〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ

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「紅さん、手、止まってる」

 同僚の注意で、ハッとなる。

 幸い、昨夜は深酒することもなかったが、それはある意味、私的に調子が悪いのだろう。

 サボってたぶん、超特急で仕事を進めていると、十二時のチャイムが鳴る。

「紅さん、今日もお弁当でしょ? 私は何にしよーかなー?」

「あ……私、今日お弁当じゃないんだ。久しぶりに、食べに行かない?」

 立ち上がり、提案する。

「あれ、珍しい。じゃあ、F-TERRACEにする? 近いし」

「あ、うん……。いいよ」

 というわけで、F-TERRACEへ。市役所にも食堂はあるのだけど、いまいち利用者が多くない。補助券、もらえてるんだけどね。

「私、ランチ。紅さんは?」

「あー、うん。同じので」

 心、ここにあらず。

 あの、世にも奇妙な協定を決めたのが、昨日のここ。翌日にお昼を食べに来るとは、運命だろうか……。大げさか。

「なんか、元気ないね。何かあった?」

 同僚の言葉に、ドキリとする。

「あー、うん。ちょっとね」

「私で良かったら、相談にのるけど?」

「ありがとう。でも、ちょっと話しにくい内容でね」

 「そっかー」と、同僚は力になれなかったことを残念そうに、運ばれてきたコーヒーをちびちび飲む。

 申し訳ない。家出した大企業令嬢と同棲してて、しかも彼女の初恋の人と奇妙な三角関係とか、言えるはずもなく。

 誰か、相談できる人がいればな……。まさか、親に相談するような話でもなし。相談相手がいないって、きついな。

「なんだか知らないけど、利用者さんには迷惑かけちゃダメよ。ケーキ、奢ってあげるからさ。元気出せー」

 ケーキを追加注文する彼女。

「ありがとう」

 私の周りの人は、みんな優しいな。


 ◆ ◆ ◆


「おかえりなさい、おねーさん!」

 家に帰ると、ハルちゃんが!

 ハルちゃん! ハルちゃん! ハルちゃん!!

 「ただいま」を言うのも忘れ、がばっと抱きつく。

「ハルちゃん……」

 思わず、匂いを吸引。私のじゃないシャンプーの香りがして、心の奥が、もやっとする。

「あの、どうしちゃったんですか? なんか変ですよ?」

「うん。私、変だと思う」

 どう見ても、開幕から奇行の連発だ。

「わたしいなくて、寂しかったんですね」

 ドキン! と心臓が跳ね上がる。

「すみません。やっぱり、ミドリさんのところへ通うの、やめましょうか?」

 ああ。察しのいい子だ。そして、優しい子だ。

 でも。

「それはダメだよ、ハルちゃん。七年ぶりに会えたんでしょう?」

「それは……はい」

 彼女も、心苦しそうだ。

「楽しかった?」

「はい、それはもう……」

 様子のおかしい私の手前、言いにくそうに述べるハルちゃん。

「私ね。ハルちゃんが幸せなのが、一番なんだ。でも、寂しいってのも偽らざる感情で。どうしたらいいか、わかんなくなっちゃった」

 愛しい人の両手を取る。温かいな。

「あの、おねーさん」

「なーに?」

「すごく奇妙な提案かもですけど、シェアハウス、しませんか?」

 シェアハウス!?

「私はかまわないけど……ハルちゃんとミドリさんは、それでいいの?」

「わたしは。ミドリさんが、どういうか、わかりませんけど」

 私はこれで案外ミニマリストだから、引っ越すとして、持っていく荷物が少ない。荷造り、荷ほどきも、そう大仕事にはならないだろう。

「突飛もないこと、考えるねえ~」

「苦しんでるおねーさん見たら、何かひらめいちゃって。で、今度休みを合わせて、不動産巡りとかどうでしょう」

 ふむ。あ、でも。

「その……ハルちゃんとアレしてるとき、残されたほう、切なくない?」

「うーん……じゃあ、いっそ三人で?」

 三人! この子、可愛い顔してぶっ飛んだことを言う!

「はー……。ハルちゃんは、それでいいわけ?」

「むしろ、二人に同時に愛されるなんて、サイコーですよ~」

 うーむ。ほんと、突飛な発想が次々と飛び出してくるなあ。

 でも、このままじゃ私が参ってしまうのも確実。かといって、ミドリさんとの仲は引き裂きたくない。案外、頭いいアイデアなのかも。

「わかった。土日祝で予定が合いそうな日、お願い」

「はい!」

 さっそく、ミドリさんに電話するハルちゃん。

 途中、シェアハウスで「川の字」しようという話が出ると、スマホ越しに「ええーっ!?」という大声が聞こえる。こっちまで聞こえるんだから、相当びっくりされたことでしょう。

「うん、うん。じゃあ再来週」

 通話終了。

「おねーさん、次の次の日曜に、不動産巡りをすることになりましたよ」

「はー……。行動力の化身」

 我がパートナーの行動力に、感心するやら、呆れるやら。さすが着の身着のまま、勢いだけで家出してきただけはある。

 ともかくも、今日は我が最愛の人のぬくもりを感じ、一夜を過ごすのでした。


 ◆ ◆ ◆


「あ、どうもこんにちは~」

 物件探しの日曜日。ここF駅の駅ビルは、喫茶店がやたら多い。そんな一つで待ち合わせていると、ミドリさんがやって来ました。

「こんにちは。お待たせしてしまったでしょうか?」

「いえ、時間ぴったりですよ。私たちが早めに着いてしまっただけなんで」

「新居探し、ドキドキするね~」

 言い出しっぺのハルちゃんは、実に楽しそう。物件探しとか、初体験だろうからね。

 生活保護では、「やむを得ない理由」があれば引越し代や契約料を出してもらえるけど、これはどう見てもやむを得ない理由ではないので、自腹。

 とはいえ、ハルちゃんの荷物といえば、いつぞや買った服ぐらいなので、実質引っ越し代ゼロだけど。それでもまあ、契約料なんかは、私とミドリさんで折半。

 気にしないでと、私もミドリさんも言ってるのに、彼女は近々入るお給料から、自分のぶんを返すと言っています。

 ともかくも、ミドリさんも来たことだし、駅ビル「アール・サイン」の不動産屋へ。

 色々と話し合った結果、私たちの今の住まいに近いところに、いい感じの3LDKが見つかったので、ここにしようという話になりました。

 キッチンが広いのが、三人共通のお気に入りポイントで、楽しく料理ができそう。

 洗濯機置場が室内なのも、女所帯としてはありがたい。

 じゃあ、いつ引っ越す? という話になったわけだけど。ミドリさんの荷造りや様々の手続きなどを考え、一ヶ月後と相成りました。

 そのころには、ハルちゃんも、生活保護をとっくに外れているはず。

 新生活へのドキドキが、止まらないね! なんだか、ハルちゃんにシンパシーを感じる私でした。
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第18回恋愛小説大賞終了。ご投票、ありがとうございました!
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