写し身乙女は春を待つ ~幻想東邦霊異聞~

波津井

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神話の中に残る

18 宿場町にて

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 食休みも終えて歩き出すけれど、なんでか付いて来る奴がいる。振り向けばまじまじと互いを見合う形に。なんだこいつ。

玖玲くれいはどっか行けば」

「都に戻るんだから既に行く途中。頭沸いてるのちびすけ」

「じゃあお空飛んだら良いんじゃないですかねぇ! いつもみたいに!」

「霊力が戻ってない」

 かったるそうに言い、玖玲は御弥真みやまの嘴を指で撫でる。こいつが霊力切れになるって相当だけど……

「あ……さては逃がした責任感じて、不眠不休で探し回ってたな!」

「煩いな、ちびすけは黙ってろ」

「なーんだ、それなら仕方ない。そんなに腹減ってたんなら盗み食いも許してやろう。都まで付いて来ても良いよ」

「何その上から目線、死になよ」

 ニヤニヤ出来ますな、恩に着せるって凄く気分が良い。ただし屑に限る。善良な人はただの厚意を甘受して良い。

「夕方前には次の宿場町だと思う。癒々ゆゆは病み上がりだし、今日はそこで泊まろう」

「ならそこで少し働けるわね。うん、頑張るわ」

「はあ? 普通寝るだろ……」

 癒々の飽くなき労働意欲に、玖玲がドン引きしてる。けどお前は自分の性根を反省してどうぞ。

 それから癒々は道行く先で、これは解熱に使える薬草だとか瀉下作用があるとか、野草を摘んで歩いていた。長閑のどかな光景だね。

「あれは……精力増強効果が増す、少し珍しい茸だわ!」

 物凄い勢いで茸を取りまくってる。そんなに珍しいの? でも癒々は一体何を作ろうとしてるんだろう……その取り合わせで本当に大丈夫?


***

「この宿にしようか。三人だし寝るだけの大部屋で良いよね」

「あら安い。そうしましょう」

「見張りは精霊に任せる、別に良いよ」

 素っ気ない外観、いかにも必要最低限しか提供しませんとばかりの宿屋。敢えて選んだら、案の定素泊まりが安い。

 今夜は他のお客さんと一緒に雑魚寝で決定だ。玖玲は無駄に顔が良いから不安もあるけど、帯剣してるし腕は立つ。いざとなれば見捨てて良し。

「俺は休む」

 まだ日の高い内に早々と横になる玖玲。隣で布を広げた癒々が、茸の傘と軸をもぎ、手で裂いて並べ、天日干しし始めた。

「薬草は市場かお店で買い取って貰えると思う。後で行くわ」

「なら僕は、飲食店の手伝いで小銭稼ぎだーっ」

 あんまり動き回るなら止めようと思ったけど、癒々は無理のない範囲でやれることをしてる。任せても平気そう。

 多忙な夕飯時を過ぎ、手伝いを終えた。店の人に手間賃と賄いを貰う。麺類だ、好き。
 宿に戻ると二人はお茶を飲んでいて、玖玲が何か口に運んでた。干し杏っぽい。

ぎん、食事は済んだ?」

「大丈夫、お風呂行こう。玖玲は?」

「行く」

 公衆浴場で温まって疲れを癒す。普段はあっという間に上がる玖玲が、珍しく僕と並んで湯船に浸かってる。相当疲労溜まってるなこれ。

 手櫛で髪の水気を雑に流し、覇気のない声で玖玲が口を開いた。

「……普通あり得る? 精霊の加護がないって。精霊は精霊である時点で、人間より上位の存在だろ」

「何事にも例外はあるって、先生は言ってたし」

「個人が人間の例外になったら、それはもう化物と呼ぶ」

 だから生来加護を得られない人間は、理論上存在しないと玖玲は言っている。そこは玖玲に限らず、常識の範疇なので否定しない。

 当人の過失なく加護を失う事態は起きるけど。
 その精霊が消える時と、精霊が箚士を見出して全てを箚士一人への加護に振り切った時だ。

「癒々なら見たままだよ。本人が悪いんじゃないからな、嫌な言い方するなよ」

「してない。不気味なまでに猫被ってるな」

「玖玲無神経だから、先に言わないとなって」

 自覚がないとは言わせない、生まれからして恵まれたボンボンめ。何しても許されるのは乳幼児までだからな!

 因みに猫も被ってない。癒々には年相応に接してるんだと、強めに自己主張してく。嘘つけ、とばかりにめちゃめちゃ睨まれたが、無視。

「癒々は善良だよ」

「……加護なしが悪だとは言ってない。何が原因か知らないけど、もっと強い精霊なら加護を与えられる可能性は?」

「うーん、一度は試したいけどね……」

 精霊の存在にも格がある。精霊、大精霊、神霊、天津神あまつかみの順に格が上がるもの。
 膨大な時をかければ弱い精霊も霊力を増して、いずれは育つ。天津神なんて創世神話級に出会うことはまずないが。

 そして格の高い精霊は、複数の人間に加護を与えることが多い。家系や血族の守り神として崇められ、その子孫に加護を与えたりだ。

 箚士の精霊のように、ただ一人を選んで全てを注ぐ場合もある。多分、安全性と得られる経験は反比例する。

 箚士なら一人に絞っても、精霊は早く成長出来るんだと思う。力の使い方を知る頻度と密度は、圧倒的に高くなるし。

 成長速度以外の違いだと人間には分からない。戦いの場に赴くなら、精霊だって箚士諸共死ぬ可能性もある。一概に利点ばかりではないね。

「大精霊に運良く会えたりしないかな」

「いっそ、そういう家系に嫁がせた方が早い。年頃だし、出来なくはないだろ」

「え? 自分のこと言ってる? やだよ、もし癒々が玖玲と結婚するなら、僕全力で癒々を逃がすよ。癒々が可哀想過ぎりゅぶッ!」

「言ってない」

 頭をお湯に沈められた。体格差め……!
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