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第二十一話 道
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「わたし、大学へ戻るか、今の仕事を続けるか、選ばなくてはならなくなりました」
本来ならば、いいとこのお坊ちゃま・お嬢様大学に在籍していた彼女。
ところが、運命変転の果てに、今はピアノ教室の講師をしている。
「関口さんですね、最近メキメキ腕が上達してるんです。それを、先生のおかげですよって評してくださって。他の生徒さんも、わたしのおかげだって、どんどん腕が伸びてるんです。わたし、どうしたらいいんでしょう」
顔を手で覆うハルちゃん。生徒想いの、いい先生だ。それだけに、復学で離れるという選択に、苦渋しているのだろう。
「おねーさん、わたしは、どうしたらいいんでしょう?」
「それは、ハルちゃん次第かな。それを踏まえた上で、ものすごく無責任なアドバイスならできるよ」
彼女が、ごくりと固唾を飲む。
「いい? これは無責任なアドバイスだからね? まずさ、ハルちゃんってなんのために大学通ってた?」
「それは……その、親の言うがままに」
「うん。でも、ハルちゃんはそのレールを、自分で外れたわけだ。だったら、外れ通すのも道じゃない?」
真剣な面持ちで述べる。
「じゃあ、音楽講師を続けたほうがいいんですね!」
「ストップ。無責任なアドバイスって言ったでしょ。日本は学歴社会でね。その人の本質じゃなく、学歴で人を判断しようとするの。だから、音楽講師がダメになったとき、ハルちゃんが忌んだ、男性との輿入れとかが視野に入ってくるよ。そして、ハルちゃんは、アオイグループのお飾りになる」
そう言うと、明るくなったハルちゃんの表情に、影が差す。
「これは、あくまでも、私個人の無責任な考えね。鵜呑みにしないでね? ハルちゃんは、講師兼、作曲の道に進むといいんじゃないかな。博打ロードだけど、ハルちゃんの生き方にあってると思う。私から言えるのは、これだけかな。ミドリさんの意見も訊いてみてもいいかも」
突き放すようだけど、そう結んだ。
「わかりました。ミドリさんにも、相談してみます……」
そう言って、とぼとぼ歩み去っていく彼女。
最適解をね、スパッと切り出せるようなら良かったんだけど。
自室のベッドに大の字になり、愛しのハルちゃんのことを、想うのでした。
◆ ◆ ◆
そして、夜。まかないを作るためのキッチンに、私とハルちゃんが同席していることにどよめくシェフやメイドさんたち。
「あ、今回からちゃんと、お父様には許可取ってますんで」とハルちゃんが言うと、一同胸をなでおろす。お嬢様も大変だね。
「こほん。さて、今日は何を作りましょうか」
シェフ長が、皆に尋ねる。今夜から、贅沢ディナーを食むのは、吾文さんと奥様だけになってしまったから、結構高級食材が余っているのだ。
「それでしたら、キンメダイの煮付けなどいかがでしょう」
若手シェフが、挙手して切り出す。ほほう。キンメダイがあるのですか。
「対案のあるものは?」
とくに、反対意見なし。
「では、キンメの煮付けを作りましょう。坂本と木下は、米を炊いてくれ」
シェフ一同、キッチンに散り散りになる。
「わたしたちは、何をすればいいかな?」
特に指示を受けていないハルちゃんが、おずおずと尋ねる。
「そうですね……夏野さんを手伝ってやってください」
ミドリさんを見ると、鱗と格闘していた。
「まっかせて!」
しゅびっと敬礼すると、ハルちゃんはミドリさんのところに向かいました。私も一緒。
「手伝いに来ました」
「恐れ入ります。鱗を剥がしていただけますか?」
ミドリさんがお手本を見せるので、それに倣う。おおう、これはなかなかの力仕事。
「お嬢様も、アキさんもすごいですね。立場に甘えず、まかない作りの厨房に立っていらっしゃる」
鱗を捌きながら、ミドリさんが言う。
「だって、七年前、ミドリさんがそういう世界を教えてくれたんだもん! 立場の上下なく、ともに歩む世界を!」
ハルちゃんも、勢いよく鱗を剥ぐ。
「あれは、天命だったと思うよ」
額の汗を拭う、ハルちゃん。
「それで、お答えは出ましたか?」
「まだわかんない! 仕事しながら、数日考える!」
三人で鱗を剥がしながら、二人の会話に耳を傾ける。ミドリさんは、きっと在校を勧めたのだろう。話を聞く限り、進学を諦めて、メイドになった人だから。
人生に正解はない。強いて言えば、良い結果だけが正解だ。
ハルちゃんがどっちの道を選ぶのか。それは後で考えよう。今は、キンメダイの下処理で手一杯だ。
エラ取りやワタ取りが終わり、本格調理が始まるかと思いきや、後の仕事はシェフの皆さんにバトンタッチ。あれれ?
ともかくも、私たちは観戦に回ることになりました。ちらりとハルちゃんを見ると、納得いってない様子。こりゃ、ひと嵐くるかな。
そんなこんなで、出来上がり~。ほほう、キンメの煮付けに、小松菜のおひたし。そして、お味噌汁にわかめごはん! 美味しそう~!
