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精霊の声を聞け
11 旅は道連れ
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「癒々、平気そう?」
「ええ。行きましょう圜、私が働ける町に!」
「違うよ癒々、目的地は都だよ」
そこで『え? そうなの?』みたいな顔されましても。
すっかり癒々の目的が労働になってる。まあ元気が出るんなら構わないよ。
「まずは市場だ。癒々の荷物を入れられる鞄か袋、水筒、替えの服、歯磨き茱萸。最低限それは揃えないと」
歯磨き茱萸は文字通り。食事の後で歯を綺麗にする為に食べる実だ。噛み締めてれば柔らかくなって、細かい滓も吸着してくれる。
僅かに出る茱萸の果汁で、口の中もスッキリ。噛んだ後は埋めるか燃やせば良い。どこでも安く買える日用品。甘味の強い奴は少し高いけど。
「ああ、そうよね。旅支度も出来てないわ。私の為にごめんなさい」
「癒々の家が燃えたのは、精霊と魍魎が関わってる。未然に防げなかったし、箚士としては失敗なんだ。補填だと思って」
実際、僕は下手を打ったと思う。特に癒々が被った損失は尋常じゃない。旅費くらい持つよ、と請け負えない懐事情が憎い。
癒々の着替えと身体を拭く布、竹の水筒、古い肩かけの鞄──安物しか選べなかったけど仕方ない。市場で必要な品を揃えて完了。
「……よし。用意も整ったし出発しよう」
「よく考えたら、都がどんな所か知らないの。都って綺麗なんでしょう? 着古しなんかで、中に入れて貰えるのかしら」
「大丈夫だよ、税金払えば入れるし暮らせるよ。どこでも同じ。余所から人が来る分、服飾文化はむしろ多種多様だから、何を着てても皆気にしない」
「進んでるのね。村じゃ余所の服を着ただけで話題になるわ。以前隣の山村に嫁いで来た人が、新しい染物の手法を伝えたとかで。そこの服を買っただけの人まで、持て囃されてたくらい」
「うーん、地方はそういう所も多いね。仮に水の国と砂の国とじゃ、全然違う服過ぎて互いに悪目立ちするのも分かる」
癒々と歩きながら話す。天気は薄曇りで、長く歩くには丁度良い。緑深い山間の土地を抜けたら平野だ。たまに荷運びの馬車や牛車とすれ違う。
ここら辺はまだ、人も高い建物も少ないけど。都の近くまで行けば、癒々吃驚するだろうな。
昼には買っておいた肉饅頭を二人で食べる。温泉の湯気で蒸した、独特のにおいが少し。源泉は高温なのを利用した天然の調理法。籠や笊で食材を蒸すんだ。薪の節約になるしね。
「韮と豚肉の饅頭だよ。三個あるから一個は半分ずつにしようね」
「圜がお腹いっぱい食べれば良いの、私は平気だから」
「駄目ー、旅は平等な負担が大事でーす」
えいやと割って半分の饅頭を食べた。冷めてるけど美味しい。癒々は栗鼠みたいに、両手で持って食べてる。一口が小さいね。
「圜はよく旅をするの?」
「箚士は仕事ならどこへでも行くよ。魍魎に境界線なんて関係ないし、命に関わるから」
全ての箚士が都で暮らす訳じゃない。持ち回りで地方に一定期間、駐在する義務もある。
特に若手や弟子のいない箚士は、遠方に派遣され易い。結婚したてと、弟子の育成中は免除されるけど、後は特殊な場合だけ。
「遠くへ行ったこともあるよ。神仙境の近くまで。景色が良かった!」
「太古に天津神が最初に降臨した場所よね、なんだか凄そう」
「この間までは海辺にもいたんだ。蟹とか美味しかった。癒々、蟹知ってる?」
楽しく話していたら、不意に大成が僕の耳を引っ張った。理不尽な暴力に声を漏らすと、大成は物凄い勢いで肩を叩いて来る。
「なんだか尋常でない反応……」
「もしや!」
バッと立ち上がり周囲を見渡す。嫌な予感がした。例えばそう……人としては割と屑な、同僚の箚士が近くにいるだとか。
「何かあるの? 魍魎が出たとか……?」
不安顔になる癒々。険しい顔で辺りを見回す僕の頭を、何かがつつく──鴉だ。
「出たーっ!?」
「煩いな、ちびすけ」
ズドン! と人が降って来た。砂埃が膨れ猛烈に噎せ返る。まさかここで会うとは思わなかったこの野郎!
「ごほっ……な、何?」
「ペッペッ! 癒々、大丈夫?」
羽音と共に砂煙が晴れる。一欠片の罪悪感もない顔でそこにいたのは、真っ黒な髪と目の優男。身に付ける剣と黒曜石の玉飾りが艶めく。
「一般人に怪我させたらどうすんだ馬鹿、玖玲の目立ちたがり屋!」
「させる筈ないだろ。馬鹿はそっちだ底なし馬鹿、衆目もなしに目立つ訳ないから」
確かに周囲に人気はない。やる気のない物言いの割に、しっかり全部言い返して来る面倒な奴め。五つも歳上のくせして。
「キキッ!?」
「あっ……大成!」
大成が急に飛び出して行った。嘴だけ白い鴉が逃げ惑う大成を執拗につつき回している。玖玲の精霊、御弥真はとても攻撃的……何故か大成にだけ。
「止めろよ! お前の精霊だろ!」
「……御弥真、そんなの食べたら腹壊す。戻って」
「カア」
呼ばれれば無視出来ないのか、玖玲の肩に乗りおとなしくする御弥真。その目はまだ大成にひたりと向けられている。切実によして欲しい。
「はあ……相変わらず騒々しいったらない。ちびすけ、いつ成長始まるの?」
無気力な声で言って腰を下ろすと、玖玲は饅頭を齧……ってそれ僕のだろうがあああ!
「冷めた肉饅頭とか……出来立て出しなよ、気が利かないな」
「クアァ」
「そこに直れ大馬鹿野郎!」
お前こそ相変わらず吃驚する程自己中心的な屑だよ!
「ええ。行きましょう圜、私が働ける町に!」
「違うよ癒々、目的地は都だよ」
そこで『え? そうなの?』みたいな顔されましても。
すっかり癒々の目的が労働になってる。まあ元気が出るんなら構わないよ。
「まずは市場だ。癒々の荷物を入れられる鞄か袋、水筒、替えの服、歯磨き茱萸。最低限それは揃えないと」
歯磨き茱萸は文字通り。食事の後で歯を綺麗にする為に食べる実だ。噛み締めてれば柔らかくなって、細かい滓も吸着してくれる。
僅かに出る茱萸の果汁で、口の中もスッキリ。噛んだ後は埋めるか燃やせば良い。どこでも安く買える日用品。甘味の強い奴は少し高いけど。
「ああ、そうよね。旅支度も出来てないわ。私の為にごめんなさい」
「癒々の家が燃えたのは、精霊と魍魎が関わってる。未然に防げなかったし、箚士としては失敗なんだ。補填だと思って」
実際、僕は下手を打ったと思う。特に癒々が被った損失は尋常じゃない。旅費くらい持つよ、と請け負えない懐事情が憎い。
癒々の着替えと身体を拭く布、竹の水筒、古い肩かけの鞄──安物しか選べなかったけど仕方ない。市場で必要な品を揃えて完了。
「……よし。用意も整ったし出発しよう」
「よく考えたら、都がどんな所か知らないの。都って綺麗なんでしょう? 着古しなんかで、中に入れて貰えるのかしら」
「大丈夫だよ、税金払えば入れるし暮らせるよ。どこでも同じ。余所から人が来る分、服飾文化はむしろ多種多様だから、何を着てても皆気にしない」
「進んでるのね。村じゃ余所の服を着ただけで話題になるわ。以前隣の山村に嫁いで来た人が、新しい染物の手法を伝えたとかで。そこの服を買っただけの人まで、持て囃されてたくらい」
「うーん、地方はそういう所も多いね。仮に水の国と砂の国とじゃ、全然違う服過ぎて互いに悪目立ちするのも分かる」
癒々と歩きながら話す。天気は薄曇りで、長く歩くには丁度良い。緑深い山間の土地を抜けたら平野だ。たまに荷運びの馬車や牛車とすれ違う。
ここら辺はまだ、人も高い建物も少ないけど。都の近くまで行けば、癒々吃驚するだろうな。
昼には買っておいた肉饅頭を二人で食べる。温泉の湯気で蒸した、独特のにおいが少し。源泉は高温なのを利用した天然の調理法。籠や笊で食材を蒸すんだ。薪の節約になるしね。
「韮と豚肉の饅頭だよ。三個あるから一個は半分ずつにしようね」
「圜がお腹いっぱい食べれば良いの、私は平気だから」
「駄目ー、旅は平等な負担が大事でーす」
えいやと割って半分の饅頭を食べた。冷めてるけど美味しい。癒々は栗鼠みたいに、両手で持って食べてる。一口が小さいね。
「圜はよく旅をするの?」
「箚士は仕事ならどこへでも行くよ。魍魎に境界線なんて関係ないし、命に関わるから」
全ての箚士が都で暮らす訳じゃない。持ち回りで地方に一定期間、駐在する義務もある。
特に若手や弟子のいない箚士は、遠方に派遣され易い。結婚したてと、弟子の育成中は免除されるけど、後は特殊な場合だけ。
「遠くへ行ったこともあるよ。神仙境の近くまで。景色が良かった!」
「太古に天津神が最初に降臨した場所よね、なんだか凄そう」
「この間までは海辺にもいたんだ。蟹とか美味しかった。癒々、蟹知ってる?」
楽しく話していたら、不意に大成が僕の耳を引っ張った。理不尽な暴力に声を漏らすと、大成は物凄い勢いで肩を叩いて来る。
「なんだか尋常でない反応……」
「もしや!」
バッと立ち上がり周囲を見渡す。嫌な予感がした。例えばそう……人としては割と屑な、同僚の箚士が近くにいるだとか。
「何かあるの? 魍魎が出たとか……?」
不安顔になる癒々。険しい顔で辺りを見回す僕の頭を、何かがつつく──鴉だ。
「出たーっ!?」
「煩いな、ちびすけ」
ズドン! と人が降って来た。砂埃が膨れ猛烈に噎せ返る。まさかここで会うとは思わなかったこの野郎!
「ごほっ……な、何?」
「ペッペッ! 癒々、大丈夫?」
羽音と共に砂煙が晴れる。一欠片の罪悪感もない顔でそこにいたのは、真っ黒な髪と目の優男。身に付ける剣と黒曜石の玉飾りが艶めく。
「一般人に怪我させたらどうすんだ馬鹿、玖玲の目立ちたがり屋!」
「させる筈ないだろ。馬鹿はそっちだ底なし馬鹿、衆目もなしに目立つ訳ないから」
確かに周囲に人気はない。やる気のない物言いの割に、しっかり全部言い返して来る面倒な奴め。五つも歳上のくせして。
「キキッ!?」
「あっ……大成!」
大成が急に飛び出して行った。嘴だけ白い鴉が逃げ惑う大成を執拗につつき回している。玖玲の精霊、御弥真はとても攻撃的……何故か大成にだけ。
「止めろよ! お前の精霊だろ!」
「……御弥真、そんなの食べたら腹壊す。戻って」
「カア」
呼ばれれば無視出来ないのか、玖玲の肩に乗りおとなしくする御弥真。その目はまだ大成にひたりと向けられている。切実によして欲しい。
「はあ……相変わらず騒々しいったらない。ちびすけ、いつ成長始まるの?」
無気力な声で言って腰を下ろすと、玖玲は饅頭を齧……ってそれ僕のだろうがあああ!
「冷めた肉饅頭とか……出来立て出しなよ、気が利かないな」
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「そこに直れ大馬鹿野郎!」
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