写し身乙女は春を待つ ~幻想東邦霊異聞~

波津井

文字の大きさ
上 下
31 / 51
写し身は集い

31 咒禁城

しおりを挟む
 次の日、真っ先に服飾店を訪ねた。豪華な生地の服もあるし、勿論女神や天女を思わせる祭り用の装いもある。資格証を頼り質の高い、店の人が上品だと薦めた物を癒々に。

 店の女将さんが玖玲の顔を知っていて、資格証を疑われなかったのが大きい。僕と玖玲もここで靴を新調した。

「お似合いですよ」

「癒々、綺麗!」

「あ、ありがとう。でもこんな高価な服着て歩くなんて、怖くて無理よ……」

「こちら心ばかりですが。絹糸の飾りです、どうぞ」

 紅の糸を編んだ梅の花。随分気前の良いおまけだ。店の人が差し出す漆のお盆から、玖玲が癒々の髪に括る。

「なんで玖玲が」

「ちびすけじゃ背伸びしても届かないだろ」

 ……なんか面白くない。店の人がすれば良かったのに。

「ほら」

「ありがとうございます」

 赤い花は癒々の薄茶色の髪に映える。似合うけど……癒々には白が一番だと思うのにな。
 店を出て、玖玲が霊化顕現した。群体になった御弥真を巨大な一羽に組み換え、その背に乗る。

「都まで保つかどうか」

「空路は直線だし、多分行けるよ。玖玲だもん」

 全部玖玲の霊力頼みなんだ、頑張って欲しい。空中分解だけは勘弁して。

 癒々に風避けの羽織を頭から被せて、僕も同じように布をすっぽりと。そうして飛び立った昼前──ぶっちゃけあんまり距離は進んでいなかった。

「無理無理無理無理! もう無理本当に無理!」

「──っ……ひうっ……」

 空ってこんな寒いんだね、吃驚するくらい寒い。風の冷たさ半端ないわ呼吸も儘ならないわ、一時間で音を上げたよ。手足凍えてもげそう。

「休憩はこの一度だ。次は気絶させて運ぶぞ、お荷物共」

「いっそそうして欲しい……」

「ぜひゅ……っ」

 霊力の残量が気がかりで殺気立つ玖玲には悪いと思う。だけど我慢の限界まで耐えた上で、本気で無理だったんだよ……

「ああ、お爺……ちゃん……」

 可哀想に。凍え切った癒々がとうとう、見えちゃいけない系の幻覚を見てる。

「寝てろ」

 うつらうつらした意識の中、癒々の首元に玖玲が手刀を落とすのを見た。あ、僕ら完全に貨物扱いされ……がくっ!


***

「──はっ!?」

 気が付いたら都に着いていた。咒禁城しゅきんじょうの城門前だ、一体いつの間に。何故か救い難い屑を見る目で、玖玲が見て来る。

「身体が……上手く動かない……」

「そうかよ、這いつくばってろ」

 玖玲は気絶した癒々を抱き上げ、霊化を解いて御弥真を戻す。門番の人は苦笑いだ。
 僕らの顔は把握されてるので、癒々に関してやり取りした後、普通に中へ通された。

「現在召集に応じた箚士の方々には、白磁の棟にご滞在頂いてます」

「ありがとう」

 案内された通り白磁の棟に向かう。箚士の役職をまとめる、事務方の一番偉い人がいた。事務総長の柳さんだ。僕仲良しだよ、茶飲み友達。

「よくぞ無事お戻り下さいました」

「柳さんも報告見た? じゃないや、ご覧下さいましたか?」

「ええ勿論、二人で切り抜けられたのはお見事。今は都の一大事、是非腕を揮って頂きたく」

「俺達、詳しい話を誰に聞けば……?」

「書類をお配りしています。個別の質問は別途伺いますとも。内容次第では、五十鈴殿が直接」

「分かりました」

「その娘さんが、もしや?」

「はい、出来れば色々……憚りたいですね」

「ならば後程。お三方が訪ねると、五十鈴殿にお伝えしておきますので」

「そうして! 下さい……」

「では」

 白磁の棟で空室に通された。寝台に癒々を横たえ、玖玲は扉の外に顔を出す。小姓の人にお茶でもお願いしてるのかな、じゃあ僕も。

「ついでに行火あんかとかある?」

 癒々より歳上な小姓のお兄さんは、畏まりましたと丁寧に礼をしていなくなった。

「書類とやらは?」

「これ」

 糸綴じされた薄い束。五十鈴ちゃんが夢に見たお告げの内容と、上層部の意向、決定事項、これまでにあった問答集……そんな内容が記載されてる。

 都は百鬼夜行に襲撃され、同時に神がこの地に顕現するらしい。どちらにも備えよ、と天通眼の女神は警鐘を鳴らした。

「写し身を介して三女神が顕現する、と解釈すべきか?」

「それ以外は見当付けようがないしさ。備えるべき脅威って括りでは同じなのかな」

「さあ。人間なんて小さき者に合わせた力の揮い方は出来ないんだろ。神だから」

 ざっくり把握したら適度に流し読み、必要な部分、箚士に関わる辺りだけを叩き込む。その間に頼んだ行火とお茶、軽食が届いた。

「風邪引かないと良いけど」

 熱い炭を入れた行火を癒々の足元に。捲った布団を戻せば、箱型にぽっこりと膨れた。甲斐甲斐しいなと玖玲は溢す。

 二人で黙々と熱いお茶を啜り、冷えた手足を温めた。おにぎりを食べて熱量を補給。さっきより頭が冴えて来たかな。

「箚士の肩書きが出来る以前の時代には、神憑かみがかりや神降ろしって、どんな宗派でもあったなぁ」

「天津神が応えるとか、まずないけどな」

「ない時はないし、ある時はあるでしょ。箚士かどうかは神様には誤差なのかもよ」

「うわ、腹立つ」

 如何にもありそう、と玖玲が舌打ちする。布団の中で癒々が身動みじろぎ、か細く声を漏らした。そろそろ起きるかな?

「……いっそ写し身の出番なんかないよ、くらいに百鬼夜行を押し返せば良いよ」

「その方が気分が良いね俺は。分かり易い話だ」

 二人してニタリと笑う。無茶を言ってるのはお互い分かってる。でも癒々が危険を冒したり、何かを背負わなくても良い。箚士が解決すれば。

「これは僕らの仕事」

「同感だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...