写し身乙女は春を待つ ~幻想東邦霊異聞~

波津井

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神話の中に残る

29 憩いの一時

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 玖玲が余所見している癒々に声をかけた。

「……何見てんの」

「えっと、あの目玉模様みたいなのは何かしらって……」

 癒々が指差した先には、飾り緒の付いた旗が下がっている。ああと平坦な声で玖玲は答えた。

「あれは竜眼、祈年祭の旗だ。竜神様が復活して、再び目を覚まして下さるようにって意味の紋様」

「やっぱり、竜神様はいつか復活するの?」

「だと良いねってお祭りだよ、癒々」

 随分と吃驚している癒々に僕も笑う。あんまり信じ易いと心配になるなぁ。

「でも竜神の魂は今も、人々を見守っているって言い伝えがあるよ」

「そうなの」

「確か城のどこかに竜神が残した宝玉があって、そこに魂が宿ってるんだって」

「真偽の程は知れないけどな」

 祈年祭は都の一大行事だから、近隣の町も合わせて祭りをする。どこも竜の置物や旗を掲げて賑やかだ。癒々は物珍しそうに眺めていた。

 祭りを見物に来る客が増えた分、公衆浴場も大混雑。桶に汲んだ湯で服の汚れを落とし、久々に湯船でのんびりした。そのまま寝かけて頭をはたかれた以外は平和だ。

 食事も屋台で済ませ、出歩かなくて良いように明日の分も買い込もうとなった。
 お風呂上がりの癒々は満足そうな表情で可愛い。山越えの間は肌寒い中、川の水で払拭するだけで我慢してたからね。

「ほっぺ赤い癒々、可愛い」

「圜だって赤くなっているわよ」

 癒々の指が僕の頬をつつく。あ、可愛いって言い返すのはよして欲しい。僕は男だから癒々とは違うんだよ。

 身綺麗になったし、どうせなら綺麗な服を買ってあげようかな。祭りの間はお洒落してる人も多い、そうしよう。

「癒々何食べたい? 僕は屋台の汁蕎麦しるそばが良いなぁ」

「どんな料理か分からなくて選べないから、同じのにしようかしら。屋台で食べるの初めてよ」

「汁蕎麦は出汁と油と塩で食べる麺だよ。美味しいよ!」

 汁蕎麦の麺は正確には蕎麦じゃない。料理が出来た当初はちゃんと蕎麦だったらしいけど。
 時代を重ね材料や味付けが変化した結果、もう蕎麦は使わなくなっている。今じゃおめでたい黄色のかん水麺だ。

「玖玲さんは何か希望は?」

「うどん」

「二人共麺類が好きなのね……」

「麺類が嫌いな人なんてこの世にいる?」

 僕は首を傾げ、玖玲も素っ気なく肩を竦めた。
 あ、体質で食べられない人は除く。それはだってどうしようもない。全然悪くないよ。何事にも例外はあるって先生も言ってた。

「丁度店と屋台が近いから、二手に分かれましょうか」

「じゃあ後で」

 玖玲はうどんの店に、僕らは汁蕎麦の屋台に並んで食べることにした。
 珍しい髪色の癒々は人目を集めたけど、気にしてない顔に見える。綺麗な色だからね、目を惹くのは仕方ない。

「初めて見る別嬪さんだ、包み焼きおまけしたげよう」

「わー、やったね癒々!」

「あ、ありがとうございます……」

 丸い生地に野菜や肉を刻んで包んだおかずを、二人で分けて食べる。初めて熱い汁蕎麦を食べた癒々は、美味しいわと喜んでくれた。

「私これ好きよ」

「一緒だね! 他にも美味しい料理あるよ、教えてあげるよ!」

 なんだか凄く嬉しい。僕は癒々がにこにこ食べる姿を、ずっと見ていた。最初に会った時は表情も薄くて、声色も固くて素っ気なかったけど。

 今の癒々は笑ったり心配したり、顔に気持ちが出てる。それは多分僕には特別、向けられているのだと思う。

 癒々が怖がらないのは、頼ってるのは僕だけ。
 何故だろう、そんな高揚感があるんだ。自分が誰かの特別なんだっていう、充足感みたいなものが。

「圜、もっと食べる?」

 食べ足りなくて見ていた訳じゃない。けど癒々が寄せた丼から、少しだけ分けて貰った。理由を説明する方が気恥ずかしいし。

「……あのね、夜に話をしても良い? 突拍子もなくて、まず圜に相談しようと思うの」

「良いよ、癒々の頼みなら」

 玖玲と合流した後は、果物や保存の利く食料、明日食べる料理を買い込んだ。

「はあ、これでゆっくり出来るな」

「祈年祭で混むしね」

「お祭りは五日後なのに、大盛況ね」

「今はゆとりを持って来た遠方の観光客相手に、予行練習してる感じ」

「当日の混雑は更にえげつないぞ……」

 想像も付かない、と言った面持ちで癒々は目を白黒させた。人口密度が違うからね。
 そしてこの時期、安宿はどこも満員だと目に見えてる。なので最初からお高い宿を取った。

「広いお部屋……」

「資格証様々だねー」

 中に鍵付きの寝室が二部屋。僕と癒々、玖玲で分けたら丁度良い。癒々を一人には出来ないよ、魍魎が出たら身を守る術もないのに。

「俺は寝る」

「ごゆっくり」

 玖玲が寝室に直行すると、癒々は山で摘んだ薬草とかを布の上に広げ出した。乾燥させるんだね。

「癒々、話って何?」

「実は社で休んだ日にね、二人が眠ってから白い蛇の精霊と会ったの……」

 聞かされた話は確かに突拍子もなくて。僕もどう返せば良いか、すぐには浮かばなかった。
 でも癒々が騙されているとは感じない。むしろ謎だったあれそれに納得出来てしまう。

「私その時が来たらどうしたら良いかしら。災いが起きると、信じて貰えるのかも怪しいわ」

「もしかしたら、城ではそれに近い情報を掴んでるかもしれない。五十鈴ちゃんがいるから」

「その人も私と同じで、天通眼の女神の写し身なのかしら」

「だとすればもう一人、霊薬の女神の写し身がいる筈……」

 一体何が起きようとしているのか──
 それを知るのは翌日の夕方、伝令に出した御弥真が帰ってからのこと。
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