「いただきます」
ぱくっ! ……うん、まかないなんてバカにしたもんじゃないですよ! これは、立派にお金が取れるレベル!
一方ハルちゃんを見ると、確かに箸が進んでるんだけど、やっぱり釈然としていない様子。
「ごちそうさまでした!」
と、ここで終わってれば、円満だったんだけど……。
「長野さん!」
来た! ハルちゃんが、シェフ長に噛みついた!
「どうされました、お嬢様? 料理に不備が?」
「料理は美味しかったけど! なんでミドリさん途中退場なのよ!」
「お嬢様……」
これには、ミドリさんも困った様子。
「それは、彼女がプロではないからです。たしかに、彼女は料理が上手い。でも、我々には及ばないのです」
「そんなことない! ミドリさんの料理は世界一だもん!」
ありゃー。こりゃ収まらないぞ。
「お嬢様。長野さんの仰る通りです。しょせん、私は、素人の道楽ですゆえ」
しかしハルちゃん、チワワのように唸って、引っ込みがつかない模様。
それほど、思い出のサンマのインパクトが強烈なのね。
「あの、では、料理勝負はいかがでしょう? シェフのどなたかと、ミドリさんで料理を作り、どっちがどっちの皿を作ったかわからないようにして、ハルちゃ……さんに食べ比べてもらうんです」
まるでマンガみたいな話だけど、これしか解決法が思いつかなかった!
「それでお嬢様が、ご納得されるのでしたら。若井」
「はい」
シェフ長に名前を呼ばれると、さきほどキンメの煮付けを提案した、若いシェフさんが立ち上がる。
「我々からは、この若井を出します。勝負は明日の夜でいかがでしょう」
「わかった。食材の良し悪しってその日で変わるだろうから、料理内容はそちらに任せます。ミドリさん、勝ってね!」
「尽力いたします」
力なく微笑むミドリさん。変なことに巻き込んで、ごめんなさい。
「では、後片付けを」
長野さんの号令一下、後片付けを始めるシェフの皆さん。ミドリさんはじめメイドさんや執事さんは、ここでも出番ナシ。粛々と引き上げていきます。ハルちゃんはというと、ミドリさんの勝利を確信しているようで、余裕の表情。
「お嬢様、もうお戻りになられたほうが」
「そうね。バッチリ決めてよね、ミドリさん!」
「尽力します」
再び、力なく微笑む彼女。やれやれだね。私も、片棒担いだけど。
分かれ道で、「それでは、おやすみなさい」と声を掛け合い、別々の道を行く。初日から激戦するほど、ハレンチじゃありませんようっと。
本来ならば、いいとこのお坊ちゃま・お嬢様大学に在籍していた彼女。
ところが、運命変転の果てに、今はピアノ教室の講師をしている。
「関口さんですね、最近メキメキ腕が上達してるんです。それを、先生のおかげですよって評してくださって。他の生徒さんも、わたしのおかげだって、どんどん腕が伸びてるんです。わたし、どうしたらいいんでしょう」
顔を手で覆うハルちゃん。生徒想いの、いい先生だ。それだけに、復学で離れるという選択に、苦渋しているのだろう。
「おねーさん、わたしは、どうしたらいいんでしょう?」
「それは、ハルちゃん次第かな。それを踏まえた上で、ものすごく無責任なアドバイスならできるよ」
彼女が、ごくりと固唾を飲む。
「いい? これは無責任なアドバイスだからね? まずさ、ハルちゃんってなんのために大学通ってた?」
「それは……その、親の言うがままに」
「うん。でも、ハルちゃんはそのレールを、自分で外れたわけだ。だったら、外れ通すのも道じゃない?」
真剣な面持ちで述べる。
「じゃあ、音楽講師を続けたほうがいいんですね!」
「ストップ。無責任なアドバイスって言ったでしょ。日本は学歴社会でね。その人の本質じゃなく、学歴で人を判断しようとするの。だから、音楽講師がダメになったとき、ハルちゃんが忌んだ、男性との輿入れとかが視野に入ってくるよ。そして、ハルちゃんは、アオイグループのお飾りになる」
そう言うと、明るくなったハルちゃんの表情に、影が差す。
「これは、あくまでも、私個人の無責任な考えね。鵜呑みにしないでね? ハルちゃんは、講師兼、作曲の道に進むといいんじゃないかな。博打ロードだけど、ハルちゃんの生き方にあってると思う。私から言えるのは、これだけかな。ミドリさんの意見も訊いてみてもいいかも」
突き放すようだけど、そう結んだ。
「わかりました。ミドリさんにも、相談してみます……」
そう言って、とぼとぼ歩み去っていく彼女。
最適解をね、スパッと切り出せるようなら良かったんだけど。
自室のベッドに大の字になり、愛しのハルちゃんのことを、想うのでした。
◆ ◆ ◆
そして、夜。まかないを作るためのキッチンに、私とハルちゃんが同席していることにどよめくシェフやメイドさんたち。
「あ、今回からちゃんと、お父様には許可取ってますんで」とハルちゃんが言うと、一同胸をなでおろす。お嬢様も大変だね。
