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唯一無二
しおりを挟むアロイスはノワールの領地と伯爵位を与えられることが決まり、授爵のためにパトリスを伴い王都に赴くことになった。
出発する前の晩に、アロイスは変わり果てた自分の姿を私に見せる決断をした。
私は金色の長い髪を結い、彼から贈られた美しいドレス――薄荷色に蔦模様の柄の緞子織のデコルテ――を着て、おずおずとアロイスの待つ居間に入って来る。
窓際に立って夜空に浮かぶ月を眺めていたアロイスは、振り返って私を見た。
「アロイス!」
海緑色の大きな瞳に涙を浮かべた私が、アロイスに駆け寄りしがみつく。
アロイスの紅い瞳が見開かれる。
「わ、私、もうアロイスに会えないのかもって、思って……」
不死者に成り代わった彼を、何の躊躇見なく腕の中に飛び込んで来た私に驚いて一瞬ためらう。
それから泣きじゃくる私の背中に手を回し、優しくさすった。
「ソフィ、僕は」
血の通う温かな私を抱きしめると、彼の鼻腔に草原に咲くモカル草のような爽やかな香りが広がり、アロイスの吸血本能は耐えがたいほど高まった。
強靭な意志の力で私から身体を引き離すと、血を欲して伸びた牙を隠すように手で口を覆った。
「どうしたの……?」
怪訝な顔をして彼を見みる私の瞳に、不死者のアロイスの姿が映る。
蒼ざめた白い顔、白銀の髪、真紅の瞳の……。
「――僕は、もう怪物になってしまった。こうしている今も、君の血が欲しくてたまらない。君の首筋に咬みつきたい衝動を抑えているんだ。だから、僕から離れて――」
すると私は、柔らかな腕をアロイスの首にまわし、彼の胸に顔を埋めた。
「私の血があなたを生かすのなら、どうかそうして」
アロイスは私を掻き抱くと、首筋に牙を当てる。
私の心臓の鼓動が大きく鳴り響いているのを感じながら、彼は目を閉じた。
気づけば、するどい牙が柔らかな皮膚を突き破るのを感じた。
口の中いっぱいに広がる、芳醇で甘い彼を生かす熱い血潮、命の水、力の源。
閉じた瞼の奥に、もう見ることのない青空が広がり、世界樹の木陰に座る私が見えた。
――失くしたと思ったものがここに、ソフィの中にあったんだ。僕たちの故郷、懐かしい人たち……。
彼を養う血と共に、私の感情が流れ込んでアロイスの傷ついた心を優しく包み、癒していくような気がした。
「アロイスが生きてさえいてくれれば、それだけでいいの」
不死者の耳に優しく響く声。
紅い血の涙が止めどなく、彼の頬を伝って落ちる。
私の血が彼の中を駆け巡り、身体が熱く燃え上がるようだった。
アロイスは静かに決意していた。
これからは残された私と森の民たちを、どんなことをしてでも守って行こうと……。
ゴブラン織りの長椅子に私を座らせ、その隣に座るとアロイスはこれからのことを話した。
「助かった村の子供たちは、このクレモンの城下町の孤児院に入ることになった。あの子たちが成人して自立できるよう、手を尽くすつもりだ。
ソフィはこの城にいて欲しい。君が居れば僕は、人の心を失わないでいられる」
私が頷くとアロイスはほっとして続けた。
「必要なもの、欲しいものがあれば何でも言って。
それからヨハンを君の使用人、従僕としてつけるから、面倒を見てやってくれないか?
ヨハンが僕の弟だということは、公にしないつもりだ。
僕の庇護のもとで、出来るだけ自由に生きて欲しいから……もちろん、君も」
さらに私たちは話し合い、孤児たちの中でヨハンに次いで幼いアンヌも私の側に置くことにした。
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