光斗玽!」
「渾身の一杯ですぅ!」
「あっっっぶね! うっかり飲む所だったぁ!」
寸前で湯飲みを卓上に叩き付けた圜くんと玖玲。流石に反射神経が良いわね。
さも配膳係です、みたいな調子でお茶を用意したのは光斗玽。過去幾人もが、この男特製のお茶の不味さに沈められて来たものよ。
なまじ身体に良いから輪をかけて質が悪い。いっそ取り締まれたら良いのに、非合法の素材は一切使われていない。ただ果てしなく不味いだけ。
「っ……」
「ゆ、癒々ー! 遅かったか!」
一人だけ湯飲みに口を付けてしまい、ぷるぷるしている癒々さん。ああ可哀想に……!
「耐えても仕方ない、吐け」
「無理しないで癒々! そんなの出す奴がおかしい!」
掌で口元を押さえ、必死に耐える癒々さん。二人が声をかけるけれど、年頃の娘さんが男の子の前で吐き戻すのも、それはそれで辛いと思うわ。
けれど私の前で、細い喉がこくりと嚥下した。
……えっ? 飲み込めたの?
「っ……これはセンブリ、ドクダミ、ゴーヤ、乾燥させた蜜柑の皮に、多分椎茸……!」
「おっ、さてはいける口だなお嬢ちゃん」
「他にもある筈、だけど……っ」
嘘でしょう。薬師だから? 薬師ならばあの味に耐えられると言うの……!?
「くっ……私が未熟なせいで、とても全容を把握出来ないわ……!」
「素材の味なんて一つたりとも分からないけど!? 癒々すっげー!」
「あれに耐えられる奴がこの世にいたのか……」
「血圧下降の効能が重複してるから、飲み過ぎは駄目、で……」
崩れ落ちるようにガコッと卓上に額をぶつけ、癒々さんはぴくりとも動かなくなった。
のしのし訪ねて来たのは腐れ縁の箚士。筋肉質で上背のある体躯は、初老に至って貫禄もある。口さえ開かなければね。
「光斗玽、あなた今までどこをほっつき歩いていたんです?」
「遊んでた訳じゃないって、いや本当に本当! どこぞからわらわら湧いて出る魍魎をね、こうバチバチやってたんだよ! 蝿叩きみたいに!」
やたら擬音と身振りを交えて話すこの男。かつては都で一番腕の立つ箚士であったと、誰が信じられよう。
最盛期を過ぎたから後進の育成に励むと、ようやく取った弟子は二人。共に優秀で、若くして箚士になったけれど。
間違いなく二人はこの男を反面教師に、自力で育ったのだと思うわ。少なくとも二人の良い所は生来の持ち合わせだし、悪い影響は師であるこの男にもたらされているとしか。
幼い圜くんはしっかりやっているのに。この男一体いつ成長するのでしょうね。いえ、とうに手遅れなのは重々承知だけれど。
「……では、しばらく白磁の棟に控えていて下さいな」
「五十鈴ちゃんに言われちゃあ仕方ない。あ、お茶淹れてあげようか? とっておきの奴」
「絶対にいりませんよ」
あのとんでもない味のお茶を飲むなんてお断りですからね。倒れている暇なんてないの、今は国家の一大事なのよ。
「ご歓談中失礼します五十鈴様。箚士玖玲、圜の連名にて会談の申し込みが……」
「柳様から伺っています。すぐ通してあげて」
「畏まりました」
程なくして光斗玽の弟子が揃って現れた。間にいるのが件のお嬢さんね、とても清しい気配がするわ。
「よう息災かぁ我が教え子達よ! 相変わらず機嫌の悪そうな顔だな玖玲は! もっと情緒豊かになれ!」
「あんたの面を見るまでは悪くなかった。死になよ」
「全く生意気さが変わらん奴め。なあ圜、頼むからお前だけは素直で聞き分けの良い子のままであってくれ!」
「先生邪魔だからあっち行って。五十鈴ちゃんと話せない」
「我が教え子達が薄情!」
「圜くんがまだ先生と呼んでくれるのを、ありがたく思えば良いかと。そこを退いて下さる?」
「しゅーん……」
すごすご引き下がった情けない大人を綺麗に意識の外へ捨て、最近顔を合わせていなかった二人に笑みを浮かべる。
とても親戚とは思えないくらい玖玲は落ち着いた子ね。必要なら礼儀正しくも出来るし。
「……久方振りです」
「五十鈴ちゃん久し振り」
「ええ、二人共無事で何より。そちらのお嬢さんが癒々さんね。私は箚士、五十鈴と申します」
「初めまして五十鈴様、癒々です」
「さ、どうぞおかけ下さい。長い話になるでしょうから」
円卓を囲い互いに顔を合わせる。まず癒々さんを保護した経緯を、そして百鬼夜行とそれを率いる鬼面の男についてを聞き取る。概ね報告通りだけれど……
「鬼面の目撃者は、同時多発的に複数名います。恐らく分身か、幻のようなものかもしれません」
「歯応えのない奴だとは思った。神話に聞く鬼とは、まるで似つかわしくない」
「けど魍魎を使役し、姿を消し、時に変わり、心を操り、身代わりを作り出せるとなると……相当厄介ですね」
「少なくとも弱くはないね。本当に、厄介って言葉がぴったり」
もし鬼として不完全なら、力が万全になった暁にはとても人の手に負えないわ。竜神様と相討ちになっただけの猛威を揮うのでしょうね。
「鬼面を祓える腕の箚士が、本体を一斉に叩けば……或いは」
「精鋭は分散せず別働隊で待機、連絡が来たら即行動って形が良いかなぁ」
「そうでしょうね」
「五十鈴ちゃんなら、本体見分けられるよね?」
「恐らくは。女神様もきっと力をお貸し下さるでしょう」
「お茶をお持ちしました」
一息ついた折に丁度湯飲みが置かれた。話の腰を折らぬよう、気を遣ってくれたのね。
「って今の声……あなた何を余計なことしてるんです! 光斗玽!」
「渾身の一杯ですぅ!」
「あっっっぶね! うっかり飲む所だったぁ!」
寸前で湯飲みを卓上に叩き付けた圜くんと玖玲。流石に反射神経が良いわね。
さも配膳係です、みたいな調子でお茶を用意したのは光斗玽。過去幾人もが、この男特製のお茶の不味さに沈められて来たものよ。
なまじ身体に良いから輪をかけて質が悪い。いっそ取り締まれたら良いのに、非合法の素材は一切使われていない。ただ果てしなく不味いだけ。
「っ……」
「ゆ、癒々ー! 遅かったか!」
一人だけ湯飲みに口を付けてしまい、ぷるぷるしている癒々さん。ああ可哀想に……!
「耐えても仕方ない、吐け」
「無理しないで癒々! そんなの出す奴がおかしい!」
掌で口元を押さえ、必死に耐える癒々さん。二人が声をかけるけれど、年頃の娘さんが男の子の前で吐き戻すのも、それはそれで辛いと思うわ。
けれど私の前で、細い喉がこくりと嚥下した。
……えっ? 飲み込めたの?
「っ……これはセンブリ、ドクダミ、ゴーヤ、乾燥させた蜜柑の皮に、多分椎茸……!」
「おっ、さてはいける口だなお嬢ちゃん」
「他にもある筈、だけど……っ」
嘘でしょう。薬師だから? 薬師ならばあの味に耐えられると言うの……!?
「くっ……私が未熟なせいで、とても全容を把握出来ないわ……!」
「素材の味なんて一つたりとも分からないけど!? 癒々すっげー!」
「あれに耐えられる奴がこの世にいたのか……」
「血圧下降の効能が重複してるから、飲み過ぎは駄目、で……」
崩れ落ちるようにガコッと卓上に額をぶつけ、癒々さんはぴくりとも動かなくなった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる