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神話の中に残る
27 白蛇は物語る
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この社の主であろう大蛇。鱗全てが白い。故にくっきりした赤い目は、どこか愛嬌や知性を感じさせた。
竜骨諸島において、蛇の精霊は最も竜神様に近い存在と崇敬される。庶民感覚ではとってもありがたい存在。そんな相手が私に言葉を……
「えっ? なんで言葉が分かるのかしら!?」
「これでも随分長く生きておりまして。箚士以外にも話しかけられる程度には、人の言葉も覚えておりますな」
「凄いわ!」
「ああー、このキラキラした眼差し凄く気分が良い。久し振りの感覚ぅ」
案外俗物なのかしら……
いえ精霊の感覚を人間が理解するなんて、土台無理な話よね。社に祀られるありがたい精霊だもの。きっと何か深い含蓄があるんだわ。
「して、何故にこのような場所へ? あなた様に似つかわしくはあるまいて」
「えっと、いきなり押しかけてごめんなさい。魍魎から逃げていて、一晩休ませて頂けませんか?」
「どうぞどうぞ。最早参る者もない塒ですが、一晩雨を寄せ付けぬよう尽くしますぞ」
白蛇はチョロチョロと舌を出して言った。雨雲を操れるのか、雨水を防げるのかは分からない。でも水にまつわる精霊なのね。
「ご丁寧にありがとうございます」
平身低頭お礼を伝えれば、逆に困惑した声色で返されてしまう。
「どうか頭を下げるなどおやめ下され。竜神様の罰が当たりそうで恐ろしい」
「……」
精霊には人間に優しくする決まりがあるのかしら、と思うにも無理があるような。このなんとも言い表し難い齟齬を、私は持て余してしまう。
「私のような加護すら与えられない人間に、どうか畏まらないで下さい」
「なんと。まさかお気付きでない」
ぱかりと大きく顎が外れる姿は、確かに蛇なのねと納得してしまうけど……
「あの、ごめんなさい。話が全く……」
「生命の女神様の写し身であらせられるのに」
風が木の葉を拐って行った。頬を撫でるのは種を、命を運ぶ息吹。私はそれを知っている、あの暗い世界の中で触れたのだから──……
「!」
頭が痛い。目の奥がツンとして、何かがじわりと滲み出す感覚。
「……思い出した……」
精霊さん──約束を……私は、名前を。
「あなた様は、三女神の慈悲で遣わされた御使いの一人、生命の女神様の写し身ですな」
「写し身」
「女神様の権能を揮い、その神意を代行する者。人の世に災いが迫りつつあるが故に」
災い……地震とかかしら。そんなの私じゃどうにもならないわ。
「私は、人間じゃないの?」
「そうとも言えましょうが、そうでないとも言えましょうな。器は人の子だろうから」
何がなんだか。言葉は理解出来てるのに、全く内容が入って来ない。意味が喉に詰まって、どう飲み干せば良いやら。形ないのに困り果ててる。
「何をどうしたら良いの……?」
「その時が来たら務めを果たされれば宜しいかと。生命の女神様は、竜神様の心臓から生まれ出でた。ならばその役割を」
益々理解が遠退いたような。神話を聞かされても、凄いことなんて出来ないのだけど。
「ご心配召されるな。あなた様の息吹には、既に力が宿っておられる」
「それはさっきのことかしら。あれは一体?」
白蛇は圜の寝顔にちらりと視線を落とす。
「その子に欠けていたもの、霊力をお与えになったかと」
「私にそんなことが……」
「ですが与えた分だけ、あなた様からは失われてしまう」
失くしたらもう戻らない、そういう語気だった。旨い話なんてないわよね、少しがっかりだけど。
「我らの力及ばず、あなた様は遣わされた。恥じて尚申し上げる。どうか我らをお救い下さい」
「精霊を、ということね? 私に何が出来るか分からないけど、あなた達の助けになれるなら頑張ってみるわ」
「なんと慈悲深い」
「私、精霊が好きなの」
もう嘘は言わない。これは慈悲じゃなくて、依怙贔屓なのよ。
「ああ……人と精霊が手を携え、共に生きる世界で本当に良かった。はぐれた者達もいずれはその輪に還れましょう」
しみじみと白蛇は言い、夜空を仰いだ。哀愁、感傷──そんな雰囲気。でも誤魔化すように話を畳んでしまう。
「夜も深い時間ですな。どうぞお休み下され」
「ありがとう。あの……色々教えて貰ったのに、分からないことばかりで、ごめんなさい」
横になった私へ、白蛇は穏やかに言った。
「女神様は見守っておいでのはず。時が満ちたらお言葉を聞かせて下さるでしょうとも」
するりと白蛇は社を伝い、姿を消した。
聞いた話を反芻しながら、私は思い出した記憶を重ねる。兎さんと最後に交わした言葉と共に。
──……息吹よ……
あの時聞いたのが女神様の声かしら。私は物凄く逆上してたし、無礼な口調だったっけ……知らないって怖い。
「ふ、二人には内緒で。呆れられちゃう……」
ああでも。私に精霊の加護がないのは、精霊よりも格上の女神様に由来するから? 格上の相手に加護は与えられない。
「だから……」
だから私はこれまであんなに苦しめられたの?
もし事情を知っていたら、まだ気も楽だったろうに。そんな慈悲さえ惜しむ程、私の存在は軽かったの?
