上 下
4 / 48
第一章 ウチのダンジョンに勇者がやって来た!

第三話 ご利用は計画的に

しおりを挟む
「なあ、アーサー。勇者って、どういうことだよ! お前の返事次第では――」


 思わず、問いただすような口調になってしまった。


 アーサーの瞳が見開かれ、唇が震え始める。

 あ、まずい。泣かせてしまうかも……もっとちがう言い方があるよな……。


 ――とか思ってしまったのは、オレの勘違いでした。


「へぇえ。ディーンがね。言うじゃんか。ボクの返事次第では、君はどうすると言うんだい?」

 顔は笑っているのに、目が冷たい……冷え切ってる。アーサーが芯から怒っている時のアレだ……やばい。


「……ごめん。何があったのか、話して」

 思わず、座布団の上で崩していた足を正座して、アーサーの正面に身体を向けた。


「まあ、いいけど……。ディーンには世話になるから、言っとかなきゃと思ってたし」

 世話になるって、どういうことって思ったけど、取りあえず黙って話を聞くことにする。

「今代の勇者は、フレイア教団の教皇だったのは知ってるだろ? 先日、老衰で崩御されたんだ。それで今度は、ボクが勇者になったという訳さ」


 神々が与えし称号の『魔王』と『勇者』。この世界では常に、魔王と勇者がひとりずつ存在する。どちらかが倒されたり、寿命で亡くなっても、また新たな魔王や勇者が現れるのだ。 

 ここ数百年は、魔族と人族が均衡を保ったまま、ミズガルズ大陸のお互いの領域を犯さないようにと、魔王と人族の王たちは腐心してきた。だから魔族と人族の間で、境界区域での局地的な小競り合いはあっても、本格的な戦争はなかった。

「じゃあ、アーサーは」

 何でこのダンジョンに来たの? と聞こうとして止めた。野暮だ。野暮すぎる。

 神聖王国とフレイア教団は、べったり癒着している。そして勇者を取り込むために、お互いに協力して、王族やら聖女と結婚させたり、お飾り教皇の地位を与えたりする。それだけ勇者が政治的・宗教的な駒として価値があるからなんだけど。

 このダンジョンの近くの村で育ったアーサーが、そういうしがらみを嫌って、逃げて来た。そういう事だろう。

「アーサーのお母さんは、カムランの村に居るんだよな? 大丈夫か」

 質問を変えてみた。アーサーが逃げたら、真っ先に母親のところを捜索されるだろう。

「いや、今は聖都にいる」

 母親を案じている様子には見えない。安全な場所で匿われているのかな。

「わかったよ、ほとぼりが冷めるまで、ここに隠れていたいんだな。次の教皇の選出会議が終わるまでか?」

 教皇が崩御すると、枢機卿団による選出会議が行われ、そこで新しい教皇が決められる。アーサーは教皇になりたくないんだろうな。分かるよ。そういうガラじゃねえもん。

 白い法衣を着て、冠と柄杓を持ったアーサーを想像したら、吹き出してしまった。ぷっ。


「何笑ってんだよ。でもまあ、そんなところかな。でさぁ、ボクの滞在DPダンジョンポイントでここにソファベット出して」

「ええっ?!」

「昼間はソファで夜はベットに使えて、便利じゃん。ここ寝室ないしさ。それともDP足りない?」


 ソファベットか。五万ポイントで交換できるから、これくらいなら……。

 ……交換してしまった。
リビングにでん!と鎮座する淡いブルーのソファベットを見て、アーサーはにんまりと微笑んだ。

「なかなかいいじゃん。座り心地もいいし。じゃあさ、ディーン、思い切ってモニターも設置しようよ。前に言ってたじゃん、モニター欲しいけどDP高いから交換できないって。ダンジョン内の管理や設備には、DPかけて充実させるべきだってボクも思うし」

 モニターを設置すれば部屋に居ながらにして、各階層に取り付けたカメラからダンジョン内の様子を把握することが出来る。カメラはダンジョンの入り口にも欲しいな。外の様子とか、誰が入って来たとか分かる。

 どうせなら大型のモニターをリビングの壁に設置して、ソファベットに座りながら見れるようにするか。

 各階層に3カ所ずつカメラを設置して、モニターと合わせてオレがいままで溜めていたポイントもほとんどすべて使い果たしてしまった。

 やべっ、すっからかんだ。使い過ぎてしまった。

 でもアーサーがしばらくここに居てくれれば、毎日10万DPが入るんだよな。今までの長い節約生活が走馬灯のように駆け抜け、不覚にも泣いてしまった。


「泣くなよ、ディーン。ここをミズガルズ大陸一のダンジョンにしていこう」

「ああ……」


 なんていい奴なんだ。お前のこと、誤解してたかもしれない。


「あとさ、悪いんだけど、ボクの着替えとかも欲しいんだ。下着とか」

「え?……ぁ……うん。し、下着、ね」

 女の子の下着は、アーサーが自分で選ぶしかないだろう。タブレットを渡して、DPとの交換のやり方を教えた。

 ほんとはタブレットを、他の人に使わせたりしちゃ、いけないんだけど……。


「あっ。どうしよう」

「えっ、何?」

「なんかマイナス表示なってる……」

「見せて? ……いいよ、別に。少しくらいなら」

 ううっ、DPの収支がマイナス30万ポイントになっているぞ。
 非常事態のための貸付サービスの上限まで目一杯使われてしまった。

 でも、アーサーが三泊すればチャラだし、ま、いいか。
 
「でも、牛乳とか食料の分が。……そうだ、狩りに行ってくる」

「狩りって、まさか」

「モンスターはやっつけないから、安心して」

「待って――」


 その時、ポーンと音がして、モニターが切り替わった。ダンジョンに誰か、お客さんが来たんだ。


 気を取られた隙に、アーサーは出掛けてしまった。
 


 明日は、カメラに続いてマイクとスピーカーも取り付けよう。

 全力で逃げろって各階層のモンスターたちに、呼びかけてやれるもんな……。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

辺境領主になった俺は、極上のスローライフを約束する~無限の現代知識チートで世界を塗り替える~

昼から山猫
ファンタジー
突然、交通事故で命を落とした俺は、気づけば剣と魔法が支配する異世界に転生していた。 前世で培った現代知識(チート)を武器に、しかも見知らぬ領地の弱小貴族として新たな人生をスタートすることに。 ところが、この世界には数々の危機や差別、さらに魔物の脅威が山積みだった。 俺は「もっと楽しく、もっと快適に暮らしたい!」という欲望丸出しのモチベーションで、片っ端から問題を解決していく。 領地改革はもちろん、出会う仲間たちの支援に恋愛にと、あっという間に忙しい毎日。 その中で、気づけば俺はこの世界にとって欠かせない存在になっていく。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...