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写し身は集い
31 咒禁城
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次の日、真っ先に服飾店を訪ねた。豪華な生地の服もあるし、勿論女神や天女を思わせる祭り用の装いもある。資格証を頼り質の高い、店の人が上品だと薦めた物を癒々に。
店の女将さんが玖玲の顔を知っていて、資格証を疑われなかったのが大きい。僕と玖玲もここで靴を新調した。
「お似合いですよ」
「癒々、綺麗!」
「あ、ありがとう。でもこんな高価な服着て歩くなんて、怖くて無理よ……」
「こちら心ばかりですが。絹糸の飾りです、どうぞ」
紅の糸を編んだ梅の花。随分気前の良いおまけだ。店の人が差し出す漆のお盆から、玖玲が癒々の髪に括る。
「なんで玖玲が」
「ちびすけじゃ背伸びしても届かないだろ」
……なんか面白くない。店の人がすれば良かったのに。
「ほら」
「ありがとうございます」
赤い花は癒々の薄茶色の髪に映える。似合うけど……癒々には白が一番だと思うのにな。
店を出て、玖玲が霊化顕現した。群体になった御弥真を巨大な一羽に組み換え、その背に乗る。
「都まで保つかどうか」
「空路は直線だし、多分行けるよ。玖玲だもん」
全部玖玲の霊力頼みなんだ、頑張って欲しい。空中分解だけは勘弁して。
癒々に風避けの羽織を頭から被せて、僕も同じように布をすっぽりと。そうして飛び立った昼前──ぶっちゃけあんまり距離は進んでいなかった。
「無理無理無理無理! もう無理本当に無理!」
「──っ……ひうっ……」
空ってこんな寒いんだね、吃驚するくらい寒い。風の冷たさ半端ないわ呼吸も儘ならないわ、一時間で音を上げたよ。手足凍えてもげそう。
「休憩はこの一度だ。次は気絶させて運ぶぞ、お荷物共」
「いっそそうして欲しい……」
「ぜひゅ……っ」
霊力の残量が気がかりで殺気立つ玖玲には悪いと思う。だけど我慢の限界まで耐えた上で、本気で無理だったんだよ……
「ああ、お爺……ちゃん……」
可哀想に。凍え切った癒々がとうとう、見えちゃいけない系の幻覚を見てる。
「寝てろ」
うつらうつらした意識の中、癒々の首元に玖玲が手刀を落とすのを見た。あ、僕ら完全に貨物扱いされ……がくっ!
***
「──はっ!?」
気が付いたら都に着いていた。咒禁城の城門前だ、一体いつの間に。何故か救い難い屑を見る目で、玖玲が見て来る。
「身体が……上手く動かない……」
「そうかよ、這いつくばってろ」
玖玲は気絶した癒々を抱き上げ、霊化を解いて御弥真を戻す。門番の人は苦笑いだ。
僕らの顔は把握されてるので、癒々に関してやり取りした後、普通に中へ通された。
「現在召集に応じた箚士の方々には、白磁の棟にご滞在頂いてます」
「ありがとう」
案内された通り白磁の棟に向かう。箚士の役職をまとめる、事務方の一番偉い人がいた。事務総長の柳さんだ。僕仲良しだよ、茶飲み友達。
「よくぞ無事お戻り下さいました」
「柳さんも報告見た? じゃないや、ご覧下さいましたか?」
「ええ勿論、二人で切り抜けられたのはお見事。今は都の一大事、是非腕を揮って頂きたく」
「俺達、詳しい話を誰に聞けば……?」
「書類をお配りしています。個別の質問は別途伺いますとも。内容次第では、五十鈴殿が直接」
「分かりました」
「その娘さんが、もしや?」
「はい、出来れば色々……憚りたいですね」
「ならば後程。お三方が訪ねると、五十鈴殿にお伝えしておきますので」
「そうして! 下さい……」
「では」
白磁の棟で空室に通された。寝台に癒々を横たえ、玖玲は扉の外に顔を出す。小姓の人にお茶でもお願いしてるのかな、じゃあ僕も。
「ついでに行火とかある?」
癒々より歳上な小姓のお兄さんは、畏まりましたと丁寧に礼をしていなくなった。
「書類とやらは?」
「これ」
糸綴じされた薄い束。五十鈴ちゃんが夢に見たお告げの内容と、上層部の意向、決定事項、これまでにあった問答集……そんな内容が記載されてる。
都は百鬼夜行に襲撃され、同時に神がこの地に顕現するらしい。どちらにも備えよ、と天通眼の女神は警鐘を鳴らした。
「写し身を介して三女神が顕現する、と解釈すべきか?」
「それ以外は見当付けようがないしさ。備えるべき脅威って括りでは同じなのかな」
「さあ。人間なんて小さき者に合わせた力の揮い方は出来ないんだろ。神だから」
ざっくり把握したら適度に流し読み、必要な部分、箚士に関わる辺りだけを叩き込む。その間に頼んだ行火とお茶、軽食が届いた。
「風邪引かないと良いけど」
熱い炭を入れた行火を癒々の足元に。捲った布団を戻せば、箱型にぽっこりと膨れた。甲斐甲斐しいなと玖玲は溢す。
二人で黙々と熱いお茶を啜り、冷えた手足を温めた。おにぎりを食べて熱量を補給。さっきより頭が冴えて来たかな。
「箚士の肩書きが出来る以前の時代には、神憑りや神降ろしって、どんな宗派でもあったなぁ」
「天津神が応えるとか、まずないけどな」
「ない時はないし、ある時はあるでしょ。箚士かどうかは神様には誤差なのかもよ」
「うわ、腹立つ」
如何にもありそう、と玖玲が舌打ちする。布団の中で癒々が身動ぎ、か細く声を漏らした。そろそろ起きるかな?
「……いっそ写し身の出番なんかないよ、くらいに百鬼夜行を押し返せば良いよ」
「その方が気分が良いね俺は。分かり易い話だ」
二人してニタリと笑う。無茶を言ってるのはお互い分かってる。でも癒々が危険を冒したり、何かを背負わなくても良い。箚士が解決すれば。
「これは僕らの仕事」
「同感だ」
店の女将さんが玖玲の顔を知っていて、資格証を疑われなかったのが大きい。僕と玖玲もここで靴を新調した。
「お似合いですよ」
「癒々、綺麗!」
「あ、ありがとう。でもこんな高価な服着て歩くなんて、怖くて無理よ……」
「こちら心ばかりですが。絹糸の飾りです、どうぞ」
紅の糸を編んだ梅の花。随分気前の良いおまけだ。店の人が差し出す漆のお盆から、玖玲が癒々の髪に括る。
「なんで玖玲が」
「ちびすけじゃ背伸びしても届かないだろ」
……なんか面白くない。店の人がすれば良かったのに。
「ほら」
「ありがとうございます」
赤い花は癒々の薄茶色の髪に映える。似合うけど……癒々には白が一番だと思うのにな。
店を出て、玖玲が霊化顕現した。群体になった御弥真を巨大な一羽に組み換え、その背に乗る。
「都まで保つかどうか」
「空路は直線だし、多分行けるよ。玖玲だもん」
全部玖玲の霊力頼みなんだ、頑張って欲しい。空中分解だけは勘弁して。
癒々に風避けの羽織を頭から被せて、僕も同じように布をすっぽりと。そうして飛び立った昼前──ぶっちゃけあんまり距離は進んでいなかった。
「無理無理無理無理! もう無理本当に無理!」
「──っ……ひうっ……」
空ってこんな寒いんだね、吃驚するくらい寒い。風の冷たさ半端ないわ呼吸も儘ならないわ、一時間で音を上げたよ。手足凍えてもげそう。
「休憩はこの一度だ。次は気絶させて運ぶぞ、お荷物共」
「いっそそうして欲しい……」
「ぜひゅ……っ」
霊力の残量が気がかりで殺気立つ玖玲には悪いと思う。だけど我慢の限界まで耐えた上で、本気で無理だったんだよ……
「ああ、お爺……ちゃん……」
可哀想に。凍え切った癒々がとうとう、見えちゃいけない系の幻覚を見てる。
「寝てろ」
うつらうつらした意識の中、癒々の首元に玖玲が手刀を落とすのを見た。あ、僕ら完全に貨物扱いされ……がくっ!
***
「──はっ!?」
気が付いたら都に着いていた。咒禁城の城門前だ、一体いつの間に。何故か救い難い屑を見る目で、玖玲が見て来る。
「身体が……上手く動かない……」
「そうかよ、這いつくばってろ」
玖玲は気絶した癒々を抱き上げ、霊化を解いて御弥真を戻す。門番の人は苦笑いだ。
僕らの顔は把握されてるので、癒々に関してやり取りした後、普通に中へ通された。
「現在召集に応じた箚士の方々には、白磁の棟にご滞在頂いてます」
「ありがとう」
案内された通り白磁の棟に向かう。箚士の役職をまとめる、事務方の一番偉い人がいた。事務総長の柳さんだ。僕仲良しだよ、茶飲み友達。
「よくぞ無事お戻り下さいました」
「柳さんも報告見た? じゃないや、ご覧下さいましたか?」
「ええ勿論、二人で切り抜けられたのはお見事。今は都の一大事、是非腕を揮って頂きたく」
「俺達、詳しい話を誰に聞けば……?」
「書類をお配りしています。個別の質問は別途伺いますとも。内容次第では、五十鈴殿が直接」
「分かりました」
「その娘さんが、もしや?」
「はい、出来れば色々……憚りたいですね」
「ならば後程。お三方が訪ねると、五十鈴殿にお伝えしておきますので」
「そうして! 下さい……」
「では」
白磁の棟で空室に通された。寝台に癒々を横たえ、玖玲は扉の外に顔を出す。小姓の人にお茶でもお願いしてるのかな、じゃあ僕も。
「ついでに行火とかある?」
癒々より歳上な小姓のお兄さんは、畏まりましたと丁寧に礼をしていなくなった。
「書類とやらは?」
「これ」
糸綴じされた薄い束。五十鈴ちゃんが夢に見たお告げの内容と、上層部の意向、決定事項、これまでにあった問答集……そんな内容が記載されてる。
都は百鬼夜行に襲撃され、同時に神がこの地に顕現するらしい。どちらにも備えよ、と天通眼の女神は警鐘を鳴らした。
「写し身を介して三女神が顕現する、と解釈すべきか?」
「それ以外は見当付けようがないしさ。備えるべき脅威って括りでは同じなのかな」
「さあ。人間なんて小さき者に合わせた力の揮い方は出来ないんだろ。神だから」
ざっくり把握したら適度に流し読み、必要な部分、箚士に関わる辺りだけを叩き込む。その間に頼んだ行火とお茶、軽食が届いた。
「風邪引かないと良いけど」
熱い炭を入れた行火を癒々の足元に。捲った布団を戻せば、箱型にぽっこりと膨れた。甲斐甲斐しいなと玖玲は溢す。
二人で黙々と熱いお茶を啜り、冷えた手足を温めた。おにぎりを食べて熱量を補給。さっきより頭が冴えて来たかな。
「箚士の肩書きが出来る以前の時代には、神憑りや神降ろしって、どんな宗派でもあったなぁ」
「天津神が応えるとか、まずないけどな」
「ない時はないし、ある時はあるでしょ。箚士かどうかは神様には誤差なのかもよ」
「うわ、腹立つ」
如何にもありそう、と玖玲が舌打ちする。布団の中で癒々が身動ぎ、か細く声を漏らした。そろそろ起きるかな?
「……いっそ写し身の出番なんかないよ、くらいに百鬼夜行を押し返せば良いよ」
「その方が気分が良いね俺は。分かり易い話だ」
二人してニタリと笑う。無茶を言ってるのはお互い分かってる。でも癒々が危険を冒したり、何かを背負わなくても良い。箚士が解決すれば。
「これは僕らの仕事」
「同感だ」
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