28 / 51
神話の中に残る
28 夜と朝
しおりを挟む
夜風に揺れる葉のざわめきに混じり、一際高い木の頂きに降り立つ者。面の下に隠されていた素顔は、ざんばら髪の下で視認出来ない。
そもそも姿形に意味はなく。どうにでもなるし、どうとでも変わる。変幻自在とはそういうことだ。天通眼を出し抜き、目的を果たす為に取捨選択した結果。
抜け殻相手に暴れていた箚士達を後目に、鬼面だった男はゆらりと立ち上がる。黒い袖が風に煽られ、バタバタ音を立てた。
「本隊と……本体は無傷、ならば良し」
今まさに都を目指して、各地から魍魎が集いつつある。分かり易い地上部隊の幾つかが、箚士に阻まれ撃破されるのは想定内だ。
「都の地に眠る玉を取れば、我々の勝ち。二度と竜神が目覚めることもない。全てはそれからだ」
鴉天狗に断ち切られた腕を見やり、男は残された掌を傷口に添える。ずず、と闇が蠢いた。見る間に真新しい腕が生える。
拳を作る仕草を繰り返し、問題ないと判断するや、男はその場から掻き消えた。神出鬼没、文字通りに。
***
「んん……」
肌寒い。本能的に暖を求めて転がった身体が、温かいものに触れた。自分と異なる体温にすり寄り、しがみつく。
「……ん、お……て」
温かい。柔らかくて心地良い、これは好き。
離すまいと頬を寄せれば、誰かの声が耳元で響いた。
「きゃっ……圜、起きて!」
「んえ?」
「お願い起きて、脱げちゃうから……」
「……癒々?」
唐突に意識を引き戻されて目を開ける。夢現に手繰り寄せていたのは、癒々の服で胸元だった。
道理で柔らかい訳だ。引っ張っていた袂がはだけて、鎖骨も谷間も見えてしまってる。
「えっ」
バチッと意識と思考が結び付いた。慌てて起き上がったけど、より鮮明に事態を把握しただけだ。癒々にあられもない格好をさせてしまってる。
「ご、ごめん! なさい!」
「ううん、寒かったものね」
苦笑いで服を直す癒々に、頭が沸騰するくらい恥ずかしさを覚える。赤ちゃんじゃあるまいし、胸に甘えるなんて猛烈に格好悪い。
「はしたないぞちびすけ」
「っ……!」
そう言えばこいつもいた! なんでこんな時だけ先に起きてんだよ! 寝坊でもしてろ!
「母親の夢でも見てたか?」
「親の顔なんか、もう覚えてないよ!」
羞恥心と自尊心が正面衝突して、思わず力一杯叫んでいた。癒々は表情を曇らせ僕の肩を抱く。正直今はこっち見ないで欲しい、と思うけれど。
「そうね、冷え込むと辛いわ。温かい方がよく眠れるし、また野宿する時は二人でくっついて寝ましょう? 凍えたら大変だものね」
「……うん」
そのお誘いは物凄く魅力的なので頷いて返す。寒い中で寝ると、起きた時あんまり疲れが取れないから。寝床はぬくぬくしてるのが一番だよ。
「甘やかすなよ」
「圜はまだ子供だから……大人が気を付けてあげないと」
呆れた調子の玖玲に、もごもごと癒々は反論した。
その様子に、嫌がられてない、と僕は安堵してしまう。もし癒々に嫌悪感を返されたら、もうどんな顔したら良いか分からなかった。
「癒々……」
「なぁに?」
「わざとじゃないよ、ごめんね」
「ええ、怒ってないわ。温かいもの食べましょうね」
笑って僕の頭を撫でた癒々。味噌玉で汁物を作るわ、と枝を集めるのを手伝おうとし……違和感を覚える。
「あれ?」
……霊力が増えてる。
「大成、起きろ大成!」
「ウキィ……?」
一晩で力を使い過ぎて、小猿姿ですら顕現を嫌がる大成を、半ば無理矢理呼び付けた。
「増えたー! 僕の霊力の総量がね! 増えたんだよ! 一晩で!」
「キィ……? キキッ!」
「そうなんだよ本当だよやったー! なんでだろうやったー!」