……駄目ね、やっぱり私は性根が歪んでる。どうしても嫌な気持ちになる。私の人生はなんだったのかしら。そんな風に考えちゃう。
「私も優しい人だったらな……」
圜の寝顔にじんわりと涙が滲んだ。思えばどれだけこの子に庇われて来たことか。
どんな秘密を預けられていたとしても、私自身は矮小な人間なんだと。ただ痛感する。
「馬鹿ね、高望みなんて」
竜骨諸島において、蛇の精霊は最も竜神様に近い存在と崇敬される。庶民感覚ではとってもありがたい存在。そんな相手が私に言葉を……
「えっ? なんで言葉が分かるのかしら!?」
「これでも随分長く生きておりまして。箚士以外にも話しかけられる程度には、人の言葉も覚えておりますな」
「凄いわ!」
「ああー、このキラキラした眼差し凄く気分が良い。久し振りの感覚ぅ」
案外俗物なのかしら……
いえ精霊の感覚を人間が理解するなんて、土台無理な話よね。社に祀られるありがたい精霊だもの。きっと何か深い含蓄があるんだわ。
「して、何故にこのような場所へ? あなた様に似つかわしくはあるまいて」
「えっと、いきなり押しかけてごめんなさい。魍魎から逃げていて、一晩休ませて頂けませんか?」
「どうぞどうぞ。最早参る者もない塒ですが、一晩雨を寄せ付けぬよう尽くしますぞ」
白蛇はチョロチョロと舌を出して言った。雨雲を操れるのか、雨水を防げるのかは分からない。でも水にまつわる精霊なのね。
「ご丁寧にありがとうございます」
平身低頭お礼を伝えれば、逆に困惑した声色で返されてしまう。
「どうか頭を下げるなどおやめ下され。竜神様の罰が当たりそうで恐ろしい」
「……」
精霊には人間に優しくする決まりがあるのかしら、と思うにも無理があるような。このなんとも言い表し難い齟齬を、私は持て余してしまう。
「私のような加護すら与えられない人間に、どうか畏まらないで下さい」
「なんと。まさかお気付きでない」
ぱかりと大きく顎が外れる姿は、確かに蛇なのねと納得してしまうけど……
「あの、ごめんなさい。話が全く……」
「生命の女神様の写し身であらせられるのに」
風が木の葉を拐って行った。頬を撫でるのは種を、命を運ぶ息吹。私はそれを知っている、あの暗い世界の中で触れたのだから──……
「!」
頭が痛い。目の奥がツンとして、何かがじわりと滲み出す感覚。
「……思い出した……」
精霊さん──約束を……私は、名前を。
「あなた様は、三女神の慈悲で遣わされた御使いの一人、生命の女神様の写し身ですな」
「写し身」
「女神様の権能を揮い、その神意を代行する者。人の世に災いが迫りつつあるが故に」
災い……地震とかかしら。そんなの私じゃどうにもならないわ。
「私は、人間じゃないの?」
「そうとも言えましょうが、そうでないとも言えましょうな。器は人の子だろうから」
何がなんだか。言葉は理解出来てるのに、全く内容が入って来ない。意味が喉に詰まって、どう飲み干せば良いやら。形ないのに困り果ててる。
「何をどうしたら良いの……?」
「その時が来たら務めを果たされれば宜しいかと。生命の女神様は、竜神様の心臓から生まれ出でた。ならばその役割を」
益々理解が遠退いたような。神話を聞かされても、凄いことなんて出来ないのだけど。
「ご心配召されるな。あなた様の息吹には、既に力が宿っておられる」
「それはさっきのことかしら。あれは一体?」
白蛇は圜の寝顔にちらりと視線を落とす。
「その子に欠けていたもの、霊力をお与えになったかと」
「私にそんなことが……」
「ですが与えた分だけ、あなた様からは失われてしまう」
失くしたらもう戻らない、そういう語気だった。旨い話なんてないわよね、少しがっかりだけど。
「我らの力及ばず、あなた様は遣わされた。恥じて尚申し上げる。どうか我らをお救い下さい」
「精霊を、ということね? 私に何が出来るか分からないけど、あなた達の助けになれるなら頑張ってみるわ」
「なんと慈悲深い」
「私、精霊が好きなの」
もう嘘は言わない。これは慈悲じゃなくて、依怙贔屓なのよ。
「ああ……人と精霊が手を携え、共に生きる世界で本当に良かった。はぐれた者達もいずれはその輪に還れましょう」
しみじみと白蛇は言い、夜空を仰いだ。哀愁、感傷──そんな雰囲気。でも誤魔化すように話を畳んでしまう。
「夜も深い時間ですな。どうぞお休み下され」
「ありがとう。あの……色々教えて貰ったのに、分からないことばかりで、ごめんなさい」
横になった私へ、白蛇は穏やかに言った。
「女神様は見守っておいでのはず。時が満ちたらお言葉を聞かせて下さるでしょうとも」
するりと白蛇は社を伝い、姿を消した。
聞いた話を反芻しながら、私は思い出した記憶を重ねる。兎さんと最後に交わした言葉と共に。
──……息吹よ……
あの時聞いたのが女神様の声かしら。私は物凄く逆上してたし、無礼な口調だったっけ……知らないって怖い。
「ふ、二人には内緒で。呆れられちゃう……」
ああでも。私に精霊の加護がないのは、精霊よりも格上の女神様に由来するから? 格上の相手に加護は与えられない。
「だから……」
だから私はこれまであんなに苦しめられたの?
もし事情を知っていたら、まだ気も楽だったろうに。そんな慈悲さえ惜しむ程、私の存在は軽かったの?
……駄目ね、やっぱり私は性根が歪んでる。どうしても嫌な気持ちになる。私の人生はなんだったのかしら。そんな風に考えちゃう。
「私も優しい人だったらな……」
圜の寝顔にじんわりと涙が滲んだ。思えばどれだけこの子に庇われて来たことか。
どんな秘密を預けられていたとしても、私自身は矮小な人間なんだと。ただ痛感する。
「馬鹿ね、高望みなんて」
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