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王城
しおりを挟むエステルとレオは、王城の近衛騎士の宿舎に来ていた。
半年前振りのエステルの部屋は、あらかじめ知らせていたこともあってか、掃除され、寝具も風を通してあって、過ごしやすいように整えられていた。
荷物は空間魔法付与鞄一つ。この中に必要なものはすべて入れてあった。
レオは鞄をテーブルに置くと、取りあえずすぐに使用するものだけ取り出した。
「着替えたら、団長に挨拶に行く」
エステルが近衛騎士の制服、詰襟のタイトな青の軍衣に着替えるのを、レオが手伝う。
右肩に飾緒という金糸の三連のモールを取り付け、マントを肩に掛けると、ロングブーツを履く。最後に、儀礼用の柄に国花ナンナの彫刻が施されたサーベルを装着した。
主に王族の警護に当たる近衛騎士は、国内外の賓客の列席する場に立つことも多い。その為、騎士服も機能的でありながらも美しく金銀糸の縁取りや刺繍の装飾が施されていた。
対してレオはというと、王城の使用人服を着ていた。白シャツに黒のウエストコート、同色のズボン。
――レオに騎士服を着せたら似合うだろう。レオは美しいから。
そんなことを思いながら、エステルはレオと共に近衛騎士団長の元へと向かった。
騎士館の団長室に行くまでに、数人の同僚たちとすれ違った。回復と職場復帰を祝う言葉を、次々に掛けられる。
「これから団長に挨拶に行く」と言えば、彼らは引き止めずエステル達を行かせた。
団長室の重厚なオーク材で出来た扉を叩くと、「入れ!」とバリトンの声が響く。
エステルは入室すると、直立不動で敬礼する。
「近衛騎士団所属エステル・コーレイン、傷病休暇を終え、本日より登城いたしました!」
「おお、来たか! 艱難辛苦を乗り越え、よく戻って来た」
近衛騎士団長のミラン・ボルストは、黒髪に銀のメッシュが入った三十絡みの男で、大量に書類が積まれた机の前に座っていた。そしてその脇には、文官のひょろっとした青年が決裁書を持って立っている。
ミラン団長は立ち上がると、エステルに椅子をすすめ、自らもローテーブルを挟んだ向かいの長椅子へ腰かけた。
「それで、体調はもうすっかりいいのか?」
「はっ。全快しております」
文官の青年がお茶を入れ、二人の前に置いた。
「その後ろに立っている彼が、手紙に書いてあったレオか?」
「はい。彼は剣の腕もそこそこありまして。できれば、従騎士として私の側に置きたいのですが……」
「ふむ。従騎士か。俺が直々にレオをテストして、剣を交えてみたいが――王家の至宝に傷を付けるわけにはいかぬ」
レオについて知っているのは、ごく限られた者のみで、そのうちの一人が団長だった。
「そう、ですか」
目に見えてがっかりするエステル。
その時、再び団長室をノックする者がいて、文官が対応するために出て行く。彼はすぐに戻って来て、団長の耳元で何かを囁いた。
「何だと? まあ、仕方ないな……」
「どうか致しましたか?」
「ああ、お前も知っての通り、女性王族の護衛をする女騎士は人手不足でな。さっそく、エステルにご指名があったそうだ。登城したばかりで悪いが、行ってくれるか」
「もちろんです」
「何かあれば、いつでも俺に話してくれ。相談に乗る。近衛騎士団は、お前の復帰を歓迎する」
「ありがとうございます」
エステルはさっと立ち上がると、書記官にお茶の礼を言い、団長室を出る。
外に出ると、女官が待っていた。
「ご案内させていただきます」
「ああ、よろしく頼む」
女官の後をついて、エステルとレオは騎士館を出た。主塔の見える第一庭園を横切り、王族たちの住まう居館へと向かう。
王城の居館は王の行政と公式行事が行われる外廷と私生活の場である内廷に分かれ、さらに王妃や王子、王女達のための小さな建物と部屋が連なっている。それに加え、数多くの庭園と離れがあった。
複雑な構造の居館内を、女官は足早に進んで行く。
この呼び出しは、おそらくフェリシア姫の指名だろうとエステルは考えた。
――レオを私の元に派遣してくれた姫には、どんなに感謝しても足りない。
「こちらでお待ちください」
案内された部屋にエステル達が入ると、女官は去って行った。
二人きりになると、レオが口を開いた。
「ここは内廷だ」
「そうだな……」
通された部屋には、奥に続きの部屋があって、そこが寝室なのがエステルの気にかかった。
しばらくしてやって来たのは、王家の主治医と先ほどの案内をした者とは別の女官だった。
「――先生! 近いうちにこちらから、ご挨拶に行こうと思っていたのですが。お陰様で、こうして近衛騎士として復職することが出来ました」
「エステル殿、この前お会いした時は一週間前でしたか。想像以上の回復ぶり、さすが筆頭騎士家の貴種と、感心致しておりました」
この医師は定期的にエステルの診察を続け、この度の復帰についても問題ないと、騎士団長に太鼓判を押したのだった。
「さて、エステル殿。ここにわしが呼ばれたのは、あなたを診察をするためでございます」
「ここで――」
奥の部屋に医師たちと移動しながら、エステルは王家の意向――主治医をここに派遣したこと――について、様々な考えが心に浮かんでは消えた。
「ズボンと下着を脱いで、そのベッドに横になってください」
年嵩の女官が、事務的な口調で指示した。
「なっ――いや、分かった。いい、大丈夫だ、レオ」
エステルの顔に朱が差し、レオがエステルの腰に手を回したが、それを制した。
「申し訳ありませんが、エステル様が純潔であるかどうかを調べさせていただきます」
医師が告げると、もしや、とエステルは考えた。
――王家は、私とレオが情を交わしたのか、確認しようとしているのか……。
王命であれば従わざるを得ない。言われた通り、下肢を晒してベッドに横たわる。
「膝を立てて、脚を開いてください。もっと、大きく開いて」
医師は年配の男性で、女官は初対面だった。
その二人に明るい部屋で秘処を晒すのは、むごく屈辱的でエステルはギリリと奥歯を噛みしめた。
傍らでエステルの手を握っているレオが、問うような眼差しで見ている。
「いいんだ、レオ。このまま手を握っていて」
医師と女官二人に秘処を探られている間、エステルは固く目を閉じて耐えた。
「エステル殿は、純潔です。もう結構です。服を着て下さい」
医師たちは部屋を出て行き、レオは素早くエステルの身支度を整えた。
エステルは、にわかに浮かんだ考えに怯えていた。
王家は、エステルからレオを奪うのでは……と。
――近衛騎士に復帰できるほど回復したのだ。返せと言われるかも知れない。その可能性を考えないわけではなかったけれど……。
これから多くの功績を積み、危険な任務でもやり遂げて、その代わりにレオを側に置かせてもらおう、そう考えていたのだ。
やがて小姓がやって来て、エステル達に告げた。
「陛下が引見を賜ります。こちらへどうぞ」
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