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11"高層ホテル

53.深夜のエレベーター

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(哀香視点)

 エレベーターの扉が開くと、そこには若いサラリーマン風の男性が一人立っていた。

 彼は疲れた表情で俯いたまま中に乗り込んできた。

 私と目が合う。

「……え!?」

 男性の瞳が大きく見開かれた。

 光を失っていた瞳に、生気が宿ったように光沢が宿った。

「あっ……」

 私はハッとして、モジモジとして、恥ずかしそうな演技をして目を伏せた。

 股間を手で覆い太ももを締めて、大事な部分を隠す。乳房を腕で覆い、乳首を見えないようにした。

 本当は見てもらいたかった。

 でも、見せつけるようなことをしたら変態だと思われてしまう。

 変態だけど……。

 私が裸を見てもらいたい変態なのはもはや隠せない事実。

 しかし、男性には私が変態であることを隠さなければならない。

「……」

 彼は唖然として黙ったままだった。

 エレベーターに入ったら全裸の女が乗っているのだから、当然の反応だろう。

 だから私は消え入りそうな声で、自分から男性に問いかけた。

「あ、あの……すみません。……何階ですか?」

「え? あ、一階だけど……」

 男性は戸惑いながらも答えてくれた。目的地は私と同じ場所だったから、ドアの『閉』ボタンを押してあげた。

 ドアが閉まって狭い密室に2人の男女が閉じ込められた。

 私はボタンを押した後、男性から距離をとるようにエレベーターの奥へと移動する。

 彼の視線が私を追った。

「な、なんで君……裸なの?」

 男性が言葉を絞り出したとき、部屋が振動してエレベーターが動き出した。

「あの、これは……その……シャワーを浴びようと思って服を脱いだんですけど、ルームサービスの食器を廊下に出してないことに気づいちゃって、今思えばバカなんですけど……すぐドアを開けて外に出しちゃえって……そしたら、オートロックなこと忘れてて、それで……」

 私はしどろもどろ風になりながら早口の説明口調で言い訳をした。

「なるほど、そういうことか……」

 男性は頷いた。本当に納得してくれたのかは私には分からないけれど、なぜだかその言葉がわざとらしく思えた。

 彼の視線は私が隠した部分に向けられていたから。

「あの……本当にすみません。でも……そのぅ、あんまり見ないでいただけるとありがたいです……」

「え、ああ、ごめん」

(本当は見てほしい……)

 嘘をついた私の内心に気づいてないであろう男性は、気まずそうに視線を逸らしてしまった。

 私はくるりと男性に背中を向けて、彼にお尻を向けた。

「っ!?」

 男性は驚いて息を呑んだのが分かった。

「……あっ」

 私はわざとらしい声をあげて咄嗟にお尻を手で覆う。

 お尻の割れ目だけは、どうしても見られたくないように両手を使って隠した。

「……」

 男性は沈黙していた。

 でも彼がなにを見ているのか分かっていた。

 彼が見ているのは、鏡だ。

 大抵のエレベーターには大きな姿見がついている。

 今、目の前にあるその鏡には、私の全裸が左右反転して映し出されているのだ。

 両方の乳首も一番大事な部分も、すべて丸見え。

 なのに私はその事実に気づいていないように、チラチラと後ろを伺ってお尻が見えていないのか確認する仕草をする。

 自分のお尻なんていくら振り返っても確認なんてできないのに。

『頭隠して尻隠さず』って言うことわざがあるけれど……今の私は『お尻隠して全て丸見え?』

 くだらない言い換えを考えた。

 鏡に映る私のむき出しの正面。



 鏡越しに目線が合わないように気を付けて彼の様子を伺うと、チラチラと視線が動いていた。

 鏡に映る自分の全裸と男性の視線に興奮した。

(あ、見てくれてる! 見られちゃってる……)

 私は内心ほくそ笑んだ。

 思い通りに計画が進んでいることが嬉しかった。

「あの、本当にごめんなさい!……その、私、ドジで……ほんと恥ずかしいです……」

 必死にお尻を隠しながら、再び彼に謝罪した。恥ずかしくてたまらないように顔を真っ赤にして、か弱い少女のように瞳に涙を溜める。このために演劇の本を読んで自己流に訓練したのだ。

