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夜明け
しおりを挟む――長い夢を、見ていたのだろうか。
白い花びらが羽毛のように、私たちを優しく覆っている。
薬草園の世界樹の根元に、私はアロイスと臥していた。
東の空が白々と明るくなり始め、星々が一つ、また一つと消えていく。
彼の冷たい唇に口付けた。
アロイスは目を閉じたまま、身じろぎもしない。
冷え切った彼の身体を温めようと、私はぴったりと寄り添った。
こうしてアロイスの身体を温めれば、また目を開けてくれるかもしれない。
涙が零れ、アロイスの頬に落ちた。
ブンブンと蜜蜂の羽音が煩く鳴っている。
まだ夜も明けていないというのに。
羽音のする先を見ると、そこにはベックが立っていて、彼が手にした容器に無数の蜜蜂が世界樹の花蜜を運んでいた。
一瞬私は、何が現実で夢なのかあるいは幻なのか、分からなくなってしまった。
ただ、アロイスの冷たい手だけが、否応もなく厳しい現実へと引き戻す。
「……もういいよ、蜜蜂さん。ありがとう」
蜜蜂たちは巣箱に帰って行くと、ベックは座っている私に気づき、こちらに向かって歩き始めた
菫色の空から、流れ星が光の尾を長く引いて落ちている。
私はハッとしてアロイスを見た。
「伯爵は大丈夫だよ、ソフィ。まだ、間に合う」
ベックはアロイスの側に跪いた。
手にしたガラスの杯に、キラキラ光る鉱石の欠片を入れ、息を吹き込んだ。
すると杯の中の液体が泡立ち、黄金色に輝き始めた。
「神酒、世界樹の花蜜、不死鳥の心血、賢者の石、竜の息吹……錬成すると万能薬が完成する。さあ、これを彼に飲ませて」
ああ、なんて香しく神々しいお酒だろう。
私は受け取った杯からその天上の御酒を口に含み、アロイスに口移しで少しずつ飲ませた。
アロイスの舌に万能薬が落ち、喉へと流れ込んでいく。
効果はすぐに現れた。
蒼ざめた頬に赤みが差し、胸の痛々しい傷が塞がり始めた。
万能薬の効果は全身に及び、アロイスの身体は微かに発光していた。
やがて四肢が痙攣し始めると、私は不安に駆られてベックを見た。
「彼は生まれ変わるんだ。再び生身の血が、全身に流れるようになる」
アロイスの手を取り、両手で握りしめる。
目を瞑り、森と光の神々、全ての神々に祈りを捧げた。
そして――。
――お願い冥界の女神、どうかアロイスを私から奪わないで……!
握りしめていた手が、いつしか私の手を握り返していた。
恐る恐る目を開くと緑柱石に輝く瞳が、私を見つめていた。
鼻の奥がツンと痛み、涙があふれて視界が滲んでいく。
まばゆい朝日が射し込み、私たちを照らした。
「僕は再び太陽と出会い、朝日の中で君をこの腕に抱いている……これは、夢を見ているのだろうか?」
「現実よ」
私を抱きしめる、温かなアロイスにそっと答えた。
ふたりの時間が再び流れ始めた――。
◆◇
吟遊詩人ベックこと、緑竜ニーズへックは世界樹を守護するために真紅の薔薇城に留まると宣言した。
ベックを仲介にして人間側(主に不死者の抵抗組織『光の民』のメンバー)とサシャ王、そしてクレモンの西の辺境と抗争中の魔族たちとも話し合いの末、それぞれ協定が結ばれた。
そうしてこのノワールの地を、人間が治める自治区として王国に認めさせることに成功した。
また魔族たちにはベックがにらみを利かせ、川を越えて侵略しないことを約束させた。
もう不死者ではなくなったアロイスは、これまでの善政から領民たちの支持を得て、ノワール自治区の領主を続けることになった。
副官パトリスはアロイスに仕えることを選び、他の不死者たちの多くはこの地を去って行った。
アロイスの弟のヨハンは一人前の冒険者になり、侍女のアンヌと結婚した。
ベックは相変わらず飄々としている。
城の薬草園の世界樹の根元に寝そべり、昼寝ばかりしている気がする。
「どうして貴重な万能薬で、アロイスを助けてくれたの?」
「そりゃあ、決まっているさ。ソフィとアロイスと、いずれはその子供たちにず――っと世界樹の世話をしてもらわなきゃならないからね!
俺はもう過去の過ちは、絶対犯さないつもりだよ」
いたずらっぽく私にウィンクをして、ベックはまたすぐに寝てしまう。
それでもいざという時――大型の魔獣が出現すると、竜化して退治してくれるのだ。
……だから、私たちは世界樹と緑竜ニーズへッグを守り神として大切にしている。
―― 完 ――
最後までお読みいただき、本当にありがとうございましたm(u_u*)m
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