写し身乙女は春を待つ ~幻想東邦霊異聞~

波津井

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写し身は集い

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「カア!」

 夕飯時になり買い込んだ食料を並べていると、御弥真みやまの白い嘴が窓をつついた。

「お帰りなさい」

「カア、カア」

 癒々ゆゆが窓を開ければ、心なしか疲れた声を返す御弥真。
 ピョンピョンと少しの距離を跳ね、玖玲くれいの元に戻った。その足には手紙用の金具が取り付けられている。

「……」

「どうかした?」

 返信に目を通す玖玲の顔は険しい。読み切ってからようやく返事をした。

「祈年祭は中止、蛇の話は本当だった。あの晩から各地で初期の百鬼夜行が現れてて、五十鈴いすずが神託を受けてる」

「……まさか都に百鬼夜行が来るとか?」

 唖然として問えば、玖玲は眉間を寄せたまま頷く。

「勅令で箚士とうしを都に集結させてるらしい。俺達も召集されてる」

「そうなるか……いやうん、非常事態だ。分かるよ」

「癒々」

「っはい?」

 初めて玖玲が癒々を名前で呼んだ。もう一般人だからと蚊帳の外に置けない、きっとその意図が込められている。

「一緒に城へ来て貰う。五十鈴がいる以上、酷い扱いはされない。けど、写し身について俺達には皆目見当も付かない」

 人間の領分を超えている、全ては神のみぞ知るだ。淡々と告げる玖玲に、神妙な面持ちで癒々は応じた。

「……はい。何が出来るのかは分かりませんが、精霊と約束しましたから」

「それだ」

 甚く不機嫌な声を発して、玖玲の指先はカツカツと卓上を叩いた。

「写し身とやらが遣わされるなら、俺達箚士はなんの為にいる? 仮に箚士が束になっても解決しないなら、何故写し身にはそれが可能だと?」

「うーん、具体的な情報がなさ過ぎるのは確かに」

 神の権能を発揮するのは凄いけどさ。それは箚士の霊化や、その最上位である降臨と、どれだけ違うのだろう。

「精霊じゃなく、女神にしか出来ないことがあるのかな。だからって納得しないけどさ」

「神託なら何をすべきかくらい、当事者に伝えておけよと。話がややこしくなる」

 ああ、つまり玖玲も神々が不誠実だと言いたいんだ。
 癒々に説明責任を果たしてない、音沙汰なしで不安だけが募っていると。それが一番気に食わない。奇遇だな、僕も同感だよ。

「竜神の心臓から生命の女神は生まれた、その役割を果たすだろう……という感じのことを蛇さんが言ってたわ」

「誕生と平癒、閃きを司る女神……心臓? さっぱりだ。三人揃うとどうなるんだ?」

 三女神の写し身が揃えば、新たな神託が下るんだろうか。それよりも、もし癒々が怖い目に遭うなら嫌だ。

「……僕もう女神が嫌いになって来た」

ぎん、なんてこと言うの。罰が当たったらどうするの」

「だって、癒々」

 なんか無性に気に食わないんだ。まだ上手く言葉にならないけど。もう少しやりようあるだろ、と。玖玲は溜息と共に腕組みした。

「明日からは強行軍。霊力が回復した分は空を行く」

「その前に服だよ服。癒々に着替えて貰うんだ」

「どうして?」

「祭り云々じゃなく、そうした方が良いと思う。癒々そのままで城に行くの平気? 偉い人がいる所だけど、怖気付かない?」

 悪路で駄目になった部分もある服に、癒々は視線を落とした。

「お、お城に行くには……失礼よね、これじゃあ……」

「罪に問われたりはしないけど、言う奴は絶対どうこう言うね」

「はあ、分かった分かった。じゃあそれで良いよ。支度してからな」

 大人の事情で体裁を整えることになった。女神様らしい格好で、近寄り難いと思われた方が安全かもしれないし。

「そのままだとね。癒々、チョロチョロだから」

「成程」

 ハッタリの必要性を即座に理解した玖玲。その向かいで癒々は、えっ……と声を漏らした。
 話がまとまり食事に手を付ける。用意しておいて良かったな。こうなるとは思ってなかったけどさ。

「癒々、女神様の神託があったら言い返すと良いよ。不手際が多いし責任取って下さいって」

「なんなら箚士にも喧嘩売ってるって言っておきなよ」

「む、無理よ……!」

「本当に?」

 そう聞き返す。だってさ、癒々が潔く受け入れてるのはおかしい。女神がこれまで癒々に何かしてくれた?

「精霊の頼みを聞いてあげたいのは分かるよ。でも女神が本当に何もしてない、何も担保してない。なのに聞き入れたりしなくて良いよ。癒々」

「圜……怒ってるの?」

「それなりに」

 癒々は目を丸くする。僕だって理由があれば、理解はしたかもしれないけどね。

「三女神が人間を奴隷だとお考えなら、後悔して欲しいなとは思う」

 癒々を虐げていた村人達を連想したんだ。理不尽、そんなもの堪え忍ぶ必要はない。人は自らの幸せを得る為に、人生を取捨選択して良い。

 要するにあれだよ、頼み事があるなら相応の態度があんだろ。そこだよ。本当に苛々するね。

「ちびすけがぶち切れてる」

「何もそこまで……」

「いいや間違っちゃいない。最悪を想定した時、自分がどんな恨み言を残すか。最低限それは問い詰めるべき事柄だろ」

「……」

 小皿に箸を置き、癒々は微かに笑った。最初に会った時にも見た笑みだ。僕それは好きじゃないよ、癒々。

「大丈夫、私にはもう家族も家もないもの。他の誰かがなるよりは、ずっと身軽だし気楽だわ。女神様は理解して選んだのよ、きっと」

 ……はははは、僕の中で三女神の好感度が底を尽いた。癒々の境遇を改めて並べると、酷いの一言しかねぇ。

「箸を折るなよちびすけ」

 あ? 今バキッつったのお箸か。気付かなかった。
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