上 下
23 / 40
本編

父と子

しおりを挟む
 
 
「父上に、目元がよく似ているな」

 ジェレミーはエレオニーの側仕えの女から赤子を渡されて、こわごわとその頼りない小さな身体を腕に抱いた。

 赤子の澄んだ 緑柱石エメラルドの瞳にジェレミーの姿が映り、奇跡のような小さな手はしっかりと握られている。

 自身の血を引く、愛しい我が子。
 綿々と祖先から連なる、親から子へと、命が継がれていく神秘。
 ジェレミーは、心の奥底から自然と湧き上がる感動に、身をゆだねていた。

 この、今は無力で小さな赤子が、ジェレミーの持つすべてを受け継ぎ、次のプロヴァリー国王となるのだ――と思うと、身が引き締まる思いがした。

「そうでしょうか。全体的な造形はやはり、アラン……いえ、陛下によく似ておいでです」

 穏やかに微笑むエレオニーは、出産で少しやつれていたがすでに子を慈しむ母親の顔になっている、とジェレミーは思った。

 ジェレミーは、リリアーヌには告げずに黙って離宮に来た。

 ――我が子に、早く会いたかったから。

 離宮に来れば、どうしても子の母親であるエレオニーと顔を合わすことは避けられない。
 それが後ろめたい気持ちになり、リリアーヌには言えなかったのかも知れない。


「父上の名を取り、フェリクスと名付けよう」
「よき名です。将来は、立派な国王陛下となられる事でしょう」

 ジェレミーはわずかに眉をひそめた。
 王位継承については、軽々しく口にするものではない。
 ましてエレオニーは、王妃でもなく王族ですらないのだから。

「いや、まだフェリクスが次期王位継承者と決まったわけではない。
 リリアーヌに今後、子が生まれれば……。
 あるいは、甥たちの中から王太子を選ぶ可能性もある」
「ええ、もちろんです。
 ですが、甥御さまの王位継承は、国が乱れる元となりましょう。
 他国に嫁がれている王女さま方も、いらっしゃいますし」


 王妃には、未だ懐妊の兆候はない。

 そして過去の歴史を振り返れば、国家間で幾度となく王位継承戦争が起きている。
 同盟を強めるための婚姻政策が、時には仇になる。

 国内の貴族に嫁いだ姉たちの子のいずれかを次期王に定めれば、他国に嫁いだ姉の子が我こそは正当な王位継承者だと、とプロヴァリー王国を狙って戦争を起こすかもしれない。

 また甥を王太子にすることで、国内の貴族たちの勢力図も大きく変わり、内外に火種を抱えることになる。

 王太后が死に際になにを血迷ったのか、甥たちの中から次期王を選べと言ったが、それはあり得ない。

 ジェレミーもそのことはよく分かっていて、甥のことを持ち出したのは単に、エレオニーの身の程をわきまえさせるための牽制だった。


「――ところで、宮廷の皆様はお変わりありませんか。老宰相さまは、相変わらずでしょうか」

 抱いていた赤子をジェレミーが側仕えの女――エレオニーの母親に返すと、エレオニーは話題を変え、取って置きのワインを勧めた。

「ああ、宰相は変わらない、頑固者だ。
 以前から余が提案している、国内の教会既得権への改革案は、時期尚早だと言ってまた却下された」
「確かに教会の荘園に対する課税は、聖職者たちから反発されるでしょう。
 ですが、神の名と信仰を隠れ蓑にして民から搾取する不届き者がいることは事実。
 陛下の改革案は大変合理的で、王国のためになりますのに」
「そう、まさにその通り! 
 だけど、宰相をはじめ他の大臣たちは、過去の因習に縛られている。
 つまり頭が古いんだ――」

 エレオニーは、ジェレミーの話に熱心に相槌を打ちながら、いかに王が正しいか、それにくらべて臣下たちは狭量で先見の明がないと、嘆いて見せる。

 ジェレミーは美味なワインも手伝ってか口が緩み、日ごろのうっぷんをエレオニーにすべて話す。
 気づけば自分がまだ若造扱いされ、国の重鎮たちから軽んじられているのではないかという、これまで誰にも言えなかった悩みまで口にしていた。

「陛下は親政をなさるべきです。
 王権はフレイア神から与えられたものであり、全ての臣下、国民は陛下に従うのが当然で、反抗するなど許されるものではありません」

 そのエレオニーの言葉に、ジェレミーはいたく感銘を受ける。
 ジェレミーは自分では気づかなかったが、それが後になって宰相を老齢を理由に辞任させることへつながっていく。



 それからというもの、ジェレミーは頻繁に離宮を訪れるようになった。

 始めのうちこそ日帰りで通っていたが、天候が崩れた折に泊まったのをきっかけに、宿泊していくのが当たり前になる。


「そなたと、再びこのような関係になるつもりはなかったのだが……」

 朝になって寝台から起き上がり、帰り支度をするジェレミーの後ろ姿に、エレオニーはほくそ笑んだ。

「フェリクスには、治世を支えてくれる弟妹が必要ですわ。
 そしてわたくしは、アランの愛よりほかは、望むものなどありません」

 エレオニーの慎ましく控えめな態度に、ジェレミーは「悪いようにはしない。また、来る」と約束した。

 リリアーヌへの罪悪感はあったが、フェリクスを理由にエレオニーとの逢瀬を、心の中で正当化した。


 そうしているうちに上王夫妻の喪が明けた。
 来たるフレイア教の公現祭の祝日に、フェリクスの洗礼式が行われることになった。

 これに合わせて、フェリクスの王宮入りの日取りも決められた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚された夫人は、学生時代を思いだして、結婚をやり直します。

甘い秋空
恋愛
夫婦として何事もなく過ごした15年間だったのに、離婚され、一人娘とも離され、急遽、屋敷を追い出された夫人。 さらに、異世界からの聖女召喚が成功したため、聖女の職も失いました。 これまで誤って召喚されてしまった女性たちを、保護している王弟陛下の隠し部屋で、暮らすことになりましたが……

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

処理中です...