【R18】真紅の薔薇城―不死者の支配する世界で聖女と呼ばれ―

雪月華

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崩落事故

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 和やかなお茶の時間が終わると、ベックは冒険者ギルドに顔を出しに行くと席を立った。

 三人で薬草小屋の片付けを済ませて、薬草園の中央の樹の下でサンドイッチの昼食を取った。


 城の西館は主に提供者たちの居住スペースになっている。
 提供者専用の食堂もあるが、お天気の良い日はこうして薬草園ハーブガーデンでお弁当を広げてアンヌたちと一緒に食べる方が美味しい。

 薬草園から西館へ戻る途中、女官長とその後ろの見知らぬ顔の若い男女と行き会った。

「ソフィ、新しく城に来たルゼ町からの提供者です。こちらに不慣れなうちは、色々教えてあげてください」

 女官長から簡単な紹介があった。
 提供者の年齢は十代後半、少女が多いけれど、少年もいる。見目麗しい者たちばかりだった。

 アンヌが気づかわしげに私を見ていることが、一層心を重くした。


 部屋に帰って着替えてから、治療院に行く準備を整える。

 『提供者』という立場でいる限り、城での生活は保障されている。
 毎日治療院で忙しく立ち働く必要はないかもしれないけど、身体を動かしていた方が余計なことを考えなくて済む。

 それに腕のいい薬師だった母には及ばないけれど、この仕事が好きだ。
 薬草を育て、薬を調合して、人々の健康を守る手伝いをすることが。

 治療院を訪れる人々、他の誰かの少しでも役に立つことが出来るなら、私がヴィーザル村で――生き残ってしまったことの贖いになるかもしれない。

 私はずっと罪悪感を感じていた。

 両親や村の人々が私たちを守って死んだこと。
 アロイスが 不死者アンデットに変えられてしまったことも。


 昨夜のマルクの話も、気になっていた。私に何かできるとは思えない。
 マルクに会ったら、危ないことには首を突っ込まないよう、もう一度よく言っておこう、と決めた。


 時間はまだあるので慌てる必要もなく、繕い物をしているアンヌの横で日誌を書いた。

 日誌に書き付けることはいくつかあって、ひとつは薬草園に関すること。
 薬草の生育状況や収穫、現在の気候から種まきの時期などを考え記録して、翌年以降に役立てている。
 例年より寒い、暑い、雨が多い、少ない等。

 他には、薬の調合に関することなども。
 使用した薬が患者にどのような効果があったか、副作用が出なかったかなど。
 

 そうしているうちに、治療院から緊急の知らせが届く。
 建設中の上下水道の工事現場で崩落事故が起こり、治療院に多くの怪我人が運び込まれたと。
 手紙に書かれた薬を、至急治療院に持ってくるようにとのことだった。

 
 私は急いでヨハンに馬車の用意をさせ、アンヌと共に傷薬や湿布薬、鎮痛剤等を鞄に入れて治療院へ向かった。


 治療院の前には人垣ができていた。
 
 馬車から降り、人々を掻き分けて行くと、負傷した人々が、次々に担ぎ込まれている最中だった。
 中に入りきれない多くの怪我人たちが、芝生の上に寝かされている。

「水、水を」
「苦しい、助けてくれ」
「痛い、痛い」

 鉄錆のような血の臭い、酷い裂傷や骨折によってあらぬ方へ曲がった手足、……あまりの惨状に、目を覆いたくなる。

修道女シスターオレリア!」

 いつも受付にいる修道女シスターを見つけて、駆け寄った。

「ソフィ、来てくれたのね。人手が足りなくて。今、教会に救援を要請して来たから、もうすぐ他の修道女シスターたちが来てくれると思うけど」

 私たちはオレリアを手伝い、重症者と軽症者を分けて、重症者からサミュエル老医師の診察を受けられるように誘導した。それから看護士たちと共に走り回り、簡単な応急手当、止血や傷を洗い、患部を冷やすなどした。

 教会からも僧侶や修道女たちが駆けつけて、みんなで力を合わせ、必死の救急治療を行った。

 アンヌやヨハンは、青ざめながらも怪我人の衣服を緩めたり、水を運んだり、湿布を用意したりと指示に従って慣れない医療現場で休む暇もなく働き続けた。

 怪我人は、工事現場のむつけき作業員たちがほとんどだ。
 サミュエル老医師が骨折した個所を整復したり添え木に固定する際、激痛に暴れないように抑えるのも大変だ。
 泣きわめく男たちに、老医師が叱咤する声が響く。

 陽も随分と傾いた頃になって、ようやく担ぎ込まれた人たちすべての治療のめどがついた。重傷者の手当は終わり、後は軽症者が残るのみになった。


 ほっとすると同時に張りつめていた糸が切れ、膝から崩れ落ちるようにして座り込んだ。

「お水です、どうぞ」

 アンヌが気を利かせて、水を持って来てくれた。

「ありがとう。アンヌとヨハンもよくやってくれたわ。大変な事故だったけれど、死者が出なくて本当に良かった」

「それが……」

 アンヌの瞳から、涙が零れ落ちた。
 そして口元に手をやり、嗚咽を抑えながら、待合室のベンチで作られた臨時のベッドに、包帯でぐるぐるに巻かれて寝かされている男の方を見た。


「マルク警備隊長が崩落事故の救出作業の最中に、大怪我を。――もう手の施しようがないと、サミュエル先生が」


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