写し身乙女は春を待つ ~幻想東邦霊異聞~

波津井

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神話の中に残る

19 不明の光明

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 水飲み場でお金を払い、癒々ゆゆを待つ。飲み水が有料なのは大体どこも同じ。
 柄杓に口を付けていると、癒々が小走りして来た。揺れる胸に視線が集まってる。癒々おっぱい大きいから。

「私、遅かった?」

「ううん全然待ってない。癒々、ちゃんと肩まで浸かって百数えた?」

 訊けば癒々は苦笑して、ええと言った。女の子は髪が長いからね、時間かかって当たり前だよ。

「癒々も水飲んで。風呂上がりは水分補給しないと怒られるんだよ」

「二人の先生に?」

「うん。そろそろお爺ちゃんなのに、無駄に元気あり余ってるガキ大将みたいな人。頭に血が上るから風呂上がりは走るなとか……色々言われた」

「良い先生だわ、ぎんは大切にされてるのね」

「えー……そうかなぁ」

 我ながら微妙な反応にならざるを得なくて、思わず玖玲くれいを仰ぎ見た。こいつも表現し難い真顔になってる。

「知らないって良いよな」

 そう吐き捨てた玖玲に僕も返す言葉がない。いや、恐らく大体基本的には良い先生……だと思えなくもない気はしてるよ。うん。

 でも身体に良いからってとんでもなく苦い、クッソ不味い薬草茶を飲ませて来るんだ。それだけは本当に嫌。許し難い。

 癒々に柄杓を渡して水を飲んで貰う。薄茶色の髪が今は下ろされ、首筋に張り付いている。雰囲気が変わるなー、と何気なく見てたら足元に大成たいせいが駆け寄って来た。

「キイッ!」

 この勢い……さてはまた御弥真みやまに追われてるな。案の定、飛んで来た鴉が玖玲の肩に留まった。可哀想に、大成は頭を庇って縮込まってる。

「いい加減にしろ。御弥真にちゃんと言えよ玖玲。これ以上大成が怪我したら、焼き鳥にするからな」

 一方的に小突き回されて、正直だいぶ気分が悪い。その意を込めて最後通告すれば、殺気を取り違えない玖玲は白い嘴を爪弾いた。

「御弥真、やり過ぎ」

 精霊同士のことであれ、流石に正当性がないと理解はあったんだろう。霊符を抜いて御弥真に翳す玖玲。ふっと光が灯る。

「大成、どこが痛い?」

「キイ……」

「頭ばっかだね、水で冷やそうか」

「精霊に薬って効くかしら。簡単な傷薬なら出来るけど。私、傷薬が一番得意なの」

 癒々も心配そうに患部を診る。金環の辺りは特に、毛並みが乱れていて分かり易い。けど背後で玖玲が好き勝手言い始めた。

「……ちびすけが羽根を毟って葱と串刺し、塩振りながら丸焼きにしてやるってさ」

「ガアッ!?」

「えっ!?」

 説教かと思いきや、普通に脅迫だった。いや僕が言った部分もあるけどさ!

「そ、そうだぞ。こんがり直火焼きの予定だからな!」

 ないわー、こいつないわー。みたいな目で御弥真に見られた。ほぼお前の箚士とうしが言ったんだよなぁ! 納得行かねぇ……!

「理由は分かった、でもそれは駄目だ。弱い者苛め禁止」

「カア……」

 は? 弱いって言った? もしや大成が御弥真より弱いって意味かこの野郎。そこに直れ。

「結局理由は何?」

「キラキラしてるのが欲しかった。要は習性」

 大成の金環が狙いだったのか。所詮は鴉……うーん本能なら仕方ないのかな。まあ諦めてくれとしか言えない。それはともかく、まず謝れ!

「大成、まだ痛い? もう一度冷やすから待っていて」

「キッ」

 癒々が手拭いを濡らして絞り、痛々しさが残る大成の頭を冷やしてる。世話してくれてありがとうね、この屑共に鉄槌下すまでもうちょっとお願い。

「食らえ、柄杓流脳天直撃滅多打ち殺法!」

「食らう筈ないから」

 カコンカコンと柄杓の乱打を柄杓で捌き、玖玲は片手間に霊符を御弥真へ投じた。禁則事項が正しく加わっていれば良いけど、それはそれとして殴らせろ許さん。

「早く良くなってね」

「キイ」

 癒々が撫でると同時、大成の身体が光を放つ。驚きに目を奪われ、僕も玖玲も癒々を凝視する。
 正確には癒々の掌から光が生まれ、注がれているのだと分かった。癒々も驚いていて、意図せぬ事態に狼狽えた声を上げる。

「何これ、え? どうしたらいいの? 圜どうしよう!」

「あの時と同じだよ癒々、怪我を治してるんだ」

「わ、私じゃないわ! こんなこと出来ない!」

 大成の患部は癒えて、光が失せればすっかり元通りに。腰を抜かした癒々がへたり込む。大成はピョンと宙返りして見せた。

 周囲はなんだ精霊かと気にも留めない。敢えての人目を惹く挙動だね。分かるよ。大成は気遣いが出来るから、どこかの誰かと違って。

「治ったね、大成」

「ウキィ」

「どういうこと。そいつ本当に人間?」

「私は……っ」

 腰を折って癒々をまじまじと見下ろし、玖玲が無神経な物言いをする。ついさっき言ったばっかなのに、だからこいつ嫌い。

「癒々はどこからどう見ても人間。もし魍魎なら僕らより先に精霊が攻撃してる筈だ。そんなことも分からなくなったの?」

「なら何がどうなってる」

「調べる為に都へ行くんだ癒々は。もういいね? ここで詰問したって埒が開かない」

 普通じゃないのは確かに。でも由来も原因も解き明かす術がない現状で、問うた所で得られるものはない。僕にだってそれくらい割り切れる。

 悪いことが起きたのならともかく、怪我を治して貰ってどうして不気味がる顔が出来よう。分からないことは分からないこととして、線引きしたら良いだけなのに。

「癒々、宿に戻ろう」

「……圜」

 癒々はすっかり不安顔を浮かべてる。菫の花に似た瞳が曇るのは勿体無い。僕は何も気にならないみたいに、笑って癒々の手を引っ張った。

「大成の怪我が治った、良いことだよ。ありがとう癒々」
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