〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ

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第三十話 たまには

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 どうも、最近オフは、やることがなくていけない。お掃除もお洗濯も、メイドさんたちがやってくれるしなあ。かといって、またメイドイン私……逆か。ま、それはちょっと辛いと理解できた。

 というわけで、競馬中継など見ていたわけだけど、スターランサーが有馬で怪我し、療養中になってしまった。予後不良とかじゃなくてまだよかったけど、寂しいな。

 もう一頭の推し、マリアージュベーゼも、パッとしない戦績が続いている。さっきも、六着に終わったところだ。高松宮では、ビシッと決めてほしいけどなー。

 なんとも、気が沈みますなあ。

 なんか、今日は視聴気分じゃないや。そういや、今日ミドリさんオフだっけ。たまには、ハルちゃん抜きでミドリさんと絡んでみようかな?

「ス~マ~ホ~!」

 某猫型ロボットの物真似をしながら、コール。

「はい? どうされました?」

「いやー、手持ち無沙汰だし、メイドさんのお手伝いは、私には無理だと悟ったんで、たまにはミドリさんと、なにかしようかと」

 首筋をもみながら、提案する。テレビばっか見てたら、首凝っちゃったよ。

「そうですね……読書も、目が疲れましたので、小休止中でして。構いませんよ」

「じゃあ、とりあえず、私の部屋で」

「かしこまりました」

 冷蔵庫から炭酸水を取り出して飲んでると、ノックとともに「わたくしです」と、ミドリさんの声が。

「いらっしゃ~い。入って、入って!」

「お邪魔します」

 彼女が入ってくる。

「さーて、ミドリさん。呑みましょうか!」

「ええ!? 唐突ですね? というか、屋敷のお酒を勝手に開けるわけには……」

 高級酒ばかりですもんね。

「ノンノン。私の私物~。自分用に、こつこつ買い溜めてるんですよ」

 と、クラフトビールを二缶出す。

「おつまみも、ありますよ~。いきましょうよ!」

 乾き物を、色々取り出す。

「そうですね、久しぶりにこういうのも、悪くないかもしれません。お嬢様がいらっしゃらないのが、残念ですが」

「一時間ぐらい前、ピアノ室覗いてみたら、ユキさんとかなりガチな話してましたよ。邪魔しないほうが、いいかもしれませんね」

「左様ですね。では、二人で呑みましょう」

 「そうこなくっちゃ!」と、ビールグラスを出し、慣れた手付きで注ぐ。美味しさを引き立てる白い泡が、シュワッと膨らむ。

「乾杯!」

 グラスを打ち鳴らし、ごくごく。くーっ! たまりませんなあ! リュクグは素晴らしかったけど、こうやって気軽に呑める大衆酒もいいもんです。

「美味しいです」

 さっそくほんのり紅が差す、ミドリさんの頬。色っぽさに、ちょっとドキッとしてしまう。

「えーと、さきイカいきましょう!」

 なんとなくの小っ恥ずかしさをごまかすように、さきイカの袋を開ける。

「いだだききます」

 さきイカを、ハムスターのように小刻みに口に入れていく彼女。ちょっと、ハルちゃんに似てる。

 よく見ると、っていうか、よく見なくても、ミドリさんってきれいな顔してるな。そんなことを、ぼーっと思う。

「アキさんは、あまり本を読まれないんですか?」

 不意に、質問が飛んでくる。

「あー、競馬雑誌ぐらいですね~。どうにも、趣味のほうもミニマリストみたいで」

 二缶目を手酌する。

「そういうところ、わたくしに似てますね。わたくしも、本があれば、趣味に関しては満足ですから」

「どんな本、読まれるんですか?」

「雑食ですから、色々読みますよ。最近は、『シートン動物記』がお気に入りでして。マイナーなエピソードなんですけど、『ウィニペグの狼』が素晴らしかったですね」

 彼女も、二缶目を手酌する。

「へー……なんか、名前は聞いたことありますね。あ、『ウィニペグの狼』ではなく、『シートン動物記』のほうですけど」

「お貸ししましょうか? 『狼王ロボ』が、入門用におすすめですよ」

「そうですね、趣味の幅を広げるのもいいかもしれません」

 意外なほどに、会話が弾む。

 やはり彼女とは、ハルちゃんとはまた別に、相性がいいようだ。

「アキさん」

 改まった調子で、ミドリさんが言う。

わたくし、あの日止めていただいたこと、深く感謝しているんです」

「ええと、あの日とおっしゃいますと?」

 唐突な感謝に、少し戸惑う。

「言葉足らずで、すみません。『るるる』で、お嬢様と偶然再会したとき、逃げようとするわたくしを、止めてくださったことです」

 ああ~!

「あれね! うん、あのまま終わらせたら、絶対良くないって思ってね。ハルちゃんが、どれだけミドリさんを尊敬して、そして恋い焦がれているか、知ってたから」

わたくしは、果報者でございますね。公式二股も、突飛なアイデアではありましたけど、こうして幸せで平和な生活が送れていて、ありがたいお話でした」

「いやー、ほんと、思いついちゃったもんで。自分でも、こんなに上手くいくと、思いませんでしたよ」

 こうもべた褒めされると、ちとこそばゆい。

 なんともむずむずする心を、ビールで薄める。

 ミドリさん、やっぱり素敵な人だ。ハルちゃんが、心酔するのがよく分かる。気遣いができて、慎ましやかで。

「私、『おねーさん』として、ミドリさんぐらいの領域に、達せてますかね?」

 なんとなく、弱気になってしまう。

「そんな! わたくしなど、まだまだです! アキさんこそ、器量が大きくて、機転が利いて……。尊敬に値します!」

 ミドリさんが、お酌してくれる。

「ふふ、リスペクトしあう関係だったんですね」

 道理で、馬が合うはずだ。

「ミドリさん」

 ビールを一気した後、居住まいを正す。

「はい、なんでしょうか?」

「その……ハルちゃん抜きで、私と寝てみません?」

「ええっ!?」

 声が裏返るミドリさん。

わたくし、アキさんを好ましいとは思っていますが、お嬢様への遠慮が……」

「うん、それは百も承知。でも、私、ミドリさんも抱いてみたくなっちゃった。素敵な女性なんですもん」

「ええと、あの、真っ昼間ですし……」

 目が泳いでる。

「その目、まんざらでもないですね? 私たち、ほんとに嘘が苦手ですよね」

 つい、苦笑。

「……お嬢様には、ご内緒に願います」

「では、合意ということで……」

 唇を近づけると、一度覚悟を決めた彼女が、すんなり舌を受け入れてくれる。

 うわ、舌使い上手だな。ハルちゃんは昨日、この舌を独占したんだ……。

 舌と舌が絡み合い、唾液が混ざり合う。やば、コーフンするんですけど!

「ミドリさん、お上手ですね」

「アキさんも」

 唇を離し、小休止。服を脱ぎ始めると、彼女も同様にする。

 そして、ベッドに移り、肌を重ね合わせました。


 ◆ ◆ ◆


 ミドリさん、上手だった……。ハルちゃんには受けなのに、あんなテクニシャンだなんて。

「すみません、お風呂お借りしてもよろしいですか?」

「一緒にシャワー、浴びましょうよ」

「照れくさいですね」

 と言いつつも、まんざらではない様子。共に、汗やその他諸々を流しました。

「では、失礼します」

 髪を乾かし、着替え終わったミドリさんが、一礼して去って行く。

「また、こんな感じで呑みましょーねー」

 彼女の背中に声をかけると、くるりと振り返り、「はい、ぜひ」と微笑み、ちょこんと頭を下げ、再度歩み去って行くのでした。
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