29 / 51
神話の中に残る
29 憩いの一時
しおりを挟む
玖玲が余所見している癒々に声をかけた。
「……何見てんの」
「えっと、あの目玉模様みたいなのは何かしらって……」
癒々が指差した先には、飾り緒の付いた旗が下がっている。ああと平坦な声で玖玲は答えた。
「あれは竜眼、祈年祭の旗だ。竜神様が復活して、再び目を覚まして下さるようにって意味の紋様」
「やっぱり、竜神様はいつか復活するの?」
「だと良いねってお祭りだよ、癒々」
随分と吃驚している癒々に僕も笑う。あんまり信じ易いと心配になるなぁ。
「でも竜神の魂は今も、人々を見守っているって言い伝えがあるよ」
「そうなの」
「確か城のどこかに竜神が残した宝玉があって、そこに魂が宿ってるんだって」
「真偽の程は知れないけどな」
祈年祭は都の一大行事だから、近隣の町も合わせて祭りをする。どこも竜の置物や旗を掲げて賑やかだ。癒々は物珍しそうに眺めていた。
祭りを見物に来る客が増えた分、公衆浴場も大混雑。桶に汲んだ湯で服の汚れを落とし、久々に湯船でのんびりした。そのまま寝かけて頭をはたかれた以外は平和だ。
食事も屋台で済ませ、出歩かなくて良いように明日の分も買い込もうとなった。
お風呂上がりの癒々は満足そうな表情で可愛い。山越えの間は肌寒い中、川の水で払拭するだけで我慢してたからね。
「ほっぺ赤い癒々、可愛い」
「圜だって赤くなっているわよ」
癒々の指が僕の頬をつつく。あ、可愛いって言い返すのはよして欲しい。僕は男だから癒々とは違うんだよ。
身綺麗になったし、どうせなら綺麗な服を買ってあげようかな。祭りの間はお洒落してる人も多い、そうしよう。
「癒々何食べたい? 僕は屋台の汁蕎麦が良いなぁ」
「どんな料理か分からなくて選べないから、同じのにしようかしら。屋台で食べるの初めてよ」
「汁蕎麦は出汁と油と塩で食べる麺だよ。美味しいよ!」
汁蕎麦の麺は正確には蕎麦じゃない。料理が出来た当初はちゃんと蕎麦だったらしいけど。
時代を重ね材料や味付けが変化した結果、もう蕎麦は使わなくなっている。今じゃおめでたい黄色のかん水麺だ。
「玖玲さんは何か希望は?」
「うどん」
「二人共麺類が好きなのね……」
「麺類が嫌いな人なんてこの世にいる?」
僕は首を傾げ、玖玲も素っ気なく肩を竦めた。
あ、体質で食べられない人は除く。それはだってどうしようもない。全然悪くないよ。何事にも例外はあるって先生も言ってた。
「丁度店と屋台が近いから、二手に分かれましょうか」
「じゃあ後で」
玖玲はうどんの店に、僕らは汁蕎麦の屋台に並んで食べることにした。
珍しい髪色の癒々は人目を集めたけど、気にしてない顔に見える。綺麗な色だからね、目を惹くのは仕方ない。
「初めて見る別嬪さんだ、包み焼きおまけしたげよう」
「わー、やったね癒々!」
「あ、ありがとうございます……」
丸い生地に野菜や肉を刻んで包んだおかずを、二人で分けて食べる。初めて熱い汁蕎麦を食べた癒々は、美味しいわと喜んでくれた。
「私これ好きよ」
「一緒だね! 他にも美味しい料理あるよ、教えてあげるよ!」
なんだか凄く嬉しい。僕は癒々がにこにこ食べる姿を、ずっと見ていた。最初に会った時は表情も薄くて、声色も固くて素っ気なかったけど。
今の癒々は笑ったり心配したり、顔に気持ちが出てる。それは多分僕には特別、向けられているのだと思う。
癒々が怖がらないのは、頼ってるのは僕だけ。
何故だろう、そんな高揚感があるんだ。自分が誰かの特別なんだっていう、充足感みたいなものが。
「圜、もっと食べる?」
食べ足りなくて見ていた訳じゃない。けど癒々が寄せた丼から、少しだけ分けて貰った。理由を説明する方が気恥ずかしいし。
「……あのね、夜に話をしても良い? 突拍子もなくて、まず圜に相談しようと思うの」
「良いよ、癒々の頼みなら」
玖玲と合流した後は、果物や保存の利く食料、明日食べる料理を買い込んだ。
「はあ、これでゆっくり出来るな」
「祈年祭で混むしね」
「お祭りは五日後なのに、大盛況ね」
「今はゆとりを持って来た遠方の観光客相手に、予行練習してる感じ」
「当日の混雑は更にえげつないぞ……」
想像も付かない、と言った面持ちで癒々は目を白黒させた。人口密度が違うからね。
そしてこの時期、安宿はどこも満員だと目に見えてる。なので最初からお高い宿を取った。
「広いお部屋……」
「資格証様々だねー」
中に鍵付きの寝室が二部屋。僕と癒々、玖玲で分けたら丁度良い。癒々を一人には出来ないよ、魍魎が出たら身を守る術もないのに。
「俺は寝る」
「ごゆっくり」
玖玲が寝室に直行すると、癒々は山で摘んだ薬草とかを布の上に広げ出した。乾燥させるんだね。
「癒々、話って何?」
「実は社で休んだ日にね、二人が眠ってから白い蛇の精霊と会ったの……」
聞かされた話は確かに突拍子もなくて。僕もどう返せば良いか、すぐには浮かばなかった。
でも癒々が騙されているとは感じない。むしろ謎だったあれそれに納得出来てしまう。
「私その時が来たらどうしたら良いかしら。災いが起きると、信じて貰えるのかも怪しいわ」
「もしかしたら、城ではそれに近い情報を掴んでるかもしれない。五十鈴ちゃんがいるから」
「その人も私と同じで、天通眼の女神の写し身なのかしら」
「だとすればもう一人、霊薬の女神の写し身がいる筈……」
一体何が起きようとしているのか──
それを知るのは翌日の夕方、伝令に出した御弥真が帰ってからのこと。
「……何見てんの」
「えっと、あの目玉模様みたいなのは何かしらって……」
癒々が指差した先には、飾り緒の付いた旗が下がっている。ああと平坦な声で玖玲は答えた。
「あれは竜眼、祈年祭の旗だ。竜神様が復活して、再び目を覚まして下さるようにって意味の紋様」
「やっぱり、竜神様はいつか復活するの?」
「だと良いねってお祭りだよ、癒々」
随分と吃驚している癒々に僕も笑う。あんまり信じ易いと心配になるなぁ。
「でも竜神の魂は今も、人々を見守っているって言い伝えがあるよ」
「そうなの」
「確か城のどこかに竜神が残した宝玉があって、そこに魂が宿ってるんだって」
「真偽の程は知れないけどな」
祈年祭は都の一大行事だから、近隣の町も合わせて祭りをする。どこも竜の置物や旗を掲げて賑やかだ。癒々は物珍しそうに眺めていた。
祭りを見物に来る客が増えた分、公衆浴場も大混雑。桶に汲んだ湯で服の汚れを落とし、久々に湯船でのんびりした。そのまま寝かけて頭をはたかれた以外は平和だ。
食事も屋台で済ませ、出歩かなくて良いように明日の分も買い込もうとなった。
お風呂上がりの癒々は満足そうな表情で可愛い。山越えの間は肌寒い中、川の水で払拭するだけで我慢してたからね。
「ほっぺ赤い癒々、可愛い」
「圜だって赤くなっているわよ」
癒々の指が僕の頬をつつく。あ、可愛いって言い返すのはよして欲しい。僕は男だから癒々とは違うんだよ。
身綺麗になったし、どうせなら綺麗な服を買ってあげようかな。祭りの間はお洒落してる人も多い、そうしよう。
「癒々何食べたい? 僕は屋台の汁蕎麦が良いなぁ」
「どんな料理か分からなくて選べないから、同じのにしようかしら。屋台で食べるの初めてよ」
「汁蕎麦は出汁と油と塩で食べる麺だよ。美味しいよ!」
汁蕎麦の麺は正確には蕎麦じゃない。料理が出来た当初はちゃんと蕎麦だったらしいけど。
時代を重ね材料や味付けが変化した結果、もう蕎麦は使わなくなっている。今じゃおめでたい黄色のかん水麺だ。
「玖玲さんは何か希望は?」
「うどん」
「二人共麺類が好きなのね……」
「麺類が嫌いな人なんてこの世にいる?」
僕は首を傾げ、玖玲も素っ気なく肩を竦めた。
あ、体質で食べられない人は除く。それはだってどうしようもない。全然悪くないよ。何事にも例外はあるって先生も言ってた。
「丁度店と屋台が近いから、二手に分かれましょうか」
「じゃあ後で」
玖玲はうどんの店に、僕らは汁蕎麦の屋台に並んで食べることにした。
珍しい髪色の癒々は人目を集めたけど、気にしてない顔に見える。綺麗な色だからね、目を惹くのは仕方ない。
「初めて見る別嬪さんだ、包み焼きおまけしたげよう」
「わー、やったね癒々!」
「あ、ありがとうございます……」
丸い生地に野菜や肉を刻んで包んだおかずを、二人で分けて食べる。初めて熱い汁蕎麦を食べた癒々は、美味しいわと喜んでくれた。
「私これ好きよ」
「一緒だね! 他にも美味しい料理あるよ、教えてあげるよ!」
なんだか凄く嬉しい。僕は癒々がにこにこ食べる姿を、ずっと見ていた。最初に会った時は表情も薄くて、声色も固くて素っ気なかったけど。
今の癒々は笑ったり心配したり、顔に気持ちが出てる。それは多分僕には特別、向けられているのだと思う。
癒々が怖がらないのは、頼ってるのは僕だけ。
何故だろう、そんな高揚感があるんだ。自分が誰かの特別なんだっていう、充足感みたいなものが。
「圜、もっと食べる?」
食べ足りなくて見ていた訳じゃない。けど癒々が寄せた丼から、少しだけ分けて貰った。理由を説明する方が気恥ずかしいし。
「……あのね、夜に話をしても良い? 突拍子もなくて、まず圜に相談しようと思うの」
「良いよ、癒々の頼みなら」
玖玲と合流した後は、果物や保存の利く食料、明日食べる料理を買い込んだ。
「はあ、これでゆっくり出来るな」
「祈年祭で混むしね」
「お祭りは五日後なのに、大盛況ね」
「今はゆとりを持って来た遠方の観光客相手に、予行練習してる感じ」
「当日の混雑は更にえげつないぞ……」
想像も付かない、と言った面持ちで癒々は目を白黒させた。人口密度が違うからね。
そしてこの時期、安宿はどこも満員だと目に見えてる。なので最初からお高い宿を取った。
「広いお部屋……」
「資格証様々だねー」
中に鍵付きの寝室が二部屋。僕と癒々、玖玲で分けたら丁度良い。癒々を一人には出来ないよ、魍魎が出たら身を守る術もないのに。
「俺は寝る」
「ごゆっくり」
玖玲が寝室に直行すると、癒々は山で摘んだ薬草とかを布の上に広げ出した。乾燥させるんだね。
「癒々、話って何?」
「実は社で休んだ日にね、二人が眠ってから白い蛇の精霊と会ったの……」
聞かされた話は確かに突拍子もなくて。僕もどう返せば良いか、すぐには浮かばなかった。
でも癒々が騙されているとは感じない。むしろ謎だったあれそれに納得出来てしまう。
「私その時が来たらどうしたら良いかしら。災いが起きると、信じて貰えるのかも怪しいわ」
「もしかしたら、城ではそれに近い情報を掴んでるかもしれない。五十鈴ちゃんがいるから」
「その人も私と同じで、天通眼の女神の写し身なのかしら」
「だとすればもう一人、霊薬の女神の写し身がいる筈……」
一体何が起きようとしているのか──
それを知るのは翌日の夕方、伝令に出した御弥真が帰ってからのこと。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる