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真紅の薔薇城
しおりを挟む夕日が空を紅に染めて、今にも青い山脈に沈もうとしていた。
もうすぐ、この世界の貴族――不死者たちの目覚める日没がやって来る。
私は高台に建つ真紅の薔薇城の西館五階の部屋から、眼下に広がる景色を眺めていた。
冬にも枯れず、一年を通して咲き乱れる薔薇の、濃厚な芳香が風に乗りこの窓まで漂ってくる。
城壁には真紅の薔薇のつるが伸びて、血のごとく紅い大輪の花を咲かせていた。
この紅薔薇は城と城下町クレモンの守り神でもある。
二重の町壁と町中のいたるところに、この薔薇が植えられていた。
それでも私は大輪の薔薇より、草原に咲くモカル草のように、爽やかな香りの小さな白い慎ましく咲く花の方が好きだ。あるいは森の小川に春の訪れを知らせ、レースの縁取りのように咲く白や黄色の可憐なナーサシスの花たちが。
あの森の向こうには、私とアロイスの故郷の村があった。ふいに郷愁をかき立てられ、胸が痛む。
アロイスと過ごしたあの懐かしい日々は、もう二度と戻っては来ない。
ついに陽が沈み、夕闇が町を覆う。茜色の空はすみれ色に変わり、星々が瞬き始めた。城下町レイモンに次々と明かりが灯っていく。
「ソフィさま、お時間です」
侍女のアンヌに呼ばれ、窓辺から仕方なく離れた。これから、アロイスの元に行かなければならない。
すでに湯あみは済ませ、襟なしの小さな白い花模様の散る青いドレスを着付けていた。
鏡台の前で立ち止まり、後れ毛を耳に掛ける。
鏡には、海緑色《シー・グリーン》の瞳、波打つ金髪をゆるく三つ編みにして胸の前に垂らした女が映っている。
――まだ金色の髪は豊かで、瞳には輝きがある。肌もなめらかだわ……。
私と同じ年頃の娘たちは、もうとっくに結婚して夫を持ち、子供を産み育てている。
そう思うと、自分だけ置き去りにされたようで、何ともやり切れない気持ちになった。
部屋の外に出れば、従僕のヨハンが魔道ランタンを手に控えていた。
いつものように、この少年が城主の居室まで先導する。
私に与えられている見晴らしのいい西館の部屋から、本館ニ階の彼の居室まではそれなりに距離がある。
だから階段を降り中庭に面した回廊を進めば、あまり会いたくない人たちとも顔を合わせてしまう。
「ごきげんよう、ソフィ。これから伯爵さまに、お目覚めのご挨拶を?」
ルイーズ。暗い金髪に瑠璃色の瞳が美しい少女。
彼女の後ろにいるのは、クレモン城下町から来ている少女達だ。手入れの行き届いた髪を高く結い、あるいはコテを当てて巻き、煽情的な胸の開いたドレスでにっこりとほほ笑んだ。
「こんばんは、ルイーズ、皆さん。よい夕べですわね」
私は背筋をしゃんとして、よそ行きの笑顔の仮面を付ける。
「ええ、そうね。今夜も貴族の皆様や町の有力者、大商人たちが大勢、晩餐会に集まりますわ。田舎娘には、そういった方々のお相手は出来ませんものね。
伯爵さまのお相手はわたくしたちに任せて、ソフィは安心して治療院のお薬作りに励むといいわ」
すれ違いざまに「やだ、おばあちゃんの薬の臭いわ」とくすくす笑う声が聞こえた。
アロイスの元へ向かう足取りが重くなってしまう。
やがて本館の彼の執務室に続く、居室の控えの間に辿り着く。
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