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第十六話 聖夜と新年と

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「メリー、クリスマース!」

 パンパン! と、クラッカーが打ち鳴らされる。そして、乾杯!

 早いもので、もう年の瀬。

「チキンも、いい感じに焼けましたよ」

 ミドリさんが、オーブンから、まる一羽のローストチキンを取り出し、切り分ける。漂う、ハーブの香り。いいですねえ。ただ、数人がかりとはいえ、食べきれるかしら?

「こんな感じで、クリスマスパーティーやるの、楽しみだったんですよー」

 ハルちゃんが、緩んだ顔でほっぺに両手を当てている。

「やっぱり、葵家のクリパって、豪華絢爛だったりするの?」

「はい。各界の名士や、そのご家族をお招きして。コルセットが、窮屈で、窮屈で」

 別世界の話に、思わず「ほえ~」なんて、間抜けな声を出してしまう。

「なんだか、あたしまでお招きに預かって、恐縮です……」

 ちょっと所在なさ気な、いつぞやのユキさん。

「いえいえ、こういうのは大勢のほうが楽しいですから。ねえ、ミドリさん?」

「はい。ユキ、一緒に楽しみましょう」

「そういえば……」

 ふと、気になったことを切り出す。

「ミドリさんとユキさんって、ご友人関係ですよね? でも、それだけじゃない気がして……。あ、変な意味じゃないですよ」

 発泡ワインをちびりと呑んで、問う。

「一言で言って、同僚です。ミドリとは、何かと気が合うもので、親友になりまして」

「ほほー。この時期、お二人とも、お仕事はなかったんでしょうか?」

「はい。有給を取らせていただきました」

 ミドリさんの言葉に、ユキさんがうなずく。

「なるほど。実は、私も有給組~」

 そう言いながら、ローストチキンに手を付ける。……うまっ! さすが、三人がかりの力作!

「おねーさん、おねーさん」

 ハルちゃんに呼びかけられてそちらを向くと、あんぐりお口を開けている。

 首を傾げていると、「あーんですよ、あーん!」と、意図を説明する彼女。

「はい、あーん」

「……おいしー! ミドリさんもー!」

 今度は、ミドリさんに向かって雛鳥のように口を開ける。そして、もぐもぐ。

「しかし、自分も提案しといてなんですけど、ほんとに三人仲良くやってる感じですねえ」

 ユキさんが、仲睦まじい私たちを見て、感心する。

「そうですね。私もミドリさんも、互いに多少の嫉妬はあっても、それ以上の敵意は持てなかったですから」

「はい。わたくしも、この生活が、こんなに上手くいくとは思いませんでした」

 互いに、ほほえみ合う。

 宴もたけなわ。

「おおー、食べきれるか不安だったけど、きれいに片付きましたねえ~」

 骨だけになったチキンちゃんが、お皿に載っていました。

「じゃあ、次はケーキ~」

 ハルちゃんが、ちょっとふらふらしながら、冷蔵庫からケーキを取り出す。これまた、三人の力作デス。

 切り分けられたケーキを、ぱくっ!

「ん、おいしー!」

 オーソドックなショートケーキだけど、クリスマスっていったらこれよね! 人によっては、ブッシュ・ド・ノエルだろうけど。


 ◆ ◆ ◆


「いやー、楽しかったです! では、また機会がありましたら!」

 ユキさんが、我が家を後にする。

 楽しいお祝いも終わって、三人でお片付け。

 でも、真のお楽しみはこれからで。

 クリスマスといえば、もちろん……。今日もいそいそと、「川の字」になる私たちでした。


 ◆ ◆ ◆


 年明けて、元旦。

「すごい人だねー」

 もみくちゃにされながら、私と手をつないでるハルちゃん。

「お嬢様、はぐれないようにしてくださいね」

 ミドリさんも、もちろん一緒。

 ここ、大穴牟遅御霊神社おおなむちみたまじんじゃはF市の名所の一つで、初詣やお祭りのときには、たくさんの客が訪れる。

 いやー、久々に初詣に来てみれば、ほんと人多すぎ!

 でも、ハルちゃんたっての願いだもんね!

 ハルちゃんのお父様、吾文さんは、こういう神事の類に一切興味が無いらしく、ハルちゃんも生まれてこの方、初詣に来たことがなかった。

 なので、これもやりたいことの一つだったそうで。

 あ、やっと賽銭箱に来れた~。

「おねーさん、どれぐらい入れればいいんですか?」

「んー、気持ち次第! 後ろがつかえてるから、急かして悪いけど、ぱぱっと!」

 私は百円投入して、この幸せ生活が続きますようにとお祈り。ミドリさんも、百円組の模様。で、ハルちゃんは……五百円!

 礼をすると、急いで次に譲る。

「はー、やっと少し人混みから出れたね」

 というものの、まだまだ人の山!

「二人とも! わたし、屋台でなにか食べたい!」

「そういたしましょう。参りましょうか、お嬢様」

 参道脇に並ぶ屋台を物色。「これとこれにしよう!」とハルちゃんが選んだのは、隣同士の焼きそば屋と焼きとうもろこし屋。

「いかにも! だね。ミドリさんもいいですか?」

「お嬢様のご意向のままに」

 というわけで、焼きそば、とうもろこしの順にいただく。

「んー! こういうの、ほんと夢だったんだあ~!」

 ハルちゃん、大満足。彼女が嬉しいと、私も嬉しい。ミドリさんも、きっとそうだろう。

「そういえば、何をお祈りしました?」

「わたしは、今の生活が続きますようにって!」

わたくしもです」

 おお、みんなおんなじ!

「奇遇だねー、私も!」

 三人で、ほほえみ合う。

 幸せだな。この幸せ、ほんとずっと続いてほしい。

 ところが、幸せはそう長く続かなかったのです。


 ◆ ◆ ◆


 三が日最後の日。みかんを頬張りながら三人で雑談していると、不意にチャイムが鳴りました。

「どちら様ですかー?」

 モニターを見ると、しゃんとした身なりの、見知らぬ老人が。

「葵家で執事をしております、つじと申します。ハルお嬢様に危急のお話があり、失礼ながら、探偵を使ってこちらに伺わせていただきました」

 悪趣味な。と、眉をひそめる。とりあえず、二人に相談すると、ハルちゃんが「話すだけ話してみる」と、応対に出ました。

「お久しぶりです、お嬢様」

「お久しぶりです。あの、危急の話って、何でしょう?」

「昨年の二十五日に、旦那様が倒れられました」

 これには三人揃って、「えっ!?」と大声を上げてしまう。

「お父様が……」

 ハルちゃん、茫然自失。ミドリさんも、玄関に来ました。

「辻さん。吾文様のご容態は?」

「脳梗塞でございまして、一命はとりとめましたが、まだお体に不自由が残っております」

 震えるハルちゃんの肩に、手を添える。

「お嬢様、お行きください」

 ミドリさんが、辻さんとの同行を促す。

「それが、お二人もご一緒に三人でとの、旦那様からのお言葉をいただいてまして……」

「私も、ですか?」「わたくしも?」

 ミドリさんと、ハモってしまう。

「はい。それ以上のご意図は、私は知らされておりませんが」

「……行くしかないですよね」

「はい」

 ミドリさんとうなずき合い、急いで着替え、黒塗りの高級車に乗り込むのでした。
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