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20'おかしな脱毛
89. いまさら乳首と言われても
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「乳首を見せて」
脱毛サロンの一室で佐藤さんが私に言った。
「えっ……今なんと?」
「哀香ちゃんの乳首が見たい」
聞き間違いかと思って聞き返したけど、やっぱり間違いじゃない。
佐藤さんの表情が変わっていた。獲物を見つけた目つき。さっきまでとは雰囲気が違う。女を狙う男のニオイ。
「えっと……乳首ですか? 私の……?」
「うん。乳首。哀香ちゃんの」
「……なぜですか。なぜ見せなけれないけないんです?」
私は混乱した。不思議なほど動揺していた。なんで急に言い出したの……? 今まで私がお股を拡げても、お尻の穴を見せつけても、冗談みたいな軽い返答だったのに。なぜ急に……?
「だめかな?」
佐藤さんは少し寂しそうな表情を浮かべた。中年男性の困り顔。断りにくい。
「あっ、いえ!だめではないんですけど……でも……」
──あ、ダメじゃないって言っちゃた。だって私は変態だし……。
「ならいいでしょ? 乳首みせてよ。ね?」
玉虫色の回答をして「この子は行ける」っと思われたのかさらにグイグイくる。
「でも……上まで脱いだら全裸になってしまいます」
「うん。そうだね。何か問題ある?」
「あまりにも……恥ずかしいです……」
「でも哀香ちゃんはいつも僕の前でパンツを脱いでくれるよね? 何度も触らせてくれてるよね?」
さも当然みたいに佐藤さんはまくし立てる。乳首なんて簡単でしょ? とでも言いたげにズケズケ。
「下半身と上半身だったら、下を見せるほうが恥ずかしいんじゃないの?」
「そう、ですね……はい」
人によって羞恥心の感じ方は違う。とはいえ、多くの男性も女性も下半身への羞恥心が強いのではないだろうか。性器は大切な場所だ。日本では映像を販売する場合、乳首にモザイクはかけなくてもいいけど、性器は隠さなければいけない。でも、他の国では乳首どころか女性の肌を見せるのでさえ違法な国もある。結局、なにを恥ずかしいと思うのかは、その人自身が決めるべきなのだ。
あなたはどっちが恥ずかしい?
「下半身は何度も見せてるのに、上半身の乳首は見せてないってアンバランスだよね?」
「え、いや……」
「脱ぐよね?」
佐藤さんは有無を言わさぬ雰囲気で迫ってきた。
私は困惑したまま、彼の目を見つめた。彼の眼差しには強い意志を感じる。冗談やからかいの類ではないみたい。
──本気で私の乳首が見たいんだ……。
私は戸惑っていた。
この数ヶ月、佐藤さんに『おバカな天然系女子』を演じてきた。結果、平然とセクハラが行われる状況が作り出された。お股を開いたままの雑談は刺激的だったけど……。予想外の事態。
──まさか佐藤さんのほうから言ってくるなんて。
自分が育てた状況が意思を持って襲いかかってきた。変態の私にとって嬉しい誤算なのだろうか? もちろん、変態の私は様々な人に裸を見せつけたいと思っている。でも今は……なぜか素直におっぱいボロンできない自分がいる。
「……理由はなんですか?」
私は彼に聞いてみたかった。
「理由? 僕が見たいからだよ? 哀香ちゃんエロいから。いまさら乳首なんて軽くOKでしょ?」
そういって手が近づいてきていた。私を襲おうとしている手だ。そこでようやく違和感の正体に気づいた。
──乳首なんて軽く??
ばちん!っと音がした。這い寄ってくる佐藤さんの手を、私が手の甲で弾いた音だ。
「なんの意味もなく乳首は見せられません。私が喜んで裸を見せる変態だって言いたいんですか? バカにしないでください!」
私は声を荒げていた。
鋭い瞳で彼を睨む。
「見ないでください。あなたに見せる乳首はありません。お股もです」
冷たく言い放ち、今まで丸出しにしていた恥部を手でそっと隠した。警戒心マックス。
私の突然の変化に彼はショックを受けた様子で固まっていた。まるで確実に落とせると思っていた、バカで天然でお調子者の女の子に告白して、フラれた男の子の反応みたい。
「そ、そうだよね。ごめん……なんか哀香ちゃんが脱ぐのに抵抗なさそうだったから。つい……あ、冗談、冗談。本気にしないでよ」
「男の人が突然、乳首見たいとか言うの、すこし気持ち悪いです。ダサいです。私の乳首なら簡単に見れるとでも思ったんですか? 最低な人です。あなたみたいな人に今まで下半身を無防備に晒していたんですね……ショックです」
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れた。
さて、私をよく知っている人、たとえば悠莉が今の状況を見ていたら違和感をもつかもしれない。なぜならば、私が露出狂の変態なのは周知の事実なのだ。裸を見せると興奮するし、なんなら乳首を早く見てほしいと思っている。
──何言ってるの? 頭おかしいんじゃない!?
って悠莉は言うかも。
しかし、変態には変態の論理がある。
下半身を見てほしいと思ったのは、私個人の問題だ。しかし私の乳首を見たいと思ったのは佐藤さんの欲望であって、彼の問題でありべきだ。私は自分の裸を見せつけるために、さまざまな設定とかシチュエーションを考えて(無駄な方向ではあるけど)努力している。
下半身を見せたのは私の責任。でも上半身まで見たいのならば、佐藤さん自身が努力するべきなんじゃなかろうか?
──バカな女の子を演じて全裸になった経験は前にもある。
「でも、理由があるならいいですよ。乳首も見せます」
「え?」
「プレゼンしてください」
つまり私は……乳首を見る彼の合理的理由を知りたい。乳首を見るために頑張っている佐藤さんが見たいのだ。だって、タダで見せてもらうより、努力して見たほうが価値があるはずでしょ? たとえ、痴女だと変態だと罵る人がいても、興奮するためのプロセスは人それぞれだ。
痴女には変態には変態達の流儀がある。
──だって、私はちゃんと恥ずかしいんだもん……。
だから私は佐藤さんに意地悪がしたくなった。彼にとって私の『乳首』が価値のモノであって欲しい。だから、簡単には見せない。
──私の乳首を見るために、あなたは何を言ってくれるの?
「理由?」
「はい。もちろん、ただ見たいとか言われても無理です。いまさら」
「えっと……乳首が見たい理由はね……」
佐藤さんは指を噛んで悩んでいた。まったく考えてなかったみたい。
「哀香ちゃんは若いし、スタイルもいいし、美人だし……」
「はい、それで?」
私は促す。まだ足りない。
「清楚なのに……服の上からでもわかるほどおっぱいが大きいし……えー」
「美人だと思っていただいているのは嬉しいです。でも外見的特徴ばかりですね。つまり、私の外見が気に入ったから乳首も見たいわけですか? カラダ目的ですよね。顔ですか? いやらしいです」
「あ……いや……」
佐藤さんは言葉に詰まった。彼の反応は面白い。彼が動揺しているのは初めて見たかもしれない。私は少し楽しくなってきた。いつも余裕たっぷりに、私の陰部や股ぐら、肛門を観察してきた人とは思えない。
「別に私はカラダ目的が悪いとは思いません。異性に褒めてもらって悪い気もしません。でもその理由は私と佐藤さんとの関係には相応しくないと思うんです」
「俺みたいなおじさんに乳首を見せるのが嫌なの?」
「違います。私は年齢を気にしないタイプです。もし理由を聞く前に、君の外見が好きだから食事にいかない? って佐藤さんに誘われてOKしたとします。食事を終え、話も盛り上がり、雰囲気が良くなって、酔わされました。ホテルに連れてかれベッドに押し倒されます。セックスをするために服を脱がされ、佐藤さんに乳首を見せた……っていう流れならやぶさかではありません。ですが今の理由では、いやらしい目的にしか感じません。流れと雰囲気がないのです。『乳首なんて軽くOKでしょ?』なんて許されません。薄っぺらいです」
突如、じょう舌になった私に佐藤さんは驚いている。
「なにより私は今回、脱毛するために来ています。仮に、あくまでも仮にですが……私が下半身を男性に見てもらいたい露出狂だとします。露出狂の私は佐藤さんに恥部を見せつけるために脱毛に通っています。変態だと思われるかもしれませんが、あくまでも露出狂は独自の枠の中で行動しているわけです。裸を見てもらいたいだけなら白昼の街中に飛び出せばいいわけですから。夜の公園で全裸で散歩しているのなら逮捕されても文句はありません。しかし今回の私は逮捕されるいわれは全くないのです。ならば、佐藤さんが私の乳首を無理やり見たいのであれば、責任を取る必要があるのではないでしょうか? リスクはあなたが負うべきです。すくなくとも私を納得させるだけの『理由』が必要でしょう。通報されないために……。以上です。お分かりになりましたか?」
私は変態達の流儀をまくし立てた。一気に喋ったので少し疲れた。佐藤さんは呆然としているけれど、理解してくれただろうか?
「つまり……理由があるなら乳首を見せてくれるんだよね?」
「結局はそうですね」
私の長い説明を一言でまとめた佐藤さん。理解が早くて助かる。私が意見をぶつける時間で理由を考えていたのかもしれない。
「しかし、せっかく佐藤さんと育んできた信頼関係は揺らいでいます。私の乳首を簡単に見れると思わないほうがいいでしょう。現在の印象は正直、気持ちの悪い中年男性までレベルダウンしています」
ここまで言われて、彼がまだ見たいと思っているなら交渉のテーブルに着いてあげてもいい。
──どうします?
「……まずは哀香ちゃんに謝りたい。たしかに哀香ちゃんは美人で巨乳だから乳首を見たいって気持ちもあるよ。一応男だからね。でも、理由はほかにもある」
「聞きましょう」
まだ彼は諦めていないようだった。私は話を聞く体勢になった。
「何か勘違いしているみたいだけど、僕が哀香ちゃんの乳首を見たいって言ったのは脱毛目的だったんだよ」
「……どんな意味でしょう?」
「たしかに哀香ちゃんの目的はVIOの脱毛だけだったけど、毛は全身にも生えているよね?」
「当然です」
私は頷く。
「だから、僕は哀香ちゃんを全身脱毛に誘ったんだ」
「え? 全身ですか?」
「足とか腕、ワキも人気なんだよ。その場所なら男に脱毛されても構わないって女性は結構いるんだ。でもVIOは毛の性質も違うし、なにより一番デリケートな場所だから、女性同士でも見せるのに抵抗があるって人は多い」
「なるほど……」
そういわれてみれば確かに、腕とかだったら人見知りモードの私でもギリギリ行けるかもしれなくないレベルだ。思いのほか納得している自分に驚いていた。正直、佐藤さんの慌てる姿が見れたら満足だったけど、予想とは違う展開になってきた。
「でも、乳首はどう関係あるんですか?」
「乳首の毛に悩んでる人もいるんだよ」
確かに誰にも相談できずに悩んでいる人がいたら、悩みを解決してほしいし、茶化せない。
「乳首も人に見せるのは恥ずかしい部分だよね。同性なら大丈夫って人もいるけど……哀香ちゃんはどう?」
「女性でも恥ずかしいですね……」
悠莉以外の女性に見せるのには抵抗がある。むしろ私は同性だと人見知りが発動して、緊張してしまうかもしれない。
「乳首もデリケートなゾーンだしちゃんと状態を確認しないといけない。で、哀香ちゃんは僕に下半身の脱毛を任せてくれたよね。最初は仕方なく僕に見せたかもしれないけど、何回も通ううちに慣れてくれたなーっと思ってたけど、違う?」
「い、いえ。違いません」
私は否定できなかった。初回は猛烈な恥ずかしさがあった。でも、回数を重ねるうちにシチュエーションと会話を楽しむ方向にシフトしていたかもしれない。
「関係ない他の人に見せるより、下半身の脱毛を任せてくれた僕に乳首の状態を確認させてくれてもいいよね?」
「え……っと」
「ん? 何か間違った事を言ってる? 哀香ちゃんのためを思って言ってるのに」
「あ、え……間違ってません」
「下半身のデリケートゾーンがもう直ぐ終わりそうだから、別の場所もどうですか~? ってセールストークするのっておかしい?」
「い、いえ。おかしくありません。でも私は乳首に気になる毛は生えてませんので」
「ん? 僕自身は見せてくれないと確認できないよね? 哀香ちゃんの自己申告だよね?」
「おっしゃるとおりです……」
「だから僕は哀香ちゃんに乳首を見せて? って言ったんだ。見ないと脱毛が必要か判断できないからね」
「納得しました……そうだったんですね。でも、そうなら最初からそう言ってください。私はてっきり……」
「てっきり?」
「いえ……なんでもありません」
「ん? もしかして、僕がただエロい目的で乳首が見たいとでも思ってたの? それって、乳首に毛が生えて悩んでいる人をバカにしてる? 脱毛で働いてる人がいやらしい気持ちでやってるってバカにしてるよね」
「そ、そんなつもりないです! 脱毛って大切なお仕事だと思います。毛の処理が甘いと恥ずかしい思いをする人がいるんですから!」
「うん。分かってくれてうれしいよ」
佐藤さんは満足げに頷いていた。どうやら機嫌は直ったみたい。
──よ、よかった。
彼から思っていた5倍以上の反撃を受けて、私は涙目になりそうだった。勢いに押されて、まくし立てられ無理やり納得させられそうになっていた。
──あれ? でもこの人、私にセクハラしてきてたよね??
「それに哀香ちゃんとは仲良しになったからね。特別に乳首は無料でやってあげるよ」
「え、無料ですか?」
「哀香ちゃんだけだよ。他のお客さんには内緒にしてほしいけど」
「特別にありがとうございます……。えっと、わざわざ私のために……」
悩んでいる時点で私の負けだった。彼の説明にもツッコミどころはあったのだろう。でも私のトンデモ理論よりは説得力を感じてしまった。加えて論破した相手のケアを忘れず、相手のメリットを提示するあたり、ただ強引なだけではなくアフタフォローも忘れない。
すくなくとも私はもはや佐藤さんに乳首を見せなければいけない……と、屈服していた。
「わ……私ったら勝手に勘違いして、年下のくせに生意気を言ってしまって申し訳ありませんでした」
「分かってくれたらいいんだよ。でもびっくりしたよ。哀香ちゃんがあんなに喋るなんてね」
「あ、つ……ついムキになってしまって……」
「やっぱり哀香ちゃんって頭いいでしょ? 礼儀正しいし、天然のフリしてるよね?」
──バレていた!?
バカな天然ちゃんのフリをして喜んで恥部を見せていた私。演技がバレバレだったのかと思い、動揺してドキッとしてしまった。なら彼の私の演技を見ていたときの心境は?
──は、恥ずかしすぎる!!
「い、いえ!? 何言ってるんですかー?? わたしぃ難しいのわかんなぁい。ですぅ!」
あからさまに動揺してしまった。いや、さすがに違和感は持たれてしまっていただろうけど、全てがバレていたはずはない。彼と毎回雑談してきた私が一番わかる……はず。落ち着け、動揺している方がボロが出る。佐藤さんはカマをかけてきただけだ。
「今から乳首の確認するよね?」
「は、はい。お願いします。私の乳首を見てください」
「わかった。しっかり確認してあげるからね。早く、哀香ちゃん脱いで」
「……はい」
主導権を握っていたと思っていた脱毛露出。いつのまにか佐藤さんの手のひらの上で転がされている。
「で、では脱がせていただきます」
「うん。ちゃんと確認してあげるからね」
思いのほかの恥ずかしさと、予想外の屈服に私は動揺していた。でも、もう後には引けない。
「はい……よろしくお願いします」
返事してゆっくりと私は服に手をかけた。そして、服を脱ごうとした時……手を止めてしまった。
「恥ずかしいので……脱がしてくれませんか?」
気づいた時にはお願いしていた。
「特別サービスだよ。本当はこういうのはやってないんだ」
佐藤さんはニヤリと笑って、私のセーターをたくしあげた。
私はこれから乳首を見せる。
脱毛サロンの一室で佐藤さんが私に言った。
「えっ……今なんと?」
「哀香ちゃんの乳首が見たい」
聞き間違いかと思って聞き返したけど、やっぱり間違いじゃない。
佐藤さんの表情が変わっていた。獲物を見つけた目つき。さっきまでとは雰囲気が違う。女を狙う男のニオイ。
「えっと……乳首ですか? 私の……?」
「うん。乳首。哀香ちゃんの」
「……なぜですか。なぜ見せなけれないけないんです?」
私は混乱した。不思議なほど動揺していた。なんで急に言い出したの……? 今まで私がお股を拡げても、お尻の穴を見せつけても、冗談みたいな軽い返答だったのに。なぜ急に……?
「だめかな?」
佐藤さんは少し寂しそうな表情を浮かべた。中年男性の困り顔。断りにくい。
「あっ、いえ!だめではないんですけど……でも……」
──あ、ダメじゃないって言っちゃた。だって私は変態だし……。
「ならいいでしょ? 乳首みせてよ。ね?」
玉虫色の回答をして「この子は行ける」っと思われたのかさらにグイグイくる。
「でも……上まで脱いだら全裸になってしまいます」
「うん。そうだね。何か問題ある?」
「あまりにも……恥ずかしいです……」
「でも哀香ちゃんはいつも僕の前でパンツを脱いでくれるよね? 何度も触らせてくれてるよね?」
さも当然みたいに佐藤さんはまくし立てる。乳首なんて簡単でしょ? とでも言いたげにズケズケ。
「下半身と上半身だったら、下を見せるほうが恥ずかしいんじゃないの?」
「そう、ですね……はい」
人によって羞恥心の感じ方は違う。とはいえ、多くの男性も女性も下半身への羞恥心が強いのではないだろうか。性器は大切な場所だ。日本では映像を販売する場合、乳首にモザイクはかけなくてもいいけど、性器は隠さなければいけない。でも、他の国では乳首どころか女性の肌を見せるのでさえ違法な国もある。結局、なにを恥ずかしいと思うのかは、その人自身が決めるべきなのだ。
あなたはどっちが恥ずかしい?
「下半身は何度も見せてるのに、上半身の乳首は見せてないってアンバランスだよね?」
「え、いや……」
「脱ぐよね?」
佐藤さんは有無を言わさぬ雰囲気で迫ってきた。
私は困惑したまま、彼の目を見つめた。彼の眼差しには強い意志を感じる。冗談やからかいの類ではないみたい。
──本気で私の乳首が見たいんだ……。
私は戸惑っていた。
この数ヶ月、佐藤さんに『おバカな天然系女子』を演じてきた。結果、平然とセクハラが行われる状況が作り出された。お股を開いたままの雑談は刺激的だったけど……。予想外の事態。
──まさか佐藤さんのほうから言ってくるなんて。
自分が育てた状況が意思を持って襲いかかってきた。変態の私にとって嬉しい誤算なのだろうか? もちろん、変態の私は様々な人に裸を見せつけたいと思っている。でも今は……なぜか素直におっぱいボロンできない自分がいる。
「……理由はなんですか?」
私は彼に聞いてみたかった。
「理由? 僕が見たいからだよ? 哀香ちゃんエロいから。いまさら乳首なんて軽くOKでしょ?」
そういって手が近づいてきていた。私を襲おうとしている手だ。そこでようやく違和感の正体に気づいた。
──乳首なんて軽く??
