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闇の貴公子1
しおりを挟むアロイスが不死者として目覚めたのは、村が焼け落ちて三日後のことだった。
耐えがたい喉の渇きに、黒檀で出来た 棺の蓋を外して起き上がると、そこはクレモンにある真紅の薔薇城の地下にある秘密の部屋だった。
部屋の中央に置かれた机の上には、魔道ランプが置かれていた。
着ている服は、レースのついた白絹のシャツに一目で値打ちものと思われる光沢のある蒼玉色の繻子の袖の膨らんだ上着、踝が見える丈の短めのズボンに水色の絹の靴下、金のエナメルの靴を履いている。
手には宝石のついた指輪がいくつも嵌められ、爪は血の色に染まっていた。
壁に嵌め込まれた縁付きの鏡に目を向けると、そこに映る爛々と光る二つの真紅の瞳に驚愕し、次に白金の髪が白銀に変わっていることに気づく。
冷たい身体、鼓動のしない心臓、禍々しいオーラを纏った人ならざる変わり果てた自らの姿に、恐怖のあまり悲鳴を上げる。
部屋を飛び出そうとしてバン、と扉を開けると石の階段が上へと続いている。
アロイスは階段を一気に駆け上がると、壁龕に嵌め込まれた魔道ランプの灯りに照らされた廊下に出た。
等間隔に配置された台座に真紅の薔薇の活けられた壺が置かれ、大理石の床の真ん中には東方の紅い絨毯が敷かれていた。
その先には大きく開かれた両扉があり、その向こうは大広間だった。
高い天井に吊るされたロートアイアンの魔道シャンデリアが眩く輝き、人々のざわめきが聞こえてくる。
使用人が料理や飲み物を載せた台車を押しながら、こちらに近づいて来るのに気がつき、アロイスは台座の陰に隠れた。
カラカラと台車が音を立て目の前を通り過ぎる時、その使用人の心臓の鼓動、脈打つ血管の音が、耐えがたいまでに彼の耳に鳴り響く。
むせるような人間の甘い血の香りが鼻腔をくすぐる。喉の渇きは極限まで達していた。
本能が、今すぐ目の前の獲物に飛び掛かれと告げていた。
アロイスは捕獲者、人間は彼の獲物だった。
ギリギリと歯を食いしばり、手を震えるほど固く握りしめ、ありったけの自制心を揺り起こして、彼はその場に留まり続けた。
「――目覚めたのか。アロイス」
その時、ヒュン、と風を切る音と共に、黒繻子の裏地はシャンパンゴールドのマントを翻し、片肩から前部にかけて豪奢な金の飾緒の飾りのついた緋色の礼装軍服を着たサシャ王が現れた。
人の目には捉えることのできないような、素早い動きだった。
王はアロイスに、ついて来るようにと仕草で伝える。
城の最上階へと連れて行くと、窓から眼下に広がる城下町を見せた。
夕闇は次第に濃くなって屋根や塔や壁を紫に染め、幾千もの家々の窓に灯りがついていく。
「このクレモンの町を含むノワールの地を、其方に与えよう。この領地の人間と不死者の、生殺与奪の権は其方の手の中にある」
それからサシャ王は、アロイスに不死者として生きるための術を教えた。
手始めに、苦痛を与えないように人間から吸血する方法を伝授される。
「通常の食事をするときは、弱らせないように少しずつ飲むのだ。しかし本当に死に至らしめるときは、心臓の鼓動が止まる手前で終わらせるように気をつけなければならない。
さもなければ、其方は心と身体の両方で苦しむことになる」
また、王はアロイスと騎士たちを伴い、狩りに出かけた。
夜の森に続く街道を風のように移動して、出現した魔獣たちを赤子の首を捻るよりも簡単にいともたやすく次々と仕留めて見せる。
アロイスもまた、狩りに夢中になった。
血の力を操って狩りをするのは、たいそう心躍るものだった。
新たに得た闇の力を行使し、これまで怖れていた大型の魔獣を難なく屠っていく。
滅びゆく村の次代の長として抑圧されていたアロイスは、不死者となってこれまでのしがらみから解放され、自由になったかのように思えた。
夜の狩りを終え真紅の薔薇城に戻ると、まだ高揚の残るアロイスにサシャ王は静かに訊ねた。
「あの少年は、其方の弟か? 村の広場で其方が庇い、重なり合うようにして倒れていたのだ」
城の庭の一画に、ヴィーザル村の子供たちが集められていた。
その中には、金色の髪の少女の私と焦げ茶色の巻き毛の小さな弟も居た。
彼は突然、冷水を浴びせられたかのような衝撃を受け、立ちすくんだ。
「……いいえ」
アロイスはとっさに、彼自身と私たちの関わりが深いことを王に知らせない方がいいだろう、と判断したのだ。
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