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第十八話 あえて

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 お正月も終わり、すっかりいつもの日常が帰ってきた。

 今日、ハルちゃんがオフで、メイン家事担当。で、朝ごはんを作ってるわけだけど。

「二人とも! 美味しいブリ照りできるから、待っててね!」

 笑顔で、そう言うものの。

 私たち三人、どうしても上手な嘘つきになれないんだね。

「てい」

「ひゃう!?」

 背後から近づき、ハルちゃんの両脇腹をつつく。

「何するんですかー!」

「ハルちゃん、無理してるでしょ」

 ハルちゃん、三日から向こう、むやみに明るいのだ。そして、それが空元気だとわかってしまうんだな。

「……おねーさんは、何でもお見通しなんですね」

 観念して、深い溜め息をつく彼女。

「だってね、辛くないはずがないじゃない。ミドリさんも、気が気じゃないよ。そうですよねえ?」

 ハルちゃんの横で、お味噌汁を作っていた彼女に、話を振る。

「あ、はい! わたくしですか!? その、まあ。はい。どうしたらお嬢様を元気付けられるだろうと、日々考えておりました」

 ミドリさんも、辛い。そして、私はそんな二人を見ているのが辛い。

「あとは、個人的なことなのですが、辻さんに様付けで呼ばれたのが……。今や自分は、外部の人間なのだなと思い知らされまして。再就職したら、以前のようにさん付けで呼んでいただけるのでしょうか」

 ふうむ。ミドリさん、そういう悩みもあったのか。

「よし! 明日は私オフだし、飲み会しよう!」

「ええ……? おねーさん、お父様があんな状態なのに、そういう気分には……」

「ごもっとも。でもね、肩に力入れっぱなしじゃ、今度はハルちゃんが参っちゃうよ。息抜きも大事! ミドリさんもね!」

 そろそろ料理ができそうなので、食器を用意しながら、アドバイス。

「私もさ、仕事で百人の生活を預かってるわけよ。当たり前だけど、不幸な人だらけでね。そういう人たちと毎日接するのが、心身ともに負担にならないわけがなくて。だからね、オフではパーッとやることにしてんのさー」

 ミドリさんから味見を頼まれたので、テイスティング。「美味しいですよ!」と、太鼓判を押す。

「だから、二人も、今日ぐらいはパーッといこう!」

「でも、わたくし、荷造りがありますし……」

「遅れたぶんは、お手伝いしますよ。言い出しっぺですから」

 ブリも焼き上がったので、お味噌汁ともども盛り付けていく二人。私は、ご飯をよそう。

「では、お言葉に甘えまして……」

「ミドリさんはOKだって! ハルちゃんも呑も!」

「そうですね。なにか、美味しいおつまみを作りますね」

 というわけで、着席して、いただきますの合唱。うーん、二人の料理美味しい~! 私の浅漬も、なかなかね!

 私もミドリ師匠に鍛えられて、料理の腕がメキメキ上がっている。特に、お惣菜のレパートリーが増えたのが大きい。ミドリさんは、大衆料理の達人だね!

 ご飯を食べたら、歯磨きして、メイクして出勤! いってきまーす!!


 ◆ ◆ ◆


「ただいまあ~っ!」

 ふう~……くたくただあ~!

「おかえりー、おねーさん!」

「おかえりなさいませ」

 ミドリさんの部屋から二人がひょっこり顔を出し、お帰りを言ってくれる。

「荷造り? 精が出るねえ~」

「まあ、それもおねーさんが帰ってきたので、休憩だねー。今、美味しいものを作りますね」

 キッチンに赴き、エプロンを締めるハルちゃん。

わたくしも、あまり読まなくなった本は、処分したほうが良いのでしょうか」

 額の汗を拭いながら、思案顔のミドリさん。

「んー、私だったら、素直に電書に移行しちゃいますねえ」

「電書ですか……。それも考えるのですが、やはり紙をめくる感触と、この匂いが好きなのですよね」

 ふうと、ため息を吐く彼女。

「とりあえず、わたくしもお嬢様を手伝うとしましょう。アキさんは、仕事上がりですから、くつろいでいてください」

「寂しいこと言わないでよ。三人で作りましょ」

 私も、スーツを脱いで、エプロンを締めて、気力を振り絞る。とことん疲れてるほうが、お酒と料理が美味しいってもんですよ!

「お、なんでしょ、それ」

「旬ですから、あんこうを手に入れました」

 ミドリさんが、華麗に柳刃包丁を引く。

「鍋ですか」

「はい」

「じゃあ、私はお野菜を」

 ネギや白菜を、ザクザク切っていく。

「ハルちゃんが蒸してるのは?」

 蒸し器から、湯気が上がっている。

「肝だよ~」

「OH! アンキーモ! ワタシ、ダイコブツデース!」

「なに、その怪しい外国人喋り?」

 クスクス笑うハルちゃん。

「あん肝をつつこうってことは、今日は日本酒かな?」

「はい。芳醇な辛口を選ばせていただきました~。三本ほど、買い込みましたよ」

「それは楽しみだね~」

 ハルちゃんも、すっかり呑兵衛さんになって。

 野菜を土鍋に入れて、アクをすくいながら茹でる。

「あんこう、投入しますね」

「お願いします。私は、もみじおろし作りますね」

 すっかり野菜担当な私。しゃりしゃり……。

 こんな感じで、ほのぼのテキパキと調理は進んでいき、完成~!

 ちゃぶ台の上に、土鍋onカセットコンロと、お酒や食器が並べられていく。

「ん~……おいしそー! じゃあ、いただきます! そして、カンパーイ!」

 お猪口を掲げ、キュッと一口。効くぅ~っ!

 さて、野菜からいきましょうか。……うん、我ながらグー!

 続いて、あんこうの身。うーん、このぷりぷりした感じ! 実にあんこう! 美味しい~!

「美味しいですよ、ミドリさん~!」

「お褒めに預かり、恐縮です」

 彼女が、軽く頭を下げる。

「おねーさん、あん肝も食べてよね!」

「もちろん! ……ん! このコク! サイコー! 美味しいよ、ハルちゃん!」

 えへへと照れる、我らがお嬢様。かわいい。

 いやー、お酒が進んでいけませんなあ。などと、心の声では言いながら、手酌。くぅ~っ!

「しかし、こことももうすぐお別れかー」

 桜色の頬をしたハルちゃんが、感慨深げに述べる。

 もう、解約手続きは済んでおり、ミドリさんの荷造りも終盤戦。早いもんだ。

わたくしも、ユキと離れるのは少々寂しいですが……」

 同じく、頬に朱が差したミドリさんも、感慨深げに述べる。ひとりだけ、古巣とはいえ、職場が変わるのだものね。葵家を良くない辞め方をしてしまったから、不安もあることでしょう。

「ほらほら、宴席は明るく! どんどん呑もー!」

 二人にお酌していく。

「そうでしたね。そういった趣旨の飲み会でした」

 つ、とお猪口を傾けるミドリさん。ハルちゃんも、「そうだね!」と、くいっといく。

「ちょっと、呑み足りないですね」

 日本酒がなくなったので、秘蔵っ子のクラフトビールを出す。

「お二人とも、いかが?」

「それもいいね!」

 ハルちゃん羽目を外してるね! 元気でよきかな! 少しでも気晴らしになったなら、良かった!!

わたくしは、このあたりで切り上げますね。明日に障りますので」

 そう言って、使用済みの食器を片すミドリさん。

「ハルちゃん、ラウンドツーだー!」

「おー!」

「お二人とも、程々になさいましね」

 このあたりで、私の記憶は途切れました。

 翌朝、三人揃ってネイキッドで転がっていたのは、言うまでもありません。
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