ばちん!っと音がした。這い寄ってくる佐藤さんの手を、私が手の甲で弾いた音だ。
「なんの意味もなく乳首は見せられません。私が喜んで裸を見せる変態だって言いたいんですか? バカにしないでください!」
私は声を荒げていた。
鋭い瞳で彼を睨む。
「見ないでください。あなたに見せる乳首はありません。お股もです」
冷たく言い放ち、今まで丸出しにしていた恥部を手でそっと隠した。警戒心マックス。
私の突然の変化に彼はショックを受けた様子で固まっていた。まるで確実に落とせると思っていた、バカで天然でお調子者の女の子に告白して、フラれた男の子の反応みたい。
「そ、そうだよね。ごめん……なんか哀香ちゃんが脱ぐのに抵抗なさそうだったから。つい……あ、冗談、冗談。本気にしないでよ」
「男の人が突然、乳首見たいとか言うの、すこし気持ち悪いです。ダサいです。私の乳首なら簡単に見れるとでも思ったんですか? 最低な人です。あなたみたいな人に今まで下半身を無防備に晒していたんですね……ショックです」
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れた。
さて、私をよく知っている人、たとえば悠莉が今の状況を見ていたら違和感をもつかもしれない。なぜならば、私が露出狂の変態なのは周知の事実なのだ。裸を見せると興奮するし、なんなら乳首を早く見てほしいと思っている。
──何言ってるの? 頭おかしいんじゃない!?
って悠莉は言うかも。
しかし、変態には変態の論理がある。
下半身を見てほしいと思ったのは、私個人の問題だ。しかし私の乳首を見たいと思ったのは佐藤さんの欲望であって、彼の問題でありべきだ。私は自分の裸を見せつけるために、さまざまな設定とかシチュエーションを考えて(無駄な方向ではあるけど)努力している。
下半身を見せたのは私の責任。でも上半身まで見たいのならば、佐藤さん自身が努力するべきなんじゃなかろうか?
──バカな女の子を演じて全裸になった経験は前にもある。
「でも、理由があるならいいですよ。乳首も見せます」
「え?」
「プレゼンしてください」
つまり私は……乳首を見る彼の合理的理由を知りたい。乳首を見るために頑張っている佐藤さんが見たいのだ。だって、タダで見せてもらうより、努力して見たほうが価値があるはずでしょ? たとえ、痴女だと変態だと罵る人がいても、興奮するためのプロセスは人それぞれだ。
痴女には変態には変態達の流儀がある。
──だって、私はちゃんと恥ずかしいんだもん……。
だから私は佐藤さんに意地悪がしたくなった。彼にとって私の『乳首』が価値のモノであって欲しい。だから、簡単には見せない。
──私の乳首を見るために、あなたは何を言ってくれるの?
「理由?」
「はい。もちろん、ただ見たいとか言われても無理です。いまさら」
「えっと……乳首が見たい理由はね……」
佐藤さんは指を噛んで悩んでいた。まったく考えてなかったみたい。
「哀香ちゃんは若いし、スタイルもいいし、美人だし……」
「はい、それで?」
私は促す。まだ足りない。
「清楚なのに……服の上からでもわかるほどおっぱいが大きいし……えー」
「美人だと思っていただいているのは嬉しいです。でも外見的特徴ばかりですね。つまり、私の外見が気に入ったから乳首も見たいわけですか? カラダ目的ですよね。顔ですか? いやらしいです」
「あ……いや……」
佐藤さんは言葉に詰まった。彼の反応は面白い。彼が動揺しているのは初めて見たかもしれない。私は少し楽しくなってきた。いつも余裕たっぷりに、私の陰部や股ぐら、肛門を観察してきた人とは思えない。
「別に私はカラダ目的が悪いとは思いません。異性に褒めてもらって悪い気もしません。でもその理由は私と佐藤さんとの関係には相応しくないと思うんです」
「俺みたいなおじさんに乳首を見せるのが嫌なの?」
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突如、じょう舌になった私に佐藤さんは驚いている。
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私は変態達の流儀をまくし立てた。一気に喋ったので少し疲れた。佐藤さんは呆然としているけれど、理解してくれただろうか?
