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第二部 妖精姫の政略結婚
辺境伯との結婚6
しおりを挟む窓が板によって塞がれた部屋は暗く、姫は目が慣れるまで中の様子が分からなかった。
少しすると、四柱ベッドや化粧台などの家具の配置が見て取れた。
「フランシス、わたくしよ。どこにいるの?」
ユーリアはフランシスの姿を探して、暗い部屋の中程まで進んだ。
部屋の中には、微かに甘い花のような香りが漂っていた。
(呼んでもすぐに飛んで来ないなんて。可哀想に、きっと獣化した姿をわたくしに見せるのを怖がっているのね)
部屋をぐるりと見渡すと、閉ざされた窓のカーテンが盛り上がり、裾からモフモフの脚としっぽがはみ出しているのに気がつく。
「フランシス?」
姫が名前を呼ぶと、嬉しさが隠し切れないしっぽが左右にゆっくりと振れている。
静かに近寄りカーテンを開けると、雄牛ほどのの大きさの犬が、頭を伏せ巨体を縮こまらせるようにして隠れていた。
ユーリアはフランシスの姿を見つけると愛おしさが込み上げて、モフモフの首に腕を回しぎゅっと抱きしめた。
「もう、大丈夫よ。ふたりで一緒に居れば、何も怖くないのだもの」
昔、まだユーリアが小さな子供だった頃のことを、ふたりは思い出す。
嵐の日に雷が沢山鳴って、モフモフの子犬のフランシスとユーリアは怯えてベッドの下に隠れた。
モフモフの身体は温かく毛皮は心地よく、また姫の花のような香りに包まれてフランシスは安心し、お陰でふたりとも稲光と雷鳴の恐ろしさが和らいだのだった。
「くぅぅん、くぅぅぅん」
フランシスは悲し気に鳴きながら、湿った鼻面を姫に擦りつけた。
ユーリアは大きなモフモフの身体を撫で、フランシスはしっぽをパタパタさせながら姫の顔を舐めた。
ふたりはしばらくそうやって再会をよろこび、ひしと抱きあった。
やがて姫はモフモフから身体を離すと、持って来たカゴの中から骨付き肉を取り出した。
「お腹すいたでしょう? フランシスの好きなブラックホーンの炙り肉を持って来たの」
フランシスは大きな口を開けると、塊肉を一口で頬張り、骨ごとバリバリと噛み砕いた。
あっという間に平らげ長い舌で口の周りをぺろりと舐めると、姫の手についた肉汁もぺろぺろした。
(あんな大きな肉の塊を一口で……。もっと持ってくればよかったかしら)
食事が終わると姫はブラシを手に取り、モフモフの毛をブラッシングをしながら話しかけた。
「昨夜はフランシスが帰って来なかったから、とっても心配したの。何があったのかは、シーグルドが話してくれて」
「くぅん……」
情けなそうな顔で鳴くフランシス。
姫は背中のブラッシングを終え、次にお腹にブラシを当てようとフランシスの伏せをしている体勢から横に倒そうとした。
フランシスは姫の意図を知りながら、動こうとしなかった。
「ハッ、ハッ、ハッ」
金色の目を細め、粗い息をして巨体は小さく震えている。
「もしかして、まだ催淫香の効果が身体に残って……?」
「くぅん、くぅん」
怯えたような表情で後退りしていくフランシスを見て、姫は確信する。
「フランシス、逃げないで。わたくしがちゃんと助けるから――」
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