2 / 20
目覚め
しおりを挟む
「エステル、エステル!」
「お姉さまっ」
「お嬢さまがお目覚めになった!」
気が付くと、エステルは燦々と陽の光が窓から射し込む、コーレイン領主館の自室の天蓋ベッドに横たわっていた。
両親と妹、乳母が心配そうに、エステルを覗き込んでいる。
「ぃっ、いた、痛い! ぁぁああっ、痛い――!」
数日振りに意識を取り戻したエステルは、目覚めた途端全身に激痛が走り悲鳴を上げた。
「医師を早く、回復術師も呼ぶんだ!」
エステルの父が叫ぶと、乳母がエステルの為に領主館に詰めて居る医師たちを呼びに行く。
「まあ、どうしたことでしょう! 外傷はすべて回復術師に治療させたのに……まさか、まだ身体の深い部分が傷ついているのかしら」
うろたえるエステルの母を宥め、コーレイン家当主の父はエステルに語り掛ける。
「今、医師と回復術師を呼んだ。エステル、良く聞け。ムーレンハウト王家のフェリシア姫は初陣を滞りなく済ませ、無事に成人の儀を終わらせた。お前は余計な心配はせず『モンスターから受けた傷』をしっかり治すんだ。良いな?」
上掛けを固く握りしめ、苦痛にあえぎながらエステルは僅かに頷く。
王家に忠実な父は「姫様の初陣に、ケチをつけるようなことを言ってはならない」と娘に言い聞かせた。
「この怪我は、エステルの責任でモンスターによる傷だ」
コーレイン家は王家の意向で、姫の魔力暴発事故があったことを秘匿するため、医師や回復術師にも怪我の経緯を正しく伝えなかった。
その結果、医師たちのエステルの病状の初期診断を誤らせることになり、取り返しのつかないことになってしまうのだった。
あのヴェルドン渓谷の事故から数週間が経った。
「ぅああっ、いた、痛い――!」
原因不明の激痛に苦しむエステルに、回復術師は幾度となく回復魔法を掛ける。
高額な回復魔法の治療も、エステルにはまったく効かない。
「エステル様の怪我は、すでに治っています」
回復術師はついに匙を投げた。
代りに医師が「原因はわかりませんが、とにかく今苦しんでおられる痛みを取り除きましょう」と、鎮痛薬を処方した。
しかしエステルの身体の痛みは激しく、強い薬を飲んでも気休め程度にしかならなかった。
「何か少しでも召し上がっていただかないと……」
ほとんど手付かずの食事を取り下げながら、乳母は心配そうにエステルを見る。
エステルは痛みのあまり眠れず、食欲もなくなっていた。肌はかさついて荒れ、豊かだった黄金の髪は艶を失くし、日に日に痩せ細っていく。
コーレイン家当主にとっても、後継ぎの娘が病に倒れたことは、大きな衝撃だった。
この世界の常識、貴種は平民と異なり頑強である――と言われていることが、エステルによって覆されてしまった。
一向に回復の兆しが見えない後継ぎの娘に、ついに業を煮やす。
「痛い痛いと言えば、痛くなくなるのか! お前は甘ったれているのではないか?!」
貴種に生まれたエステルの父は、これまで風邪一つ引いたことがない。
怪我をしても、回復術師によって治療すれば治る。
だからエステルの苦しみが分からず、自分の後継の娘の不甲斐なさにやり切れない思いだった。
「申し訳、ありません……」
エステルの外傷は、見た目には癒えていた。
そのため周囲に理解されにくいこともあって、彼女の立場を一層苦しいものにさせる。
「ですがお父様、朝から晩まで休む間もなく、拷問を受けているような苦しみなのです。いっそ、もう楽に逝ければと思うほど……」
涙を流す娘に、弱音を吐いているとしか見えない父は、余計に激昂する。
「情けない、それでも王家の筆頭騎士家コーレインの後継者か! 回復術師はもう治っていると言っているではないか! 痛いと思うから痛いのだ」
父は娘を叱咤し、無理矢理起こして、立たせようとした。
「うっ、ぁぁあああ――っ!」
だが父がその細くなった肩を掴んだ途端、エステルは絶叫する。
圧迫されたことで、ますます激しい痛みを引き起こされたのだ。
激痛から苦悶の表情を浮かべ、気を失ってしまった娘を前に、呆然とする。
ハラハラしながら側で見ていた乳母は、その介護疲れのにじむ顔を振って、当主に部屋から出るよう促した。
「お姉さまっ」
「お嬢さまがお目覚めになった!」