「あ、いや、大丈夫だよ……」

 男性は慌てたように答えた。なにが大丈夫なんだろう? と可笑しくなった。謝ったのに彼の視線は鏡から外れていなかったのだ。

 彼の視線が私の下半身に集中しているのが分かると、ゾクゾクとした快感が駆け巡る。

 エレベーターは下がり続けた。高層から下る箱は地上に着くまでにそれなりの時間がかかってくれる。

 このままもっと見て欲しかった。

「その……俺、出たほうがいいかな?」

 突然、男性が気まずそうに問いかけた。

「え? なんでですか?」

 え? 行っちゃうの? もっと見てくれていいのに……。

 私は驚いて、思わず振り向いてしまった。自分の行動に驚いたが、彼の方が驚いていた。

「は?いや……俺がいないほうがいいでしょ……」

 男性は言い淀んでしまった。

 当然だった。間違えているのは私の方だし、彼の反応はなにも間違っていない。

 でも彼の目線は私の突起と割れ目にチラチラと向かっている。

 その仕草に私の裸を見たいという欲求と罪悪感との葛藤を感じて嬉しくなった。

「いえ、私のドジのせいですし……申し訳ないです。……それに、1人だと心細くて……あのぅ、勝手なお願いだっていうのは分かってるんですけど……えっと……もしよかったらでいいんですけど、ホテルの人に一緒に説明していただけませんか?」

