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1”恥辱のヌードモデル

04.贖罪のヌードデッサン(悠莉の場合)

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(悠莉視点)

 ──ごめんね。哀香。

「はぁ……やっちゃった」

 私は大学の講堂で、机の上に突っ伏していた。自分のことが嫌になる。

 罰を待つ受刑者の気分。

 冤罪とか言いがかりの類だったら、絶対に罪を認めたりなんてしないで徹底抗戦するのに。

 なのに今回のことは、明らかに私に落ち度があった。

 だから罰を受けるのは当然なのだけれど……。

 その罰というのはよりにもよって『公開処刑』なのである。

 往来の激しい路上に晒し者のように拘束されて辱めを受ける罪人(私)。

 首にかかったネームプレートには、『洛青大学経済学部1年、藤崎悠莉藤崎 悠莉ふじさき ゆうり(1◯歳)学籍番号20302154』身長165cm、スリーサイズ、連絡先、住所、好きな食べ物「牛乳に浸してぐちゃぐちゃに潰したイチゴ」……etc. 』

 と、私の個人情報とか知られたくない情報がはっきり載っている。



 もう最悪だ……。自己嫌悪で落ち込んで机に突っ伏すなんて私らしくない。

 こんな恥ずかしいことってあるだろうか? でも、罰から逃れることは出来ない。すべて私が悪いからだ。だから罪悪感でおかしくなってしまいそう。

 ちなみに罪状は『何も知らない友達にヌードデッサンモデルをやらせた』である。

 原因は、数日前のことだった。


***


 家に帰ると滅多に見ない人がいた。

 その人は親戚の叔父さんで、数回しか会ったことはないけれど幼い頃よく遊んでもらった微かな記憶がある。

「おじさん、ひさしぶりー」

 私が挨拶すると叔父さんも、「おお、大きくなったなぁ」と喜んでくれた。

 それから私の身体に視線が向いた。私の成長が感慨深いのか言葉を止めて、ふむふむと漫画みたいな擬音を口ずさむ。

 今思えば、私の身体を上から下に舐めるような視線だったかもしれない。でもその時は不審にも思わずスルーしてしまった。

 しばらく雑談をしていると叔父さんがわざとらしく思いついたような仕草をした。

「そうだ、悠莉ちゃん。うちのアトリエでバイトしない?」

 そういえば叔父さんは個人経営の小さなデザイン事務所を経営していると父に聞いたことがあった。

 割と儲けているらしく、羽ぶりがいいらしい。高そうな時計をつけているし、家の前には見るからに高級車っていう白い車が停まっていた。

「アトリエ? 何するの?」

「簡単に言うとデッサンのモデルだよ。大丈夫、そんな大変なことじゃないよ、立ってるだけ。ポーズをとってもらって、それをスケッチするだけだから。」

「ふーん」

 正直、興味なかった。歳の離れた大人との会話もダルくなってきたから切り上げようとさえ思っていたくらいだ。

「2時間で2万五千……いや、3万円払うよ。どうだい?」

「え、そんなにくれるの!?」

「相場よりちょっと高いけど、悠莉ちゃん可愛いからおじさん奮発しちゃうぞ」

「じゃあやる! やった」

 詳しい内容も聞かず、食いついてしまった。立っているだけでいいなら楽勝だと思ったのだ。

「じゃあ、この時間にここに来てね」

 叔父さんの書いたメモを私は受け取った。

 そんな親戚の叔父さんからお年玉をもらうような軽い感覚で、私はその仕事を受けてしまった。

 臨時収入に浮かれていた私は、叔父さんの獲物を捕まえたような舌なめずりなんて気にもしなかった。

 だから、この時はデッサン教室に行くつもり満々だった。

 しかし前日になって、元々やっていたバイト先のシフトに穴が出来てしまった。面倒だったけどマネージャーから直接頼まれたから、仕方なく引き受けることになった。

「ちぇ、割りのいいお小遣い稼ぎだったのになぁ」

 舌打ちをして悔しがった。

 でも、元々なかった予定だし泡銭みたいなものだと思って素直に諦めようとした。

「誰かに紹介しようかなぁ……」

 ぼうっと考えたとき、ある女の子の顔が浮かんだ。それは天啓だった。

「そうだ、哀香に頼もう!」

 綾瀬哀香は、同じ大学で法学部の1年生。黒髪ロングのとても恥ずかしがり屋な女の子。頭が良くて聡明で大和撫子って表現がぴったりの上品な子。

 知り合ったのは2ヶ月前、大学のオリエンテーションのときに会話をしたことがきっかけだった。

 当初、彼女は私と目を合わせずに気まずそうにモジモジとしていた。私は昔から目つきが悪いとか言われてきたしボーイッシュな服が好きだから、彼女は怖がっていたのかもしれない。話しかけると小動物みたいにビクッと驚いた。

 だから、はじめましての印象は自分とはタイプの違う子かなーって思った。

 でも、少し話をして私達は意気投合した。きっかけの話題も憶えていないくらい自然な流れだった。

 今では二人っきりで遊びに行ったり、彼女の一人暮らしの部屋に泊まらせてもらったりするくらい仲良し。

 なぜか私たちは不思議と気が合った。

 モデルなら哀香が適任かも。

 そう思ったのは、仲がいいからという理由だけじゃない。

 哀香はとてもスタイルがいいのだ。

 いつも露出の少ない服と長いスカートを履いているから分かりにくいけど、彼女は着痩せするタイプだと私は知っていた。ありていに言えばおっぱいが大きい。

 彼女の部屋で着替えを見た時、思わず嫉妬してしまった。

 私は心許ないBカップ(だと思いたい)なのに、哀香はムチムチでFかGカップはあると思う。

 なのにウエストは細くて足も長い。もうちょっとお化粧も気をつけて、地味な服装をやめれば、正統派の美人さんになれるはず。隠れ美人というやつだ。

「うん、決めた」

 モデルなら彼女がピッタリだ!

 私はそう思って彼女がいつもいる大学のベンチに駆け出した。


***


 そして、今。

 私は落ち込んでいた。

 なぜならば、彼女に紹介してしまった仕事はただのモデルではなく『ヌードモデル』だったのだ。

 昨日、叔父さんから連絡があって驚いた。

「え……? ヌードだったの!?」

「あれ、言ってなかったけ? でも代わりに来た子、美人だったね。評判良かったからまた紹介してくれない?」

 飄々と言う叔父さんに私は困惑した。言葉の意味が理解できなかった。

「哀香が……ぬ、脱いだの? 人前で?」

「うん。初々しくて可愛かったよー」

「下着姿とか……だよね?」

「え? いや、全部脱いでくれたよ。おっぱいもあそこも丸出し。最初はすごく恥ずかしがってて、こっちが悪いことしてるみたいな気分だったよー」

 どうやら叔父さんもその場にいたらしい。

 聞けば大勢の男達の前で、2時間以上全裸でモデルをしたそうだ。

 あの恥ずかしがり屋の哀香が?!

「おとなしい顔してるのに、いやらしい乳輪がアンバランスで……下の毛は整えたことなかったんだろうねぇ。いろんなポーズとってくれてエロかったよ」

 驚きと共に叔父さんが聞いてもいないことを言ってきた。舐めるような感想に強烈な嫌悪感と怒りを覚える。

「死ね!」っと暴言をぶつけて通話を切った。

 それから、慌てて彼女に連絡をとった。

「本当にごめんなさい!」

 彼女の住んでいるアパートまで行って、何度も何度も謝ったけれど、哀香は「気にしてないよ」の一点張りで謝罪を受け入れてくれなかった。

 気にしてないはずがない。大勢の前で裸になるなんて絶対嫌だったはずなのに。

 私に遠慮して断りづらかったんだ……。いままでカレシもいたことないって言ってたのに……。

 中学からずっと女子校に通っていたらしく進学の折、地方から初めてこっちに来たらしい。頭はいいのに、たまに世間知らずな面をのぞかせるのが可愛らしい。純朴な子。

 そんな子が、私のせいで人前で裸になったって聞いて申し訳なくて泣きそうだった。

「ごめんね、ヌードデッサンだなんて本当に知らなかったの!本当なの! ごめんなさい、 ごめんなさい……都合がいいかもしれないけど、私……あなたとこれからも友達でいたくて……出来ることならなんでもするから……これからも仲良くしてほしくて……嫌いにならないでほしいの」

 どうすれば許してもらえるのか、しつこく聞いていると彼女はある提案をした。

 不意に彼女の口元が嗜虐的な笑みを浮かべている気がして私は恐怖した。

「じゃあ、次は悠莉の番ね?」

「え?」

 一瞬、何を言っているのか意味が理解できなかったけど、すぐに彼女の意図することを察して血の気が引いた。

 彼女は私にもヌードモデルをやれと言っているのだ。

 お前も人前で全裸になれ、と要求されている。

 そんなの絶対に嫌だった。

 しかも大勢の男たちの前で裸を晒すのだ。

 誰にも見せたことなんてないのに……。

 ──そんな恥ずかしいこと出来るわけない!

 でもだからこそ、その要求を断る権利は私にはなかった。哀香はそんな恥ずかしいことを私のせいでやらされたのだから。

 彼女とこれからも友人でいるためには、避けられない通過儀礼であり踏み絵なのだろう。

 彼女は私を試しているのだ。

 恥ずかしくて逃げ出したかったけど、卑怯者にはなるのは私のプライドが許さなかった。

 だから私は決心して電話をかける。

「……あっ、叔父さん? モデルの件だけど……私もやる。……分かってるよ! う、うんヌードで……」

 だから私はこれから罰を受ける。

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