気が付くと、エステルは燦々と陽の光が窓から射し込む、コーレイン領主館の自室の天蓋ベッドに横たわっていた。
両親と妹、乳母が心配そうに、エステルを覗き込んでいる。
「ぃっ、いた、痛い! ぁぁああっ、痛い――!」
数日振りに意識を取り戻したエステルは、目覚めた途端全身に激痛が走り悲鳴を上げた。
「医師を早く、回復術師も呼ぶんだ!」
エステルの父が叫ぶと、乳母がエステルの為に領主館に詰めて居る医師たちを呼びに行く。
「まあ、どうしたことでしょう! 外傷はすべて回復術師に治療させたのに……まさか、まだ身体の深い部分が傷ついているのかしら」
うろたえるエステルの母を宥め、コーレイン家当主の父はエステルに語り掛ける。
「今、医師と回復術師を呼んだ。エステル、良く聞け。ムーレンハウト王家のフェリシア姫は初陣を滞りなく済ませ、無事に成人の儀を終わらせた。お前は余計な心配はせず『モンスターから受けた傷』をしっかり治すんだ。良いな?」
上掛けを固く握りしめ、苦痛にあえぎながらエステルは僅かに頷く。
王家に忠実な父は「姫様の初陣に、ケチをつけるようなことを言ってはならない」と娘に言い聞かせた。
「この怪我は、エステルの責任でモンスターによる傷だ」
コーレイン家は王家の意向で、姫の魔力暴発事故があったことを秘匿するため、医師や回復術師にも怪我の経緯を正しく伝えなかった。
その結果、医師たちのエステルの病状の初期診断を誤らせることになり、取り返しのつかないことになってしまうのだった。
あのヴェルドン渓谷の事故から数週間が経った。
「ぅああっ、いた、痛い――!」
原因不明の激痛に苦しむエステルに、回復術師は幾度となく回復魔法を掛ける。
高額な回復魔法の治療も、エステルにはまったく効かない。
「エステル様の怪我は、すでに治っています」
回復術師はついに匙を投げた。
代りに医師が「原因はわかりませんが、とにかく今苦しんでおられる痛みを取り除きましょう」と、鎮痛薬を処方した。
しかしエステルの身体の痛みは激しく、強い薬を飲んでも気休め程度にしかならなかった。
「何か少しでも召し上がっていただかないと……」
ほとんど手付かずの食事を取り下げながら、乳母は心配そうにエステルを見る。
エステルは痛みのあまり眠れず、食欲もなくなっていた。肌はかさついて荒れ、豊かだった黄金の髪は艶を失くし、日に日に痩せ細っていく。
コーレイン家当主にとっても、後継ぎの娘が病に倒れたことは、大きな衝撃だった。
この世界の常識、貴種は平民と異なり頑強である――と言われていることが、エステルによって覆されてしまった。
一向に回復の兆しが見えない後継ぎの娘に、ついに業を煮やす。
「痛い痛いと言えば、痛くなくなるのか! お前は甘ったれているのではないか?!」
貴種に生まれたエステルの父は、これまで風邪一つ引いたことがない。
怪我をしても、回復術師によって治療すれば治る。
だからエステルの苦しみが分からず、自分の後継の娘の不甲斐なさにやり切れない思いだった。
「申し訳、ありません……」
エステルの外傷は、見た目には癒えていた。
そのため周囲に理解されにくいこともあって、彼女の立場を一層苦しいものにさせる。
「ですがお父様、朝から晩まで休む間もなく、拷問を受けているような苦しみなのです。いっそ、もう楽に逝ければと思うほど……」
涙を流す娘に、弱音を吐いているとしか見えない父は、余計に激昂する。
「情けない、それでも王家の筆頭騎士家コーレインの後継者か! 回復術師はもう治っていると言っているではないか! 痛いと思うから痛いのだ」
父は娘を叱咤し、無理矢理起こして、立たせようとした。
「うっ、ぁぁあああ――っ!」
だが父がその細くなった肩を掴んだ途端、エステルは絶叫する。
圧迫されたことで、ますます激しい痛みを引き起こされたのだ。
激痛から苦悶の表情を浮かべ、気を失ってしまった娘を前に、呆然とする。
ハラハラしながら側で見ていた乳母は、その介護疲れのにじむ顔を振って、当主に部屋から出るよう促した。
0
お気に入りに追加
246
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる