19 / 37
第二部 妖精姫の政略結婚
王妃と宰相
しおりを挟む「妖精の森の国の麗しい大輪の花、王妃陛下。
フランシス・ヴィーセルグレーン、拝謁賜りましたことを感謝申し上げます」
王妃の居間に入ったフランシスが、深々とお辞儀をする。
そこは足の踏み場もない程、様々な反物や装飾品、白磁器の食器や置物が所狭しと並べられていた。
長椅子に腰かけている王妃は、商人達の説明を聞きながら、熱心に絹や上質の白麻の布を手に取って吟味しているところだった。
「あら……あなたは?」
キョトンと小首を傾げてフランシスを見る仕草が、ユーリア姫と似ている。
側に控えていた猫妖精の侍女が見かねて、王妃の耳元でささやく。
「末姫さまの従者です。今日は面会のご予約があり、先ほどからずっと待合室にいましたので……王妃さまにご確認したら、通しなさいとおっしゃっいましたが」
「ああ、そうだったわね。つい、陛下の衣替えの衣装選びに熱中してしまって」
ふふ、と柔らかく微笑むと王妃は、改めてフランシスを見た。
「今日はユーレシア姫の通婚について、ご相談したくまかり越しました」
「末姫の通婚の準備のことなら、全部お前に任せるわ。わたくしは、陛下の衣替えで手一杯なの」
フランシスはギリ、と歯を食いしばった。
(母親なのに、娘の婚姻に関心がないのか!)
「いえ、そうではなく、辺境伯との婚姻そのものが、ユーリア姫を幸福にするのか危うい状況で――」
「その金のバックルのついたベルトを見せて。この野蚕の絹織物とよく合いそうだわ」
王妃は目に入った品物を商人から受け取って、しげしげと見る。
商人はフランシスを気にしながらも、自らの最大の顧客に商売を続けるつもりらしい。
「さすが王妃さま、お目が高い。この金具は都一の錬金術師が錬成したものでして――」
思わず息を吐いたフランシスに、王妃はチラリと視線をやった。
「姫たちの婚姻は、賢者会によって決定されたこと。相談があるなら賢者会の顧問菅たちのところへお行きなさい」
あまりにも素っ気ない王妃の態度に、フランシスは強い苛立ちを感じた。
「いいえ、ユーリア姫のご母堂である王妃殿下に、ぜひともお力を貸して頂きたいのです!」
フランシスの強い口調に王妃は一瞬、目を見開いた。
しかし丁度その時、がやがやと供を引き連れた妖精王がにこやかに入室して来た。
「陛下!」
その場に居た使用人たちは一斉に跪き、王妃は長椅子から立ち上がって王を迎えた。
「余の美しい妃、唯一無二の花よ。職務の合間、気分転換に中庭を散策するのはいかがか?」
「もちろん、お供いたしますわ、崇高なる陛下」
妖精王は王妃の手を取り腰に手を回して、互いにしか目に入らぬ様子で中庭に向かう。
そして王妃は王の姿を見た瞬間に、娘の従者のことなどすっかり頭から消えてしまった。
「ハッハッ。確かに両陛下は、昔からお互いに夢中で、他は何も目に入らないようであるな」
フランシスの大叔父で、この国の宰相でもあるアッサールは憤慨する又甥(またおい)を見て笑った。
「それで賢者会へ行けと王妃さまに言われて、わしのところへ来たか」
王の諮問機関である賢者会は実質的にこの国の政治を担っており、アッサールはその議長だ。
「先に、王妃さまに味方になっていただきたかったのですが」
王宮の宰相執務室の窓辺から、妖精王たちが中庭を散策するさまを、フランシスは苦々しい思いで眺める。
アッサールは、フランシスの話に黙って耳を傾けた。
「――お前の言いたいことは分かった。確かにそのような不心得者の使者を使わす辺境伯との婚姻には、不安もあろう。将来、姫の御子が辺境の地を継ぐ際には、問題が起こるかもしれぬ」
「では……!」
嬉しそうに顔を輝かせるフランシス。なんとか姫と辺境伯との婚姻を止めさせたいと、ここしばらく悩み考え続けていたのだ。
「だが、それがどうした? 大局から見れば、些細なことに過ぎぬ」
宰相の言葉に、フランシスのもふもふの尻尾がパタンと落ちた。
「大事なのは王家と辺境との結びつきと、妖精の王族の血を絶やさぬことだ」
「ですが、姫さまの幸せは――」
「それはお前が守れ、フランシス! 妖精の王族たちが神々に祈りを捧げること、彼らが絶えないように子を成すこと、それ以外は望むな。その他の雑多なことは、すべて犬妖精一族が引き受けて来た。今までも、そしてこれからもだ」
0
お気に入りに追加
804
あなたにおすすめの小説


巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる