14 / 33
第十四話 シェア
しおりを挟む
「紅さん、手、止まってる」
同僚の注意で、ハッとなる。
幸い、昨夜は深酒することもなかったが、それはある意味、私的に調子が悪いのだろう。
サボってたぶん、超特急で仕事を進めていると、十二時のチャイムが鳴る。
「紅さん、今日もお弁当でしょ? 私は何にしよーかなー?」
「あ……私、今日お弁当じゃないんだ。久しぶりに、食べに行かない?」
立ち上がり、提案する。
「あれ、珍しい。じゃあ、F-TERRACEにする? 近いし」
「あ、うん……。いいよ」
というわけで、F-TERRACEへ。市役所にも食堂はあるのだけど、いまいち利用者が多くない。補助券、もらえてるんだけどね。
「私、ランチ。紅さんは?」
「あー、うん。同じので」
心、ここにあらず。
あの、世にも奇妙な協定を決めたのが、昨日のここ。翌日にお昼を食べに来るとは、運命だろうか……。大げさか。
「なんか、元気ないね。何かあった?」
同僚の言葉に、ドキリとする。
「あー、うん。ちょっとね」
「私で良かったら、相談にのるけど?」
「ありがとう。でも、ちょっと話しにくい内容でね」
「そっかー」と、同僚は力になれなかったことを残念そうに、運ばれてきたコーヒーをちびちび飲む。
申し訳ない。家出した大企業令嬢と同棲してて、しかも彼女の初恋の人と奇妙な三角関係とか、言えるはずもなく。
誰か、相談できる人がいればな……。まさか、親に相談するような話でもなし。相談相手がいないって、きついな。
「なんだか知らないけど、利用者さんには迷惑かけちゃダメよ。ケーキ、奢ってあげるからさ。元気出せー」
ケーキを追加注文する彼女。
「ありがとう」
私の周りの人は、みんな優しいな。
◆ ◆ ◆
「おかえりなさい、おねーさん!」
家に帰ると、ハルちゃんが!
ハルちゃん! ハルちゃん! ハルちゃん!!
「ただいま」を言うのも忘れ、がばっと抱きつく。
「ハルちゃん……」
思わず、匂いを吸引。私のじゃないシャンプーの香りがして、心の奥が、もやっとする。
「あの、どうしちゃったんですか? なんか変ですよ?」
「うん。私、変だと思う」
どう見ても、開幕から奇行の連発だ。
「わたしいなくて、寂しかったんですね」
ドキン! と心臓が跳ね上がる。
「すみません。やっぱり、ミドリさんのところへ通うの、やめましょうか?」
ああ。察しのいい子だ。そして、優しい子だ。
でも。
「それはダメだよ、ハルちゃん。七年ぶりに会えたんでしょう?」
「それは……はい」
彼女も、心苦しそうだ。
「楽しかった?」
「はい、それはもう……」
様子のおかしい私の手前、言いにくそうに述べるハルちゃん。
「私ね。ハルちゃんが幸せなのが、一番なんだ。でも、寂しいってのも偽らざる感情で。どうしたらいいか、わかんなくなっちゃった」
愛しい人の両手を取る。温かいな。
「あの、おねーさん」
「なーに?」
「すごく奇妙な提案かもですけど、シェアハウス、しませんか?」
シェアハウス!?
「私はかまわないけど……ハルちゃんとミドリさんは、それでいいの?」
「わたしは。ミドリさんが、どういうか、わかりませんけど」
私はこれで案外ミニマリストだから、引っ越すとして、持っていく荷物が少ない。荷造り、荷ほどきも、そう大仕事にはならないだろう。
「突飛もないこと、考えるねえ~」
「苦しんでるおねーさん見たら、何かひらめいちゃって。で、今度休みを合わせて、不動産巡りとかどうでしょう」
ふむ。あ、でも。
「その……ハルちゃんとアレしてるとき、残されたほう、切なくない?」
「うーん……じゃあ、いっそ三人で?」
三人! この子、可愛い顔してぶっ飛んだことを言う!
「はー……。ハルちゃんは、それでいいわけ?」
「むしろ、二人に同時に愛されるなんて、サイコーですよ~」
うーむ。ほんと、突飛な発想が次々と飛び出してくるなあ。
でも、このままじゃ私が参ってしまうのも確実。かといって、ミドリさんとの仲は引き裂きたくない。案外、頭いいアイデアなのかも。
「わかった。土日祝で予定が合いそうな日、お願い」
「はい!」
さっそく、ミドリさんに電話するハルちゃん。
途中、シェアハウスで「川の字」しようという話が出ると、スマホ越しに「ええーっ!?」という大声が聞こえる。こっちまで聞こえるんだから、相当びっくりされたことでしょう。
「うん、うん。じゃあ再来週」
通話終了。
「おねーさん、次の次の日曜に、不動産巡りをすることになりましたよ」
「はー……。行動力の化身」
我がパートナーの行動力に、感心するやら、呆れるやら。さすが着の身着のまま、勢いだけで家出してきただけはある。
ともかくも、今日は我が最愛の人のぬくもりを感じ、一夜を過ごすのでした。
◆ ◆ ◆
「あ、どうもこんにちは~」
物件探しの日曜日。ここF駅の駅ビルは、喫茶店がやたら多い。そんな一つで待ち合わせていると、ミドリさんがやって来ました。
「こんにちは。お待たせしてしまったでしょうか?」
「いえ、時間ぴったりですよ。私たちが早めに着いてしまっただけなんで」
「新居探し、ドキドキするね~」
言い出しっぺのハルちゃんは、実に楽しそう。物件探しとか、初体験だろうからね。
生活保護では、「やむを得ない理由」があれば引越し代や契約料を出してもらえるけど、これはどう見てもやむを得ない理由ではないので、自腹。
とはいえ、ハルちゃんの荷物といえば、いつぞや買った服ぐらいなので、実質引っ越し代ゼロだけど。それでもまあ、契約料なんかは、私とミドリさんで折半。
気にしないでと、私もミドリさんも言ってるのに、彼女は近々入るお給料から、自分のぶんを返すと言っています。
ともかくも、ミドリさんも来たことだし、駅ビル「アール・サイン」の不動産屋へ。
色々と話し合った結果、私たちの今の住まいに近いところに、いい感じの3LDKが見つかったので、ここにしようという話になりました。
キッチンが広いのが、三人共通のお気に入りポイントで、楽しく料理ができそう。
洗濯機置場が室内なのも、女所帯としてはありがたい。
じゃあ、いつ引っ越す? という話になったわけだけど。ミドリさんの荷造りや様々の手続きなどを考え、一ヶ月後と相成りました。
そのころには、ハルちゃんも、生活保護をとっくに外れているはず。
新生活へのドキドキが、止まらないね! なんだか、ハルちゃんにシンパシーを感じる私でした。
同僚の注意で、ハッとなる。
幸い、昨夜は深酒することもなかったが、それはある意味、私的に調子が悪いのだろう。
サボってたぶん、超特急で仕事を進めていると、十二時のチャイムが鳴る。
「紅さん、今日もお弁当でしょ? 私は何にしよーかなー?」
「あ……私、今日お弁当じゃないんだ。久しぶりに、食べに行かない?」
立ち上がり、提案する。
「あれ、珍しい。じゃあ、F-TERRACEにする? 近いし」
「あ、うん……。いいよ」
というわけで、F-TERRACEへ。市役所にも食堂はあるのだけど、いまいち利用者が多くない。補助券、もらえてるんだけどね。
「私、ランチ。紅さんは?」
「あー、うん。同じので」
心、ここにあらず。
あの、世にも奇妙な協定を決めたのが、昨日のここ。翌日にお昼を食べに来るとは、運命だろうか……。大げさか。
「なんか、元気ないね。何かあった?」
同僚の言葉に、ドキリとする。
「あー、うん。ちょっとね」
「私で良かったら、相談にのるけど?」
「ありがとう。でも、ちょっと話しにくい内容でね」
「そっかー」と、同僚は力になれなかったことを残念そうに、運ばれてきたコーヒーをちびちび飲む。
申し訳ない。家出した大企業令嬢と同棲してて、しかも彼女の初恋の人と奇妙な三角関係とか、言えるはずもなく。
誰か、相談できる人がいればな……。まさか、親に相談するような話でもなし。相談相手がいないって、きついな。
「なんだか知らないけど、利用者さんには迷惑かけちゃダメよ。ケーキ、奢ってあげるからさ。元気出せー」
ケーキを追加注文する彼女。
「ありがとう」
私の周りの人は、みんな優しいな。
◆ ◆ ◆
「おかえりなさい、おねーさん!」
家に帰ると、ハルちゃんが!
ハルちゃん! ハルちゃん! ハルちゃん!!
「ただいま」を言うのも忘れ、がばっと抱きつく。
「ハルちゃん……」
思わず、匂いを吸引。私のじゃないシャンプーの香りがして、心の奥が、もやっとする。
「あの、どうしちゃったんですか? なんか変ですよ?」
「うん。私、変だと思う」
どう見ても、開幕から奇行の連発だ。
「わたしいなくて、寂しかったんですね」
ドキン! と心臓が跳ね上がる。
「すみません。やっぱり、ミドリさんのところへ通うの、やめましょうか?」
ああ。察しのいい子だ。そして、優しい子だ。
でも。
「それはダメだよ、ハルちゃん。七年ぶりに会えたんでしょう?」
「それは……はい」
彼女も、心苦しそうだ。
「楽しかった?」
「はい、それはもう……」
様子のおかしい私の手前、言いにくそうに述べるハルちゃん。
「私ね。ハルちゃんが幸せなのが、一番なんだ。でも、寂しいってのも偽らざる感情で。どうしたらいいか、わかんなくなっちゃった」
愛しい人の両手を取る。温かいな。
「あの、おねーさん」
「なーに?」
「すごく奇妙な提案かもですけど、シェアハウス、しませんか?」
シェアハウス!?
「私はかまわないけど……ハルちゃんとミドリさんは、それでいいの?」
「わたしは。ミドリさんが、どういうか、わかりませんけど」
私はこれで案外ミニマリストだから、引っ越すとして、持っていく荷物が少ない。荷造り、荷ほどきも、そう大仕事にはならないだろう。
「突飛もないこと、考えるねえ~」
「苦しんでるおねーさん見たら、何かひらめいちゃって。で、今度休みを合わせて、不動産巡りとかどうでしょう」
ふむ。あ、でも。
「その……ハルちゃんとアレしてるとき、残されたほう、切なくない?」
「うーん……じゃあ、いっそ三人で?」
三人! この子、可愛い顔してぶっ飛んだことを言う!
「はー……。ハルちゃんは、それでいいわけ?」
「むしろ、二人に同時に愛されるなんて、サイコーですよ~」
うーむ。ほんと、突飛な発想が次々と飛び出してくるなあ。
でも、このままじゃ私が参ってしまうのも確実。かといって、ミドリさんとの仲は引き裂きたくない。案外、頭いいアイデアなのかも。
「わかった。土日祝で予定が合いそうな日、お願い」
「はい!」
さっそく、ミドリさんに電話するハルちゃん。
途中、シェアハウスで「川の字」しようという話が出ると、スマホ越しに「ええーっ!?」という大声が聞こえる。こっちまで聞こえるんだから、相当びっくりされたことでしょう。
「うん、うん。じゃあ再来週」
通話終了。
「おねーさん、次の次の日曜に、不動産巡りをすることになりましたよ」
「はー……。行動力の化身」
我がパートナーの行動力に、感心するやら、呆れるやら。さすが着の身着のまま、勢いだけで家出してきただけはある。
ともかくも、今日は我が最愛の人のぬくもりを感じ、一夜を過ごすのでした。
◆ ◆ ◆
「あ、どうもこんにちは~」
物件探しの日曜日。ここF駅の駅ビルは、喫茶店がやたら多い。そんな一つで待ち合わせていると、ミドリさんがやって来ました。
「こんにちは。お待たせしてしまったでしょうか?」
「いえ、時間ぴったりですよ。私たちが早めに着いてしまっただけなんで」
「新居探し、ドキドキするね~」
言い出しっぺのハルちゃんは、実に楽しそう。物件探しとか、初体験だろうからね。
生活保護では、「やむを得ない理由」があれば引越し代や契約料を出してもらえるけど、これはどう見てもやむを得ない理由ではないので、自腹。
とはいえ、ハルちゃんの荷物といえば、いつぞや買った服ぐらいなので、実質引っ越し代ゼロだけど。それでもまあ、契約料なんかは、私とミドリさんで折半。
気にしないでと、私もミドリさんも言ってるのに、彼女は近々入るお給料から、自分のぶんを返すと言っています。
ともかくも、ミドリさんも来たことだし、駅ビル「アール・サイン」の不動産屋へ。
色々と話し合った結果、私たちの今の住まいに近いところに、いい感じの3LDKが見つかったので、ここにしようという話になりました。
キッチンが広いのが、三人共通のお気に入りポイントで、楽しく料理ができそう。
洗濯機置場が室内なのも、女所帯としてはありがたい。
じゃあ、いつ引っ越す? という話になったわけだけど。ミドリさんの荷造りや様々の手続きなどを考え、一ヶ月後と相成りました。
そのころには、ハルちゃんも、生活保護をとっくに外れているはず。
新生活へのドキドキが、止まらないね! なんだか、ハルちゃんにシンパシーを感じる私でした。
10
第18回恋愛小説大賞終了。ご投票、ありがとうございました!
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説


かわいいわたしを
丘多主記
恋愛
奈々は、王子様のようにかっこよくて、女の子にモテる女子高生
そんな奈々だけど、実はかわいいものが大好きで、王子様とは真逆のメルヘンティックな女の子
だけど、奈々は周りにそれを必死に隠していてる。
そんな奈々がある日、母親からもらったチラシを手に、テディベアショップに行くと、後輩の朱里(あかり)と鉢合わせしてしまい……
果たして、二人はどんな関係になっていくのか。そして、奈々が本性を隠していた理由とは!
※小説家になろう、ノベルアップ+、Novelismでも掲載しています。また、ツギクルにリンクを載せています

犬になりたい葛葉さん
春雨
恋愛
社内SEの葛葉凪紗(くずは なぎさ) 26歳の人生最大の夢は"誰かの犬になって飼われること"。誰にも言えずにいる夢を抱いてる中で出会ったのが総務部に異動してきた夏目玲央(なつめ れお) 24歳。
飲み会で酔い潰れた凪紗を玲央の家に招き入れたところから始まる、飼い主×犬の年下攻めラブコメ社会人百合。
カクヨムにも同時投稿中です
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる