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写し身は集い
30 感情曲線
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「カア!」
夕飯時になり買い込んだ食料を並べていると、御弥真の白い嘴が窓をつついた。
「お帰りなさい」
「カア、カア」
癒々が窓を開ければ、心なしか疲れた声を返す御弥真。
ピョンピョンと少しの距離を跳ね、玖玲の元に戻った。その足には手紙用の金具が取り付けられている。
「……」
「どうかした?」
返信に目を通す玖玲の顔は険しい。読み切ってからようやく返事をした。
「祈年祭は中止、蛇の話は本当だった。あの晩から各地で初期の百鬼夜行が現れてて、五十鈴が神託を受けてる」
「……まさか都に百鬼夜行が来るとか?」
唖然として問えば、玖玲は眉間を寄せたまま頷く。
「勅令で箚士を都に集結させてるらしい。俺達も召集されてる」
「そうなるか……いやうん、非常事態だ。分かるよ」
「癒々」
「っはい?」
初めて玖玲が癒々を名前で呼んだ。もう一般人だからと蚊帳の外に置けない、きっとその意図が込められている。
「一緒に城へ来て貰う。五十鈴がいる以上、酷い扱いはされない。けど、写し身について俺達には皆目見当も付かない」
人間の領分を超えている、全ては神のみぞ知るだ。淡々と告げる玖玲に、神妙な面持ちで癒々は応じた。
「……はい。何が出来るのかは分かりませんが、精霊と約束しましたから」
「それだ」
甚く不機嫌な声を発して、玖玲の指先はカツカツと卓上を叩いた。
「写し身とやらが遣わされるなら、俺達箚士はなんの為にいる? 仮に箚士が束になっても解決しないなら、何故写し身にはそれが可能だと?」
「うーん、具体的な情報がなさ過ぎるのは確かに」
神の権能を発揮するのは凄いけどさ。それは箚士の霊化や、その最上位である降臨と、どれだけ違うのだろう。
「精霊じゃなく、女神にしか出来ないことがあるのかな。だからって納得しないけどさ」
「神託なら何をすべきかくらい、当事者に伝えておけよと。話がややこしくなる」
ああ、つまり玖玲も神々が不誠実だと言いたいんだ。
癒々に説明責任を果たしてない、音沙汰なしで不安だけが募っていると。それが一番気に食わない。奇遇だな、僕も同感だよ。
「竜神の心臓から生命の女神は生まれた、その役割を果たすだろう……という感じのことを蛇さんが言ってたわ」
「誕生と平癒、閃きを司る女神……心臓? さっぱりだ。三人揃うとどうなるんだ?」
三女神の写し身が揃えば、新たな神託が下るんだろうか。それよりも、もし癒々が怖い目に遭うなら嫌だ。
「……僕もう女神が嫌いになって来た」
「圜、なんてこと言うの。罰が当たったらどうするの」
「だって、癒々」
なんか無性に気に食わないんだ。まだ上手く言葉にならないけど。もう少しやりようあるだろ、と。玖玲は溜息と共に腕組みした。
「明日からは強行軍。霊力が回復した分は空を行く」
「その前に服だよ服。癒々に着替えて貰うんだ」
「どうして?」
「祭り云々じゃなく、そうした方が良いと思う。癒々そのままで城に行くの平気? 偉い人がいる所だけど、怖気付かない?」
悪路で駄目になった部分もある服に、癒々は視線を落とした。
「お、お城に行くには……失礼よね、これじゃあ……」
「罪に問われたりはしないけど、言う奴は絶対どうこう言うね」
「はあ、分かった分かった。じゃあそれで良いよ。支度してからな」
大人の事情で体裁を整えることになった。女神様らしい格好で、近寄り難いと思われた方が安全かもしれないし。
「そのままだとね。癒々、チョロチョロだから」
「成程」
ハッタリの必要性を即座に理解した玖玲。その向かいで癒々は、えっ……と声を漏らした。
話がまとまり食事に手を付ける。用意しておいて良かったな。こうなるとは思ってなかったけどさ。
「癒々、女神様の神託があったら言い返すと良いよ。不手際が多いし責任取って下さいって」
「なんなら箚士にも喧嘩売ってるって言っておきなよ」
「む、無理よ……!」
「本当に?」
そう聞き返す。だってさ、癒々が潔く受け入れてるのはおかしい。女神がこれまで癒々に何かしてくれた?
「精霊の頼みを聞いてあげたいのは分かるよ。でも女神が本当に何もしてない、何も担保してない。なのに聞き入れたりしなくて良いよ。癒々」
「圜……怒ってるの?」
「それなりに」
癒々は目を丸くする。僕だって理由があれば、理解はしたかもしれないけどね。
「三女神が人間を奴隷だとお考えなら、後悔して欲しいなとは思う」
癒々を虐げていた村人達を連想したんだ。理不尽、そんなもの堪え忍ぶ必要はない。人は自らの幸せを得る為に、人生を取捨選択して良い。
要するにあれだよ、頼み事があるなら相応の態度があんだろ。そこだよ。本当に苛々するね。
「ちびすけがぶち切れてる」
「何もそこまで……」
「いいや間違っちゃいない。最悪を想定した時、自分がどんな恨み言を残すか。最低限それは問い詰めるべき事柄だろ」
「……」
小皿に箸を置き、癒々は微かに笑った。最初に会った時にも見た笑みだ。僕それは好きじゃないよ、癒々。
「大丈夫、私にはもう家族も家もないもの。他の誰かがなるよりは、ずっと身軽だし気楽だわ。女神様は理解して選んだのよ、きっと」
……はははは、僕の中で三女神の好感度が底を尽いた。癒々の境遇を改めて並べると、酷いの一言しかねぇ。
「箸を折るなよちびすけ」
あ? 今バキッつったのお箸か。気付かなかった。
夕飯時になり買い込んだ食料を並べていると、御弥真の白い嘴が窓をつついた。
「お帰りなさい」
「カア、カア」
癒々が窓を開ければ、心なしか疲れた声を返す御弥真。
ピョンピョンと少しの距離を跳ね、玖玲の元に戻った。その足には手紙用の金具が取り付けられている。
「……」
「どうかした?」
返信に目を通す玖玲の顔は険しい。読み切ってからようやく返事をした。
「祈年祭は中止、蛇の話は本当だった。あの晩から各地で初期の百鬼夜行が現れてて、五十鈴が神託を受けてる」
「……まさか都に百鬼夜行が来るとか?」
唖然として問えば、玖玲は眉間を寄せたまま頷く。
「勅令で箚士を都に集結させてるらしい。俺達も召集されてる」
「そうなるか……いやうん、非常事態だ。分かるよ」
「癒々」
「っはい?」
初めて玖玲が癒々を名前で呼んだ。もう一般人だからと蚊帳の外に置けない、きっとその意図が込められている。
「一緒に城へ来て貰う。五十鈴がいる以上、酷い扱いはされない。けど、写し身について俺達には皆目見当も付かない」
人間の領分を超えている、全ては神のみぞ知るだ。淡々と告げる玖玲に、神妙な面持ちで癒々は応じた。
「……はい。何が出来るのかは分かりませんが、精霊と約束しましたから」
「それだ」
甚く不機嫌な声を発して、玖玲の指先はカツカツと卓上を叩いた。
「写し身とやらが遣わされるなら、俺達箚士はなんの為にいる? 仮に箚士が束になっても解決しないなら、何故写し身にはそれが可能だと?」
「うーん、具体的な情報がなさ過ぎるのは確かに」
神の権能を発揮するのは凄いけどさ。それは箚士の霊化や、その最上位である降臨と、どれだけ違うのだろう。
「精霊じゃなく、女神にしか出来ないことがあるのかな。だからって納得しないけどさ」
「神託なら何をすべきかくらい、当事者に伝えておけよと。話がややこしくなる」
ああ、つまり玖玲も神々が不誠実だと言いたいんだ。
癒々に説明責任を果たしてない、音沙汰なしで不安だけが募っていると。それが一番気に食わない。奇遇だな、僕も同感だよ。
「竜神の心臓から生命の女神は生まれた、その役割を果たすだろう……という感じのことを蛇さんが言ってたわ」
「誕生と平癒、閃きを司る女神……心臓? さっぱりだ。三人揃うとどうなるんだ?」
三女神の写し身が揃えば、新たな神託が下るんだろうか。それよりも、もし癒々が怖い目に遭うなら嫌だ。
「……僕もう女神が嫌いになって来た」
「圜、なんてこと言うの。罰が当たったらどうするの」
「だって、癒々」
なんか無性に気に食わないんだ。まだ上手く言葉にならないけど。もう少しやりようあるだろ、と。玖玲は溜息と共に腕組みした。
「明日からは強行軍。霊力が回復した分は空を行く」
「その前に服だよ服。癒々に着替えて貰うんだ」
「どうして?」
「祭り云々じゃなく、そうした方が良いと思う。癒々そのままで城に行くの平気? 偉い人がいる所だけど、怖気付かない?」
悪路で駄目になった部分もある服に、癒々は視線を落とした。
「お、お城に行くには……失礼よね、これじゃあ……」
「罪に問われたりはしないけど、言う奴は絶対どうこう言うね」
「はあ、分かった分かった。じゃあそれで良いよ。支度してからな」
大人の事情で体裁を整えることになった。女神様らしい格好で、近寄り難いと思われた方が安全かもしれないし。
「そのままだとね。癒々、チョロチョロだから」
「成程」
ハッタリの必要性を即座に理解した玖玲。その向かいで癒々は、えっ……と声を漏らした。
話がまとまり食事に手を付ける。用意しておいて良かったな。こうなるとは思ってなかったけどさ。
「癒々、女神様の神託があったら言い返すと良いよ。不手際が多いし責任取って下さいって」
「なんなら箚士にも喧嘩売ってるって言っておきなよ」
「む、無理よ……!」
「本当に?」
そう聞き返す。だってさ、癒々が潔く受け入れてるのはおかしい。女神がこれまで癒々に何かしてくれた?
「精霊の頼みを聞いてあげたいのは分かるよ。でも女神が本当に何もしてない、何も担保してない。なのに聞き入れたりしなくて良いよ。癒々」
「圜……怒ってるの?」
「それなりに」
癒々は目を丸くする。僕だって理由があれば、理解はしたかもしれないけどね。
「三女神が人間を奴隷だとお考えなら、後悔して欲しいなとは思う」
癒々を虐げていた村人達を連想したんだ。理不尽、そんなもの堪え忍ぶ必要はない。人は自らの幸せを得る為に、人生を取捨選択して良い。
要するにあれだよ、頼み事があるなら相応の態度があんだろ。そこだよ。本当に苛々するね。
「ちびすけがぶち切れてる」
「何もそこまで……」
「いいや間違っちゃいない。最悪を想定した時、自分がどんな恨み言を残すか。最低限それは問い詰めるべき事柄だろ」
「……」
小皿に箸を置き、癒々は微かに笑った。最初に会った時にも見た笑みだ。僕それは好きじゃないよ、癒々。
「大丈夫、私にはもう家族も家もないもの。他の誰かがなるよりは、ずっと身軽だし気楽だわ。女神様は理解して選んだのよ、きっと」
……はははは、僕の中で三女神の好感度が底を尽いた。癒々の境遇を改めて並べると、酷いの一言しかねぇ。
「箸を折るなよちびすけ」
あ? 今バキッつったのお箸か。気付かなかった。
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