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第二部 妖精姫の政略結婚
姫はモフモフする
しおりを挟むフランシスが王宮から帰ると、ユーリアがスズラン宮から戻った後寝室に閉じこもっている、と猫妖精の侍女から報告を受けた。
「姫さま、入りますよ」
犬妖精の従者が寝室の扉を開けると、窓はカーテンが引かれ薄暗かった。
壁際に置かれた天蓋ベッドに吊るされた薄桃色の絹のカーテンごしに、うつむき膝を抱えて座っている姫の姿が見えた。
「どうされたのですか」
四柱ベッドの薄絹のカーテンを開けて主の側ににじり寄ると、ユーリアは身体を四分の一だけ回転させてフランシスに背を向けた。
「姫……」
フランシスの耳が垂れ、ふさふさのしっぽがパタンと落ちる。
「何かお気に召さない事がありましたか? 言って頂かないとこの不詳の僕には分からないのです」
「……をさせて頂戴」
「え?」
「モフモフをさせて頂戴」
ユーリアはフランシスをベッドの上でうずくまらせると、モフモフのしっぽの根元を片手で掴み、もう片方の手で撫でた。
自分より大きな身体の従者の前に座り、モフモフのしっぽをぎゅっと扱くように撫でたり、しっぽの中にある芯を指で挟んでくにくにしたりもする。また彼の頭を下げさせて、ピンと尖ったケモ耳をフニフニと触った。
姫の従者はくすぐったいのか、フルフルと震えながら耐えている。
そうしてモフモフしながら、姫はスズラン宮で姉姫から聞いたことを考えていた。
(お姉さまはご結婚されてからもシーグルドと、閨を共にしていらした。夫君たちとのお子が生まれて、もう閨の練習する必要はないのに。……きっと二人は愛し合っているに違いないの)
「フランシス。今日、犬妖精の子供をスズラン宮で見かけたの」
スズラン宮を後にする際に、ユーリアは中庭で薄緑色の長毛の犬妖精の子犬が姉姫の女児と遊んでいる姿を見ていた。
「少し前から、兄の仔がアンナリーナ姫の宮に出仕していると聞いています」
「それはお姉さまの従者、シーグルトの子供?」
「はい、そうです」
ユーリアはフランシスの尖ったケモ耳を、ぎゅっと握る。フランシスは、思わずぶるっと身体を揺らした。
(わたくしたち王女にとって、政略婚で妖精の王族の子を成すことは王族の義務。では、犬妖精族の王子も同じように義務で……?)
「シーグルトの仔が、なにか致しましたか?」
気づかわしげな従者の問いに、姫は首を振った。
大きな緑柱石の瞳から、ポトリと大粒の涙が一滴、フランシスのふわふわな巻き毛の頭に落ちた。
「姫、さま?」
フランシスは起き上がって、ポロポロと泣く姫を抱きしめ、零れ落ちる涙を舐め取った。
「っ! ゃ……っ」
従者の胸に手をついて身体を引き離そうとしたが、フランシスは姫を抱きしめたまま離さず、閉じた瞼の上からもぺろぺろと舐めた。
「僕は姫さまの忠実な犬。貴女のお心の憂いを晴らすためなら、何でも致しましょう」
ユーリアの上にのしかかり、フランシスは姫の顔中を舐め、首筋、鎖骨と徐々に移動しながら舐め続けた。
「ん、んんっ。……でもっ、フランシスだって、シーグルトのように他の女の人に子供を産ませたりするんだわ」
フランシスの顔を手で押しのけようとすると、その手を取られてしまった。
「まさか、そんな。僕は兄とは違う。では、神の御名によってに誓いましょう。生涯に渡って、愛するのは姫さまだけだと」
犬の従者は 豊穣と光の神の名に誓い、指で印を結んだ。
誓いを破った時には神から死を賜ってもよいという意思表示で、この森の国の民が約束ごとをする際によく行われている。
本当に約束を破ったら死ぬかと言えば、そんなことはほとんどないが、古の神々の末裔、妖精王の統べるこの国の人々は信仰深く、神の御名による誓いは重んじられていた。
「わたくしに、フランシスのお兄さんたちとの閨を勧めたりもしない?」
「当たり前です! 誰にも、姫さまを触らせたくない」
フランシスは姫の手を口元に運び、その白く細い指を口に含んで吸った。
「ぁっ……」
桜貝のような愛らしい爪を持つ指を甘噛みし、一本一本丁寧に口に含み、舐めしゃぶる。そうして指の間、手のひらと舐めて行き、部屋着の袖を捲って手首から二の腕、ついに脇の下まで到達する。
「そこは、だめっ。汗かいているから……っ」
すると、今度は反対側の手を取り、また指の一本一本から舐め始めた。
「まだ、湯浴みをしてないの……」
「湯浴みの代わりに、僕が舐めて綺麗にして差し上げます。こうして姫さまの身体を全部、舐めたかったんです。ずっと」
しっぽが、ぱたんぱたんと揺れていた。
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