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神話の中に残る
20 神去りし地
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昨夜のギクシャクした空気を引き摺り、今日は黙々と歩くばかり。整備された道のおかげで、昼前にはこれまでより大きな町に着いた。立派な造りの門に出迎えられる。
白黒の建物は少ない。目を惹くような朱塗りの鳥居や、三重の塔が見える。ここら辺はもう田舎の雰囲気も薄く、人も物も多く行き交う。
けど往路はここまでじゃなかった。この賑わいは──
「お祭りだ!」
「そうみたい」
心踊る太鼓と笛のお囃子、極彩色の旗がたなびく。飾られた通りでは竜舞が披露されていた。
「うわあ、僕お祭り好き!」
「はしゃいではぐれるなよ、ちびすけ」
竜舞の竜は地域毎に素材や造形が異なる。ここの竜は藁を編んでどっしりだ。五穀豊穣かな。
男衆が肩に担いで竜が上下にうねる。子供がいると頭を寄せ、鼻先で触れているみたい。その為か、皆が子供を優先して通してくれる。僕もだ。
「あっ」
やった、僕も小突かれたぞ。縁起が良いね!
「良かったわね圜」
「癒々も触れば良かったのに」
「私はもう子供じゃないもの、ああいうのは小さい子の成長を祈るものよ」
「ちびすけの背が伸びるかは怪しいけど……」
「伸びるよ! 玖玲より伸びる!」
「だと良いな」
鼻で笑うな! 神様竜神様、どうかこの無神経野郎より身長大きくなりますようにー!
「向こうは獅子舞みたい」
「飛竜乗雲の演目かな」
竜神は弟神である獅子神と共に、悪鬼の軍勢と七日七晩戦い抜いた。悪鬼を八つ裂きにし、辛くも軍勢を打ち倒したものの落命。
獅子神も瀕死となり、今尚目覚めぬ長い眠りに就いた。後に竜神の血肉がこの島々となる。竜骨諸島の国産み国造りの神話だ。
竜神は諸島全域で主神だけど、天上には竜神よりも偉い神様がいるとされてる。竜神を生んだ親神とか、その兄弟姉妹神とか。
それら天上におわす神々が、地上にも精霊を遣わしてくれている。皆そう教わる。
竜神の激闘を表現する竜舞は、必ず螺旋と上下の激しい動きを伴う。どこでもそうだ。型と素材は地域性。
「向こうの神輿に三女神がいるな。眷属の十二天女は省いてしまう場所も多いのに」
「カア」
「神話に忠実にやってるんだね、凄いや」
「竜神様から生まれた生命の女神、霊薬の女神、天通眼の女神ね。医の神として、うちでも祀っていたわ」
「有名な職能神だからね。家業持ちにはありがたいご利益が揃ってるし」
そんなに色々ご利益があるの? と癒々が首を傾げるから、代表格の三女神だけ説明しておく。
「生命の女神は誕生と平癒、霊薬の女神は創意工夫と治療、天通眼の女神は改善と診察を司るよ」
「姉神になる生命の女神は、妹神の権能も包括的に持ち合わせてはいる。誕生とは発想の閃きを含むものだ」
「単に治したり薬を作る神様かと思ってたわ」
俄に歓声が上がった。お神輿が来た。女神役は一際絢爛な装束で神輿に乗り、天女役の人達が共に行進する。
それぞれ象徴があるから分かり易い。生命の女神なら扇、霊薬の女神なら草冠、天通眼の女神なら鷹のお面だ。
「どうして生命の女神は扇なのかしら?」
「種とかさ、命を運ぶ息吹の象徴らしいよ」
「赤子の産声を表してる、とも聞く。人間は産まれてまず最初に呼吸をするだろ」
「二人はやっぱり物知りね。都に着いたら、私も勉強しないと駄目かしら」
「読み書き出来れば大体平気だよ」
「うーん……いえ、折角だから勉強したいの。貴重な書物があっても、難しくて分からなかったら勿体無いわ」
少し唇を尖らせて両手を握り込む癒々。うっすら玖玲の横顔が笑った。珍しく嫌味のない微笑、でもすぐに消えた。妙な疑いが晴れたなら良いけど。
「向こうでお菓子売ってる! 癒々、行こう」
「ええ」
屋台に並ぶのは、装飾彫りされた型に生地を敷いて餡を包み、卵を塗って焼いたお菓子。伝統的なお祝い用の餡菓子だ。
牛脂を使う上に一つが大きくて重たい、食べ応えがある甘味だ。本来は家族で切り分ける。
「これとこれ頂戴!」
「まいどあり」
「癒々、半分ずつにしようね」
「ありがとう圜、懐かしいわ餡菓子」
「こっち胡麻餡だよ!」
「圜は胡麻餡が好き?」
「胡麻も、好き! 苦くなければ大体平気」
「そうなのね。じゃあいつも元気でいないとね。お薬飲まないで済むように」
小さく笑う癒々に合わせ、大成がペシペシ僕の頬を叩いた。我慢すれば飲めるのに、好きじゃないだけで。
「先生の不味いお茶のせいで嫌いになったから、先生が悪いんだ。それに癒々の薬はあんまり苦くなかった」
「私の薬はね、味が悪くて効き目も悪いと因縁を付けられたせいで……これも怪我の功名かしら。でもいつ飲んだの? どこかで百足……に……」
あ、不用意なことを言った。と遅れて気付く。黙り込み足を止めた癒々。凍り付いた表情から、少しずつ血の気が引いて。
薬草の精霊が魍魎に転じれば、毒を操ると思い至ってしまったんだ。
「それ、私のせいかもしれない……ごめんなさい」
癒々にとって思い入れの深い精霊、でも謝るのは違う。癒々にはどうしようもないことだ。
「箚士の仕事は魍魎を祓うこと。つまり穢を祓って浄化した魂を、来世に送り出すことだ。覚えておきなよ」
「玖玲さん……」
「ちびすけが祓ったんなら、とっくに救われてる。冥福を祈るんだね」
玖玲が淡泊に言う。癒々は……泣かないようにかな、目に力を込めてじっと唇を噛んだ後、深く頷いた。
「圜、ありがとう」
もし縁が繋がっているなら、次は幸せになって欲しいな。癒々も、あの子も。
白黒の建物は少ない。目を惹くような朱塗りの鳥居や、三重の塔が見える。ここら辺はもう田舎の雰囲気も薄く、人も物も多く行き交う。
けど往路はここまでじゃなかった。この賑わいは──
「お祭りだ!」
「そうみたい」
心踊る太鼓と笛のお囃子、極彩色の旗がたなびく。飾られた通りでは竜舞が披露されていた。
「うわあ、僕お祭り好き!」
「はしゃいではぐれるなよ、ちびすけ」
竜舞の竜は地域毎に素材や造形が異なる。ここの竜は藁を編んでどっしりだ。五穀豊穣かな。
男衆が肩に担いで竜が上下にうねる。子供がいると頭を寄せ、鼻先で触れているみたい。その為か、皆が子供を優先して通してくれる。僕もだ。
「あっ」
やった、僕も小突かれたぞ。縁起が良いね!
「良かったわね圜」
「癒々も触れば良かったのに」
「私はもう子供じゃないもの、ああいうのは小さい子の成長を祈るものよ」
「ちびすけの背が伸びるかは怪しいけど……」
「伸びるよ! 玖玲より伸びる!」
「だと良いな」
鼻で笑うな! 神様竜神様、どうかこの無神経野郎より身長大きくなりますようにー!
