【R18】真紅の薔薇城―不死者の支配する世界で聖女と呼ばれ―

雪月華

文字の大きさ
上 下
67 / 73

闇の貴公子2

しおりを挟む
 
 
 
 魔獣暴走スタンピートの直前に、丘の中腹の地下壕に避難した子供たちは助かっていた。
 サシャ王の命によって災厄を生き延びた者たちは、兵士たちによって荷馬車に乗せられて旅をし、少し前にこの城に到着したところだった。

 アロイスは不死者となった自分の姿を、私や弟たちに目視されることを怖れた。

 この時まで彼は、記憶から私たちのことがすっぽり抜け落ちていたのだ。
 故郷が焼け落ち、家族や私……身近にいたすべての人々が失われたかもしれない、という現実を直面するにはあまりにも辛過ぎたから。
 そんな自分を心の中で叱咤し、ぎゅっと爪が食い込むほど手を握りしめる。

 サシャ王の視線を感じながら瞬きする間に、彼と私たちにとっての最善は何か、と思考を巡らせた。
 まだ不死者としての自分自身のことも、サシャ王の意図についてもよくわからないまま、どのように行動したらよいのか雲をつかむような気持だった。

「アロイスさまっ!」

 私たちの中で最年長のパトリスは、衛兵の制止を振り切って転がるように走り、魔物討伐から帰城した王の一行の前に飛び出した。

「無礼者!」

 その場にいた騎士たちが、すぐにパトリスを取り押さえた。

「この者は?」

 王がアロイスに問いかけると、地面に肩を押さえつけられていたパトリスが顔を上げて、大声で叫んだ。

「私は! アロイスさまの右腕として、ずっと仕えてきた従者です。今まで通り、お側に置いてくださいっ」

 アロイスはパトリスの側に歩み寄り、片膝をついた。

「――パトリス。僕を見ろ、もう以前の僕ではない。それでもお前は、まだ僕に仕えたいと言うのか」

 月の光とかがり火に照らされた城の庭で、間近に彼の妖しく光る真紅に瞳に見つめられ、パトリスはひゅっと息を飲んだ。
 若者らしく向こう見ずなパトリスの顔に、初めて畏怖の表情が浮かび、やがてそれは羨望に取って変わった。

「あなたは、……になられたのですか? 私たちをここに連れて来た兵士たちが話していました、が持つ力とその特権について――」

 パトリスは熱に浮かされたように「私にも、その力を分け与えて下さい!」とアロイスに訴えた。

「何を……ばかな。そんなことをしたら死後、妖精の国アルフヘルムに行けなくなってしまうんだぞ」

 戸惑い、不安を覚えたアロイスは、首を横に振る。
 すると王は、騎士たちにパトリスの拘束を解き、連れて来るようにと指示した。
  真紅の薔薇ブラッディ・ローズ城の玄関エントランスホールを抜けて城主の間に着くと、サシャ王は王都から連れて来た近衛騎士と司教を残し他の騎士たちを下がらせた。
 
「アロイス。この地を治めて行くにあたって、血の絆によって結ばれた臣下も必要だろう。
その者は自分から志願している。気心の知れた者なら、これから長い時を生きる其方の孤独も癒されるだろう」

「ですが――」

 苦悩するアロイスに、その場にいた司教も口を挟んだ。 

女神ヘルの賜物を分け与え、自分のを増やすには陛下の許可がいるのだ。
陛下からの特別なご配慮を、有難く受けなさい、アロイス殿」

 期待を込めてやり取りを聞いていたパトリスは、アロイスがなおも渋るのを見て詰め寄った。

「私はアロイスさまと共に魔獣暴走スタンピートを、生き延びることが出来ました。私にあなたが得たものを分けてください。そうするべきなんです! あなたに従った私に、どうか報いて下さい」

 この場にいる不死者たちは全員、アロイスが新たな不死者の創り手となることを望んでいる。
 王の後ろに控えている近衛騎士は、剣柄に手を置いてパトリスをじっと見ていた。

 やがてこれは何かの通過儀式なのだ、とアロイスは悟った。

 そうして、パトリスはアロイスによって不死者に変えられることになった。
 

 

 
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【R15】気まぐれデュランタ

あおみなみ
恋愛
「誰かの純情を、誰かが嗤う」 水野さよりは整った容姿だが、好みでない異性からも興味を持たれやすい上、 優柔不断さが災いして、トラブルに巻き込まれがち 好きな人と交際をスタートしても、「心身の悩み」のせいでなかなかうまくいかない。 そんな彼女の前に現れた「理想の人」とは?

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

処理中です...