大成の小さな手を掴み、二人でくるくると回る。玖玲は眉間に皺を寄せ不満顔。
「はあ? なんでだよ」
「やっぱりあれかな、激戦を経て成長した的な!」
「なら俺も増えてなきゃおかしいだろ」
「玖玲はもう伸び代ないんじゃない!」
「腹立つ」
わあわあ言い合ってる後ろで、癒々がひっそり笑っていた。これは神様のご褒美か何かかな、そう思おう。
「お世話になりましたー」
食べ終わったら三人で社に手を合わせ、間借りしたお礼を伝えた。癒々はとても熱心に拝んでいる。
何をそんなに祈ることがあるのかと言いたげに、玖玲は癒々の横顔をじっと見ていた。
それから数羽に分かれた御弥真に手紙を託し、空へと送り出す。
「近い町で二、三日休むべき。精霊も休ませたい」
「うん。大成も全然力が出ないって。でも散らばった魍魎が出るだろうしなぁ」
「避けるしかないだろ、今は」
やむを得ず、都の手前で逗留することにした。峠は越えたし慎重に二日かけて山を後にする。
宿場町へ辿り着けたのは昼頃。皆へとへとだ。
「大きな町ね」
「ここら辺はもう規模からして違うね。物価も高くなるけど。資格証があれば融通を利かせて貰えるから、箚士としては気が楽だよ」
後払いが出来るだけでありがたい。靴がボロボロなんだよ、無理もないけど。ここらで買い替えたいな。
「今日と明日休んで、明後日買い物しよう癒々。ここらのお店なら僕も知ってるし」
「分かったわ。けど先にお風呂が良いかしら」
「部屋が汚れるって、宿の人に嫌がられそうだもんね。玖玲も買い物来いよ、お前がいるとお得だから」
「はあ? 生意気……まあ用事のついでに、恩を着せておいてやるよ」
よーし、自動割引おまけ発生装置を確保したぞ!
そもそも姿形に意味はなく。どうにでもなるし、どうとでも変わる。変幻自在とはそういうことだ。天通眼を出し抜き、目的を果たす為に取捨選択した結果。
抜け殻相手に暴れていた箚士達を後目に、鬼面だった男はゆらりと立ち上がる。黒い袖が風に煽られ、バタバタ音を立てた。
「本隊と……本体は無傷、ならば良し」
今まさに都を目指して、各地から魍魎が集いつつある。分かり易い地上部隊の幾つかが、箚士に阻まれ撃破されるのは想定内だ。
「都の地に眠る玉を取れば、我々の勝ち。二度と竜神が目覚めることもない。全てはそれからだ」
鴉天狗に断ち切られた腕を見やり、男は残された掌を傷口に添える。ずず、と闇が蠢いた。見る間に真新しい腕が生える。
拳を作る仕草を繰り返し、問題ないと判断するや、男はその場から掻き消えた。神出鬼没、文字通りに。
***
「んん……」
肌寒い。本能的に暖を求めて転がった身体が、温かいものに触れた。自分と異なる体温にすり寄り、しがみつく。
「……ん、お……て」
温かい。柔らかくて心地良い、これは好き。
離すまいと頬を寄せれば、誰かの声が耳元で響いた。
「きゃっ……圜、起きて!」
「んえ?」
「お願い起きて、脱げちゃうから……」
「……癒々?」
唐突に意識を引き戻されて目を開ける。夢現に手繰り寄せていたのは、癒々の服で胸元だった。
道理で柔らかい訳だ。引っ張っていた袂がはだけて、鎖骨も谷間も見えてしまってる。
「えっ」
バチッと意識と思考が結び付いた。慌てて起き上がったけど、より鮮明に事態を把握しただけだ。癒々にあられもない格好をさせてしまってる。
「ご、ごめん! なさい!」
「ううん、寒かったものね」
苦笑いで服を直す癒々に、頭が沸騰するくらい恥ずかしさを覚える。赤ちゃんじゃあるまいし、胸に甘えるなんて猛烈に格好悪い。
「はしたないぞちびすけ」
「っ……!」
そう言えばこいつもいた! なんでこんな時だけ先に起きてんだよ! 寝坊でもしてろ!
「母親の夢でも見てたか?」
「親の顔なんか、もう覚えてないよ!」
羞恥心と自尊心が正面衝突して、思わず力一杯叫んでいた。癒々は表情を曇らせ僕の肩を抱く。正直今はこっち見ないで欲しい、と思うけれど。
「そうね、冷え込むと辛いわ。温かい方がよく眠れるし、また野宿する時は二人でくっついて寝ましょう? 凍えたら大変だものね」
「……うん」
そのお誘いは物凄く魅力的なので頷いて返す。寒い中で寝ると、起きた時あんまり疲れが取れないから。寝床はぬくぬくしてるのが一番だよ。
「甘やかすなよ」
「圜はまだ子供だから……大人が気を付けてあげないと」
呆れた調子の玖玲に、もごもごと癒々は反論した。
その様子に、嫌がられてない、と僕は安堵してしまう。もし癒々に嫌悪感を返されたら、もうどんな顔したら良いか分からなかった。
「癒々……」
「なぁに?」
「わざとじゃないよ、ごめんね」
「ええ、怒ってないわ。温かいもの食べましょうね」
笑って僕の頭を撫でた癒々。味噌玉で汁物を作るわ、と枝を集めるのを手伝おうとし……違和感を覚える。
「あれ?」
……霊力が増えてる。
「大成、起きろ大成!」
「ウキィ……?」
一晩で力を使い過ぎて、小猿姿ですら顕現を嫌がる大成を、半ば無理矢理呼び付けた。
「増えたー! 僕の霊力の総量がね! 増えたんだよ! 一晩で!」
「キィ……? キキッ!」
「そうなんだよ本当だよやったー! なんでだろうやったー!」
大成の小さな手を掴み、二人でくるくると回る。玖玲は眉間に皺を寄せ不満顔。
「はあ? なんでだよ」
「やっぱりあれかな、激戦を経て成長した的な!」
「なら俺も増えてなきゃおかしいだろ」
「玖玲はもう伸び代ないんじゃない!」
「腹立つ」
わあわあ言い合ってる後ろで、癒々がひっそり笑っていた。これは神様のご褒美か何かかな、そう思おう。
「お世話になりましたー」
食べ終わったら三人で社に手を合わせ、間借りしたお礼を伝えた。癒々はとても熱心に拝んでいる。
何をそんなに祈ることがあるのかと言いたげに、玖玲は癒々の横顔をじっと見ていた。
それから数羽に分かれた御弥真に手紙を託し、空へと送り出す。
「近い町で二、三日休むべき。精霊も休ませたい」
「うん。大成も全然力が出ないって。でも散らばった魍魎が出るだろうしなぁ」
「避けるしかないだろ、今は」
やむを得ず、都の手前で逗留することにした。峠は越えたし慎重に二日かけて山を後にする。
宿場町へ辿り着けたのは昼頃。皆へとへとだ。
「大きな町ね」
「ここら辺はもう規模からして違うね。物価も高くなるけど。資格証があれば融通を利かせて貰えるから、箚士としては気が楽だよ」
後払いが出来るだけでありがたい。靴がボロボロなんだよ、無理もないけど。ここらで買い替えたいな。
「今日と明日休んで、明後日買い物しよう癒々。ここらのお店なら僕も知ってるし」
「分かったわ。けど先にお風呂が良いかしら」
「部屋が汚れるって、宿の人に嫌がられそうだもんね。玖玲も買い物来いよ、お前がいるとお得だから」
「はあ? 生意気……まあ用事のついでに、恩を着せておいてやるよ」
よーし、自動割引おまけ発生装置を確保したぞ!
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる