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儀式の結末
しおりを挟むリゼットは素早く自分の手首を咬み切ると、マルクの口に押し当てた。
マルクはリゼットの血を流しこまれて咳き込み、口から血が溢れた。
それでも少しは飲み込んだのか、やがて身体が痙攣を始めた。
次に一度手を離すと、マルクを抱き起して首筋を咬んだ。長い牙の口づけ。
マルクの身体に流れるすべての血を飲み干してしまうかのよう。
……本当に飲み干してしまったのかも知れない。包帯から覗くマルクの肌が干からびているように見えた。
リゼットの手首の傷はすでに再生されて跡形もなかったが、再び咬み裂いてマルクに血を飲ませた。
今度は零すことなく飲み下している。
私たちは、ただ震えながらそれを見ていた。
両側にいたアンヌとヨハンが、私の手をぎゅっと握りしめた。
ふたりは私の決断を、どう思ったのだろう。
「これからこの者は数日間眠り続け、再び目覚めた時は――私の眷属になっている」
私は頷いた。喉がカラカラに乾いて、すぐには声が出ない。
「しばらくは、私が面倒を見ることになる。貴族として生きていく術を、親の私が教えなければならないからな」
貴族は、自分が眷属にしたものとの関係性を親子に例えている。
彼らの言い回しだと、リゼットは親、マルクは子になる。
「どうか、マルクをよろしくお願いします」
私はなんとか声を絞り出し、深々と頭を下げた。
聖堂の地下を調べに行った騎士たちが戻って来たので、リゼットは彼らと話をしに行った。
「ソフィさま、顔色が真っ青です。もう城に帰った方が」
「ええ、アンヌ。あの人たちにジョスのことを頼んだら帰りましょう」
僧侶や警備隊が、静かになった聖堂の様子を確かめるために、扉の向こうからこちらを恐る恐る覗いているのが見えていた。
私は彼らのところまで行ってマルクについて簡単な説明をし、壇上で眠っているジョスの保護をお願いした。
警備隊たちは、マルクがリゼットによって貴族に変えられたと知ると、ひどく驚いていた。
僧侶はマルクが死なずに済んでほっとしている様子で、胸の前で女神ヘルの印を結んだ。
ヨハンが聖堂前の道に馬車を寄せ、私とアンヌが乗り込むと、後ろからリゼットがマルクを肩に担いで入って来た。
城に着くと、リゼットは再び大柄なマルクを軽々と馬車から降ろした。
「マルクが目覚めるまで、太陽の光に当たらない安全な場所を確保して寝かす。伯爵にも今夜のことを報告しなければならない。私はこれで」
私たちは不安な気持ちで、騎士館に向かうリゼットを見送った。
今夜も、騎士たちによって討伐された魔獣が、庭の一画に積み上げられていた。
騎士たちは主に、町や村、街道周辺で狩りをする。夜の間に危険な魔物や魔獣たちを駆除し、商人や旅人の物流が滞らない程度に街道の治安を保たせている。
今日の獲物は殺人蜂や土蟲のようだ。
その解体作業をしているのは、冒険者ギルドから派遣された人々だ。
魔石や必要な部位を素材や食肉として取り、残りは 真紅の薔薇の肥料になる。
魔物や魔獣の養分をたっぷり吸った 真紅の薔薇は、一年中花を咲かせる。
そして 真紅の薔薇は、魔物や魔獣たちから人々を守ると信じられている。
貴族たちは、この真紅の薔薇を好んでいた。アロイスも。
王都でも、この薔薇がいたるところに植えられているという。
「そこの、金髪のお嬢さん」
暗がりから突然姿を現した、見知らぬ貴族に息が止まるほど驚く。
「このノワール地方は、金髪美女が多くていいね!」
次の瞬間には、目の前に移動していて、私を見降ろす。
漆黒の長い髪を後ろでひとつに束ね、一重の切れ長の紅い目、褐色の肌をした青年は、胸の前で襟を重ね、腰で帯を留め、その下に脚衣を穿く、東地方風の服を着ている。
「ねえ、君。知ってる? 金髪の人間の血は美味しいんだ」
ニタリ、と笑った口元に鋭くとがった牙が覗いた。
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