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精霊の声を聞け

13 とある精霊の無念

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「あなた精霊さん? ここに住んでるの?」

 私が生まれて初めて会ったのは、まだ子供の人間。春の終わり、夜明け前の空だった。
 花開いたばかりの薬草に宿る私を見付けたその子は、とても嬉しそうな顔で。

 変わった紫色の目に朝日が差して、綺麗な光が弾けていたの、きっとその子は知らないだろうな。

「兎さーん……精霊さん、どこー?」

 ここにいるの。

 ちょっと高く跳ねれば、その子が気付いて駆けて来る。言葉は伝わらなくても、教えられることが世界にはあるの。

 ぼんやりとした心象、感情の波なら、まだ人間の言葉をあんまり知らない私でも読み取れるんだから。

「どこー?」

 今日はこっちよ、こっちこっち!

「あ、いた!」

 子供の掌は少し熱い。声は少し高い。走るのも少し下手。だけどその子は私が大好きなの、毎日会いに来てくれるの。

 だから私が膝に乗ったって嫌がらないし、可愛いって喜ぶのよ。可愛いは、多分人間の言葉で大好きって意味だと思う。

「ゆゆ、お婆ちゃんに習って糸を編んでるの。お花の飾りを作るのよ」

 枯れないお花? ならずっと綺麗ね、良いと思う。

「同じのを二つ。一つは精霊さんにあげるね、出来たら持って来るからね」

 約束よ、とその子は言う。だけどおかしいの。こんなに優しい子なのにずっと一人きり。人間の友達も精霊の加護も、その子にはない。

 どうして? なんで一人ぼっちにするの? 世界には人間も精霊もたくさんいるのに、どうして?

 教えてくれる物知りな精霊がいたら良かったけど、生まれたばかりで力の弱い私はまだ、ここから遠くへ離れられない。

「またね」

 ゆゆ、一人で大丈夫なのかな。早く大きくなって力が付いたら良いのに──

 気持ちは毎日増えて行く、力はそれよりもずっと少しずつしか増えてくれない。もどかしさが朝も昼も夜もあった。

 人間はゆゆが嫌いなのかな。色が嫌いなのか、形が嫌いなのか。私は精霊だから人間の感覚が分からない。私はゆゆの色も形も好き。

 他の精霊はゆゆに加護をあげたくないのかな。私よりも力のある、長生きな精霊はいる筈でしょう? どうして応えてあげないの? 世界にはおかしなことばかり。

「あのね」

「?」

 出会って幾日経ったかな、ある日ゆゆは私に言ったの。強い思いだからそのままに届く。

「ゆゆ、まだ精霊がいないの。加護もなくて……あのね、ゆゆの精霊になって欲しいなぁ……」

 小さな指を合わせて、まるで悪事でも打ち明けるみたいに言う。でもそれはゆゆにとって精一杯勇気を出した言葉。私には分かるの。

「駄目?」

 駄目じゃない。良いよ、私ゆゆの精霊になる。加護だってあげる。まだ力は強くないけど、全部使ったって良い。ゆゆだけの精霊になる。

 そうだ、そうしたらゆゆは私に名前を付けてね。ゆゆが一番良いと思う名前にして。最初にそう言う、今決めた!

「良いの? 本当? 嬉しい!」

 掌に額を寄せる。加護を与えることは、人間の中に精霊の力を通す経路みちを作ること。やがてそれは精霊を宿す器ともなる。
 加護とは上位の存在が下位の存在に与えるもの。精霊は生まれた時から皆そう理解している。

 ……あれ? 上手く出来ない。初めてだから?
 えいえいっ……やっぱり全然出来ない。どうして……?

「精霊さん……?」

 どうしよう、私じゃ加護を与えられない。私が弱い精霊だから? 格が低いから?
 頭がぐるぐるして、何をしたら良いのかも分からない。もう一度、もう一度……!

「……」

 どうしようもなくて私は首を振った。ゆゆの顔がみるみる曇って行く。泣き出したい気持ちが伝わって来る。紫色に涙が滲んで歪むのを、私は見上げていた。

「……もういい」

 揺れる声色は暗かった。ゆゆの悲しみが見える。心に残る深い傷になると、分かってしまった。

「ゆゆだって精霊なんか全然好きじゃない!」

 嘘ね。それくらい分かるんだから。そんなのに騙されてあげないんだから。

 そう思えても胸は苦しかった。ゆゆはもっと苦しいかもしれない。走り去る背中に言葉をかけられればどんなに良かったろう。もし私の声が届いたら、何かが違っていたのに。

『ゆゆ』

 私の気持ちはいつか通じるの? ゆゆに届くの? 弱い精霊でごめんねって……上手く出来なくてごめんねって、誰か伝えて──

 涙だけが落ちて行く。出来ることがないと飲み込むだけで酷く苦い。精霊の言葉は人間の音にならないし、私はまだ人間の話し方も知らない。

 大好きよって、ゆゆに伝わらない──……


***

 あれからゆゆはここへ来ない。私に嫌われたと思ってるのかな……私怒ってない、大好き。
 でも伝えられないまま。雨の日も晴れの日も過ぎて行った。十日経ってもゆゆは来ない。

 足を踏み鳴らし過ぎて、辺りの下草をすっかりぺしゃんこにしちゃった。あんまり悲しくって寂しくって、もう嫌よ。不貞腐れて横になるくらい。

 なんでゆゆがいないの。もしかしたら本当に、私のこと嫌いになっちゃったのかな……どうしよう、ゆゆに嫌われちゃう。

 加護もあげられないなんて、私はきっと出来損ないの精霊なんだ……強くならなくちゃ。物知りな精霊を探して、どうしたらゆゆの精霊になれるか教えて貰うの。

 それはとても良い考えに思えた。生まれて初めて遠くへ行こうと、私は選び、決断する。

『ここを離れてみよう』

 待ってて、ゆゆ。私が会いに行くから。
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