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神話の中に残る

25 霊化顕現

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「どうしたちびすけ! 戦え!」

 鬱陶しくたかる鳥を叩き落とし、或いは切り捨て声を張る。

 霊力こそ高くないが、あいつは俺より上手く浄化する。ちびすけが機能しないことには、この数どうにもならない。あの鬼面が統率者、仕留めれば集団行動は崩れる筈だ。

「ちび……」

 駄目だ、鬼面が何かしたらしい。ちびすけの浄化は途絶えて、捕まったまま無抵抗に陥ってる。

「はあ」

 俺一人でやるしかない。いや、叩き起こして最後まで働かせる。最近生意気だったから、罰が当たったんだろう。

「しっかり笑い者にしてやるからな」

 宙を泳ぐ魚体を両断し、霊符を掲げる。風が渦を巻いて、群がる魍魎を蹴散らした。

「その威を示せ、霊化顕現……!」

 己の精霊に霊力の解放を許す。人と精霊、異なる者が混じり合い、肉体にも干渉が及ぶ。

 カツ、と一本歯の下駄が地を噛んだ。鈴懸けの白い袖が翻り、結袈裟の梵天を撫でる。黒い翼を背にした姿はまさしく──鴉天狗。

「数多いのはお前らだけじゃない……御弥真!」

 足元から一斉に鳥群が飛び立つ。影や夜闇を切り取るように生まれ行く、黒い群れが頭上で翼を広げた。鴉達が声を上げる。

 御弥真の特性は群体。精霊として霊力を解放した、その最大数は実に──

「千羽鴉」

 上空からの強襲に、さしもの魍魎達とて集団行動は取れなくなる。襲い来る嘴や風の刃に意識を割いて、こちらを邪魔する余裕がない。

 その隙に破魔の刃を携え低く飛ぶ。鬼面はちびすけにかかりきりだ。霊符で直に焼かれた腕を狙い、高速飛行で間合いを詰める。

「!」

 今更察知しても遅い。一刀、断ち切った腕がごろりと転げる。血ではなく墨のようなものが伝い落ちて行く。

 ちびすけは横倒しになるも、次の瞬間跳ね起きた。人間の挙動とは違う、大成の主導権で動いてるな。霊符なしに棍が現れた。

 猿の精霊は弱いが、関節の動かし方は人間に近い。いざとなれば箚士に代わり、戦えるのが強みだ。弱い精霊と考えるより、強い人間と考えた方が良いのか……分からない。

「鬼面嚇……」

 何かする前にもう一太刀浴びせ蜻蛉返り。鎖骨辺りを切り裂く。浅いが、黙らせたので良し。
 ちびすけの身体で大成が追い討ちをかける。鬼面に行動の余地を与えない。時間稼ぎご苦労。

「お前だけはここで討つ」

 厄介な手段があるんだろ。面倒が増える前に仕留める。

 浄化に霊力を注ぎ、斬りかかった。相手は時折妙な早さで消える。それでも二対一、攻撃全てを躱せてはいない。

 破魔の刃をこれだけ食らって浄化されないとは。並の魍魎とは桁が違う。成程、鬼とはこうでなくばおかしい。

「けど神話に伝え聞く程でもない」

 周囲に羽団扇はうちわで風を起こす。渦を巻き、砂や枝が宙を飛ぶ。飛行していた魍魎は成す術なく巻き上げられて行った。
 鬼面の逃げ道はない。また消えるのかどうか、それはどう引き起こされるのか。見ものだ。

「……」

 鬼面の頭が微かに揺れる。くつりと笑った……ような気がする。悪寒に従い全力で地を蹴った。鬼面が指を鳴らすと同時に刃を振るう、が──

「変幻自在」

 一瞬ぶれた後、鬼面の腕が六つに増えた。

「──ッ!?」

 白刃取りして尚余る手が、柄ごと俺の腕を掴みぶん回す。俺がこれじゃ大成も近付けない。
 五感が狂う回転の末、渦の向こうまで投げ飛ばされる。翼から地に叩き付けられた。

「っ……やってくれる」

 視界が揺れて頭を振る。羽団扇を落としたのが痛恨だ、あれは替えが利かない。

「玖玲!」

 暗い赤の貫頭衣、ちびすけが走って来た。やっと元に戻ったか。世話のかかる奴。

「ごめん」

「相手は、変身じみたことを、する……」

「分かった、僕も霊化する。大成!」

 霊符に呼応した精霊の影響で、砂煙が立ち込める。ちびすけも姿が変わった。より相応しい形、より権能を奮い易い状態に。

「霊化顕現!」

 風を切って棍が回る。金環を額に現れた姿は、本来よりも齢を重ねた風貌に。近接戦闘に適した肉体への変化。

 周囲に集う魍魎の群れを、棍の一振りで薙ぎ払う。土の槍が大地から生じ、倒れた者を縫い止めた。そして鬼面に目がけ──

「伸びろ!」

 棍は求めに応じて即座に間合いを潰す。鬼面の腹を突き飛ばし、一直線に大木の幹へ。丁度やり返されたな、ざまあみろよ。

 今は直接精霊と意志疎通し、力を使える。が、それもちびすけの霊力じゃ然程保たない。時間勝負だ。

「浄化を優先しろ……俺より、向いてるだろ」

「立てるのか?」

「舐めるなよ。御弥真!」

 露払いさせていた千羽鴉を呼び寄せ、一斉に鬼面へと。消えても上から見付け出す、数の利で押し込める。

「良いなぁ! 分身の術欲しい!」

「言ってろ」

 無駄口叩く暇なんかないだろ、呆れる。でかくなったのは図体だけか。

「出し惜しみはなしだ!」

 畳みかけるべく俺は全速力で飛び、ちびすけも棍を縮め距離を詰めた。串刺しの鬼面は棍を握るも、抜き取れやしない。

 ギリギリまで迫ってから棍を手元に戻し、大上段に振りかぶる。ちびすけが鬼面の脳天を打ち抜いた。俺も続く。

「死になよ」

 鬼面はがっくり首を差し出す形だ。そのまま刎ね飛ばす。ごろりと首が落ちた。尚も形を残すとは、しぶとい。

 錫杖みたく地を突き、棍に光輪が灯る──

「浄め還りてかがやき給え」

 清冽な光が山中を照らした。魍魎達を暗がりから明るみへと、来世へと追いやる。無慈悲と慈愛を内包した救い。或いは報いと言うべきか。

「廻転せよ陰陽、あまねく魂再び巡れ……万物流転!」

 ちびすけはこの一度に注ぎ込むと決めたか、配分を考えない威力で浄化を使う。白光に焼かれ鬼面は遂に形を崩し、消えた。
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