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姉と妹

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 シェルトの言葉に引っかかるものを感じて、エステルはちらりとレオを見た。

 レオは人前では決してしゃべらない。
 エステルと二人だけの時にしか、その情感のある美しい声を聴かせることはない。

 錬金術師たちが、レオの身体をあちこち調べる際にも無表情を貫いているのだ。

 ――何か理由があるのだろう。でもレオがこうして側に居てくれるだけで心強い。 
 

「――騎士叙任式で、初めてエステルに会った時から俺は君を……」

「シェルト、そういう話は今となってはもう、詮無きことだ。妹との婚礼も間近だし、こんな所を誰かに見られたら、なんと思われるか。もう、帰った方がいい」


 父から婚約解消を言い渡されてから、すでにそれなりの時間が経過している。
 エステルはとっくに気持ちの整理が済んでいた。
 さらに、辛い闘病の時間をレオに支えられ、情も交わして来た。
 シェルトに今更、思いを告げられても迷惑だとしか思えない。

「待ってくれ。確かに家同士の決め事で、アリアネと結婚するしかないとしても、俺は君も妻に迎えたいと思っている。もちろん、日陰の身になんてさせない。両方、公平に、大切にすると誓うから、どうか」

 シェルトがエステルの手を、その大きな両手で包むように握る。

 その時エステルは、はっとして前を見つめた。シェルトもエステルの視線の先を見る。


 そこには、栗色の髪を丁寧に巻いた、薄紅色の絹のドレスを着たアリアネの姿があった。
 侍女がシェルトが離れに訪れたことを、本館まで知らせたので、急いで中庭を抜けここに来たのだ。


 エステルは、シェルトの手の内からそっと自分の手を引き抜くと、立ち上がった。

「アリアネ、丁度よかった。シェルト殿はこちらに来たついでに私を見舞って下さったが、もうお帰りになるところだ。この離れではおもてなしも出来ないから、本館でよろしく頼む」

 アリアネはをドレスの裳裾を翻し、つかつかと歩み寄ると、白シャツに黒のぴったりしたズボンを穿いた姉の前に、挑むように立ち止まる。

 そして大きく手を振りかぶって、パン! とエステルの頬を強く叩いた。

「泥棒猫! 知っていてよ。その人形ドール相手に、みだりがましいことをしているそうじゃないの。その上、人のものにまで手を出すなんて」

 シェルトは驚いて、エステルと人形ドールを交互に見た。

 エステルは口の端についた血を拭うと、真っ直ぐアリアネに顔を向けた。

「アリアネ、何か誤解しているようだが、貴婦人レディが使う言葉ではないな。シェルト殿に私からも、お詫びを。私はこれで失礼する。――レオ、行こう」

 アリアネはその場から立ち去ろうという二人に、さらに言い募る。


「――人形ドール相手に、離れで一人ぼっちで暮らしているなんて、可哀想なお姉さま!」


 すると、エステルの手を取り寄り歩き出していた人形レオが振り向いて、そのクリスタルの瞳がアリアネと一瞬合った。

 完全な造形美の人形ドールの顔に、憐れみが浮かんだような気がして、アリアネはぎゅっと手を握りしめる……。

 


 
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