写し身乙女は春を待つ ~幻想東邦霊異聞~

波津井

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精霊の声を聞け

14 とある精霊の無念2

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『物知りな精霊? ここらは加護を与えた人間の傍にいるのが通りかかるくらいだ』

『うう、やっぱりそうなの。もっと遠くの森に行ってみないと駄目なのかな』

 じゃあ次!

『きみくらいの幼い精霊しかいないねぇ。早く誰かに出会えれば良いがね』

『ありがとう。きっと会えるよ』

 よし次!

 山を越え森に移り。そうやって宿る器から遠く離れる程、成長が遅くなる。その分は余所の草花を得て学んで、生気を貰って補った。

 霊力が低くても、知識が増えれば良いの。得た植物の性質は、私の強さになる。薬草に宿る精霊だもの。

 とにかく急がないと、人間の寿命は凄く短い。ゆゆはすぐ大人になってしまうから。大きくなったゆゆの顔が分からなかったら困るの。

 焦りを胸に二つ目の山。下から上までみっちり探し回るのは、どうしたって時間がかかってしまう。全然捗っているとも思えない。

 でも運命は私を手招いていた──

『そうねぇ……確か向こうの山に、長生きで賢い精霊がいたかしら。滝壺に宿る精霊よ』

『行ってみる! ありがとう!』

 やった! これで私もゆゆの精霊になれる!

 無我夢中で走って川を辿る。心が逸ってたからか、滝壺までなんとか走り抜けた。けど……私が遭遇したのは黒い何か。

 耳は良いの、でも流れ落ちる水音で聞き分けられなかった。高く跳ぶのも得意だけど、上から降って来る黒い氷柱は躱せなくて。

 私は弱かった。地面に縫い止められて動けない。手足に刺さる鋭い切っ先、降り注ぐそれにとうとう胸を貫かれる。

『憎い……憎い、人間め。毒なぞ流しおって……これまで幾度と救ってやったのに……許さぬ』

 ビタビタと足音が近付く。淀んだ黒煙、魍魎。滝の精霊の成れの果て。身体の中にそいつの黒い力が流れ込んで、私を蝕んで行く。

 逃げようと足掻いても、もう手遅れだった。けがれが混ざる。戻れなくなる。それでも必死に黒い流れを追い出そうと、魂は抗う。

『弱き精霊など食った所で知れているが、手足に使うには丁度良い。お前も染まるのだ……』

『うぐ──あ……あぁ……ッ!?』

 死ぬのが分かった、自分が自分でなくなって行く恐怖。それが更に黒い瘴気を勢い付けるけど、どうしても怖い。まだ死にたくない。会いに行かなきゃいけない大事な人がいるの。

『抗えば苦しみが増すだけだ、もう足掻くな』

 嫌だ……会いに行くの。強くなって、凄い精霊になって、ゆゆに会うの……!

 ぐさりと頭部を貫いた何か。眼球が断ち切られた。もう見えない、真っ黒。どこも同じ、全部が痛い──

 嫌だ、死ねない。ゆゆが一人ぼっちになっちゃう。こいつみたいになりたくない……!

『まだ抗うか、小癪な……!』

 穢で染めるのは加護を与える手法と同じなんだ。どこか冷静にそう考えている。加護も穢の侵食も、上位の存在が下位の存在に与える力。種類が違うだけ。

 そうか。私がゆゆに加護をあげられないのは……

『貴様もこちらへと堕ちよ!』

『っ…………!?』

 負けない、嫌だ、私は……っ
 ああ……ゆゆに、会いたい…………

『──……』

 黒く、黒く。心に滴り落ちるのは、いや、底の底から湧き出たのは……墨のように黒々とした毒液。
 思い知れ。無闇に開けた箱の底に、幸福がしまい込まれているとは限らない。

『む? この瘴気……毒気を含んでいるのか……! おのれ、よりによって!』

 煩い、ざまあみろ。

 精霊が死んだ、私が死んだ。何もかもが黒い煙の中に巻かれて、丸飲みにされて沈んでった。
 精霊の私は滅んだけれど、そいつの狼狽えた声は小気味良く感じられる。やったね、無様だね。

『ははっ』

 植え付けられた憎しみは薄っぺらで、深く刺さる程でもない。ただ貼り付いた不快感が、確かにこの胸にあって。

 でもそれ以上にこいつが嫌だ、虫酸が走る。

 毒で死んだからお前は私の毒も怖いの。ならとっておきをどうぞ。水や土に染みたら、さぞお前を苦しめられそう。

『……ははは……っ』

『よせ、水が! もっと汚れてしまう!』

 はあ? 私の魂が綺麗なままだったら、やらなかったかもね。ころしたのお前だけど。

『自業自毒』

 罪の分だけ苦しめる毒なの、効能は分かり易いのが一番でしょう?


***

 なりたて直後で力を使い切った私は、それなりの時間を顕現も出来ずに眠って過ごした。

 魍魎と化しても私は弱いまま。弱いけど、自分より強い奴にも勝てるなら良いか。でももっと強い方が良い、帰りたい、会いに行くの──……

 どうして?

 今は黒煙だからか、ふわふわした心地。なのに不思議と急かされる。ぼんやりな心もいつかは晴れるのかな。

『……誰に会うんだっけ?』

 思い出せない、誰かも分からないけど捜そう。
 あの子はどんな顔だったかな、なんて名前だったっけ。凄く大切だった筈なのに。

 器の気配を辿って着いた山、確かに覚えがある。どうしてこんなに静かで良い所を離れたりしたんだろう、愚かな私。

『あの子はどこ?』

 思考を置き去りに身体は動く。魂がそうしたがってるなら仕方ない、記憶にも残らない誰かを見付けに行こう。

 何もかもが壊れたまま私は彷徨う。心残りに思うのは、強くなりたい、会いたい、そして何かを望んでいた。欲しかったもの、手に入れたいもの。その約束を……したっけ?

 何を? どれくらい? たくさんだったかな、それとも少しだっけ。もう壊れてる。いずれ忘れて消えるのかもね。

『忘れられる筈ない』

 ──え?

 今の私? 驚いた、口って勝手に動いたりするんだ。
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