【R18】失意の女騎士と囚われの君 ―私の愛した魔道式機械人形―

雪月華

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目覚め

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「エステル、エステル!」
「お姉さまっ」
「お嬢さまがお目覚めになった!」

 気が付くと、エステルは燦々と陽の光が窓から射し込む、コーレイン領主館の自室の天蓋ベッドに横たわっていた。
 両親と妹、乳母が心配そうに、エステルを覗き込んでいる。

「ぃっ、いた、痛い! ぁぁああっ、痛い――!」

 数日振りに意識を取り戻したエステルは、目覚めた途端全身に激痛が走り悲鳴を上げた。

「医師を早く、回復術師も呼ぶんだ!」

 エステルの父が叫ぶと、乳母がエステルの為に領主館に詰めて居る医師たちを呼びに行く。

「まあ、どうしたことでしょう! 外傷はすべて回復術師に治療させたのに……まさか、まだ身体の深い部分が傷ついているのかしら」

 うろたえるエステルの母を宥め、コーレイン家当主の父はエステルに語り掛ける。

「今、医師と回復術師を呼んだ。エステル、良く聞け。ムーレンハウト王家のフェリシア姫は初陣を滞りなく済ませ、無事に成人の儀を終わらせた。お前は余計な心配はせず『モンスターから受けた傷』をしっかり治すんだ。良いな?」

 上掛けを固く握りしめ、苦痛にあえぎながらエステルは僅かに頷く。

 王家に忠実な父は「姫様の初陣に、ケチをつけるようなことを言ってはならない」と娘に言い聞かせた。

「この怪我は、エステルの責任でモンスターによる傷だ」

 コーレイン家は王家の意向で、姫の魔力暴発事故があったことを秘匿するため、医師や回復術師にも怪我の経緯を正しく伝えなかった。

 その結果、医師たちのエステルの病状の初期診断を誤らせることになり、取り返しのつかないことになってしまうのだった。



 あのヴェルドン渓谷の事故から数週間が経った。

「ぅああっ、いた、痛い――!」 

 原因不明の激痛に苦しむエステルに、回復術師は幾度となく回復魔法を掛ける。
 高額な回復魔法の治療も、エステルにはまったく効かない。

「エステル様の怪我は、すでに治っています」

 回復術師はついに匙を投げた。

 代りに医師が「原因はわかりませんが、とにかく今苦しんでおられる痛みを取り除きましょう」と、鎮痛薬を処方した。

 しかしエステルの身体の痛みは激しく、強い薬を飲んでも気休め程度にしかならなかった。


「何か少しでも召し上がっていただかないと……」

 ほとんど手付かずの食事を取り下げながら、乳母は心配そうにエステルを見る。

 エステルは痛みのあまり眠れず、食欲もなくなっていた。肌はかさついて荒れ、豊かだった黄金の髪は艶を失くし、日に日に痩せ細っていく。


 コーレイン家当主にとっても、後継ぎの娘が病に倒れたことは、大きな衝撃だった。

 この世界の常識、貴種は平民と異なり頑強である――と言われていることが、エステルによって覆されてしまった。
 一向に回復の兆しが見えない後継ぎの娘に、ついに業を煮やす。


「痛い痛いと言えば、痛くなくなるのか! お前は甘ったれているのではないか?!」

 貴種に生まれたエステルの父は、これまで風邪一つ引いたことがない。
 怪我をしても、回復術師によって治療すれば治る。

 だからエステルの苦しみが分からず、自分の後継の娘の不甲斐なさにやり切れない思いだった。

「申し訳、ありません……」

 エステルの外傷は、見た目には癒えていた。
 そのため周囲に理解されにくいこともあって、彼女の立場を一層苦しいものにさせる。

「ですがお父様、朝から晩まで休む間もなく、拷問を受けているような苦しみなのです。いっそ、もう楽に逝ければと思うほど……」

 涙を流す娘に、弱音を吐いているとしか見えない父は、余計に激昂する。

「情けない、それでも王家の筆頭騎士家コーレインの後継者か! 回復術師はもう治っていると言っているではないか! 痛いと思うから痛いのだ」

 父は娘を叱咤し、無理矢理起こして、立たせようとした。

「うっ、ぁぁあああ――っ!」

 だが父がその細くなった肩を掴んだ途端、エステルは絶叫する。
 圧迫されたことで、ますます激しい痛みを引き起こされたのだ。

 激痛から苦悶の表情を浮かべ、気を失ってしまった娘を前に、呆然とする。

 ハラハラしながら側で見ていた乳母は、その介護疲れのにじむ顔を振って、当主に部屋から出るよう促した。

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