上 下
30 / 33

第三十話 たまには

しおりを挟む
 どうも、最近オフは、やることがなくていけない。お掃除もお洗濯も、メイドさんたちがやってくれるしなあ。かといって、またメイドイン私……逆か。ま、それはちょっと辛いと理解できた。

 というわけで、競馬中継など見ていたわけだけど、スターランサーが有馬で怪我し、療養中になってしまった。予後不良とかじゃなくてまだよかったけど、寂しいな。

 もう一頭の推し、マリアージュベーゼも、パッとしない戦績が続いている。さっきも、六着に終わったところだ。高松宮では、ビシッと決めてほしいけどなー。

 なんとも、気が沈みますなあ。

 なんか、今日は視聴気分じゃないや。そういや、今日ミドリさんオフだっけ。たまには、ハルちゃん抜きでミドリさんと絡んでみようかな?

「ス~マ~ホ~!」

 某猫型ロボットの物真似をしながら、コール。

「はい? どうされました?」

「いやー、手持ち無沙汰だし、メイドさんのお手伝いは、私には無理だと悟ったんで、たまにはミドリさんと、なにかしようかと」

 首筋をもみながら、提案する。テレビばっか見てたら、首凝っちゃったよ。

「そうですね……読書も、目が疲れましたので、小休止中でして。構いませんよ」

「じゃあ、とりあえず、私の部屋で」

「かしこまりました」

 冷蔵庫から炭酸水を取り出して飲んでると、ノックとともに「わたくしです」と、ミドリさんの声が。

「いらっしゃ~い。入って、入って!」

「お邪魔します」

 彼女が入ってくる。

「さーて、ミドリさん。呑みましょうか!」

「ええ!? 唐突ですね? というか、屋敷のお酒を勝手に開けるわけには……」

 高級酒ばかりですもんね。

「ノンノン。私の私物~。自分用に、こつこつ買い溜めてるんですよ」

 と、クラフトビールを二缶出す。

「おつまみも、ありますよ~。いきましょうよ!」

 乾き物を、色々取り出す。

「そうですね、久しぶりにこういうのも、悪くないかもしれません。お嬢様がいらっしゃらないのが、残念ですが」

「一時間ぐらい前、ピアノ室覗いてみたら、ユキさんとかなりガチな話してましたよ。邪魔しないほうが、いいかもしれませんね」

「左様ですね。では、二人で呑みましょう」

 「そうこなくっちゃ!」と、ビールグラスを出し、慣れた手付きで注ぐ。美味しさを引き立てる白い泡が、シュワッと膨らむ。

「乾杯!」

 グラスを打ち鳴らし、ごくごく。くーっ! たまりませんなあ! リュクグは素晴らしかったけど、こうやって気軽に呑める大衆酒もいいもんです。

「美味しいです」

 さっそくほんのり紅が差す、ミドリさんの頬。色っぽさに、ちょっとドキッとしてしまう。

「えーと、さきイカいきましょう!」

 なんとなくの小っ恥ずかしさをごまかすように、さきイカの袋を開ける。

「いだだききます」

 さきイカを、ハムスターのように小刻みに口に入れていく彼女。ちょっと、ハルちゃんに似てる。

 よく見ると、っていうか、よく見なくても、ミドリさんってきれいな顔してるな。そんなことを、ぼーっと思う。

「アキさんは、あまり本を読まれないんですか?」

 不意に、質問が飛んでくる。

「あー、競馬雑誌ぐらいですね~。どうにも、趣味のほうもミニマリストみたいで」

 二缶目を手酌する。

「そういうところ、わたくしに似てますね。わたくしも、本があれば、趣味に関しては満足ですから」

「どんな本、読まれるんですか?」

「雑食ですから、色々読みますよ。最近は、『シートン動物記』がお気に入りでして。マイナーなエピソードなんですけど、『ウィニペグの狼』が素晴らしかったですね」

 彼女も、二缶目を手酌する。

「へー……なんか、名前は聞いたことありますね。あ、『ウィニペグの狼』ではなく、『シートン動物記』のほうですけど」

「お貸ししましょうか? 『狼王ロボ』が、入門用におすすめですよ」

「そうですね、趣味の幅を広げるのもいいかもしれません」

 意外なほどに、会話が弾む。

 やはり彼女とは、ハルちゃんとはまた別に、相性がいいようだ。

「アキさん」

 改まった調子で、ミドリさんが言う。

わたくし、あの日止めていただいたこと、深く感謝しているんです」

「ええと、あの日とおっしゃいますと?」

 唐突な感謝に、少し戸惑う。

「言葉足らずで、すみません。『るるる』で、お嬢様と偶然再会したとき、逃げようとするわたくしを、止めてくださったことです」

 ああ~!

「あれね! うん、あのまま終わらせたら、絶対良くないって思ってね。ハルちゃんが、どれだけミドリさんを尊敬して、そして恋い焦がれているか、知ってたから」

わたくしは、果報者でございますね。公式二股も、突飛なアイデアではありましたけど、こうして幸せで平和な生活が送れていて、ありがたいお話でした」

「いやー、ほんと、思いついちゃったもんで。自分でも、こんなに上手くいくと、思いませんでしたよ」

 こうもべた褒めされると、ちとこそばゆい。

 なんともむずむずする心を、ビールで薄める。

 ミドリさん、やっぱり素敵な人だ。ハルちゃんが、心酔するのがよく分かる。気遣いができて、慎ましやかで。

「私、『おねーさん』として、ミドリさんぐらいの領域に、達せてますかね?」

 なんとなく、弱気になってしまう。

「そんな! わたくしなど、まだまだです! アキさんこそ、器量が大きくて、機転が利いて……。尊敬に値します!」

 ミドリさんが、お酌してくれる。

「ふふ、リスペクトしあう関係だったんですね」

 道理で、馬が合うはずだ。

「ミドリさん」

 ビールを一気した後、居住まいを正す。

「はい、なんでしょうか?」

「その……ハルちゃん抜きで、私と寝てみません?」

「ええっ!?」

 声が裏返るミドリさん。

わたくし、アキさんを好ましいとは思っていますが、お嬢様への遠慮が……」

「うん、それは百も承知。でも、私、ミドリさんも抱いてみたくなっちゃった。素敵な女性なんですもん」

「ええと、あの、真っ昼間ですし……」

 目が泳いでる。

「その目、まんざらでもないですね? 私たち、ほんとに嘘が苦手ですよね」

 つい、苦笑。

「……お嬢様には、ご内緒に願います」

「では、合意ということで……」

 唇を近づけると、一度覚悟を決めた彼女が、すんなり舌を受け入れてくれる。

 うわ、舌使い上手だな。ハルちゃんは昨日、この舌を独占したんだ……。

 舌と舌が絡み合い、唾液が混ざり合う。やば、コーフンするんですけど!

「ミドリさん、お上手ですね」

「アキさんも」

 唇を離し、小休止。服を脱ぎ始めると、彼女も同様にする。

 そして、ベッドに移り、肌を重ね合わせました。


 ◆ ◆ ◆


 ミドリさん、上手だった……。ハルちゃんには受けなのに、あんなテクニシャンだなんて。

「すみません、お風呂お借りしてもよろしいですか?」

「一緒にシャワー、浴びましょうよ」

「照れくさいですね」

 と言いつつも、まんざらではない様子。共に、汗やその他諸々を流しました。

「では、失礼します」

 髪を乾かし、着替え終わったミドリさんが、一礼して去って行く。

「また、こんな感じで呑みましょーねー」

 彼女の背中に声をかけると、くるりと振り返り、「はい、ぜひ」と微笑み、ちょこんと頭を下げ、再度歩み去って行くのでした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

吐き気と、君の唇を貸して

御厨カイト
恋愛
都内のとある高級クラブでキャバ嬢として働いている『私』が、余りの忙しさに具合が悪くなっているのを彼女である女性の黒服が助けるお話です。

日韓百合 ―わたしのオンニ―

みなはらつかさ
恋愛
 乗らなきゃだよ、このビッグウェーブに!

わたしと彼女の●●●●●●な関係

悠生ゆう
恋愛
とある会社のとある社員旅行。 恋人(女性)との仲がうまくいていない後輩(女性)と、恋人(男性)からプロポーズされた先輩(女性)のお話。 そして、その旅行の後……

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...