「つまり……理由があるなら乳首を見せてくれるんだよね?」
「結局はそうですね」
私の長い説明を一言でまとめた佐藤さん。理解が早くて助かる。私が意見をぶつける時間で理由を考えていたのかもしれない。
「しかし、せっかく佐藤さんと育んできた信頼関係は揺らいでいます。私の乳首を簡単に見れると思わないほうがいいでしょう。現在の印象は正直、気持ちの悪い中年男性までレベルダウンしています」
ここまで言われて、彼がまだ見たいと思っているなら交渉のテーブルに着いてあげてもいい。
──どうします?
「……まずは哀香ちゃんに謝りたい。たしかに哀香ちゃんは美人で巨乳だから乳首を見たいって気持ちもあるよ。一応男だからね。でも、理由はほかにもある」
「聞きましょう」
まだ彼は諦めていないようだった。私は話を聞く体勢になった。
「何か勘違いしているみたいだけど、僕が哀香ちゃんの乳首を見たいって言ったのは脱毛目的だったんだよ」
「……どんな意味でしょう?」
「たしかに哀香ちゃんの目的はVIOの脱毛だけだったけど、毛は全身にも生えているよね?」
「当然です」
私は頷く。
「だから、僕は哀香ちゃんを全身脱毛に誘ったんだ」
「え? 全身ですか?」
「足とか腕、ワキも人気なんだよ。その場所なら男に脱毛されても構わないって女性は結構いるんだ。でもVIOは毛の性質も違うし、なにより一番デリケートな場所だから、女性同士でも見せるのに抵抗があるって人は多い」
「なるほど……」
そういわれてみれば確かに、腕とかだったら人見知りモードの私でもギリギリ行けるかもしれなくないレベルだ。思いのほか納得している自分に驚いていた。正直、佐藤さんの慌てる姿が見れたら満足だったけど、予想とは違う展開になってきた。
「でも、乳首はどう関係あるんですか?」
「乳首の毛に悩んでる人もいるんだよ」
確かに誰にも相談できずに悩んでいる人がいたら、悩みを解決してほしいし、茶化せない。
「乳首も人に見せるのは恥ずかしい部分だよね。同性なら大丈夫って人もいるけど……哀香ちゃんはどう?」
「女性でも恥ずかしいですね……」
悠莉以外の女性に見せるのには抵抗がある。むしろ私は同性だと人見知りが発動して、緊張してしまうかもしれない。
「乳首もデリケートなゾーンだしちゃんと状態を確認しないといけない。で、哀香ちゃんは僕に下半身の脱毛を任せてくれたよね。最初は仕方なく僕に見せたかもしれないけど、何回も通ううちに慣れてくれたなーっと思ってたけど、違う?」
「い、いえ。違いません」
私は否定できなかった。初回は猛烈な恥ずかしさがあった。でも、回数を重ねるうちにシチュエーションと会話を楽しむ方向にシフトしていたかもしれない。
「関係ない他の人に見せるより、下半身の脱毛を任せてくれた僕に乳首の状態を確認させてくれてもいいよね?」
「え……っと」
「ん? 何か間違った事を言ってる? 哀香ちゃんのためを思って言ってるのに」
「あ、え……間違ってません」
「下半身のデリケートゾーンがもう直ぐ終わりそうだから、別の場所もどうですか~? ってセールストークするのっておかしい?」
「い、いえ。おかしくありません。でも私は乳首に気になる毛は生えてませんので」
「ん? 僕自身は見せてくれないと確認できないよね? 哀香ちゃんの自己申告だよね?」
「おっしゃるとおりです……」
「だから僕は哀香ちゃんに乳首を見せて? って言ったんだ。見ないと脱毛が必要か判断できないからね」
「納得しました……そうだったんですね。でも、そうなら最初からそう言ってください。私はてっきり……」
「てっきり?」
「いえ……なんでもありません」
「ん? もしかして、僕がただエロい目的で乳首が見たいとでも思ってたの? それって、乳首に毛が生えて悩んでいる人をバカにしてる? 脱毛で働いてる人がいやらしい気持ちでやってるってバカにしてるよね」
「そ、そんなつもりないです! 脱毛って大切なお仕事だと思います。毛の処理が甘いと恥ずかしい思いをする人がいるんですから!」
「うん。分かってくれてうれしいよ」
佐藤さんは満足げに頷いていた。どうやら機嫌は直ったみたい。
──よ、よかった。
彼から思っていた5倍以上の反撃を受けて、私は涙目になりそうだった。勢いに押されて、まくし立てられ無理やり納得させられそうになっていた。
──あれ? でもこの人、私にセクハラしてきてたよね??
