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精霊の声を聞け
9 先立つものが要る
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箚士は各地に現れる魍魎を祓う為、長距離を移動する。資格証の提示で費用や手続きなしに国境を越え、装備を持ち込める特権があってこそ。
それでも飲食費はかかる。出立前に初期費用を支給されるが、幾日も張り込めば金欠にもなる。故に国家公務員としては珍しく、短期間の副業を最初から許されている。
現地調達でどうにか乗り切れ、とぶん投げられているとも言う。雇い主に支払い額と期間、店名と所在地を認めて貰う必要があるけど、申請すれば後日補填してくれる仕組みだ。
ただ今回は追加費用を請求する気はない。原因は僕が同行者を連れているからで、初期費用の問題じゃない。癒々の分は僕が払わないと、税金の不適切な流用になってしまうんじゃないかな。恐らく。適用範囲か調べる術がない。
なので僕は現在、豆屋でゴリゴリと石臼を挽いていた。よく乾燥させた大豆がさらさらの粉になって行く。
「お餅にかけて食べたいなー。もしくは黒胡麻をすって、白餡にまぶす餡子玉で。お茶漬けに最適だよ、好き」
「坊や、よく働くねえ」
「任せてよ。お爺ちゃんもっとこっち運んで来て良いよ」
「じゃあそうしようか、後で少し分けてあげよう」
「わーい!」
ごりごりとゆっくり丁寧に石臼を回しながら、少しずつ大豆を挽く。これが結構な重労働で、半日でもお金になる。
「意外と背中がパンパンになって来るんだよな」
「キィ?」
腕も辛いがそれ以上に、背中の疲労って全身に広がる気がする。不思議だ。
夕方前まで石臼を挽き続け、お金を手に僕は宿へ戻った。癒々もお腹空かせてるだろう。
「癒々ー、ただいま。棗買って来たから食べ、よ……?」
部屋に癒々がいない。
驚く僕の耳を引っ張り、大成が階下を示した。癒々の声がする。
「……ええ、夕食後に飲むのがお奨めですね」
「そうなの、これでしっかり眠れるとありがたいわ」
「お大事にどうぞ。あら圜、戻ったのね」
「どうしたの癒々、休んでてって言ったのに」
癒々は食堂で、歳上の女性に何事か指導していた。聞けば胸の前で手を振り、違うのよと早口で返す。
「ちゃんと安静にしていたから大丈夫。お水を飲みたくて下りたら、あの方が自分の買った茶葉を淹れて飲みたいと宿の人に言っていたの……」
だが混ぜようとしていた茶葉が良くない……というか、意味のない組み合わせになってしまっていたのだと。
「効果を打ち消しては、買った方も生産する方もがっかりじゃない。それでつい口出ししてしまったの。折角だから体調を伺って、口に合いそうな比率を伝えただけよ」
「ただでやっちゃ駄目だと思うよ、薬師なら」
「でも、私が薬師だと証明するものはないし……もう道具も材料も燃えてしまったから……」
癒々の暗い顔に、それ以上は言えなかった。
迂闊。一番もどかしいのは本人なのに、生業に触れるべきじゃないよな。
咄嗟に誤魔化そうとして、食堂内を見渡した。まだ夕飯時には早いからか、空席ばかり目立つ。このまま座っても良いだろう。
「何か食べよう、お粥にする? 棗もあるよ」
棗はシャリシャリして美味しいから、嫌いな人はいないと思う。だから買って来た、と見せれば癒々はほんのり嬉しそうにした。
「やっと笑った」
「え?」
「僕癒々が笑うの好きだな。お粥じゃなくて麺にする?」
「……ううん、お粥を頂くわ。それと棗も」
「分かった!」
同じものを注文して二人で食べた。レンゲで少しずつ口に運ぶ癒々の顔色は、朝より良くなってる。明日にはどうにかなりそうだ。
食堂は混雑して来たから長居せず、部屋に戻り二人並んで食後の棗を齧る。もう旬も終わるけど、ほんのり甘くて林檎に似た歯触りを楽しむ。
「美味しいわ、圜」
「僕も好きだよ棗。旬になったら毎日でも良い」
「私も。干したのも好き、もっと甘くなるから」
「甘いねー、朝市にあったら買おう」
「あ、でも」
「お金は大丈夫。稼いで来たもんね」
「それで留守にしてたの? 次は私も働くから」
ちょっとむすりとして癒々はそう言った。喧嘩みたいだけど喧嘩じゃない、少し擽ったい心地。
懐かしいな。えっと、どこだったか……ああそうか。
「……なんか父さんと母さんみたい」
「圜の? どんな方なのかしら」
「うーん……しっかりしてそうでなんか抜けてたのが父さんで、ふわふわしてそうで頑固だったのが母さん。もうあんまり覚えてない」
「箚士になるのに長く親元を離れているの?」
「割と珍しくないよ、そういうの」
勉強して、師事して、試験受けて……それからやっとお金になる。箚士になるまでは出てく一方だ、里帰りするゆとりなんかない。
「箚士になれなかったら、学費の半分は返済しないとならない。都で働いてる内に、そのままずっと帰る機会がないまま……って人もいる」
「箚士になるって、そういう風なのね」
「先生は予備役の増やし方だって言ってた」
資格こそないにしても、一通り学んだ人材を都の内部に一定割合確保出来る。そういう環境の維持を期待出来る仕組みなんだって。
「いざとなれば徴集して、働かせる為だろうとは聞いた」
「……いざと言うと?」
「百鬼夜行。群れを率いる者を得た、魍魎達の襲撃だよ」
それでも飲食費はかかる。出立前に初期費用を支給されるが、幾日も張り込めば金欠にもなる。故に国家公務員としては珍しく、短期間の副業を最初から許されている。
現地調達でどうにか乗り切れ、とぶん投げられているとも言う。雇い主に支払い額と期間、店名と所在地を認めて貰う必要があるけど、申請すれば後日補填してくれる仕組みだ。
ただ今回は追加費用を請求する気はない。原因は僕が同行者を連れているからで、初期費用の問題じゃない。癒々の分は僕が払わないと、税金の不適切な流用になってしまうんじゃないかな。恐らく。適用範囲か調べる術がない。
なので僕は現在、豆屋でゴリゴリと石臼を挽いていた。よく乾燥させた大豆がさらさらの粉になって行く。
「お餅にかけて食べたいなー。もしくは黒胡麻をすって、白餡にまぶす餡子玉で。お茶漬けに最適だよ、好き」
「坊や、よく働くねえ」
「任せてよ。お爺ちゃんもっとこっち運んで来て良いよ」
「じゃあそうしようか、後で少し分けてあげよう」
「わーい!」
ごりごりとゆっくり丁寧に石臼を回しながら、少しずつ大豆を挽く。これが結構な重労働で、半日でもお金になる。
「意外と背中がパンパンになって来るんだよな」
「キィ?」
腕も辛いがそれ以上に、背中の疲労って全身に広がる気がする。不思議だ。
夕方前まで石臼を挽き続け、お金を手に僕は宿へ戻った。癒々もお腹空かせてるだろう。
「癒々ー、ただいま。棗買って来たから食べ、よ……?」
部屋に癒々がいない。
驚く僕の耳を引っ張り、大成が階下を示した。癒々の声がする。
「……ええ、夕食後に飲むのがお奨めですね」
「そうなの、これでしっかり眠れるとありがたいわ」
「お大事にどうぞ。あら圜、戻ったのね」
「どうしたの癒々、休んでてって言ったのに」
癒々は食堂で、歳上の女性に何事か指導していた。聞けば胸の前で手を振り、違うのよと早口で返す。
「ちゃんと安静にしていたから大丈夫。お水を飲みたくて下りたら、あの方が自分の買った茶葉を淹れて飲みたいと宿の人に言っていたの……」
だが混ぜようとしていた茶葉が良くない……というか、意味のない組み合わせになってしまっていたのだと。
「効果を打ち消しては、買った方も生産する方もがっかりじゃない。それでつい口出ししてしまったの。折角だから体調を伺って、口に合いそうな比率を伝えただけよ」
「ただでやっちゃ駄目だと思うよ、薬師なら」
「でも、私が薬師だと証明するものはないし……もう道具も材料も燃えてしまったから……」
癒々の暗い顔に、それ以上は言えなかった。
迂闊。一番もどかしいのは本人なのに、生業に触れるべきじゃないよな。
咄嗟に誤魔化そうとして、食堂内を見渡した。まだ夕飯時には早いからか、空席ばかり目立つ。このまま座っても良いだろう。
「何か食べよう、お粥にする? 棗もあるよ」
棗はシャリシャリして美味しいから、嫌いな人はいないと思う。だから買って来た、と見せれば癒々はほんのり嬉しそうにした。
「やっと笑った」
「え?」
「僕癒々が笑うの好きだな。お粥じゃなくて麺にする?」
「……ううん、お粥を頂くわ。それと棗も」
「分かった!」
同じものを注文して二人で食べた。レンゲで少しずつ口に運ぶ癒々の顔色は、朝より良くなってる。明日にはどうにかなりそうだ。
食堂は混雑して来たから長居せず、部屋に戻り二人並んで食後の棗を齧る。もう旬も終わるけど、ほんのり甘くて林檎に似た歯触りを楽しむ。
「美味しいわ、圜」
「僕も好きだよ棗。旬になったら毎日でも良い」
「私も。干したのも好き、もっと甘くなるから」
「甘いねー、朝市にあったら買おう」
「あ、でも」
「お金は大丈夫。稼いで来たもんね」
「それで留守にしてたの? 次は私も働くから」
ちょっとむすりとして癒々はそう言った。喧嘩みたいだけど喧嘩じゃない、少し擽ったい心地。
懐かしいな。えっと、どこだったか……ああそうか。
「……なんか父さんと母さんみたい」
「圜の? どんな方なのかしら」
「うーん……しっかりしてそうでなんか抜けてたのが父さんで、ふわふわしてそうで頑固だったのが母さん。もうあんまり覚えてない」
「箚士になるのに長く親元を離れているの?」
「割と珍しくないよ、そういうの」
勉強して、師事して、試験受けて……それからやっとお金になる。箚士になるまでは出てく一方だ、里帰りするゆとりなんかない。
「箚士になれなかったら、学費の半分は返済しないとならない。都で働いてる内に、そのままずっと帰る機会がないまま……って人もいる」
「箚士になるって、そういう風なのね」
「先生は予備役の増やし方だって言ってた」
資格こそないにしても、一通り学んだ人材を都の内部に一定割合確保出来る。そういう環境の維持を期待出来る仕組みなんだって。
「いざとなれば徴集して、働かせる為だろうとは聞いた」
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