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人間の業が招く

2 加護なき者

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「どうぞ」

「やー、助かるな。寝床でいきなり出会したことがあってさ、以来薬を持ち歩くようにしてるんだよね」

「そう」

「これお代ね。誰かに聞いたかもしれないけど、僕は箚士とうしなんだ。魍魎が出たかもって呼ばれて、流れで君の話を聞いたよ」

「……そう」

「うん、確かに君は普通とはちょっと違う。けど別に化物でもないし、魍魎に取り憑かれてもない。良かったよ」

 驚いた顔になるべく怖がらせないよう笑いかけた。これまで村で色々言われて、不安も多かったろうから。

「私、おかしくないの?」

「あー、致命的に悪い何かはないね。珍しくはあるけど」

「どこが?」

「自覚はあるんじゃないかな。君は、どの精霊からも加護を受けてないね」

 指摘した瞬間表情が曇り俯いてしまう。やはり分かってはいたのか。自分だけ精霊が傍にいないこと。

「死んだお爺ちゃんとお婆ちゃんも、それだけは絶対他人に教えちゃいけないって……でも結局ばれてしまって。咎人の魂だって言われたわ」

 咎人の魂……前世が悪人だから精霊に嫌われていると。誰かを罵る言葉ばかり考える暇人ってどこにでもいるな、救いようがねぇ。

「精霊は稀に自ら人間の元を去る。そういう時も見捨てられた人間と忌避して、悪し様に言う風潮はあるね。言われる方は堪ったもんじゃないけど」

「私は生まれ付き。一度も、誰からも加護を貰えない。精霊に愛して貰えない」

 ……それは随分な話だ。赤ん坊ならまだ精霊と出会えてなくて加護がないのも普通だけど、生まれ付きないままとは。

「けど何かが君に悪さして、とかではないから。そこだけは大丈夫」

 慰めたつもりが鼻で笑われた。その反応で気付く。もし彼女に悪さを働く者がいるなら、間違いなく魍魎より人間だ。いや、これまでの人生で既に。

「……ごめん、浅はかだった」

「あなたは何も悪くないわ。ありがとう、誰かに気遣って貰えたのは久し振り」

 それはどうにも寂しい言葉だ。胸を痛めたまま笑う人を見るのは好きじゃない。

「ねえ、箚士様ってどんな仕事をするの?」

「世間に知られてる通りだよ。魍魎退治は勿論、たまに悪戯したり誤解で暴れてる精霊を懲らしめたりだねー」

「御札を使うのよね、どういうもの?」

 興味津々な眼差しに応え腰に手をやった。貫頭衣を縛る帯に括り付けた入物から、一枚指で抜き取る。

「これが霊符、要は精霊にお願いする為の手紙だね。精霊自身はどんなことをどれくらいの加減でするか分からなければ、敵をやっつけなきゃって周囲を顧みないからさ」

 二次被害や大惨事を防ぐ為、的確な指定と要請がいる。汎用性の高い内容は事前に書いておけるけど、現地の最適解はやはりその場で書くしかない。箚士は意外と肉体労働だよ。

「精霊はいつでも命令に従ってくれるの?」

「命令じゃないよ、立場は精霊が上。僕らはお願い申し上げるだけ。だからなんだ」

 箚とはつまり申文もうしぶみの意、霊符を介して精霊の力を借り受ける者を指す。国家に管理される有資格者だ。

「なんだ、思い通りにはならないのね」

「ならないならない、赤ん坊を理想の大人に育てるくらい無理」

「そんなに」

 顔の高さで手を横に振れば、彼女は真顔で目をみはった。精霊が意地悪い村人をやっつけてくれたら、と願った経験があるのかな。

「余計なお世話だけど、辛いなら余所へ越した方が……」

「どこへ行っても同じよ。私に精霊がいないのも魍魎に無視されるのも、他の人には奇妙だもの」

「……」

「ああ、もう日が暮れ始めてる。早く村に戻ると良いわ」

 外に目をやると、確かに山の稜線が黄金色だ。

「こんなに人と話したのはいつ以来かしら……ありがとう箚士様。親切にしてくれたこと、忘れないわ」

「また来るよ。僕はぎん、君は?」

癒々ゆゆと言うの」

「へえ、可愛い響き。じゃあね癒々」

 手を振って別れた。個人的には癒々がこの村に留まるのはどうかと思うけど、僕に解決する知恵はない。

 精霊の加護のない人間ってそれくらい珍しい。しかも生まれ付き、原因も謎とはお手上げだ。

「大成はどうすれば良いか分かる?」

 肩を登る小さな猿、額の金環がピカリと夕日を照り返す。今は力を抑えた姿の相棒が、手招く仕草をした。

「まだ誰にも加護を与えてない精霊と引き合わせる、か。それなら確かに……」

 それでも上手く行かなければ、本格的に調査をした方が良い。逆にどんな条件を満たせば精霊の加護を得られず、また魍魎から干渉されずに済むのか。国も興味を持つと思う。

「上に紹介するくらいなら出来そうだ。もし駄目だったらそうしよう」

「キイ」

 大成も賛同してる。少し胸が軽くなって山道を駆けた。明日には村人が山で遭遇した魍魎を探しに行こう──


***

「何が箚士様だあのがきんちょめ、まるで役立たずじゃないか。あれが都のお役人だと?」

 一応相手の顔を立てろと村長に言われ、夜分に畑を見て回るも愚痴は尽きない。あんな小さな子供がなれるなら、箚士も案外楽な仕事だな。

「絶対癒々の仕業に決まってる、猪なんかじゃ……」

 加護をくれる風の精霊が音を運んで来た。複数の足音と獣の息遣いが聞こえる。咄嗟に木に登り身をひそめると、親子の猪が六頭も現れた。

「げっ……あんなに!?」

 群れは揚々と長い鼻先で土の下を探り、掘り返しては作物を食い荒らす。

「クソッ! あいつら!」

 あんまり腹立たしくてつい身を乗り出すや、何かに弾き飛ばされた。

 ──ぼきり。
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