「それに哀香ちゃんとは仲良しになったからね。特別に乳首は無料でやってあげるよ」
「え、無料ですか?」
「哀香ちゃんだけだよ。他のお客さんには内緒にしてほしいけど」
「特別にありがとうございます……。えっと、わざわざ私のために……」
悩んでいる時点で私の負けだった。彼の説明にもツッコミどころはあったのだろう。でも私のトンデモ理論よりは説得力を感じてしまった。加えて論破した相手のケアを忘れず、相手のメリットを提示するあたり、ただ強引なだけではなくアフタフォローも忘れない。
すくなくとも私はもはや佐藤さんに乳首を見せなければいけない……と、屈服していた。
「わ……私ったら勝手に勘違いして、年下のくせに生意気を言ってしまって申し訳ありませんでした」
「分かってくれたらいいんだよ。でもびっくりしたよ。哀香ちゃんがあんなに喋るなんてね」
「あ、つ……ついムキになってしまって……」
「やっぱり哀香ちゃんって頭いいでしょ? 礼儀正しいし、天然のフリしてるよね?」
──バレていた!?
バカな天然ちゃんのフリをして喜んで恥部を見せていた私。演技がバレバレだったのかと思い、動揺してドキッとしてしまった。なら彼の私の演技を見ていたときの心境は?
──は、恥ずかしすぎる!!
「い、いえ!? 何言ってるんですかー?? わたしぃ難しいのわかんなぁい。ですぅ!」
あからさまに動揺してしまった。いや、さすがに違和感は持たれてしまっていただろうけど、全てがバレていたはずはない。彼と毎回雑談してきた私が一番わかる……はず。落ち着け、動揺している方がボロが出る。佐藤さんはカマをかけてきただけだ。
「今から乳首の確認するよね?」
「は、はい。お願いします。私の乳首を見てください」
「わかった。しっかり確認してあげるからね。早く、哀香ちゃん脱いで」
「……はい」
主導権を握っていたと思っていた脱毛露出。いつのまにか佐藤さんの手のひらの上で転がされている。
「で、では脱がせていただきます」
「うん。ちゃんと確認してあげるからね」
思いのほかの恥ずかしさと、予想外の屈服に私は動揺していた。でも、もう後には引けない。
「はい……よろしくお願いします」
返事してゆっくりと私は服に手をかけた。そして、服を脱ごうとした時……手を止めてしまった。
「恥ずかしいので……脱がしてくれませんか?」
気づいた時にはお願いしていた。
「特別サービスだよ。本当はこういうのはやってないんだ」
佐藤さんはニヤリと笑って、私のセーターをたくしあげた。
私はこれから乳首を見せる。
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お読みいただき、ありがとうございます!少しでもエッチだと思っていただけましたら、お気に入り&感想などよろしくお願いいたします!
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