 私は、男性を引き止めるために適当に言葉を紡いだ。

「え?」

 私はか弱い小動物のようなうるうるとした瞳を作って男性を見つめた。上目遣いも忘れない。

 男性は私のお願いに動揺しているようだった。

「あ、いや……それは……」

「……私、本当に恥ずかしくて……ちゃんと説明できるか分からないんです……変態だと思われて、警察呼ばれちゃうんじゃ無いかって不安で……」

 男性は言葉を濁していた。無理もない、いきなり現れた全裸の女の頼みごとをされているのだから。

 でも私は必死だった。ここで彼を逃がしてしまったら計画が台無しになってしまう気がした。少しでも長く裸を見てほしかった。

 ダメ押しのために私はモジモジと股間を手で隠しながら、彼に近づいていく。

 彼は驚いたけれど、密室に逃げ場はなかった。

 そして私は股間から手を放して、彼の服の裾をいじらしく掴んで上目遣いで男性を見つめた。

「……ダメ? ですか?」

 顎に手をやって首を傾げた。とびっきりの媚びを売るための顔だった。

 男性は私の仕草を見てゴクリと生唾を飲み込んだのが分かる。

「わかった……じゃあ一緒にフロントまで行ってあげるね……」

「ありがとうございます……」

 ぺこりと頭を下げた。

 彼は観念したように私に協力することを約束してくれた。

(やった!)心の中でガッツポーズ。

 背後にある鏡には私のお尻が映っているはずで、お尻も見てくれてるかな? と顔を伏せながら考えた。

 しばらくして、『一階です』とアナウンスが鳴った。

 エレベーターが到着して、扉が開いた。

「じゃあ行こうか」

「あ、はい……」

 男性が先に出て、私は服の裾をつかんで後を追った。

 時刻は夜中の0時になろうとしていて、ロビーには人影が少なかったけれども何人かの人がいた。

 私の姿に気づいた人たちがギョッとしてざわざわとしだした。

 当然それは全裸の私と、それを引き連れる男性に向けられたものだった。

「あの、やっぱり……ここで大丈夫です。すみません私のせいなのにあなたにも迷惑をかけてしまって……」

「え、そう?大丈夫?」

「はい、大丈夫です。ここまでついていただいて、ありがとうございました」

 失礼にならないように何も隠さずに深々と頭を下げた。

「いや、いいよ……じゃあね」

 男性はそう言って、そそくさと去っていった。

 その姿を最後まで見送った後、ホテルのフロントに向かうと従業員であろう男性が一人立っていた。モニターを見て何か作業をしている。

「あの、すみません……」

 私が声をかけるとギョッとした表情を浮かべたけれど、すぐに平静を取り戻した。尊敬できる仕事に対する姿勢だった。

「ど、どうされましたか!?」

「えっと……その……あの、部屋の鍵を閉じ込めちゃって……」

 私は体の前で手を組んでチラチラと胸を隠すようにしながら、出来るだけ恥ずかしそうに聞いた。

「え、えっと……その、失礼ですがお名前は……」

 フロントの男性は困惑していた。

「あ、あのあの4045室の綾瀬哀香です」

 私が答えるとフロントの男性はモニターに目を移して、手元のキーボードで情報を入力していく。

 手をぎゅっと握って不安そうな顔を作って事の成り行きを見守った。

「確認できました」

「あ、ありがとうございます」

 私はホッと胸を撫で下ろした仕草をした。この体験ももうすぐ終わってしまうのだろうと、名残惜しくなって少し大げさに胸を揺らした。

 それからはスムーズだった。

 男性は女性の従業員を呼んでくれて、私にバスタオルを貸してくれた。一緒にエレベーターに乗り込んで40階まで上がり部屋に戻った。

 裸じゃなくなった私に刺激は少なかった。

 ただ、女性の従業員の人が私に親身になって言葉をかけ続けてくれたことは、どうしようもなく申し訳なかった。

 だって私は叱られたかったから……。



***



 パァン!

「この変態!露出狂! ドスケベ女!」

「ひゃう♡ ご、ごめんなさい!」

 私は悠莉に罵倒されながら、お尻を叩かれていた。

 夜景を切り取った窓に向かって、後ろから叩かれている。

 お尻を突き出すような体勢で、叩かれるたびに身体が跳ねて、胸がぶるんと揺れていた。

 窓のガラスに反射する自分の下品な姿と、眼下の夜景がすごく背徳的だった。

  ベチィン、ベチィンと何度も何度も叩かれるたびに、一際強くお尻を叩かれて、私は思わず歓喜の悲鳴を上げた。

 私がホテルで行った露出行為、その罰を悠莉から受けていると思うと最高に興奮した。

「この、 変態! 変態!」

 悠莉は罵倒しながら、何度も私のお尻を叩く。その声色にはいつもとは違う本物の怒りと軽蔑が含まれていた。

 あきらかに、いつもより激しく叩かれるお尻には彼女の感情が込められている。

 その理由を私は知っていた。

 先ほどの露出行為が終わった後、部屋に戻ってきた私は悠莉に出迎えられて、らぶらぶエッチが始まるはずだった。

 しかし、目隠しをされて乳首を弄弄ばれる悠莉が快感に悶える表情を見て、悪魔の考えが浮かんでしまった。

 私は「窓際で乳首いじってあげる」と嘘をついて、反対側に連れて行った。つまりホテルの廊下側に……そしてそのままドアを開け、全裸で目隠しをした彼女を廊下に締め出した。

 扉に耳を当てて外の音を聞くと「哀香~♡ 早く乳首イジメてぇ♡」と私が近くにいると思いこんでいる悠莉の声が響いていた。

 普段は強気で勝気な彼女が、甘い声でおねだりしている。扉一枚を隔てたホテルの廊下での彼女の姿を想像すると、ゾクゾクと嗜虐的な快感が湧き上がった。

 そして結局、彼女はその姿をとなりの客室の人に発見された。

 自分が裸で廊下に放り出されていたことを知った彼女は、烈火のごとく怒りだした。

 当然だった。

 だから、私はお仕置きされている。

 悠莉は怒りに任せて私のお尻を何度も叩いた。その痛みと屈辱が快感となって私を襲う。

「悠莉ぃ大好き! 愛してる♡ 好き♡ 好き♡」

「うるさい! うるさい! あんなことしてっ、許さない!」

 私の大好きな悠莉の痴態が私以外の人に見られてしまったと思うと、ブルっと震えた。

「悠莉ぃ、許してぇ♡」

 私は媚びるような声を出してお尻を振った。そのたびに、悠莉は怒りを募らせてより強く叩いてくる。

 大好きで大好きで堪らない悠莉の恥ずかしそうな顔がこびりついていた。

 もしかしたら私の性癖は悠莉に侵食されているのかもしれない。

 私は彼女のことが本気で好きになっていた。








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