「向こうは獅子舞みたい」
「飛竜乗雲の演目かな」
竜神は弟神である獅子神と共に、悪鬼の軍勢と七日七晩戦い抜いた。悪鬼を八つ裂きにし、辛くも軍勢を打ち倒したものの落命。
獅子神も瀕死となり、今尚目覚めぬ長い眠りに就いた。後に竜神の血肉がこの島々となる。竜骨諸島の国産み国造りの神話だ。
竜神は諸島全域で主神だけど、天上には竜神よりも偉い神様がいるとされてる。竜神を生んだ親神とか、その兄弟姉妹神とか。
それら天上におわす神々が、地上にも精霊を遣わしてくれている。皆そう教わる。
竜神の激闘を表現する竜舞は、必ず螺旋と上下の激しい動きを伴う。どこでもそうだ。型と素材は地域性。
「向こうの神輿に三女神がいるな。眷属の十二天女は省いてしまう場所も多いのに」
「カア」
「神話に忠実にやってるんだね、凄いや」
「竜神様から生まれた生命の女神、霊薬の女神、天通眼の女神ね。医の神として、うちでも祀っていたわ」
「有名な職能神だからね。家業持ちにはありがたいご利益が揃ってるし」
そんなに色々ご利益があるの? と癒々が首を傾げるから、代表格の三女神だけ説明しておく。
「生命の女神は誕生と平癒、霊薬の女神は創意工夫と治療、天通眼の女神は改善と診察を司るよ」
「姉神になる生命の女神は、妹神の権能も包括的に持ち合わせてはいる。誕生とは発想の閃きを含むものだ」
「単に治したり薬を作る神様かと思ってたわ」
俄に歓声が上がった。お神輿が来た。女神役は一際絢爛な装束で神輿に乗り、天女役の人達が共に行進する。
それぞれ象徴があるから分かり易い。生命の女神なら扇、霊薬の女神なら草冠、天通眼の女神なら鷹のお面だ。
「どうして生命の女神は扇なのかしら?」
「種とかさ、命を運ぶ息吹の象徴らしいよ」
「赤子の産声を表してる、とも聞く。人間は産まれてまず最初に呼吸をするだろ」
「二人はやっぱり物知りね。都に着いたら、私も勉強しないと駄目かしら」
「読み書き出来れば大体平気だよ」
「うーん……いえ、折角だから勉強したいの。貴重な書物があっても、難しくて分からなかったら勿体無いわ」
少し唇を尖らせて両手を握り込む癒々。うっすら玖玲の横顔が笑った。珍しく嫌味のない微笑、でもすぐに消えた。妙な疑いが晴れたなら良いけど。
「向こうでお菓子売ってる! 癒々、行こう」
「ええ」
屋台に並ぶのは、装飾彫りされた型に生地を敷いて餡を包み、卵を塗って焼いたお菓子。伝統的なお祝い用の餡菓子だ。
牛脂を使う上に一つが大きくて重たい、食べ応えがある甘味だ。本来は家族で切り分ける。
「これとこれ頂戴!」
「まいどあり」
「癒々、半分ずつにしようね」
「ありがとう圜、懐かしいわ餡菓子」
「こっち胡麻餡だよ!」
「圜は胡麻餡が好き?」
「胡麻も、好き! 苦くなければ大体平気」
「そうなのね。じゃあいつも元気でいないとね。お薬飲まないで済むように」
小さく笑う癒々に合わせ、大成がペシペシ僕の頬を叩いた。我慢すれば飲めるのに、好きじゃないだけで。
「先生の不味いお茶のせいで嫌いになったから、先生が悪いんだ。それに癒々の薬はあんまり苦くなかった」
「私の薬はね、味が悪くて効き目も悪いと因縁を付けられたせいで……これも怪我の功名かしら。でもいつ飲んだの? どこかで百足……に……」
あ、不用意なことを言った。と遅れて気付く。黙り込み足を止めた癒々。凍り付いた表情から、少しずつ血の気が引いて。
薬草の精霊が魍魎に転じれば、毒を操ると思い至ってしまったんだ。
「それ、私のせいかもしれない……ごめんなさい」
癒々にとって思い入れの深い精霊、でも謝るのは違う。癒々にはどうしようもないことだ。
「箚士の仕事は魍魎を祓うこと。つまり穢を祓って浄化した魂を、来世に送り出すことだ。覚えておきなよ」
「玖玲さん……」
「ちびすけが祓ったんなら、とっくに救われてる。冥福を祈るんだね」
玖玲が淡泊に言う。癒々は……泣かないようにかな、目に力を込めてじっと唇を噛んだ後、深く頷いた。
「圜、ありがとう」
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