「こほん。さて、今日は何を作りましょうか」
シェフ長が、皆に尋ねる。今夜から、贅沢ディナーを食むのは、吾文さんと奥様だけになってしまったから、結構高級食材が余っているのだ。
「それでしたら、キンメダイの煮付けなどいかがでしょう」
若手シェフが、挙手して切り出す。ほほう。キンメダイがあるのですか。
「対案のあるものは?」
とくに、反対意見なし。
「では、キンメの煮付けを作りましょう。坂本と木下は、米を炊いてくれ」
シェフ一同、キッチンに散り散りになる。
「わたしたちは、何をすればいいかな?」
特に指示を受けていないハルちゃんが、おずおずと尋ねる。
「そうですね……夏野さんを手伝ってやってください」
ミドリさんを見ると、鱗と格闘していた。
「まっかせて!」
しゅびっと敬礼すると、ハルちゃんはミドリさんのところに向かいました。私も一緒。
「手伝いに来ました」
「恐れ入ります。鱗を剥がしていただけますか?」
ミドリさんがお手本を見せるので、それに倣う。おおう、これはなかなかの力仕事。
「お嬢様も、アキさんもすごいですね。立場に甘えず、まかない作りの厨房に立っていらっしゃる」
鱗を捌きながら、ミドリさんが言う。
「だって、七年前、ミドリさんがそういう世界を教えてくれたんだもん! 立場の上下なく、ともに歩む世界を!」
ハルちゃんも、勢いよく鱗を剥ぐ。
「あれは、天命だったと思うよ」
額の汗を拭う、ハルちゃん。
「それで、お答えは出ましたか?」
「まだわかんない! 仕事しながら、数日考える!」
三人で鱗を剥がしながら、二人の会話に耳を傾ける。ミドリさんは、きっと在校を勧めたのだろう。話を聞く限り、進学を諦めて、メイドになった人だから。
人生に正解はない。強いて言えば、良い結果だけが正解だ。
ハルちゃんがどっちの道を選ぶのか。それは後で考えよう。今は、キンメダイの下処理で手一杯だ。
エラ取りやワタ取りが終わり、本格調理が始まるかと思いきや、後の仕事はシェフの皆さんにバトンタッチ。あれれ?
ともかくも、私たちは観戦に回ることになりました。ちらりとハルちゃんを見ると、納得いってない様子。こりゃ、ひと嵐くるかな。
そんなこんなで、出来上がり~。ほほう、キンメの煮付けに、小松菜のおひたし。そして、お味噌汁にわかめごはん! 美味しそう~!
「いただきます」
ぱくっ! ……うん、まかないなんてバカにしたもんじゃないですよ! これは、立派にお金が取れるレベル!
一方ハルちゃんを見ると、確かに箸が進んでるんだけど、やっぱり釈然としていない様子。
「ごちそうさまでした!」
と、ここで終わってれば、円満だったんだけど……。
「長野さん!」
来た! ハルちゃんが、シェフ長に噛みついた!
「どうされました、お嬢様? 料理に不備が?」
「料理は美味しかったけど! なんでミドリさん途中退場なのよ!」
「お嬢様……」
これには、ミドリさんも困った様子。
「それは、彼女がプロではないからです。たしかに、彼女は料理が上手い。でも、我々には及ばないのです」
「そんなことない! ミドリさんの料理は世界一だもん!」
ありゃー。こりゃ収まらないぞ。
「お嬢様。長野さんの仰る通りです。しょせん、私は、素人の道楽ですゆえ」
しかしハルちゃん、チワワのように唸って、引っ込みがつかない模様。
それほど、思い出のサンマのインパクトが強烈なのね。
「あの、では、料理勝負はいかがでしょう? シェフのどなたかと、ミドリさんで料理を作り、どっちがどっちの皿を作ったかわからないようにして、ハルちゃ……さんに食べ比べてもらうんです」
まるでマンガみたいな話だけど、これしか解決法が思いつかなかった!
「それでお嬢様が、ご納得されるのでしたら。若井」
「はい」
シェフ長に名前を呼ばれると、さきほどキンメの煮付けを提案した、若いシェフさんが立ち上がる。
「我々からは、この若井を出します。勝負は明日の夜でいかがでしょう」
「わかった。食材の良し悪しってその日で変わるだろうから、料理内容はそちらに任せます。ミドリさん、勝ってね!」
「尽力いたします」
力なく微笑むミドリさん。変なことに巻き込んで、ごめんなさい。
「では、後片付けを」
長野さんの号令一下、後片付けを始めるシェフの皆さん。ミドリさんはじめメイドさんや執事さんは、ここでも出番ナシ。粛々と引き上げていきます。ハルちゃんはというと、ミドリさんの勝利を確信しているようで、余裕の表情。
「お嬢様、もうお戻りになられたほうが」
「そうね。バッチリ決めてよね、ミドリさん!」
「尽力します」
再び、力なく微笑む彼女。やれやれだね。私も、片棒担いだけど。
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